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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第六部 黄金色の夜明け編

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111. 自分自身を受け入れて



「いらっしゃいませー!」


 リアが扉を開くと、元気な声が聞こえてきた。

 なんだか、こちらの声も聞き馴染みがある。


「こんばんは、四人がけの席、空いてる?」

「空いてますよー、お好きなところに……って、何だリアか」

「何だとは何よ、馬鹿アンディ!」


 やっぱりいつも通りのやり取りで、私はギル様と顔を見合わせてくすりと笑う。

 戸口のところでリアは口を尖らせ、半分だけ振り返った。


「ねえ、こんな失礼な店やめて別のとこ行く?」

「ちょちょ、悪かったって――て、あれ? 後ろにいるの、もしかして!」


 慌ててリアに謝る声が近づいてきて、ようやくアンディは入り口の方へと顔を出した。

 エプロンを着けトレイを手に持ったアンディが、緑色の目をまん丸に見開く。


「えへへ、こんばんは」

「相変わらずだな」

「あーっ、やっぱり! 何だよリア、ティーナとギルさんが一緒だったんなら、先に言ってくれればいいのに!」


 私とギル様が挨拶をすると、アンディは目をきらきら輝かせてニカッと笑う。

 リアは「ふふん」と笑って、空いている四人がけのテーブルに勝手に座った。

 私たちもリアにならって同じテーブルに腰を下ろすと、カウンターの奥に消えていったアンディが、すぐに水の入ったコップを持ってきた。


「二人とも元気そうで何よりっす! 今日はどうしてこんな辺鄙な村に?」

「食事がまだでな。アンディ殿が食堂の息子だと言っていたのを思い出して、立ち寄ったんだ」

「それは光栄っす! ……公爵様御用達って看板かけようかな?」


 後半は、口元に手を当てて私たちだけに聞こえるように、ひそひそと言う。

 さすがにアンディも、ギル様の正体がバレて騒ぎになるのは厭ったようだ。


 ……とはいえ、村の外から来たよそ者というだけでも目立つのに、ギル様の端麗な容姿はかなり人目をひく。

 現に、他のテーブルについているお客さんたちも、ばっちりこちらに注目していた。


 しかし、肝心のギル様はというと。


「はは、構わないぞ。二人には世話になったからな」


 声を落とす様子もなく、機嫌よさげに笑ってそう言った。


「えっ、マジ? マジでやりますよ?」

「ああ。何ならサインも飾るか?」


 悪戯に目を細めてそんな風に言うギル様に、アンディもリアも驚いている様子だ。


「なんか、すげえ変わりましたね。まだ二週間も経ってないのに」

「色々あったからな」

「そうみたいですね。あはは、何かとってもいい顔してるね、二人とも」

「肩の力が抜けたっていうか、何か吹っ切れたっていうか。うん、オレも今の方がいいと思うぜ」


 二人の言葉に、私とギル様は顔を見合わせて微笑み合う。

 温かい視線が二人から寄せられて、少しだけ恥ずかしくて――でも、何より、嬉しかった。


「さて、じゃあお腹もすいたし、そろそろ注文していい? お二人は何を召し上がります? あたしのおすすめは――」


 リアとアンディにメニューの説明をしてもらいながら、注文を済ませる。

 アンディが伝票を書きながらカウンター内へ入っていったのを見届けて、リアは声をひそめてギル様に尋ねた。


「それで、お二人がここに来たってことは……もう、アンディが狙われる可能性はなくなったんですか?」

「そうだな。もう問題ない。これから決着をつけるからな」

「決着……、ついに目処が立ったんですね」

「ああ。少し王都が騒がしくなるかもしれない」


 私は隣に座るギル様に、そっと視線を送る。本当は色々なことがあって疲れているはずなのに、凜とした横顔は強い決意と活力に満ちていた。


 私はここまで、ギル様が今日何をするつもりなのか、きちんと尋ねずにいたが――フォレ領を出て隣領に入ったあたりから、何となく想像がつき始めていた。


 ギル様はきっと、過去と決別し未来を掴む決意をしたのだ。

 身を蝕んでいた呪いを祝福に変え、自らを閉じ込めていた檻を壊して。

 月光の影ではなく、太陽の下で羽ばたく決意を。


「――とはいえ、こちらには影響はあまり及ばないだろう。ただ、王都方面に行く機会があったら、面倒事に巻き込まれぬよう気をつけてくれ」

「あはは、心配ご無用です。あたしたちもこの村に帰ってきたばかりですし、しばらくどこにも行きませんよ」


 そう言ってリアは、前髪をかき上げて、アンディが食堂のホールを軽快に動き回っているのをじっと眺める。

 これまでほとんど見たことがなかった鳶色の瞳が、アンディの姿を直におさめようとして、ぼんやりと光を反射した。


「リア、その目なんだけど……いつか私がもっとたくさんの聖魔法を覚えたら――」

「ううん。これはね、このままでいいの」

「え……そうなの?」


 リアは前髪を元に戻して、手ぐしで綺麗に整えながら頷く。


「あたしのこの目は、生まれつきなの。それでも、ぼんやりとなら恋人のシルエットを映すこともできるし、特注の眼鏡を掛ければ文字も読める。アンディの髪が茶色なのも、瞳が緑色なのも、ちゃんと知ってる」


 リアは、そう言ってにこりと口角を上げて微笑んだ。とても優しげな笑顔だ。


「それにね。この目のせいで苦労したことも多いけど、アンディと仲良くなれたのもこの目のおかげなの。だから、ほとんど見えないこの目も、大切なあたしの一部なんだ」

「……セシリア殿は、強いな」

「あはは、公爵様がそれ言います? 今の公爵様、S級冒険者のパーティーにもソロで勝てちゃいそうですけど」


 呪いにずっと苦しめられてきたギル様は、リアの言葉に思うところがあったのだろう。黄金色の瞳を眩しそうに細めていた。

 リアはきっと、ギル様が何を意図したのか気づいているはずだが、あえて触れずに誤魔化している。こういった賢さも、リアの美点のひとつだ。



 そうしている間にも、注文した料理が次々と運ばれてきた。どれも素朴で飾らず、とても美味しそうだ。

 料理を運んできたのは、ぱちっとした目元とふわふわの茶髪がアンディによく似ている女性だった。アンディの母親で、この食堂の女将さんである。


 アンディは厨房で追加の肉を捌いているところだそうで、それが終わったら上がりにするから、ゆっくり喋っていってくれとのことだ。

 肉や魚の下処理はずっとアンディの仕事だったらしい。小さい頃からのこの積み重ねのおかげで、彼は魔物の解体が上手くこなせたのだろう。



 女将さんの言葉通り、アンディも後ほどテーブルに加わって、私たちは約二週間ぶりに賑やかなひとときを過ごした。


 楽しい時間は、あっという間。

 私たちは、閉店の間際、もうすぐ夜半にさしかかるという時刻まで、食事と会話を楽しんだのだった。



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