103. 聖女みたいで苛々するそうです
私はアリエルと共に調合室にこもり、彼女の指示のもと私一人で薬液の調合をし始めたのだが――。
「ああもう、そうじゃなくて、下から掬い上げるようにかき回すの!」
「だめだめ、ただ攪拌してればいいってもんじゃないの! 粘度の変化をよく見て、火加減にも気を配らないと!」
「待った! 刻み方が不均一! やり直し!」
「はいっ」
さっきからずっと、背後で私の調合を注視しているアリエルによって、怒濤の指摘が入り続けている。
「ああ、これだから無能は……! まさかこんなに手が掛かるなんて!」
「……すみません。おっしゃるとおりです……」
不満げに呟くアリエルに謝罪する。実際、私は調合に関してはまるっきり無能だ。
今はギル様が近くにいないので、アリエルが事実を言っても咎められることはない。だが、私が素直に謝罪したのを見て、アリエルは訝しげに眉を顰めた。
「ねえ、どうして上級ポーションの薬液の作り方を、クリスティーナが覚える必要があるの? セレス様のため……って訳じゃないんでしょう?」
「はい。おっしゃるとおり、筆頭聖女様のためではありません。詳しいことは話して良いか分からないので、控えますが……強いて言うなら、ギル様とフォレ領と……私自身のため、でしょうか」
「ふうん?」
アリエルは片眉を上げて、首を傾げる。
「でも、私が教えられるのも、手伝えるのも、薬液を作るところまでよ? 上級ポーション精製のときに使うのは基本の治癒魔法だけとはいえ、絶対的な魔力量がないと精製できないの」
「はい。知っています」
アリエルの言葉に、私は頷いた。
私の反応が不服だったのか、アリエルはため息をついて、諭すように続ける。
「本当に分かってるの? 強い魔力と、それを蓄えることを可能にする特殊な薬液。この二つが揃わないと、上級ポーションは精製できないの。余計なお世話かもしれないけど、あなたは調合も精製も初心者でしょう? なら、まず初級ポーションとか、解毒ポーションあたりから始めた方がいいと思うわよ」
「そうかもしれませんけど……でも、ギル様がやれっておっしゃったんです。なら、私はやるだけです」
「……あなたってさ……」
アリエルは、さらに大きなため息をつき、ものすごく苛立たしげに顔を歪める。
だが、続けて私に問いかけるその声色には、苛立ちだけではなく、咎めるような響きが混じっていた。
「神殿にいた頃、私はクリスティーナとはあまり関わりがなかったけど……あなたって、昔からそうだったの?」
「えっと、そう……とは?」
「言われたことを疑問に思ったりせず、素直に何でも請け負っちゃうってこと」
「ええと……」
私は少しだけ、悩んで振り返ってみる。
今は自分から進んでギル様のお役に立ちたいと思っているし、ギル様もいつでも私を思いやってくれているから、そこに疑問を挟む必要なんてないはずだ。
ギル様が明晰な頭脳と冷静な判断力で私をしっかり守ってくれるからこそ、私は私のまま、素直なままでいられる。
けれど――思い返してみれば、神殿にいた頃から、頼まれると断れない性質だったのは間違いないように思う。
だってあの頃は、私は無知で無能な聖女で、何かを自分自身で判断できるような人間ではないと思っていたから。
「……はい。そうかもしれません」
「それでいつの間にかあんな待遇になってたって言うの? ちょっとお人好しを通り越してお馬鹿――ごほん。すごく損してきたんじゃない?」
「損……ですか? うーん、損得とか、あんまり考えたことなくて」
「はぁーっ、これだから! 全くっ!」
「す、すみません」
アリエルは地団駄を踏んで、強く憤っている。
私は彼女の剣幕に押されて、とりあえず謝罪した。
「……はぁ。なんであなたが聖女のおつとめをサボって雑事ばっかりやってたのか、分かったような気がするわ」
「えっ、私、サボっていたわけではありませんよ」
「はいはい、分かってる分かってる」
アリエルは、おざなりに返事をした。私は少しだけムッとして、唇を尖らせたが、アリエルは構わず話を続ける。
「でも、以前の私や、他の聖女たちはみんな、サボりだって思ってたわよ。聖魔法の力がいくら弱くたって、少しはやってみようとする姿勢ぐらい見せなさいよって、いつも苛立ってた。他の聖女があなたを虐めてたって、サボるあなたが悪いんだからって見て見ぬ振りをして……」
「え……そんな風に見えて……?」
私はアリエルの言葉に、ショックを受けた。
だって、私は、サボりたくておつとめをサボっていたわけではないのだ。
アリエルは私の動揺を見透かすように、じっと私の目を見つめて、真剣な表情で続ける。
「でも、昨日、あなたと冷酷公爵の話したことをよく考えて、今こうやって調合の様子を見させてもらって……ようやく分かったわ。――あなた、本当は聖女としての教育も受けられず、疑問も持たないように育てられて、ただただ利用されてたんじゃない?」
「……っ、それは」
はっきりと私の過去の境遇を言い当てられて、私は目を見開き黙り込んだ。
「やっぱりね」
肯定の言葉もなく、頷きもしなかったのだが、アリエルは私の反応を見て確信したようだ。
彼女は私から視線を外すと、遠くを眺めて、細く長く息を吐き出した。
「けど、だからって、ごめんとは言わないわ。あなたは、利用されてることにも気づかなかったんでしょうから。気がついていたら、何か行動に移したはずだものね」
まさにアリエルの言うとおりだ。私は、肯定するかわりに、瞼を伏せてうつむいた。
「誤解を解こうとか、聖魔法や調合のことをもっと学ぼうとするとか、誰かに相談するとか。クリスティーナは、そういうことを一切しなかったでしょう? 待ってるだけじゃ、誰も助けてなんてくれないわよ。みんな、自分のことだけで精一杯だったんだから」
「……はい。おっしゃるとおりです。アリエルも、他の聖女様たちも、誰も何も悪くないです。でも……」
よくよく考えれば、当時の私が誰かに助けを乞うことなんて、絶対にありえないことだった。
なぜなら、あの頃の私は狭い世界に生きていて、他の人から見たら不平等でも理不尽でも、それらも含めて丸ごと全部が『私の世界』だったのだから。
「それでも、私、神殿には感謝しているんです。小さいときのことは全く覚えていないんですけど、孤児だった私を育てていただいた恩を、少しでもお返しできればって……そう思って、お掃除やお洗濯を頑張ってきたんです」
「……お人好しというか、世間知らずというか。クリスティーナって、本当に文字通り聖女みたいな人ね」
「えっ?」
「純粋で、悪意を知らなくて、真っ白で……。私なんて心が汚れてるから、なんていうか、眩しくて綺麗で、ちょっと苛々する」
「ええっ?」
「安心して。褒め言葉よ、多分。まあ、苛々するけどね」
そう言って、アリエルは「あはは」と可笑しそうに笑った。
苛々するという言葉とは裏腹に、彼女の笑顔はとても自然で、好感の持てるものだった。




