116. 筆頭聖女様の仮面が剥がれ落ちました
私と筆頭聖女様は、ポーション瓶の蓋を開け、薬液に魔力を注いでいく。
「……あら?」
陛下の口ぶりからすると、上級ポーションを精製するものだと思っていたが――どうやらこれは、中級ポーションの薬液のようだ。
確かに、陛下は『上級』ポーションを精製してもらう、とは明言していなかった。
筆頭聖女様もすぐに気がついたようで、先ほどまでは引き結んでいた唇が緩み、安心したように息を吐いている。
「……終わりました」
「完成いたしましたわ!」
私が精製完了を伝えると同時に、筆頭聖女様の方も完成を告げた。
私の手元には琥珀色の、筆頭聖女様の手元には青紫色の中級ポーションが、それぞれ正しく完成している。
王太子殿下が回収し掲げたそれを見て、貴族たちの間に、僅かにざわめきが広がった。
「ふむ、確かに両者とも、中級ポーションの精製は完璧のようであるな。――さて、神官長。先ほどの件は今は置いておくとして、疑問があるようだから、発言を許そう」
「……では、恐れながら」
神官長様は、気を取り直したように、咳払いをした。
肝が据わっているのか、仕事に誇りや責任感を持っているのか、もしくは、ザビニ商会の件の主犯が彼ではないから堂々としているのか――今の私に、それを測ることはできない。
「クリスティーナ様も、聖女の力をお持ちだったのですね。そのような力を持ちながら、あなたは何故、表のつとめを避け、裏の雑事ばかりをこなしておられたのですか?」
「私は……聖魔法の力がほとんどないのだと思い込んでいました。治癒ポーション精製の練習の際に、薬液ではなく、ただの水を使って精製するのだと教わっていたので、なかなか次の段階に進めず……そのまま無能の烙印を押され、他の魔法や薬液の調合を教えてもらうことができませんでした」
「……何ですと? それはまことですか?」
「う、嘘よっ!」
神官長様の驚く声に、筆頭聖女様の悲痛な叫び声が重なる。
神官長様は首をふるふると横に振って、彼女の方を仰ぎ見た。
「……もう一つ、疑問がございます。青紫色のポーションがそこに完成しておいでですが、拙僧は、筆頭聖女様のポーションが銀色に輝くものであったと記憶しております。これはどういう――」
「――っ! そ、それは……っ、上級ポーションは、中級ポーションとは色が変わるから……っ」
「いいや、嘘だね。薬液を変えたところで、魔力色に変化は齎さない」
筆頭聖女様の言い分を遮ったのは、またしても王太子殿下だった。
「これからひとつ、実証実験をします。皆さん、僕の手元をよく見ていてもらえますか?」
王太子殿下は、一人の女性使用人を手招きして呼び寄せた。顔がよく見えないほど分厚い眼鏡をかけ、サイズの大きな使用人用の頭巾を被っている。
彼女は、透明な空き容器をトレイの上に載せていた。
「ありがとう」
目尻を下げて使用人の女性にお礼を言う王太子殿下の声色は、筆頭聖女様に対するのとは異なり、丁寧で優しげなものだった。
かつて、筆頭聖女様からは、王太子殿下と仲睦まじいようなエピソードをたくさん聞いていたのだが……今私の目に映る二人の間には、とてつもなく大きな溝があるように思える。
「まず、こちらがクリスティーナ嬢が作ったポーション。これを何も入っていない容器に移し替えます。ここにセレスティアが作ったポーションを混ぜると――」
王太子殿下が言葉通り、私たちがたった今精製した中級ポーションを、一つの容器に移し替えて混ぜ合わせていく。
すると、ポーションの薬液はみるみるうちに灰色に濁ってしまった。
「――これが、筆頭聖女のポーションの正体。そうだろう、セレスティア?」
陛下や王太子殿下はすうっと鋭く目を細め、貴族たちは開いた口が塞がらないと言った様子で、じっと筆頭聖女様の方を見ていた。
筆頭聖女様は、諦めたように虚ろな目をして、うつむいている。
「ティーナに治癒魔法の指南をしていたのは、筆頭聖女、あなただと聞いている。調べれば記録も出てくるだろう。あなたは、それでもティーナに精製を諦めないようにと仕向けて、魔力を込めた水を作らせ続けた。そして、上級ポーションの薬液にティーナの魔力水を加え、その上から自身の魔力を込めて、上級ポーションを精製していた」
ギル様は、冷たい声でそう告げた。さらに、王太子殿下も続ける。
「だからこそ、クリスティーナ嬢が叔父上と共にフォレ領へ移ってから、君は上級ポーションを精製しなくなった……いや、出来なくなったんだろう?」
ギル様も王太子殿下も国王陛下も、神官長様も貴族たちも、いまや蔑むような視線を筆頭聖女様に向けている。
そこにさらに追い打ちをかけたのは、国王陛下だった。
「というわけだ。まことの筆頭聖女ならば、上級ポーションの精製も可能だろう。では――今度こそ、上級ポーションの薬液を二人に渡す故、この場で精製に挑戦してもらおうか」
そうして再び運ばれてきた薬液は、今度こそ、ツンとした匂いを放ち粘度のある、上級ポーションの薬液だ。
私は、頷いてすぐさま精製を始めた。
対して、筆頭聖女様は――、
「……無理よ……、できないわ」
ぽろぽろと涙をこぼし、ポーション瓶の蓋を開けることすらせずに、ただ嘆いている。
「……認めますわ。わたくし……、クリスティーナの魔力水を使って、上級ポーションを精製していました。皆様を欺くような真似をして、申し訳ございません……」
私が精製をしているのを横目に、筆頭聖女様は素直に謝罪をしたのだった。
そんな彼女に、王太子殿下はわずかに声色を和らげて尋ねる。
「――セレスティア。何故、そのような真似を?」
「……わたくしは、羨ましく――同時に憎かったのよ。努力もせず、何もかも手にしている人たちが」
そう言って、筆頭聖女様は語り始めた。




