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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第一部 無能聖女編

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14. 褒められるのには慣れていません



 契約の話を済ませた後、私は早速、失敗ポーション改め琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を、ギルバート様の前で精製していた。

 最初から琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を精製すると決めていれば、初級ポーションの精製を試みる時ほど魔力を込めなくてもいいので、あまり難しい作業ではない。


「完成しました」

「ほう、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)はそのように精製するのだな」


 ギルバート様は、私のポーション精製の過程を見て、感心したように頷いている。


「薬草などは入れないのか?」

「はい。薬草を入れたら、それこそ飲める代物じゃなくなっちゃいますよ」

「それもそうか」


 薬草は、もちろん食べても毒ではないのだが、とても強いえぐみがあって、不味いのだという。


「魔力はどのぐらい込めている?」

「ええと、初級ポーションを作るときは出力全開でやらないとダメなんですけど、失敗……じゃなくて琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を作るって最初から決めて精製するなら、定着をそこまで気にしなくてもいいので、そんなにたくさんの魔力はいらないんです」

「なるほど、理解した。なぜ触媒を使わないのか疑問だったが、水に溶ける分の魔力を込めれば良いから、触媒も不要ということか」


 ギルバート様は一人でなにやら納得している様子だ。

 触媒というのが何かは知らないが、彼が納得したのならいいだろう。


「それで、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)は日に何本ぐらい作れる?」

「初級ポーションは一日に二本以上作れたことはないんですけど、琥珀珈琲(アンバーコーヒー)なら、十本以上作っても余裕だと思います。これまで需要がなかったので、上限まで試したことはないんですけど」

「なるほど。ちなみに、日持ちはするのか?」

「水を浄化してから作っているので、数日は持つはずです。それ以上は、魔力が抜けてしまって、ただの水に戻っちゃいます」

「ふむ、数日も持つのか。それは良いな」


 ギルバート様は琥珀珈琲(アンバーコーヒー)の瓶を持ち上げ、照明にかざしてゆっくりと揺らす。

 魔道具の照明が薄い色の薬液を(とお)す。琥珀色の光が、彼の白い頬の上できらきらと揺れていた。

 ギルバート様は思う存分琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を眺めると、瓶をテーブルの上に戻し、満足そうに頷いた。


「では、私の分と、ジェーンの分。予備も含めて、毎日三本ほど貰っても良いか? もちろん、君の体調が悪い時や休みの日などは、用意しなくて構わない」

「はい、喜んで! それに、余った分の琥珀珈琲(アンバーコーヒー)も、いつでも新しい物に交換させていただきます」

「そうか。ありがたい申し出だ、感謝する。では、出勤日は毎朝、この部屋を訪ねてくれると嬉しい」

「かしこまりました!」


 私が元気よく返事をすると、ギルバート様はふっと目を細め、美しい笑みを浮かべたのだった。



 ギルバート様の部屋から退出した頃には、もうお昼近い時間になっていた。

 ジェーンさんから渡された昼食を置くために、一旦離れに戻ろうとしたところで、庭の草刈りをしているアンディが目に留まった。


「あっ、アンディ、おはよう」

「おはよ、ティーナ……って、うわ……!」


 アンディはいつもの通り、私の方を向いて挨拶をしてくれたが、そのまま驚きの声を上げて固まってしまう。


「どうしたの?」

「い、いや、その」


 アンディは何故か私を見つめて、耳を真っ赤にしている。

 何かおかしなところがあっただろうかと、私は自分の服装を目視で点検するが、別に破れたり着崩れたりしているわけではなさそうだった。


「アンディ、私、何か変?」

「い、いや、とんでもない! その、今日のティーナは綺麗だなって……」

「ええっ?」


 そう言われて初めて、今日の私は髪を結い、お化粧をしてもらっていたのだということに思い至る。


「な、何でもない! 気にしないでくれ!」

「んー、社交辞令なんていいのに」


 そういえば、ジェーンさんも綺麗と言ってくれていたが、あれもアンディと同じく社交辞令だろう。私だって、そのぐらいは(わきま)えている。

 神殿にいた頃から、「みすぼらしい、紛い物の無能聖女」とか「人前に立つには恥ずかしい容姿」とか、散々言われてきたのだから。


 けれど、真に大切なのは容姿ではなく、心の方なのだ。

 女神様は、正しい心を持つ者を幸せに導いてくれる――私はそう信じて生きてきた。

 現に、神殿を出てすぐに、運良く好条件の依頼を見つけることができたし、素敵な人たちに巡り合い、自由でやりがいのある素晴らしい仕事を得ることができた。

 女神様は、どんなに価値がなくても、正しくあろうとする心を持つ私を、見捨てなかったのだ。


「……ティーナは社交辞令って思ってるかもしれないけど、オレは」

「えっ?」


 どういうことだろう。もしかして、アンディは本気でそう思ってくれているのだろうか?

 けれど、私はその考えを即座に打ち消した。


 ――先ほどギルバート様からも優秀な聖女だなんて褒められたけれど、やっぱり、褒め言葉を素直に受け入れることなんて、私にはできない。

 だって、私は十三年間、無価値でみすぼらしい、無能聖女だったのだから。


「えっと、その、アンディ」

「悪い、忘れてくれ! 変なのは、オレの方だな! オレ、向こうの草刈りしてくる!」


 なんだか変な空気になり、アンディは別の場所に移動してしまったのだった。


「急に褒められても……どうしていいかわかんないよ……」


 私が小さく呟くと、それまでそっと見守っていたらしい視線さん――いや、ギルバート様の魔法の気配は、アンディを追って離れていった。

 おそらくギルバート様は、例の魔法を使って、今度はアンディの審査に入っているのだろう。


「さて、私もお仕事しなくちゃ」


 ランチボックスを置いたら、昼食の前に、今日掃除する部屋の埃を払っておこう。換気をしている間に昼食を取ればいい。

 私は気を取り直して、離れの方へ向かったのだった。



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