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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第六部 黄金色の夜明け編

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112. 月なきみそらの流れ星


 リアとアンディの村を後にして、ギル様は人気のないところで立ち止まった。


「さて……ここから先の旅路は長い。先ほどまでの速さで飛ぶとしたら、到着は明け方近くになるだろう。ティーナは遠慮なく、寝ていてくれ」

「ギル様、やはり王都へ行くんですか?」

「ああ、そのつもりだ。気がついていたんだな」


 私が頷くと、ギル様は目を細めて私の手を取った。


「機は熟した。私は、全て終わらせに行きたい」

「終わらせに……?」

「無茶で強引なことを言っている自覚はある。だが……どうしても、今でなくてはならないんだ」


 ギル様の瞳に、不安がよぎる。

 私の手を包み込むギル様の手に、自らのもう一方の手を重ねて、私はギル様の瞳をじっと覗き込む。


「――いいえ、ギル様。これから、始めに行くんです」


 私が、ギル様から目を逸らさずにそう告げると、ギル様はぱちりと目を瞬かせた。


「だから、無茶でも強引でもいいんです。新しい旅の始まりは、いつだって突然なんですから」


 神殿から旅立った日も、王都の別邸から旅立った日も、突然だった。

 私自身は全く覚えていないけれど、両親の庇護から旅立った日も、突然だったのだろう。

 そしてもちろん、今回の旅だってそうだ。


「そうだな。始めに行こう――君と私とで歩む、新しい未来を」


 ギル様は殊更美しく、愛おしげに笑って、私の手の甲に唇を寄せた。

 私も頬を緩め、心を込めてしっかりと頷く。


「ところで、ギル様。王都まではすごく遠いですけど……魔力とか体力とか大丈夫なんですか?」

「心配ないよ。君は気にせずゆっくり休んでいてくれ」


 ギル様は優しくそう言って、私をスッと抱き上げ、背中に翼を顕現させて宙に舞い上がった。


 しかし、普段から鍛えている上に魔力で強化されているとはいえ、ずっと私を抱き上げていて、疲れないはずがない。


「ギル様、ちょっと失礼します」


 私はギル様に一言だけ断りを入れて、彼の全身にじんわりと行き渡るように、治癒魔法をかけた。

 ギル様と私の身体が、琥珀色の魔力を纏って柔らかな光を放ち始める。


「ティーナ――ありがとう。すごく心地良いよ」

「ふふ、良かったです」


 時刻はもう夜半、どうせもう誰も外になんか出ていないだろう。

 空の一点がぼんやりと光っていたところで、どこか遠くの星が瞬いているようにしか見えないはずだ。

 救護室で魔力を使ったが、その後ゆっくり食事休憩をとったので、疲労を回復させる程度の弱い治癒魔法をかけ続ける程度なら余裕でできる。


「ティーナも頑張ってくれるのなら、私も全力を出してみようかな。――怖かったら、すぐに言ってくれ」


 ギル様はそんな風に言って、背中だけではなく全身に黄金色の魔力を行き渡らせる。

 くすりと笑ったギル様の瞳孔が、縦に伸びていき――、


「わぁ!? は、速っ」


 角と尻尾も顕現させたギル様は、全身に魔力をみなぎらせたまま、空中で急加速した。

 風のバリアがあるから、風圧も轟音も揺れも問題ないのだが、眼下の景色が物凄い勢いで流れていく。


「平気か、ティーナ? 慣れるまでは少しきついかもしれないな」

「な、なんとか大丈夫ですっ」

「そうか――じゃあこのまま行くぞ」


 そうしてギル様は、これまでも充分速かったのだが、それを大幅に上回る物凄い速度で、王国の空を南下し始めたのだった。


 月無き御空に、黄金色と琥珀色の光が、長く静かに尾を引いてゆく――。





 結局、王都上空に到着したのは、夜明けよりもかなり前の時刻だった。


「まだ暗いが、王都には夜番の騎士たちがいるし、街の周囲には魔法障壁も張られている。気がつかれたら面倒だ。王都からも街道からも少し離れた所に降りよう」


 その言葉通り、ギル様は王都から少し離れた位置にある森の外れに降り立った。

 本来は魔物が生息している場所らしいのだが、魔物たちはギル様の神力が本能的に怖いのか、全く近寄ってくる気配がない。


「でも、ギル様。今は王都の入り口は閉鎖されているのではないですか?」

「ああ。確かに、城門の跳ね橋は上がっていて、一般の者は通れなくなっているな」

「一般の……ということは、王族のギル様なら通れるということですか?」

「王族に限らず、夜間に急使が来る場合もあるから、門番の判断で臨時で開門することもある。しかし、今回は違う方法を使おうと思っている」

「違う方法?」


 ギル様は答えることなく意味深な笑みを浮かべて、街道とは反対側――跳ね橋のある場所から離れる方向へと歩き始めた。

 私はギル様の後について歩きながら、頭に疑問符を浮かべてギル様を見つめる。

 しばらくして、城壁を取り囲む堀のへりまでやって来たところで、ようやくギル様は答えを教えてくれた。


「風魔法でここを飛び越えて侵入する」

「えっ? 大丈夫なんですか?」


 先ほどギル様も言っていたが、空を飛ぶ魔物などへの対策として、王都の周囲には魔法障壁が張り巡らされているはずだ。

 魔法で城壁を飛び越えて、騒ぎになってしまったらまずいのではないだろうか。


 だが、私の懸念に反して、ギル様は涼しい顔で首肯した。


「この場所に限っては、問題ない。――この城壁の向こう側は、どこに繋がっていると思う?」

「城壁の向こう側……あ、もしかして!」

「そうだ。前に私たちが滞在していた、王家の別邸がある林に繋がっている。ここなら、騒ぎになってもすぐに身を隠せる」


 とはいえ、騎士たちが警戒しているのは魔物の持つ瘴気だから、瘴気を持たない通過物に関しては大きな騒ぎになる可能性も低い――とギル様は補足した。


「では、そろそろ行こうか」


 ギル様は私を抱き上げると、魔力の光が漏れないように出力を最小にして、風魔法を発動した。山吹色のわずかな光が、一瞬だけ私たちを包み込むと、すぐに消える。

 女神様の翼を使った時とは異なり、草や土を巻き上げたり音を立てたりすることもなく、ゆっくりと地面から浮き上がった。


 私たちはそのままふわふわと空を舞い、ゆっくりと城壁を越え、静かにその内側へと降り立つ。

 そこはギル様の言った通り、見慣れた林道の中だった。

 ほんの数ヶ月前までは毎日過ごしていたお屋敷の塀が、やけに懐かしく感じる。


「わぁ……! 本当に一晩で、王都まで来ちゃったんですね……!」

「そうだな」


 少しの間感慨に浸っていると、門扉の鍵を開けたギル様が、私の手を引いて屋敷の庭へと導いてくれる。


「今日は疲れただろう。もう休もうか。私の部屋で休んでくれても良いのだが……ここなら、離れの方が落ち着くか?」


 正直、ギル様の部屋よりも離れの方が落ち着くのは確かだが、どう返答するのが正解だろうか。

 私が答えに迷っていると、ギル様はふっと笑って、離れの方へと歩みを進めた。


「構わないよ。今日はゆっくり休んでくれ。明日はおそらく、かなり忙しい一日になるだろうから」

「ギル様……、ありがとうございます。なら、お言葉に甘えさせてもらいます」


 ギル様は頷いて、離れの扉の鍵を開けると、扉を開いた。

 ほんの少し埃っぽいが、懐かしい匂いがして、私の頬がゆるむ。


「おやすみ、ティーナ」

「おやすみなさい、ギル様」


 ギル様は私の目元に唇をそっと寄せると、優しい声音で挨拶をして、扉を閉め去って行ったのだった。



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