101. レシピを書いてもらいました
ギル様が持ちかけた『取引』に応じたアリエルは、一旦手枷を外され、紙とペンを渡されて、早速レシピを書き始めた。
夜ももう大分更けているが、一刻も早く解放されたいのか、ランプの薄暗い明かりの中、彼女は一心不乱にレシピを書き記している。
「ティーナ、眠くはないか?」
「大丈夫ですよ。ギル様こそ平気ですか?」
「ああ。まだやらなければならないこともあるからな」
そう言ってギル様は、物置の方を睨み付けた。
「朝になってからでは駄目なのですか?」
「フォレ城の守りに加えて、鉱山の件で、辺境騎士団は手一杯だ。ここを出た後、可能な限りスムーズに事が運ぶようにしておきたい」
「……わかりました。でも、ご無理はなさらないでくださいね」
「ああ。ありがとう、ティーナ」
ギル様は私の髪をさらりと撫でて、優しく微笑んだ。
すぐ近くで小さく悲鳴のようなものが聞こえ、私ははっとしてそちらを向く。
机に向かっていたはずのアリエルが、私に微笑みかけるギル様を見て、両手を口に当てていた。……彼女はギル様の冷たい側面しか見ていないはずだから、まあ、驚くのも無理はない。
当のギル様は、私にしか興味がないといった様子で、アリエルに視線を向けることなく私の髪を弄り続けている。
しばらく髪を撫で続けてようやく満足したらしいギル様は、私の額にちゅっとキスをしてから物置の方へと向かっていった。
「……ねえ、ねえってば!」
ギル様が離れていったのを見計らって、アリエルが私にひそひそ声で話しかける。
「何ですか?」
「クリスティーナ、あなた、一体どうやってあの冷酷無慈悲な男を落としたのよ? 解毒魔法が使える私がいるとはいえ、毒が入ってるかもしれない食べ物を、平気で捕虜の口に押し込むような男よ?」
「あ、あはは……」
ぐいぐい迫ってくるアリエルに、私は苦笑いするしかない。
実際、私自身、どうしてギル様が私を好きになってくれたのか、さっぱりわからないのだ。
「というか、神殿を出たっていうのは聞いてたけど、どういう経緯でここにいるわけ? セレス様はどうしてあなたを探してるの?」
「ええと……それは、どこまで話していいか……」
「ティーナが話す必要はない。いずれこの女にも自ずと理解できることだろうからな」
私が曖昧に返答していると、そこに割って入ったのは、ギル様だった。
物置から一人だけ捕虜を連れてきている。
「えっと、ここで聞き取りをするんですか? 私たちはどこか別の部屋に行った方がいいですか?」
「ああ、ここで簡易的な尋問をするが、ティーナたちはここにいてもらって構わない。眠くなったら休んでもいいぞ。――さて」
ギル様は、表情を切り替えて、捕虜への聴取を始めたのだった。
*
ギル様は男たちに対して一切声を荒らげたりすることなく、聴取は淡々と進行していった。今回はごく簡易的に聞き取り調査をする程度で、詳しい裏取りなどはまた後ほどになるらしい。
マクファーソン侯爵家の関係者を一人ずつ呼んで、話を聞き終えたら、冒険者たちが使っている大部屋へと押し込んでいく。
冒険者たちと違うのは、手枷だけではなく足枷も猿ぐつわも嵌め直されて、大部屋へ押し込まれていることだ。
そうして、ギル様は三人続けて聞き取りを終えた。
「……結局、グレイを除く三人からは大した情報は得られなかったな」
「そうですね」
「全員、何も知らぬままグレイに従い、各々の役割をこなしているだけの木偶……どれだけ粘ったところで、核心に迫るような情報は引き出せないだろう」
彼ら三人の仕事は、食材や調理器具、魔法薬の材料などを買い集めてこのロッジを準備することと、私のつけていたアクセサリー類をバラバラの場所で処分すること、そして最終的にこの場所に集合してロッジの警備をすること。
馬に乗れて腕が立ち、何も知らなくても特に疑問を持ったりせず指示に従う、マクファーソン侯爵家でも立場があまり高くない者――要は、グレイにとって扱いやすく、切り捨てやすい駒が選ばれたようである。
「だが……グレイは、簡単には口を割らないだろうな」
「そうかもしれませんね……」
私は頷く。
グレイさんが首謀者なら、こちらも慎重になる必要があるし、一度休憩を挟むなどして頭をすっきりさせた方がいい気がする。
「ギル様、良かったらアンバー――」
「あのー、お話し中ごめんなさい」
私が琥珀珈琲での休憩を促そうとしたところで、アリエルがおずおずと手を上げた。
「レシピ、書き終わったんですけど」
そう言ってアリエルは、書き終わった紙束をこちらに見えるように広げた。
ギル様が要請したように、丁寧に正確に、図解も交えながらレシピが記されている。
ギル様と肩を寄せ合ってレシピを確認したが、特に不備はなさそうだ。
「どうだ、ティーナ。作れそうか?」
「複雑な手順がたくさんありますね……作れるかどうかは、実際にやってみないと何とも……」
「ええっ!? こんなに丁寧に書いてやったのに!?」
「ご、ごめんなさい」
「仮にも聖女ならこのぐらい――ひっ」
アリエルが声を荒らげ、私はすぐに謝罪する。
彼女は続けて私に文句を言おうとしたものの、ギル様に怖い顔で睨まれて、口を噤んだ。
「……私、薬液の調合って、させてもらえたことがなくて。調合室や保管庫も、私は出入り禁止でしたし」
私は瞼を伏せて、神殿にいたときのことを思い返す。
神殿のほとんどの場所は、使用中を除いて勝手に出入りして掃除するようにと言われていたが、各人の私室と執務室、図書室の禁書庫、調合室、薬品保管庫は、出入り禁止だった。
各種ポーションのレシピは調合室に、聖魔法に関係する書物は禁書庫に保管されていたから、これまで私は聖魔法やポーションに関する知識を一切得ることができなかったのだ。
だが、今ならその理由がわかる。
――筆頭聖女様は、私に正しい薬液の作り方を知られたくなかったのだろう。
勝手に薬液を調合し、効果の高いポーションを自力で作られてしまったら困るから。
「ティーナ、心配しなくても良い。私も魔道具製作や研究の過程で、様々な素材や薬液を扱ったことがある。ポーションの薬液を調合する際は、私が作業を補助するよ」
「え、でも……ギル様はただでさえお忙しいのに……」
「誰にでも、最初は教えが必要だ。頑張り屋で賢いティーナなら、やり方を覚えれば、今後は一人でも調合できるようになるだろう? ――ティーナは、出来ないのではない。教えを得る機会や挑戦する機会を、不当に奪われてきただけだ」
ギル様は、そう言って横目でアリエルを冷たく睨んだ。
アリエルは一瞬身をびくりと震わせたが、すぐに不可解そうな表情で首を傾げる。
「……そういえば、クリスティーナって、どうして……。あっ、ううん、何でもないです」
アリエルはぼそりと呟いたが、私とギル様の視線が向いたのを感じたのか、すぐに黙ってしまったのだった。




