109. 今度こそ救護室で治癒します
救護室には、大怪我をした人たちが十数人、詰めていた。
中級ポーションでは痛みを和らげ、治癒を早めることしかできない、骨折の患者さんがほとんどのようだ。
包帯で固定し松葉杖をつきながらであれば歩ける人も中にはいるが――事故現場に近い位置にいたのだろうか、それ以上の重傷を負っている人たちもいた。
「人数が多いが……いけるか?」
「はい。何とか頑張ってみます」
「そうか。魔力枯渇で倒れないように注意してくれ」
ギル様の言葉に頷くと、彼は私の背をそっと引き寄せ、患者さんたちに声をかけた。
「皆、よく聞いてくれ。今から、ここにいる聖女クリスティーナが、あなたたちの傷を治療する。意識があり、重症度の高い者から順に治療していく」
ギル様がそう声をかけると、患者さんたちは歓声をあげたり、祈りのポーズを取ったり、あるいは完全に無視したり、睨み付けたり……思い思いに反応をした。
「今回の事故、私も大変痛ましく思っている。中には、救えなかった者たちもいる。――本当に、申し訳ない。この地を治める公爵として、深く謝罪する」
ギル様は低い声でそう言って、すっと頭を下げた。私もシニストラ卿もウォードも、すぐに彼に倣って頭を下げた。鉱山の責任者も、少し遅れて慌てた様子で頭を下げる。
救護室は、一気に静まりかえった。
「今、私がこの場で見せられる精一杯の誠意として、詫びの印として……どうか治癒魔法の施しを受けてもらえないだろうか。拒否をするというのなら、それもまたあなた方の選択だ。私はあなた方の意思決定を尊重する」
怪我を負って辛い思いをした者、仲間を失って悲しみに沈んでいる者、事故の発生に憤っている者。それぞれに、様々な感情があるだろう。
その感情は、私たちがどうこう出来るものでも、すぐに癒えるものでもない。
けれど、今ここにいる人たちに、今苦しんでいる人たちに、彼らが望むのであれば治癒魔法を施す――それなら、私にもできる。
「……では、ティーナ、始めてくれ」
「はい。任せて下さい」
私は頷き、意思の確認の取れる中で一番重傷と思われる患者さんのもとへと向かったのだった。
*
治癒を始めてから、しばらくの時が経った。
一部の人には治癒を拒否され、暴れ出したところをウォードに抑えてもらったりというトラブルもありつつ、順々に治癒を施していき、次がついに最後の患者である。
「ええと……あなたが最後ですね。私の声、聞こえますか?」
目の前のベッドに横たわる患者は、顔にも身体にも包帯が巻かれていて、年齢も性別もわからないような状態だ。
私たちが救護室に来てから一度も起き上がらなかったので、意識がないのかもしれないと思っていたが、案の定である。
「……彼は、爆発現場のすぐ近くで発見された者です。全身に酷い火傷を負っており、発見時に中級ポーションで処置を施しなんとか命は繋いだのですが、意識が戻らないのです」
私にそう説明してくれたのは、シニストラ卿だ。
私が患者たちに治癒魔法をかけている間に、ギル様と鉱山責任者の男性と三人で書類を囲んで会議をしている様子だったが、いつの間にか終わっていたようだ。
「全身火傷か……意思の確認が取れないなら、治癒を施した方が良いだろう。ティーナ、魔力はまだ平気か?」
「……やってみないとわかりませんが、全力を尽くしてみます」
ギル様に尋ねられて正直に返答したら、ギル様は小さく息を吐いて、なぜか私の腰をがっしりと抱えた。
「ギル様?」
「魔力枯渇でふらつきが出ても倒れないように、私が支えているよ」
「……! ありがとうございます」
それは、全力を出してもいいというギル様からのお達しだ。
本人は心配そうに眉尻を下げて微笑んでいるが、私にも目の前の患者さんを見捨てるという選択肢はなかったから、彼の配慮は嬉しい。
「では、いきます」
私は目の前の患者さんに集中して、包帯の上から手をかざし、治癒の魔力を満遍なく全身に行き渡らせていく。
「……あら?」
治癒を始めてすぐに、私は違和感を覚えた。
何というのだろう……魔物と対峙したときと同じような、寒気がするような嫌な気配が、彼の身体の奥底に纏わり付いているのを感じる。
「どうしたんだ?」
「うーん、何というか……、違和感があるんです。瘴気に似た何か……」
「……瘴気?」
「はい。火傷自体は、すぐに治ると思います。治癒が終わったら、浄化魔法もかけてみていいですか?」
「ああ、頼む」
ギル様と小声でやり取りを交わしている間にも、火傷はみるみる癒えていく。その他の創傷も治癒し、私は魔法を治癒から浄化に切り替えた。
「おお……なんと神々しい光だ! 筆頭聖女様が月なら、閣下の聖女様は太陽といったところでしょうかな!」
浄化魔法は、治癒魔法に比べて分散しやすいため、光量が多くなる。
それを見て、鉱山責任者の男性が興奮気味に声をあげ、治癒を終えた患者さんたちも同意するようにがやがやと喋り出した。
シニストラ卿が「お静かに」とたしなめる声が聞こえる。
そうしているうちに、浄化の魔法が効いたのか、パリンと何かが割れるような音がして、嫌な気配は霧散し消えていった。
「ふう……終わりました……」
「ん、平気か?」
魔力を使いすぎて、足元がふらついたが、すぐさまギル様が支えてくれた。
少しふらふらするものの、気を失うほどではない――のだが、ギル様は私の膝裏に手を入れ、またしても横抱きにして抱き上げた。
「ぎ、ギル様っ」
「ティーナ、無理をさせてすまない。しばらくこのままで休んでくれ」
「いいえ、お役に立てて良かったです。というかこれだとギル様が大変では……」
「何の問題もないよ」
ギル様は私の頬にちゅっと口づけを落として甘く微笑む。公衆の面前だということを忘れてはいないだろうか。
「ルーカス。彼が、重要な何かを隠し持っているかもしれない。精査しろ」
「御意」
私を抱いたままシニストラ卿に何やら耳打ちをしたところを見ると、どうやら人がいることを忘れていたわけではないらしい。
「さて、この通り、私の婚約者――聖女クリスティーナは、疲れてしまったようだ。私たちはこれで失礼する。まだ治癒が不足している者や、今は治癒を受ける意思がなかったが今後希望する者がいるかもしれぬ故、ルーカスに上級ポーションを渡しておいた。申請があった者に、必要に応じて使用することを許可する」
ギル様が皆に向けてそう告げ、シニストラ卿に目配せをすると、シニストラ卿は手に持っていた布を広げ、中に入っていた上級ポーションを皆に見えるように掲げた。
私がロッジで最初に精製し、ギル様の鞄に入れていたものを渡してあったのだろう。
患者さんたちも、責任者の男性も、一緒になって目を丸くして大騒ぎし始める。一般の人は上級ポーションを目にする機会もないし、見たことがあっても、筆頭聖女様の銀色ではないことに驚いているようだ。
そして、彼らには先ほどまで私自身が治癒を施していた。私の琥珀色の魔力を間近で見ていたのだから、誰が作った物なのかは一目瞭然である。
きっと、ギル様の頭の中では、こうやって上級ポーションを皆に提供するのも、最初から計画のうちだったのだろう。
私を神のごとく拝み始める人が出てきたので、少し恥ずかしくなって、私はギル様にぎゅっとしがみつき、その腕の中で縮こまった。
「ティーナ、そんなに熱心に抱きついてくれて嬉しいよ」
「も、もう! しょうがないじゃないですか!」
「はは。君は本当に可愛いな。――改めて、ティーナ、本当にありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
ギル様は、シニストラ卿とウォードに「後を頼む」と言い残して、私を横抱きにしたまま救護室を出て行ったのだった。




