110. 十日ぶりの再会です
「閣下! お待ちくだされ!」
救護室を出て、そのまま外へ向かおうとしていたところで、シニストラ卿とウォードが追いついてきた。
責任者の男性はいない。彼はまだ救護室だろう。
「何だ、ルーカス」
「……本日は大地の日ですが? これからどちらへ? いつお戻りに?」
「ふ、お前は子供を心配する母親か?」
「強いて言うならば上司を心配する部下……いえ、かつては頼りなかった元教え子の行く末を見守りたい元師匠、ですかな」
「なるほど、違いないな」
皮肉げに返すシニストラ卿に、ギル様はおかしそうに笑う。
「やり残した仕事を、全て終わらせてくる。戻りは……そうだな、少し遅くなるかもしれないな。その分、来週以降は大地の日もきちんと働くから、許してくれないか」
「……ふむ、なるほど。では仕方ありませんな。なるべくお早めにお願いしますよ。それから、もう一つ」
シニストラ卿は、片側の頬をぴくりと動かして、頭を下げた。
「――閣下、おめでとうございます」
シニストラ卿は、頭を下げたままじっと動かない。
ギル様が私を抱く腕が、わずかに震える。
「……ああ。これまで、苦労を掛けたな。ありがとう、ルーカス」
ギル様が、感極まったように少し掠れた声で返答をすると、シニストラ卿はようやく顔を上げた。
「公爵閣下」
「ウォード殿……」
次いでギル様に声をかけたのは、ウォードだった。今日は珍しくよく喋っている。
「……義兄上と義姉上に代わって、お願い申し上げます。どうかその子を――殿下を、幸せにしてやって下さい」
「え? ウォード、今なんて?」
ウォードが発した言葉の意味が全くわからず、私は驚いて聞き返した。
しかし、寡黙なウォードからも、私を腕に抱くギル様からも、答えが返ってくることはない。
「ああ、もちろんだ。約束する」
ギル様がそう返答すると、ウォードの巌のような顔がわずかに緩む。
私と似た色の青い瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。
「では、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
「ご武運を」
ギル様が踵を返して事務所の建物を出て行くのを、二人が見送っているのが、ギル様の腕の中から見えて――私は何となく、そわそわした気持ちになったのだった。
*
鉱山を出て少し歩いたのち、再び空へと舞い上がったギル様が向かった先は、いくつか山を越え、川も越えた先――グリーンフィールド領にある、小さな農村だった。
馬車では二日か三日かという距離のはずだが、女神様の翼ならあっという間だ。
救護室でもそれなりに時間を使ったのに、まだ家々の灯は消えていない。
「着いたぞ」
「ここは?」
「食事にしようと言っただろう?」
ギル様はそう言って悪戯に微笑み、人気のないところでゆっくりと地上へ降りていった。
「おーい! おーーーい!」
私たちが地上に降り立った途端、誰かが誰かを呼ぶ大きな声が聞こえてきた。
その声はまだ遠いけれど、だんだんこちらに近づいている気がする。
「やはり一番に来たか。流石だな」
「え?」
「……ぜえ、ぜえ……おーいってばぁ!」
「えっ、もしかして、この声……!」
近づいてきた声に聞き覚えがあって、私はギル様の顔を仰ぎ見た。
ギル様は優しく微笑んで頷き、私をそっと地面に下ろしてくれた。
「ぜえ、はあ……ティーナぁ! 公爵様ー!」
「あっ、やっぱり! リアだったのね!」
「ぜえ、ぜえ……ものすんごい濃厚な魔力が急速に近づいてきて、最初は警戒したけど、……はぁ、はぁ。知ってる匂いだったから、急いで、来たよ」
走るのは得意じゃないんだけど、とぼやきながら息を整えるリアに、私はぎゅっと抱きついた。
「て、ティーナ、くるし」
「リアー! 会いたかったよー!」
「大袈裟だね、ティーナ。南の街で別れてから、まだ、二週間も経ってないよ」
「だって、これまで毎日一緒にいたから、寂しくなっちゃって」
リアとは王都からフォレ城までの旅路の最中も、フォレ城に着いてから視察であちこち巡るまでの間も、ほとんどずっと一緒にいた。
護衛と護衛対象という関係ではあったけれど、私にとっては、大切な友達だったのだ。
「あはは、気持ちはわかるけどさ、そろそろ公爵様の視線が痛いから離してくれる?」
「あっ、ごめんなさい!」
私が急いでリアから離れると、ギル様がさっと私の腰を抱き寄せた。
彼はなんだか見覚えのあるような横顔になっていて、私は思わずくすりと笑ってしまう。
「そこまでしなくても、取ったりしないのに……って、あたしが言えた立場じゃないか。あはは、もしかしてあたしもアンディに対してこんな感じだった?」
「うん、こんな感じだった」
そう言ってまたひとしきり笑っていると、ギル様が咳払いをした。
「ところで、私たちは食事をしに来たんだが。この村には初めて来たから、案内を頼みたい」
「あはは、了解です。村一番の食堂兼居酒屋に案内しますね。案内料は、そうだなぁ……飲み物一杯とおつまみ一皿でどうです?」
「いいだろう。もし店が気に入ったら、追加で好きなだけ奢る、というのはどうだ?」
「よし、乗った! じゃあ早速行きましょう!」
リアは弾んだ声で承諾して、任せろとばかりに胸に拳を当て、灯りのたくさんついている方へ歩き始めたのだった。




