115. 謁見は緊張します
私とギル様を乗せた馬車は、王宮への道を進んでゆく。
馬車のカーテンは開いたままになっており、時折こちらへ手を振る人の姿が見える。
ギル様は美しい微笑みを張り付けて、そういった人々に手を振り返すので、私も彼に倣って微笑みながら時折手を振った。
王都の街並みが、夕焼け色に美しく照り映えている。
大通りは仕事を終えて帰宅する人たちで混雑していた。
王家の紋章のついた馬車は、人並みを縫ってゆっくりと王宮への道を進んでゆく。
そうして王宮に到着した私たちは、待たされることなく、早速謁見の間へと案内された。
王宮へは初めて来たが、目に映る何もかもが豪奢で煌びやかだ。
夜会が開かれているわけでもないのに、こんなに豪華絢爛なところで毎日過ごしていたら、眩しすぎて目が潰れそうである。
たくさんの騎士が詰めているのはフォレ城と同じだが、辺境騎士団と違って白い騎士服だ。
洗練された黒い騎士服と異なり、無駄な飾り紐や布地がやたら多いのが少し気になる。動きにくくはないのだろううか。
人の多さも建物の大きさも、調度品や設備へのお金のかけ方も桁違いだが、私は無骨なフォレ城の方がやはり落ち着く。
そんなことを考えながら歩いていたら、どうやら謁見の間に到着したらしい。
両側に控えていた騎士たちの手で扉がゆっくりと開かれていく。
開かれた扉の向こう側、中央に座して待っていたのは、国王陛下と、王妃殿下。
国王陛下の横には王太子殿下が、王妃殿下の横には女性の王族らしき方と、神殿の長である神官長様が立っていた。
さらに、要職についていると思わしき多数の貴族たちが、赤い絨毯の脇に控えている。
たくさんの視線にさらされて、私は思わず、エスコートしてくれているギル様の腕をきゅっと握ってしまった。ギル様は私の緊張を察知し、「大丈夫だ」と耳元で囁く。
私たちは所定の場所で立ち止まり、臣下の礼をとる。陛下から「楽にせよ」と声がかかり、私たちは礼を解いた。
「ギルバート、それからクリスティーナ嬢。此度は遠きフォレの地から、よくぞ参ってくれた。そして二人は婚約したと聞いている。私から、心からの祝福を贈ろう――おめでとう」
そう言って陛下は、目を細めて微笑んだ。歳は離れているけれど、ギル様とよく似た仕草だ。
「「ありがとうございます」」
私たちがお礼を言って再び頭を下げると、あちらこちらから拍手の音と、祝意を示す声がかけられた。
「ところで、クリスティーナ嬢はかつて神殿で暮らしていたと聞いた。神官長よ、どうだ? 彼女に見覚えはないかな?」
「は……神殿で、でございますか? 僭越ながら、お尋ね申し上げます。それは、聖女として……でございましょうか」
「うむ、そう聞いておるが。違うのか?」
「――いえ、紛うことなく、ティーナは聖女です」
困惑したように視線を彷徨わせる神官長様と、わずかに眉間に皺を寄せた国王陛下に返答をしたのは、ギル様だった。
「弟は彼女が聖女だと言っておるが、神官長、本当に見覚えはないのか?」
「……クリスティーナ様……ピンクの髪と青い瞳……、もしかして」
神官長様は、私をじっと見つめたと思えば、突然はっと息を呑んだ。どうやら私の正体に気がついたようだ。
「おお、やはり聖女であったか。フォレ領でもかなりの功績を上げたと聞き及んでおる。神殿にいたときも、さぞ優秀な聖女だったのであろうな」
「いえ、しかし陛下。彼女は確か……」
「――聖女のつとめをまともに熟すことができない、無能聖女……でしたか?」
ギル様が冷たい声で告げた言葉を聞き、神官長は肯定するように黙り込んだ。陛下は逆に、面白そうに片方の眉を吊り上げた。貴族たちの間に、さざ波のようなざわめきが広がってゆく。
「ふむ、皆の者。少し静粛にな」
陛下はパンパンと手を打ち、貴族たちの囁く声を制した。
ギル様が、陛下には事情をある程度伝えてあると言っていたから、この会話劇もギル様と陛下の掌の上なのだろう。
「さて、諸君。皆に集まってもらった理由の一つが、まさにその件なのだ。まもなくもうひと組の主役が到着する頃であろうが……ふむ、噂をすれば、であるな」
陛下がそう言って扉の方へと視線を流すと、謁見の間の扉が再び開かれていく。
私とギル様は、少し横に避けて道を空けた。
開いた扉から姿を現したのは、銀色の髪と紫色の瞳を持つ美女と、彼女をエスコートする中年の男性――。
「マクファーソン侯爵、セレスティア嬢。急な呼び出しにもかかわらず、よくぞ参ったな。楽にするが良い」
背筋を伸ばした筆頭聖女様の瞳が、私を捉えて大きく見開かれる。その視線には、鋭い悪意がこもっていて、私はふるりと小さく身震いした。
すぐさま、ギル様が私の腰を引き寄せ、筆頭聖女様の視線から私を遮ってくれた。
「して、そなたたちが呼ばれた理由は分かるか?」
「……いえ、恐れながら……」
国王陛下が、侯爵と筆頭聖女様に交互に厳しい視線を寄せる。
筆頭聖女様はびくりと身を震わせたが、マクファーソン侯爵はしらを切るつもりなのか、本当に分かっていないのか……視線を下げながら黙秘した。
「では、単刀直入に申す。そなたらには、いくつもの不正の容疑がかかっておる」
貴族たちの間にまたしてもざわめきが広がるが、今度は王太子殿下が「静粛に」とそれを制した。
「まずは、マクファーソン侯爵。最も大きな不正は、そなたの傘下であるザビニ商会が神殿と癒着し、金品の授受や取引の私物化、市場価格の不正操作、さらには違法な物品や人身の取引までも行っていた件だ。証拠も掴んでおる。……これについては神官長、並びに我が妹よ。そなたらにも後ほど話を聞かねばなるまい」
「いえ、拙僧は――」
「黙れ。今は余が話している所ぞ」
反論しようとした神官長様を、陛下は強い圧力で制した。王妹殿下は、神官長様のローブの袖口を不安げにきゅっと引き、手に持っていた扇で顔を隠している。
「そして、筆頭聖女セレスティアよ。そなたは我らを謀り、侯爵家とザビニ商会の力を利用して筆頭聖女の座に着き、思うがままに権力を振るっていたという嫌疑がかかっておる」
筆頭聖女様の顔からは、すっかり血の気が引いている。陛下は続けた。
「そなたは、金品や珍しい異国の品々をもって神官長と我が妹に取り入り、若くして上級聖女の地位に就いた。当時のそなたの魔力は、並よりも少し上程度だったという記録が残っておる。されど、そなたは齢十三にして、何故か上級ポーションの精製に成功した――これには、絡繰りがあったようだな」
そう言って陛下は、王太子殿下に目配せをした。
彼はひとつ頷くと、後ろにあった小机から、ポーション瓶を二本取り出した。
王太子殿下は御自ら、私、そして筆頭聖女様へとその瓶を手渡す。
「その絡繰りを明かす前に、皆、刮目してほしい。今から、筆頭聖女であるセレスティア嬢と、無能聖女と呼ばれたクリスティーナ嬢に、同時にポーションを精製してもらう。二人が上級ポーションを精製できるか否か――」
「お、お待ちください、陛下! 今は夕方でございます。わたくしは、魔力が減って――」
「セレスティア、何を言っているんだ?」
言い訳をする筆頭聖女様に鋭く切り返したのは、彼女の婚約者である、王太子殿下だった。
「君は今日の昼間、僕と一緒に王宮で食事会をしていただろう。無駄に着飾るための準備時間も必要だったろうから、神殿でのつとめはなかったはずだよ?」
「……っ! そ、その食事会の際、通りがかりに料理人が火傷をしたというのが聞こえて、その治癒を……」
「逆に聞くけれど、セレスティアの魔力量は、たった一人の火傷の治癒程度で枯れてしまうようなものなのかい?」
王太子殿下は、冷たい視線を筆頭聖女様に送った。筆頭聖女様は、うつむいて唇を噛んだが、すぐに再び苦しい言い訳をする。
「……そ、それ以外にも怪我をした使用人が何人かいるのですわ」
「へえ、一体どんな事故があってそんなことになったのか、気になるところだね? ちなみに、怪我をしたのは誰だい? 筆頭聖女の貴重な治癒魔法を私物化するような愚かな使用人はいないと思うけれど……何なら全員呼び出して確認をしようか?」
「……い、いえ、そこまでなさらなくても」
「なら、御託は良いから早く精製をするんだね。――クリスティーナ嬢、あなたも精製をお願いできますか?」
「はい。承知いたしました」
私は王太子殿下に承諾の言葉を伝え、筆頭聖女様は無言のまま、それぞれポーション瓶の蓋を開けて薬液に魔力を込め始めたのだった。




