113. 王宮へ ★ギルバート視点
ギルバート視点です。
――*――
久々に戻ってきた王都の別邸でティーナを休ませて、私は一人、王宮へと向かっていた。
あの別邸なら、私が置いてきた魔道具によって守りも盤石だ。さらに、神力も使って空間歪曲魔法も重ねがけしてきたから、何人たりとも屋敷を見つけることはままならないはずである。
時刻は、まだ夜明け前。
普通ならばこんな時間に王族に面通しを乞うのは無礼に当たるが、全てを確実に終わらせるのならば、今夜中に行動に移す必要がある。
幸い、私には王宮内に強い味方が存在する。
これでも王弟であるし、協力者である『彼』の手引きを得ることができれば、何の問題もない。
私は急ぎ足で王宮に向かいながら、『彼』に連絡を取った。
『王都へ到着した。今からそちらへ向かう』
事前に準備しておいた短い手紙を取り出し、転送魔法で直接『彼』の元へと送りつける。
『ご連絡お待ちしていました、叔父上。全て上手くいったようで、僕も心から嬉しいです。すぐに手配しますので、正門からお入り下さい』
協力者――私の甥、王太子ロレンツォも、私からの連絡を待っていたようだ。
手紙を送ってすぐ、別邸のある林道を出るか出ないかという辺りで、流麗な筆致の返信が私の手元に届いた。
「ふ。ロレンも随分成長したものだな」
非常にスムーズに行われた手紙のやり取りに、ロレンが努力してきたことをひしひしと感じる。
私は年の近い甥の成長に驚きと喜びを覚えて、小さく笑った。
ロレンとこうして転送魔法で自由に連絡を取り合えるようになったのは、つい先日のことだった。
転送魔法を含む空間魔法は、習得が非常に難しい分野だ。
召喚魔法のように特別な資質が必要になるわけではないが、論理的思考力や空間認知能力、並列処理能力、精緻な魔力操作などが必要になるため、誰にでも習得可能というわけではない。
王太子としての教育や公務の傍ら、これを習得したのは、類い稀なる努力の賜物と言って良いだろう。
「これまでは伝書鳥と暗号を利用して連絡を取り合っていたが……成人の式典の後で、転送魔法を実演して見せてくれたときには驚いたな」
ロレンは年齢が私と五つしか離れていないこともあって、幼い頃から、私を兄のように慕ってくれていた。
私にとってもロレンは、実兄や実姉よりも歳が近く、気安く話せる弟のような存在だった。
しかし、十三年前。
メリュジオンの呪いによって私がフォレの地へと送られ、それ以降は、ロレンと直接関わる機会はなくなってしまった。
ただ、他の王族たちと違って、ロレンは幼くメリュジオンの呪いのことがよく分かっていなかったのか、私に呪いが降りかかった場面に居合わせても、唯一、嫌悪の感情を見せなかった。
それ以降もロレンは伝書鳥で時々連絡をくれたし、五年前に父の崩御と兄の即位のために私が王宮に顔を出した際も、再会を喜んでくれたものだ。
だが、五年前のロレンは、王家とマクファーソン侯爵家の事情に巻き込まれて悩んでいる様子だった。
そのため私は、開発途中だった転送用の魔道具を一セット、ロレンに譲ったのだ。
対になる二つの魔道具の間で、手紙程度の小さな物のやり取りができる、試作品。
距離が離れすぎていれば使えないが、王都の貴族街と王宮程度の距離なら、問題なく作動するものだ。
ロレンはこれまでずっと、対になる相手と共にその魔道具を愛用していたようだ。
それと同時に、もっと長い距離でも転送魔法を発動できるよう、空間魔法の学習に精を出し始めたらしい。
彼の学習の進捗は、伝書鳥を用いた手紙でもある程度は聞いていたが――実際に見せてもらって、本当に驚いたものだ。
「あの式典の後はまだ近距離にある目標魔力への転送しかできなかったが、私が少し手ほどきをすればすぐに吸収していった。ほんの数ヶ月で、フォレ領にまで手紙を転送できるようになるとはな」
転送魔法を自由に扱えるようになったというロレンが連絡を寄越してくれたのは、昨日――いや、日付が変わっているから、一昨日の夜のことだった。
このタイミングで、信頼できる者との連絡を取り合うことができたのは、ティーナ風に言うとまさに女神の導き、だったのだろう。
私よりもずっと前から『まことの愛』を知っていたであろうロレンが、ああして後押しをしてくれたからこそ、私は勇気を出して全てをティーナにさらけ出すことができた。
今夜だ。
私も、ロレンも、全てを終わらせるため――いや、違う。
これから新しい未来を始めるために、今夜、そして明日の私たちの行動に、全てがかかっている。
私は気を引き締め、王宮までの道を急ぎ駆けていったのだった。
*
王宮の正門に到着した私は、騎士たちに何も尋ねられることなく、堂々と王宮内に招き入れられた。
夜明け前の正門の開放は、異例中の異例。普通ならば、開門時刻まで待たされるか、裏門に通されるのが常だ。
門をくぐり、重厚な扉が開かれた先で待っていたのは、ロレンだった。
私よりも明るい青髪を後ろに流して緩く結った、線の細い美男子だ。レモン色の瞳が、私を捉えて嬉しそうに和らぐ。
「叔父上! 本当に――、ようこそおいで下さいました」
「ロレン……ああ、直々の出迎え、感謝する。それで、兄上は?」
「謁見の間にて、既にお待ちいただいております」
「わかった。では、行こうか」
頷いて歩き出した私の横に、ロレンが並ぶ。
「叔父上、おめでとうございます」
他の者に聞こえないような小さな声で、私の耳元でロレンは囁く。
「ああ。ロレンのおかげでもあるよ。ありがとう」
私はふっと目元を細めて、小さい声で感謝を告げた。
扉の両側に立つ騎士たちが、重厚な扉を開く。
廊下から続く赤い絨毯の終点には、並び置かれた玉座が二つ――その片側に、国王陛下は座して待っていた。
私は普段の謁見と同様に頭を下げようとしたのだが、国王陛下……兄上は「堅苦しい挨拶は良い」と一言告げて、すぐに人払いをした。
「陛下。このような夜分に、申し訳ございません」
「いや、構わぬ。それより――ギルバートよ、ロレンツォから聞いていたが……そなた、本当に女神の試練を乗り越えたのだな」
「はっ。ご覧の通りにございます」
メリュジオンの呪い――ではなく、女神の試練。
美しく飾り立てられた兄上の言葉も、以前であれば反発心を覚えていただろう。だが、呪いを乗り越えた今ならば、さもありなんと思えるのだから不思議なものだ。
「大地の日の日没から、豊穣の日の夜明け。これまで、その間は呪いにより身体が変化し、痛みと熱に苛まれ、苦しい時間を過ごしていました。しかし、番からのまことの愛を得たことで、呪いは祝福へと変じました」
私はそう言って、女神の翼を一時的に顕現させ、すぐさまそれを収めて見せた。
黄金色の光の粒が舞う様を見て、兄上もロレンも息を呑む。
「このように、女神の力は私の魔力と完全に混ざり合い、今では自由自在に扱うことができます」
「呪いは……解けたのだな」
「私においては、そのようです。次の代がどうなるかは、まだ分かりませんが」
「――そうか」
兄上は深く息を吐いて、玉座から立ち上がると、私のすぐ目の前までゆったりと歩いてきた。
そして、兄上はおもむろに頭を下げる。
「……陛下……?」
「――すまなかった。弟よ……そなたには、ずっと苦しい思いをさせてきた」
「兄上……、いえ、陛下が悪いわけではないでしょう。頭をお上げ下さい」
「いいや。余はあの日……十三年前のあのとき。そなたに、兄として、年長者として、きちんと声をかけてやるべきだった。当事者であるそなたの気持ちを慮ることもせず、余は……そなたがフォレの地へ旅立つとき、別れの挨拶もまともにできなかった」
兄上はぎゅっと眉を寄せた。ロレンと同じレモン色の瞳には、薄く膜が張っている。
あの日。
私は身体の変化や痛みに加え、周りの王族たちの態度が明らかに変わったことに大きなショックを受けていたのだが――兄上も兄上なりに、ずっと後悔していたようだ。
「だから、今更何を言っているのかと思うかも知れぬが、そなたへの詫びと、感謝と、祝福を贈りたい。弟よ、余に何かできることはないか?」
「……ならば、遠慮なく、私の望みを申し上げてもよろしいでしょうか」
「ああ。叶えられる望みならば、叶えてみせよう」
鷹揚に頷く兄上に、私は、自分の望みと考えを伝えていったのだった。




