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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第六部 黄金色の夜明け編

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113/127

110. 十日ぶりの再会です



「閣下! お待ちくだされ!」


 救護室を出て、そのまま外へ向かおうとしていたところで、シニストラ卿とウォードが追いついてきた。

 責任者の男性はいない。彼はまだ救護室だろう。


「何だ、ルーカス」

「……本日は大地の日ですが? これからどちらへ? いつお戻りに?」

「ふ、お前は子供を心配する母親か?」

「強いて言うならば上司を心配する部下……いえ、かつては頼りなかった元教え子の行く末を見守りたい元師匠、ですかな」

「なるほど、違いないな」


 皮肉げに返すシニストラ卿に、ギル様はおかしそうに笑う。


「やり残した仕事を、全て終わらせてくる。戻りは……そうだな、少し遅くなるかもしれないな。その分、来週以降は大地の日もきちんと働くから、許してくれないか」

「……ふむ、なるほど。では仕方ありませんな。なるべくお早めにお願いしますよ。それから、もう一つ」


 シニストラ卿は、片側の頬をぴくりと動かして、頭を下げた。


「――閣下、おめでとうございます」


 シニストラ卿は、頭を下げたままじっと動かない。

 ギル様が私を抱く腕が、わずかに震える。


「……ああ。これまで、苦労を掛けたな。ありがとう、ルーカス」


 ギル様が、感極まったように少し掠れた声で返答をすると、シニストラ卿はようやく顔を上げた。


「公爵閣下」

「ウォード殿……」


 次いでギル様に声をかけたのは、ウォードだった。今日は珍しくよく喋っている。


「……義兄上と義姉上に代わって、お願い申し上げます。どうかその子を――殿下を、幸せにしてやって下さい」

「え? ウォード、今なんて?」


 ウォードが発した言葉の意味が全くわからず、私は驚いて聞き返した。

 しかし、寡黙なウォードからも、私を腕に抱くギル様からも、答えが返ってくることはない。


「ああ、もちろんだ。約束する」


 ギル様がそう返答すると、ウォードの巌のような顔がわずかに緩む。

 私と似た色の青い瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。


「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

「ご武運を」


 ギル様が踵を返して事務所の建物を出て行くのを、二人が見送っているのが、ギル様の腕の中から見えて――私は何となく、そわそわした気持ちになったのだった。





 鉱山を出て少し歩いたのち、再び空へと舞い上がったギル様が向かった先は、いくつか山を越え、川も越えた先――グリーンフィールド領にある、小さな農村だった。

 馬車では二日か三日かという距離のはずだが、女神様の翼ならあっという間だ。

 救護室でもそれなりに時間を使ったのに、まだ家々の灯は消えていない。


「着いたぞ」

「ここは?」

「食事にしようと言っただろう?」


 ギル様はそう言って悪戯に微笑み、人気のないところでゆっくりと地上へ降りていった。


「おーい! おーーーい!」


 私たちが地上に降り立った途端、誰かが誰かを呼ぶ大きな声が聞こえてきた。

 その声はまだ遠いけれど、だんだんこちらに近づいている気がする。


「やはり一番に来たか。流石だな」

「え?」

「……ぜえ、ぜえ……おーいってばぁ!」

「えっ、もしかして、この声……!」


 近づいてきた声に聞き覚えがあって、私はギル様の顔を仰ぎ見た。

 ギル様は優しく微笑んで頷き、私をそっと地面に下ろしてくれた。


「ぜえ、はあ……ティーナぁ! 公爵様ー!」

「あっ、やっぱり! リアだったのね!」

「ぜえ、ぜえ……ものすんごい濃厚な魔力が急速に近づいてきて、最初は警戒したけど、……はぁ、はぁ。知ってる匂いだったから、急いで、来たよ」


 走るのは得意じゃないんだけど、とぼやきながら息を整えるリアに、私はぎゅっと抱きついた。


「て、ティーナ、くるし」

「リアー! 会いたかったよー!」

「大袈裟だね、ティーナ。南の街(サウスシティ)で別れてから、まだ、二週間も経ってないよ」

「だって、これまで毎日一緒にいたから、寂しくなっちゃって」


 リアとは王都からフォレ城までの旅路の最中も、フォレ城に着いてから視察であちこち巡るまでの間も、ほとんどずっと一緒にいた。

 護衛と護衛対象という関係ではあったけれど、私にとっては、大切な友達だったのだ。


「あはは、気持ちはわかるけどさ、そろそろ公爵様の視線が痛いから離してくれる?」

「あっ、ごめんなさい!」


 私が急いでリアから離れると、ギル様がさっと私の腰を抱き寄せた。

 彼はなんだか見覚えのあるような横顔になっていて、私は思わずくすりと笑ってしまう。


「そこまでしなくても、取ったりしないのに……って、あたしが言えた立場じゃないか。あはは、もしかしてあたしもアンディに対してこんな感じだった?」

「うん、こんな感じだった」


 そう言ってまたひとしきり笑っていると、ギル様が咳払いをした。


「ところで、私たちは食事をしに来たんだが。この村には初めて来たから、案内を頼みたい」

「あはは、了解です。村一番の食堂兼居酒屋に案内しますね。案内料は、そうだなぁ……飲み物一杯とおつまみ一皿でどうです?」

「いいだろう。もし店が気に入ったら、追加で好きなだけ奢る、というのはどうだ?」

「よし、乗った! じゃあ早速行きましょう!」


 リアは弾んだ声で承諾して、任せろとばかりに胸に拳を当て、灯りのたくさんついている方へ歩き始めたのだった。



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