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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第一部 無能聖女編

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13. 失敗ポーションが役に立つみたいです

13話から新規のお話と言っていたのですが、すみません。10〜12話でけっこう加筆したので、一話増えてしまいました。

今話まで、短編版と同一内容になります。



 正式に雇用してもらうに当たって、試用期間よりもさらに良いお給金と待遇が提示された。

 さらに、私の出入りできる範囲も、ギルバート様の寝室と執務室を除く全ての部屋に拡張された。

 ギルバート様は、この私室の隣にある執務室から、遠隔通信魔法と転送魔法によって、自らの治める領地の執務をこなしているそうだ。


「それから、君の作った飲用できるポーション……あれは良いな。おかげで、今回の『発作』の際はとても楽だった」

「発作? ご病気を抱えておられるのですか?」

「まあ……、そんなところだ」


 ギルバート様は詳しくは話してくれなかったが、どうやら彼は大きな病気を抱えているようだ。

 私のポーションを飲んだら発作の時の苦しみが改善したらしい。


「そういう訳だから、これから毎日、君のポーションを私に届けてもらえないだろうか?」

「初級ポーションじゃなくて、失敗ポーションでいいんですか?」

「ああ。初級ポーションは苦すぎて飲めなかった。飲んで体内に入れないと、身体の内側から作用してくれないだろう?」

「なるほど、そういう使い方が……」


 私は自分自身が健康だから、そんな使い方があるなんて、思ってもみなかった。

 だが、よくよく考えれば確かに、失敗ポーションには、悪いものを食べてしまった時に胃腸の調子を整えてくれたりとか、そういう作用もあったのだ。

 神殿にいる時に気付いていれば、もしかしたら病気で苦しむ人の助けになれたのかもしれない。

 失敗ポーションが飲めることがわかった時に、誰かに報告していれば……少しだけ、悔やまれる。


「……それにしても、失敗ポーションという言葉は座りが悪いな。私にとっては、失敗でも何でもない、優秀な聖女の成功ポーションなのだから」

「優しゅっ……!?」


 ギルバート様はそう言うと、ふむ、と顎に手を当てて少し考える仕草をした。

 私が驚きのあまりあんぐり口を開けてしまったのには気が付いていないようだ。助かった。


「君のあのポーションは、何かに似ていると思って、ずっと考えていたのだが……ようやく思い出した。昔、一度だけ南国から輸入した、黒い薬湯によく似ている。何という名だったか……確か……」


 ギルバート様はようやく腑に落ちたという顔をして、口角を上げてその名を告げる。


「――そうだ。珈琲だ」

「こーひー? ですか?」

「ああ。豆を煎った香ばしい匂い。苦みの奥にわずかに残る果実の酸味。心安らぐ香りと、癖になる味わい――薬湯でなく、嗜好品にもなり得ると感じたのを覚えている」


 ギルバート様は、懐かしそうに目を細めた。どんな表情をしていても、絵になるお人だ。


「君のポーションは、その珈琲の風味に良く似ている。まあ、君のポーションの方が、琥珀色で美しいが。……よし、決めたぞ」


 ギルバート様は、鷹揚に頷いて、私の顔を見て微笑む。その笑顔がまた破壊的に美しい。さっきから眩しすぎて、瞬きの回数が増えている気がする。


「君が失敗ポーションと呼ぶそれは、これから琥珀珈琲(アンバーコーヒー)と呼ぶことにしよう」

琥珀珈琲(アンバーコーヒー)……! なんだかお洒落です!」


 琥珀色の、珈琲という薬湯に似た、ポーションもどき。失敗ポーションには勿体ない、素敵な命名である。


「貴女が自分のことをどう思おうと、周りが貴女のことをどう思おうと、クリスティーナ嬢、君は私にとって大切な聖女だ。――君をしばらく観察していて確信した。やはり君は、あの時、私を救ってくれた聖女なのだと」

「えっ」


 私は、ギルバート様の言葉に赤面する。

 それと同時に、後半の言葉に首を傾げた。あの時、とは……無能な私が、かつて、誰かを救ったことなどあっただろうか?


「クリスティーナ嬢、これから毎日、私に琥珀珈琲(アンバーコーヒー)を用意してほしい。君にしかできない仕事だ。――どうだ、頼めるか?」

「……っ、はい。もちろんです!」


 優しく目を細めて問うギルバート様に、私は大きく頷いた。『君にしかできない仕事』という言葉に、自然と笑顔がこぼれていく。

 無能聖女の私が、誰かにとって……この美しく孤独な彼にとっての支えになれるのなら、これ以上嬉しいことはない。


「ありがとう。……ただし」


 そこでギルバート様は、笑みを消して真剣な表情をした。


 笑みを消した鋭い金色が、私の青い瞳を射貫く。

 私は、何を言われるのかと身構え、こくりと息を呑んだ。


「週に一度、大地の日の朝だけは、琥珀珈琲を二杯、届けてほしい。そして、大地の日の夜から豊穣の日の朝までは、絶対に私の部屋を訪れてはいけない。良いか、絶対にだぞ」

「……? はい、わかりました。そんなことでしたら」

「……ああ、良かった。感謝する」


 私の答えに、ギルバート様は安心したようだった。絶対に忘れないようにと、心の中にしっかりとメモしておく。


 この国で定められた曜日は、七つ。

 星月、灯火、慈雨、樹木、黄金、大地、豊穣。

 豊穣の日が終われば、また星月の日から週が始まる。


 ちなみに、今日は星月の日だ。私が母屋への出入りを許可されたのは、豊穣の日の朝。

 そういえば、その前日、大地の日の夜に、この部屋のカーテンにペットらしき何かの影が映っていたような気がしたが……しかしこの部屋にはその姿は見当たらないし、声も聞こえない。ペット用品らしき物も、パッと見、なさそうだった。


「あの、ところで、ギルバート様。ペットとかは、飼ってらっしゃいますか?」

「……いや? 飼っていないが」

「そうですか……?」


 なら、あの日見た翼や尻尾の影は気のせいだったのだろう。私は気を取り直して、他の契約条件についても確認を進めていったのだった。


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