104. 上級ポーション、完成です!
そうして私とアリエルが笑い合っていると、調合室の扉が開かれた。
「……仲良くなっている……? なぜ……?」
「あっ、ギル様。おはようございます」
ギル様は不可解なものを目の当たりにしたように、ぽかんとした表情をしていたが、私に声をかけられて小さくかぶりを振った。
「あ、ああ、おはよう。ところで、どういう経緯だ? いや、それより、何もされてないな? というか進捗……」
「ふふっ」
寝起きだからなのか、私がアリエルと笑い合っていたのが想定外だったからか、珍しくギル様の思考はとっ散らかっているようだ。
私はそんなギル様を見て思わず笑ってしまった。アリエルはおかしなものを見たというように、目を瞬かせている。
「いやいや落ち着きなさいよ冷こ……ごほん、公爵様。さっき、クリスティーナにも話したんですけど、私たちずっと、この子のこと色々と誤解してたみたいです。それで、肝心の進捗ですけど、怒らず口を挟まず聞いてくれます?」
「それは場合による――」
「ギル様?」
「…………わかった。聞こう」
反論しそうな雰囲気を漂わせていたギル様だが、私が一言彼の名を呼ぶと、ぐっと呑み込んで聞く姿勢になってくれた。
アリエルは、上級ポーションの薬液を作るには、私の調合技術が全く足りていないことと、まずは基礎知識を身につけ別の簡単な薬液を作ることから始めるべきだということをギル様に告げた。
「上級ポーションの薬液に使用する素材は希少なもので、少しずつしか用意できていないんです。次に失敗したら、もうここでは作れません。だから、提案なんですけど……私が調合するのを、二人で見て覚えてもらうっていう形ではいけませんか?」
確かに、一部の素材はもう数少なくなっている。このまま私が調合に挑戦し続けても、上級ポーションの調合に至るのは絶望的だろう。
ギル様も、顎に手を当てて考えている。
「……ふむ。お前の話も一理あるな。だが……」
「心配しなくても、適当なものを作って渡したりなんてしませんよ。そんなこと、私のプライドが許さないわ。まあ、私には上級ポーションの精製に必要な魔力量がないから、確かめてもらうこともできないんだけど……」
「その点は問題ない」
ギル様はそう言い切って、私の顔を見た。私がしっかりと首を縦に振ると、ギル様も頷き返す。
「ならば、お前を信じて任せてみようか。ただし、品質の確認ができるまでは帰してやれないぞ」
「品質の確認ってどうやって……まあ、それはいいわ。とにかく、私が調合をするっていうことでいいですね? 逮捕しないって約束してくれますか?」
「ああ。上級ポーションの薬液が調合できたら、逮捕はしないと約束しよう」
ギル様がはっきりと約束の言葉を口にしたのを聞いて、アリエルの表情がぱあっと明るくなった。
彼女はささっと腕まくりをしながら、自信満々に口角を上げる。
「じゃあ、邪魔にならないところで好きに見ててください。クリスティーナ、さっき指摘したところを思い返しながら見学するのよ?」
「はい! よろしくお願いします!」
そう言って早速手を洗い、素材の下準備を始めた彼女は、すでにプロの顔つきに変わっていた。
*
「ふう。これで完成よ」
キュキュ、と軽快な音を響かせて、アリエルはポーション瓶の蓋を閉める。
完成した薬液は、きっかり三本。私が目を覚ましたときに部屋に置かれていた本数と一致する。
「クリスティーナ、見学してみて、どうだった?」
「はい! とても、とてもすごかったです……!」
アリエルが上級ポーションの薬液を調合するところを目の当たりにして、私は感動していた。
なめらかで正確、丁寧なのに作業は素早い。一つのことに集中しすぎず、次の手順を考えながら行動を組み立てていく。
難解なパズルをするすると解いていくかのような、見事な手際だった。
「この手順を、あなた一人……いいえ、公爵様と二人で、こなせそうかしら?」
「ええと……」
私はギル様の方を振り向いた。
ギル様は難しい顔をして顎に手を当てていたが、ゆっくりと口を開く。
「正直、驚いた。流石は聖女だと認めざるを得ないな」
「ふふん、これでも調合は得意分野だったのよ」
「まあ、私が隣で補助をすれば、ティーナもいずれは問題なく調合できるようになるだろうが」
アリエルは得意げに胸を張ったが、すぐさま続けられたギル様の言葉に半眼になった。
「では、早速、品質の確認をさせてもらおうか。ティーナ、いけるか?」
「はい!」
私は元気よく返事をして、たった今アリエルが調合したばかりの薬液を、一本手に取る。
そして薬液の入った瓶をテーブルに置き、蓋を開けて手をかざした。
「まさか、クリスティーナが精製をするつもりなの? せっかく作った薬液が無駄に――」
「うるさい。黙って見ていろ」
アリエルとギル様の会話を耳の端で捉えながら、私は魔力を練り上げ、治癒魔法を注ぎ込むことに集中していく。
琥珀色に輝く魔力が指先から迸り、ポーションの薬液がそれをみるみるうちに吸い上げていく。
「え……嘘でしょう……? クリスティーナって、無能聖女だったはずじゃ――」
「黙れと言っただろう。それとティーナを愚弄するな」
「ぐ、愚弄なんてしてないです! でも……驚いたわ」
「ああ。ティーナの魔法は、美しいだろう?」
「……ええ。とても」
その会話を最後に、二人は静かに私の精製作業を見守り始めた。
私はそっと瞼を閉じて、さらに集中力を高めていく。
しばらくそうして魔力を注ぎ続けていると、閉じた瞼越しにも分かるほどに、瓶の中の薬液が強く鮮やかな光を放ち始めた。
私はゆっくりと目を開け、魔力の注入を止める。
目の前には、光り輝く琥珀色――太陽の黄金のような、眩いポーションが完成していた。
「……上級ポーション……本当に? あのクリスティーナが? 別人じゃないわよね?」
「ふふ、別人じゃないですよ。間違いなくアリエルの後輩の、無能聖女のクリスティーナです」
「いやいや、無能どころか……」
アリエルは未だに信じられないといった表情のまま、しきりに首を横に振っている。
「ありがとう、ティーナ。疲れただろう、少し休もうか」
「そうですね。では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」
私が素直に頷くと、ギル様は優しく微笑み、頷いた。
続いてギル様はアリエルに向き直ると、これまでとは異なり、真摯な態度で彼女に話しかける。
「アリエルとやら。あなたのレシピは、確かに正しいものだった。約束通り、あなたを罪に問うことはしないと誓う」
「感謝します。あの……クリスティーナ、それから、公爵様……色々と、申し訳ありませんでした」
「ああ。こちらこそ、協力に感謝する。――さあ、ティーナ、行こうか」
「はい。アリエル、どうもありがとうございました」
私はアリエルに小さく頭を下げる。
ギル様に肩を抱かれて、私は調合室を後にした。
――窓の外を見ると、土砂降りだった雨は、いつの間にやら小降りに変わっていた。




