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無能聖女の失敗ポーション  作者: 矢口愛留
第六部 黄金色の夜明け編

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108. お仕事を終わらせに行きます


 暖かい服装に着替えた私たちは、早速、ギル様が行きたいと言っていたところへ向かうことになった。


 このロッジには、また後日、運びきれなかった荷物の回収に入るそうだ。

 剣やマント、先ほどまで着ていた服などの嵩張る物は置きっぱなしにして、小さな鞄に大切な物だけを詰め、私たちは連れだって外に出る。


「どこへ行くのですか?」

「やり残した仕事を、全て終わらせにな」

「お仕事……って、きゃっ!」


 油断していた私を、ギル様は唐突に抱き上げた。当たり前のように、またしても横抱きである。


「驚かせてすまない。しっかり掴まっていてくれ」


 そう言ってギル様は、背中に輝く黄金の翼を顕現させる。今度は実体ではなく、魔力で模したもののようで、服に穴が開くこともなかった。

 ばさりと翼が空を打てば、私を横抱きにしたギル様の足がふわりと浮かぶ。


「わぁ……! もしかして、空を飛んでいくんですか?」

「ああ。幸い、月のない暗い夜だ。黄金色の神力が見えない者たちには、私たちの姿は闇に紛れて見えなくなるだろう」

「私やリアみたいに、魔力を目視できる人がいたら?」

「ふ。そこまでの才ある者は、そうそういないよ。もしそんな者に気付かれても、どうせ私たちが誰なのかまでは判別できないだろうさ」


 そんな会話をしている間にも、ギル様は翼を羽ばたかせて、ぐんぐんと高度を上げていく。

 あっという間に、私たちのいたロッジが遠ざかっていき、木々に紛れて見えなくなってしまった。


 見上げれば、紺色の空に広がる満天の星。

 下を見れば、黒々とした大地に点在する家々の灯りも、星明かりにも劣らず美しく輝いている。


「わぁ、綺麗……」


 遠くの方で灯りがたくさん固まっているところは、きっと中央の街(セントラルシティ)西の街(ウエストシティ)だろう。


「平気か? 怖くはないか?」

「はい! 空を飛ぶなんて初めての経験で、すごくわくわくします」

「なら良かった。風魔法で、風圧や外気を遮断するバリアを張るが、もし気分が悪くなったら言ってくれ」


 私が頷くと、ギル様は私をしっかりと抱え直して、きらきらと灯がともる街の方角を目指し、飛翔を始めたのだった。





 ギル様が張ってくれた風のバリアのおかげか、空の旅は馬車よりもずっと快適で、何より移動速度が圧倒的に早かった。


「もうすぐ、西の街(ウエストシティ)の郊外に着く。人目に付かないところで一度地上に降りて、あとは歩いて向かおう」

「えっ、もう到着ですか?」


 いくら景色に夢中になっていたとはいえ、出発してからまださほど時間は経っていないはずだ。

 私たちのいたロッジは、途中で馬を替えずに進んだ場合、最も近い街から半日、大きな街から一日以上はかかる場所だと聞いていたのだが。


「普通の風魔法だと人が走る程度の速度しか出せないが、女神の翼を使えばかなりの速度で飛翔できる。しかも今の私は制限なく神力を扱えるし、変化による痛みもないから、長距離の飛行でも全く疲れない……自分でも現金だとは思うが、これは便利だな」


 そう言ってギル様はくすりと笑った。


 これまでは、大地の日以外は神力の一部を引き出して利用している形で、あまり長い時間、女神の翼を維持することは出来なかったのだそうだ。

 大地の日は大地の日で、呪いによる全身の痛みがあり、翼を羽ばたかせて飛行するなどもってのほかだったし、そもそも彼は変化した姿で外に出ることを厭っていた。

 そのため、これほどの長距離、長時間の飛行はギル様も初めてだったのだという。


「この辺りなら降りても良さそうだな」


 ギル様は魔力を巡らせて人や魔物がいないことを確認すると、ゆっくりと翼をはためかせて地上に降りたのだった。





 ギル様が訪れたのは、一昨日の朝、爆発事故が起きた魔石鉱山だった。

 あの日、ギル様は崩落および爆発の原因となっていた箇所を突き止め、魔法的処置をした後、攫われた私を助けるために飛び出してきてしまったのだという。


「皆、ご苦労。夜分に突然すまないな。責任者はいるか?」

「公爵閣下、お疲れ様です! どうぞ、中でお待ちください!」


 そろそろ、夕食時だろうか。管理事務所の中に入ると、良い匂いが漂ってきた。

 鉱山内のトラブルは、もう随分落ち着いたようだ。


「そういえば、食事もまだだったな。ティーナはまだ平気か?」

「はい、全然大丈夫です!」

「なら良かった。ここでの用事が済んだら、どこかで食事をしようか」

「ふふ、そうですね」


 通された部屋で、和やかに会話しながら責任者を待っていると、バタバタと急いでこちらへやってくる足音が聞こえてきた。

 ノックの音の後に入ってきたのは、あの日挨拶をした鉱山責任者の男性と、シニストラ卿、そしてウォードの三人だ。


「か、閣下! 大変お待たせいたしました!」

「ああ、いや、構わない。私の方こそ、途中で抜けて済まなかった。それで――」


 ギル様は額の汗を拭っている鉱山責任者の男性から視線を外し、シニストラ卿に目を合わせる。


「ルーカス。中級ポーションで治癒しきれなかった傷病者はいるか?」

「はっ。骨折や神経に損傷のある重傷の者が、十余名おります」

「そうか。ではまず、その者たちのところへ案内しろ。報告はその場で治癒の合間に聞く」

「御意」


 今度はシニストラ卿が先頭に立ち、鉱山責任者の男性がギル様に並ぶ。


「閣下、このたびは、グレイめが大変申し訳ないことを――」

「奴のしたことは到底許しがたいことだが、その件は後だ。今はこの鉱山の責任者としての責務を果たせ」


 ギル様の後ろを歩く私の、さらに半歩後ろからは、ウォードがぴったりとついて来ていた。

 先ほどから、何やら物言いたげな視線が刺さっている。

 私がくるりと振り返ると、彼はびくっと大きな図体を揺らした。


「ふふ、ウォード、気にしなくていいよ。私はこうして無事だったし、あのときウォードはやるべきことをちゃんとやってくれてたと思う」

「……大変、申し訳ございませんでした」


 ウォードは、滅多に開かない口を開いて、歩きながら頭を下げた。

 その声に、今度はシニストラ卿が反応する。


「ウォード殿は、責任を取ると言って当てもなく飛び出そうとして、大変だったのですぞ。閣下と違って魔力探知もできないというのに、どうやって探すおつもりだったやら」

「……面目、ございません」

「ふ。ウォード殿、話はルーカスから聞いている。貴殿が責任を感じる必要はないぞ。これからも、ティーナを守ってやってくれ」

「……身命を賭して」


 ウォードはギル様に向かって、今度は足を止め、再び深く深く頭を下げたのだった。


 そして、私たちは、管理事務所内の一室――本来、あの日私が案内されるはずだった救護室へと、到着した。



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