114. リミッターが外れました
ティーナ視点に戻ります。
――*――
強い光が、カーテンの隙間から差し込んできて、私はゆっくりと瞼を開ける。
「ん……あれ、ここどこ……、って、そっか」
久しぶりに離れで迎えた朝に、私の脳が一瞬混乱した。
――昨夜は、色々なことがあった。
ギル様の呪いのことを知り、彼が勇気を振り絞って真実の姿を見せてくれて、私が受け入れたことで呪いが解けて。
鉱山で怪我をした人たちを治療して、リアとアンディに再会して、そのまま王都まで猛スピードで空を飛んで……。
夢だったのだと言われた方がまだ納得できるぐらいなのだが、私がこうして王都の別邸にいるという事実が、全力で夢説を否定してくる。
「時間は、昼より……少し前?」
昨日は遅くまで起きていたから、流石に少し寝坊してしまったようだ。
私はとりあえずベッドから起き上がり、身支度を調えて、ギル様がいるはずの母屋の方へ向かった。
母屋の扉をそっと開き、音を立てないように三階へ続く階段を昇っていく。
もしかしたら、ギル様はまだお休みになっているかもしれないからだ。
ところが、その懸念は無駄だったらしい。
「おはよう、ティーナ」
「あっ、ギル様。おはようございます」
三階へ向かう途中の踊り場で、ギル様と鉢合わせしたのである。
「昨夜はよく眠れたか?」
「はい、お陰様で。ギル様も休めましたか?」
「ああ。そろそろ、離れにティーナを迎えに行こうと思っていたんだ。丁度良かった」
ギル様は美しく微笑んで、私の手を取り一階へ向けてエスコートしてくれた。
「ギル様、お身体はなんともないですか?」
「ん? この通り、元気だよ。夜が明けても、女神の力は身体に馴染んだまま。むしろ、今までよりも調子が良いぐらいだ」
階段が狭いから今はやらないけれど、女神の翼もいつでも出せる――ギル様はそう言って悪戯に目を細めた。
その表情は晴れ晴れとしていて、どこか楽しそうだ。余程調子が良いのだろうか。
「先ほど、転移魔法でフォレ城に顔を出してきた。食事と着替えを持ち帰ったから、とりあえず昼食にしよう」
「えっ? フォレ城に戻ったのですか?」
頷くギル様を見て、そういえば彼は、大地の日の夜限定でフォレ領と王都を行き来できる長距離転移魔法を発動できるのだったということを思い出した。
「これからは大地の日に限らず、いつでも王都とフォレ城を行ったり来たりできるな。まあ、魔法薬や魔道具は転送できないし、私以外の人間を伴っての転移もできないのが難点だが、それでもかなり便利になる」
「そっか……そうですよね。昨夜は私がいたから、転移魔法ではなく、女神様の翼でここまで移動したんですね。お手間をかけさせてしまって、すみません」
ギル様一人だったら、本来、あんなに大変な旅をする必要はなかったのだ。
とは言っても、私は彼の腕の中に収まっていただけだったから全然大変ではなかったのだが、ずっと私を抱き上げていたギル様は疲れたに違いない。
「それはその通りだが、私はあの旅路も楽しかったよ。手間や時間をかけても、君と一緒に空の旅ができて嬉しかった。……ティーナは、もしかして嫌だったか?」
「いいえ、全然! 私も楽しかったですし、嬉しかったですし……幸せな時間でした」
「幸せ? 本当に?」
「はい!」
本来、風魔法の使えない私が、上空から景色を見下ろすことなんてない。
だから、ギル様との空の旅は貴重な経験で、本当にわくわくしたし、それに――本人には内緒だが、ずっとギル様とくっついていられてドキドキしたし、嬉しかったのだ。
「なら、良かった。帰りもまた、空を飛んで帰ることになると思うから」
「ふふ、楽しみにしてます」
私がそう言って笑えば、ギル様も嬉しそうに笑みを返してくれた。
「食事が済んだら、来客がある。甥が手配した、信頼できる侍女たちだ。彼女たちに手伝ってもらい、君の身支度が済んだら、夕方から王宮へ向かい、陛下や国の重鎮たちと謁見をする」
「えっ、王宮? 謁見……!? わわわ私も!?」
「ティーナなら、何の問題もないよ。これまで、家庭教師に教わって頑張ってきただろう? それに、何かあっても、必ず私が君を守る」
「はわわわわ……!」
王都に来た時点で、ギル様が王宮へ出向き国王陛下たちとお話をするのだろうな……というのは予想していた。
私もいつか陛下にお会いすることになるのかもしれない、とぼんやりと考えてはいたが、それがまさか今日だなんて、一体誰が想像できただろうか。
大体、陛下はお忙しい身のはずだ。それが昨日の今日でいきなり謁見だなんて、ギル様はどういう手を使ったのだろう。
いつの間にか王宮に連絡を入れていたことも驚きである。
「ティーナ、本当に何も心配することはないよ。すでに陛下にはある程度話を通してあるし、君は聞かれたことに正直に答えるのと、あとはポーションを精製してくれれば良いだけだから」
「受け答えと、ポーションを……」
「ああ。気負わず、普段通りにしてくれればいい。領内の視察の際も、君は立派だった。その延長線上だと思えばいいんだ」
私はおずおずと頷く。ギル様の表情は、私とは真逆で、自信に満ちあふれていた。
*
食事が終わって少しゆっくりしていると、ギル様の言ったとおり、王宮使用人の制服を着た男女が数人、屋敷を訪れた。女性の方が人数が多い。
男性使用人はギル様のもとへ。女性使用人は私の支度を手際よく手伝ってくれて、お風呂に着替えにお化粧にと、私はすっかり磨き上げられた。
ドレスは謁見に相応しい、飾りが少なく上品なデザインの、質の良いものだ。
ギル様の髪色を思わせる紺色のなめらかなサテン生地に、夜空に輝く星のように黄金色のビジューが散りばめられている。
支度を終えた私が客室の中で待っていると、ギル様が迎えに来てくれた。
「ティーナ、支度はできたか?」
「はい」
返事をすると、ドアが開かれ、正装姿のギル様が姿を見せた。
「わあ……ギル様、素敵です……!」
辺境騎士団の黒い騎士服姿やカジュアルな服装はよく見ていたが、貴族式正装のギル様を見るのは初めてだ。
正装姿のギル様は、それはもうこの世のものとは思えないほど麗しくて美しくて、私は思わず見とれてしまった。
「……っ」
ギル様は、ドアノブに手をかけたまま、なぜかその場で固まっていたが、すぐに我に返って私の近くへゆっくりと歩み寄った。
壊れ物に触れるようにそっと私の手を取ると、婚約指輪の嵌まった左手の指先に、優しく口づけを落とす。
「ティーナ……とても綺麗だ。このままここに閉じ込めて、誰にも見せたくないぐらい」
「ギル、さま」
ギル様の黄金色の瞳が、甘く蕩ける。
その熱い視線と美しい笑顔の破壊力に、私の心臓はとくとくと高鳴って、全身に甘い痺れが走った。
「だが、そういうわけにはいかないし、私の色を纏った君を連れ歩き自慢したい気持ちもある……難儀なものだな」
ギル様はそう言ってふっと笑い、「さあ行こうか」と玄関までエスコートをしてくれた。
庭には王家の紋章が描かれた馬車が停まっていて、私たちはそれに乗り込む。
「あれ、馬車? 林道は馬車が通れなかったはずじゃ」
「今朝、邪魔な木を退かして土を均しておいた」
「け、今朝!?」
たった一日で、一人で馬車道を作ってしまったというのか。
フォレ城へも行っていたというし、彼は今日、ちゃんと眠ったのだろうかと心配になる。
「魔力がいくらでも使えるというのは、本当に便利だな」
そう言ってにこにこと笑う彼は何だか楽しそうで、疲れなど微塵も感じさせない。
呪いが祝福に変わったことで、何らかの心身のリミッターまで外れてしまったのではないだろうか。
私は苦笑いして、「あまり無理しないでくださいね」と言うしかなかったのだった。




