102. 土砂降りの雨です
アリエルがレシピを書き終えたその後。
グレイさんの尋問は後ほど、上級ポーション用薬液の調合には明日挑戦するということに決まり、各自睡眠を取ることになった。
今は夜間で、いくらランプで照らしたところでどうしても手元が暗くなるし、薬液の調合には集中力が欠かせない。
「明日になれば騎士団も到着する。警備に気を取られることもなくなるし、その方が調合に集中できるだろう」
「ええっ、でもそうしたら、帰れるのが遅く――」
「何か言ったか?」
「何でもないです」
ちょっと不満そうなアリエルを目力で黙らせて、ギル様は椅子を移動させる。
彼が仮眠を取る前に言っていた通り、夜の間は、私が捕まっていた部屋の前に陣取るつもりのようだ。
「ねえ、ちょっと。私はどこで眠ればいいんですか? クリスティーナが来るまでは、私がその部屋で寝泊まりしてたんですけど」
「ん? 大部屋の寝具が余っているだろう」
「いやいや、男共と一緒の部屋で寝ろっていうの!?」
「何か言ったか?」
「何でもな――くないわよ! 流石に嫌です!」
今度は流石のアリエルも、黙ることなく反論した。
手足を拘束されているとはいえ、男性だらけのところに放り込むのは流石に酷だろう。
「なら、その辺で雑魚寝するか?」
ギル様は面倒そうにため息をついて、雑な提案をした。
アリエルはぎゅっと眉を顰めて、ものすごく嫌そうな顔をしている。
「この部屋にはあなたがいるんでしょう? 無理無理、絶対眠れない!」
「見ての通り、私はティーナ以外の人間に興味はない。お前が何をしようと一切視線を向けることはないから、その点は心配無用だ」
「そ、それはそれで傷つくんですけど……じゃなくて! あなたみたいな怖い人の近くに――ごほん! とにかく嫌ったら嫌です!」
自信満々な態度で『お前に興味はない』宣言をするギル様に表情を引き攣らせながらも、アリエルは絶対に引くつもりはなさそうだった。
私は、おずおずと助け船を出す。
「あの……だったら、寝具をひとつ運び込んで、私とアリエルで一緒のお部屋に――」
「それは駄目だ」
「……なら、アリエルにお部屋を使ってもらって、私がこっちでギル様と一緒に休みましょうか」
「…………それも駄目だ」
しかし、私の最初の提案は秒で、次の提案も少し長めの沈黙ののちに却下されてしまった。
「もう! 埒があかないじゃない! いいです、寝袋を貸してもらえたらキッチンかどこかで寝ますから!」
「ああ、何だ、意外と気が利くではないか。是非そうしてくれ」
ぷりぷりと怒るアリエルに、ギル様が大部屋から回収した寝袋を投げ渡すと、アリエルはわざとらしく大きな足音を立てながらキッチンの方へと消えていった。
*
そして翌日――。
夜が明けても外は依然として暗く、ざあざあと音を立てて冷たい雨が降りしきっていた。
扉を少しだけ開けて外を覗くと、すぐさま雨が吹きかけてくる。
大きな雨粒が土砂を跳ね飛ばし、空がけぶるほどの強雨だ。
「……すごい雨だな。昨日はそんな気配もなかったのに」
ギル様はそうぼやいて、玄関扉をすぐに閉めた。
雨音は鈍いものへと変わるが、轟々と激しい音を立てていることには変わりない。
このロッジは意外としっかり造られているのか、今のところ雨漏りなどはない。
しかし、私たちにとっては、非常に困ったことが発生した。
「……この雨では、ロッジに繋がる山道を通行するのは非常に危険だ。騎士団の到着は天候が回復してからになると、ジェーンからも連絡があった」
「そうですか……」
ギル様の話によると、このロッジは、西の街と中央の街の間に位置する、とある山の中にあるらしい。
どうやらこのロッジは、最近まで炭焼き職人とその家族が住んでいた小屋を買い取り、増改築したものだったようだ。
そのため、ロッジから麓まで荷馬車が通れる道は開通しているのだが、石などを敷き詰めて整備されているような立派な馬車道ではない。
雨の日は泥濘に車輪を取られるだけでなく、土砂崩れや落石、倒木などの危険性もあるため、どれだけ急いでいても、馬車での移動は避けるべきである。
「だが、そう肩を落とすこともない。裏を返せば、敵方からの襲撃の心配も減ったということだ。奴らも山を登れないだろうからな」
「なるほど、それもそうですね」
ギル様の言葉に納得して、私は首を縦に振った。
「しかし……今日は黄金の日か。雨は、いつまで続くのだろうな」
珍しく不安を声に滲ませるギル様の目元には、うっすらと隈ができている。
昨晩は、やはりほとんど眠れていないのだろう。
「……ギル様、雨なら襲撃の可能性も低いのですよね? なら、きちんとベッドでお休みになってはどうですか? 薬液の調合も、アリエルに聞きながらやりますから」
「いや、しかし、それは……」
「何か異変があったら、大声で叫びますから。救助の目処も立たないのに、ギル様がここで無理をして倒れてしまったら、元も子もないですよ」
「……む……しかしだな……。……ううむ…………仕方ない、わかったよ」
ギル様は、私の言葉にかなり迷っていたが、最終的にはわかってくれたようだ。
「ふふ」
昨日も同じようなやり取りをした気がする。私は思わず小さく笑ってしまった。
微笑みを返してくれたギル様は、いまだ心配そうに、昨夜私の使っていた部屋へと向かっていく。
彼の後ろ姿が部屋の中へと消えていったのを見送り、私はアリエルを起こしにキッチンへと向かったのだった。




