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【長編版】無能聖女の失敗ポーション〜働き口を探していたはずなのに、何故みんなに甘やかされているのでしょう?〜  作者: 矢口愛留
第一部 無能聖女編

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12. 屋敷のご主人は高貴な方でした



 三階には初めて足を踏み入れたが、案外、質素な内観になっていて驚いた。


 なんせ、二階にあるギャラリーや、一階にあるボールルーム、応接間などは、いくらぐらいするのかもわからない贅沢な調度品がたくさん置かれているのだ。

 外から初めてこの屋敷を見たときの不気味なイメージからはかけ離れた、豪華な内装だった。


 それが、三階の廊下には、美術品の一つも置かれていない。あるのは、庭に咲いているわずかばかりの花が活けられた花瓶が一つと、それが載せられている背の高い小ぶりのテーブルだけ。

 カーテンは全て閉め切られ、昼間だというのに魔道具のランプが灯っている。


 ジェーンさんが案内してくれたのは、廊下の突き当たりにある部屋の前だった。


「少々お待ちくださいませ」


 ジェーンさんは私に断りを入れて、扉をノックした。


「主様、クリスティーナ様がいらっしゃいました」

「ああ。通してくれ」


 返ってきた声は、低く通りの良い男性の声だった。


「どうぞ」

「……失礼いたします」


 ジェーンさんが道を譲り、私は室内に入る手前で深く礼をする。

 以前ジェーンさんが高貴な方だと言っていたし、屋敷を見れば実際そうなのだろうと思っていたので、私は目線を下げたままで最敬礼をした。


「礼はいい。中に入れ」

「ありがとうございます」


 返ってきたのは、ぶっきらぼうな言葉だ。その言葉通り、私は視線を下げたまま室内に一歩足を踏み入れる。


「クリスティーナと申します。この度は、私を雇っていただき、ありがとうございます」

「堅苦しい挨拶もいい。疲れるだろう。顔を上げてくれ」


 言葉こそ無骨なものだが、そこには、緊張して固くなっている私への気遣いが、はっきりとにじんでいた。

 私が言葉通り顔を上げると、背の高い、立派な身なりの若い男性と目が合った。


 ――まっすぐに私を見つめる、黄金色の瞳。鋭く形良い目を縁取る、長い濃紺の睫毛。高く整った鼻梁。薄い唇はまっすぐに結ばれている。

 闇を溶かしたような、濃紺の髪は少し長めだ。耳には、細長い金色のピアスが揺れている。


 二十代前半から半ばぐらいだろうか。美しい――私がこれまで見たどんな男性よりも、美しく、繊細な容貌を持つひとだった。


 私が屋敷の主人らしき男性に見とれていると、彼は、ふっと口元を緩めて話し始めた。


「クリスティーナ嬢。実際に顔を合わせるのは、初めてだな」

「え? あ……はい、初めまして……?」


 彼の変な物言いがひっかかったものの、私はとりあえず適当に返事をする。彼は、何が面白いのか、目を細めて私をじっと見つめていた。

 じっと見つめられるのは居心地が悪いはずなのに、その視線には、なんだか既視感があって――。


「あっ! もしかして……」

「……悪かったとは思っている。だが、こちらにも事情があってな……プライベートは見ないように気を遣ったつもりだ」

「やっぱり! 視線さん!」


 申し訳なさそうに頷く彼を見て、私は彼があの謎の視線の主だったのだと悟った。

 なるほど、屋敷の主人が直々に私たちを観察していたから、直接顔を合わせていないのに私を信頼し、母屋への出入りを認めてくれたのだ。


「無断で監視して、済まなかった」

「いえ、全然平気です! むしろ見守られてるみたいな感じでしたし」

「しかし、君に話しかけられた時には動揺したよ。まさか、この魔法に気が付いていたなんてな」

「ふふ、なんとなくです」


 私がにこりと笑うと、彼も安心したように表情をゆるめた。


「改めて、私の名は、ギルバート・フォレ・レモーネ・メリュジオン。この屋敷の主人だ」

「ええと、メリュジオン様……って、ええ!?」


 メリュジオン。

 それはこの王都の名であり、王国の名でもあり、すなわち、彼は――。


「お、王家の方……! 大変失礼いたしました!」


 私は慌てて、再び最敬礼をとった。私は頭をフル回転させて、王族の名前を記憶から引っ張り出す。

 ええと、ギルバート様……国王陛下ではない。王太子殿下でもない。そもそも、王太子殿下はまもなく十八歳になるところで、成人と同時に筆頭聖女様と結婚されるから、明らかに年上の彼は王子様のどなたかではない……。


「顔を上げてくれ。先ほども言ったが、堅苦しいのは好きではない。互いに疲れるだろう」

「は、はい」

「クリスティーナ様。主様は、国王陛下の末の弟君。王弟殿下にあらせられます」

「王弟殿下……」


 ジェーンさんが補足してくれて、私は顔を上げる。ギルバート王弟殿下は、笑みを消して重々しく頷いた。


「王弟という言葉も、殿下という言葉も、メリュジオンの名も好きではない。私のことはギルとでも呼んでくれ」

「そ、そんな、恐れ多いです!」

「では、ギルバートと」

「う……ぎ、ギルバート様」

「ああ、それでいい」


 ギルバート様は、満足そうに頷くと、部屋の中央に設えられたソファーに座るよう、私に促した。

 私が素直に従うと、ギルバート様はテーブルを挟んだ向かい側に座る。


「それで、私は君を継続して雇用したいと思っているのだが、君はどうだろうか」

「ぜひお願いします!」

「即答だな」

「はい。私、今の生活がとっても気に入ったんです」

「そうか。ならば、正式な雇用条件を定めようか」


 そうして、私はギルバート様に言われるがまま、雇用条件を決めていった。


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