99. 捕虜から話を聞きます
琥珀珈琲で休憩を取った後、私はギル様と一緒に、物置へ続く扉のある、建物入り口のリビングルームまで出向いた。
ギル様は物置の鍵を回し、扉を開ける。
もう皆、抵抗するのはやめたらしく、ギル様が中に入っていっても静かなものだ。
しばらくして、カチャカチャと拘束具を外す音が聞こえ、中から一人の女性と二人の男性が押し出されてくる。三人は足の拘束具だけ外されていて、手首の拘束具と猿ぐつわはそのままだ。
「んー! んんー!」
唯一の女性――中央の街の聖女様は、物置から出て私の顔を見た途端に、目を見開いた。焦茶色の髪を振り乱しながら大きく首を横に振り、必死に声を出そうとしている。
猿ぐつわをしているので、何を喋っているかはわからないが、こちらに敵意を持っているわけではなさそうに見える。髪と同じダークブラウンの瞳には、怯えと疲労の色が濃い。
「今、喋れるようにしてやる。順番に話を聞くから、少し待て」
物置に鍵をかけ直したギル様は、私に水を持ってくるように指示し、三人の捕虜に椅子に座るよう促した。
私が戻ると、男性二人の猿ぐつわはすでに外され、ギル様が聖女様の猿ぐつわを外しているところだった。
聖女様の目の前に水の入ったグラスを置くと、ちょうど猿ぐつわが外され、彼女は私に縋るように話しかけてきた。
「――っ、は、違うの、クリスティーナ、こんなつもりじゃなかったの!」
「うるさい。ちゃんと順番に話を聞くと言っているだろう。それまで静かにしていろ」
「でも――」
「また物置に戻りたいか?」
「……っ!」
ギル様が冷たい声で遮ると、彼女はようやく静かになった。
「さて、まずは冒険者の二人に尋ねさせてもらおう。ギルドカードを見せてもらっても?」
「……そこの布袋の中に入っている。勝手に見てもらって構わない」
「ああ。そうさせてもらおう。……これだな」
聖女様と違って、男性二人はギル様に話しかけられるまで、静かに従順に待っているようだった。
こちらの二人からも敵意は感じられないが、聖女様と違って、その表情は穏やかなものだ。
「間違いなく、中央の街ギルド所属の冒険者のようだな。今回の依頼について、話してくれるか」
「要人警護と聞いていた。依頼人は、グレイという男。破格の報酬で、Bランク以上の冒険者を募集していた。俺も相棒もBランクだ」
「依頼内容は、これから重要な人物がここに来るから、僕たちは建物の外に潜み、襲撃者があれば撃退するようにということだった」
ギル様が尋ねると、男性二人は交互に依頼内容について話し始めた。ギル様は二人の話に耳を傾け、頷く。
「ああ、樹上と草陰に隠れていた二人だな。確かに、他の者に比べて油断ならない気配だと感じていたのだが……襲撃者――私が現れた際、全く攻撃が飛んでこなかったように思うが」
「僕たちは冒険者だ。彼我の実力差ぐらい測れる」
「それに何より……あんた、公爵閣下だろ?」
「知っていたのか?」
男性二人は、揃って首肯した。
「当然だ。この地に住まう冒険者は皆、あんたを畏れ、尊敬し、慕っていると思うぞ」
「依頼とはいえ、逆らおうだなんて、僕たちにはとてもじゃないけど考えられない」
ギル様はフォレ公爵として先頭に立ってこの地を守り、ポーション不足や人材不足への対応に心を砕き、フォレ領がより住みやすく、より安全になるように変革を行ってきたのだ。
そして、その頭脳や人柄だけではなく、辺境騎士団の団長として、圧倒的なまでの強さを誇るということも知れ渡っている。
「それに……馬で運ばれてきた『重要人物』に違和感を感じた」
「違和感?」
「ああ。重要と言うわりに、寝袋に詰め込まれて乱暴に馬上に乗せられ、馬から下りたら肩に担がれて運ばれていたんだ」
私はぱちぱちと瞬きをした。
きっとその運ばれてきた『重要人物』が私なのだろうが……全然覚えていない。
本当にどれだけ深く眠っていたのだろうかと、頭を抱えたくなる。
「どう見ても同意なく誘拐してきたようにしか思えなかった。だから、俺は相棒に、依頼を下りるべきじゃないかと相談した」
「僕も同じように思っていた。でも僕たちが依頼を下りたら、金に汚い別の冒険者が依頼を受けるかもしれないし、『重要人物』が危険に陥るかもしれない。だから、襲撃者がどんな人たちか確認して、自分たちが正しいと思った方に加勢しようと。だけど――」
そこで二人は小さく苦笑して顔を見合わせた。
「俺たちは話をする間もなく、さっさとあんたに倒されちまった。不甲斐ねえ限りだ」
「……それは、すまない。あのときは気が立っていて」
「ああ、仕方ない。あのときのあんたといったら……、あれは何者にも止められなかっただろうよ」
「それに、変な依頼を受けてしまった僕らにも責任がある。どう扱われても文句は言えない」
冒険者の男性二人は、椅子から立ち上がり、「申し訳ない」とそろって深く頭を下げた。
「……顔を上げてくれ。二人の話は理解した。あなた方には、物置ではなく、別の部屋に移動してもらおうと思う。ティーナも、それでいいな?」
「はい、もちろんです」
「とはいえ、あなた方には戦う力も逃げ出す力もある。裏切らないという保証もない。……申し訳ないが、騎士団が到着するまで、部屋の施錠と手首の拘束は続けさせてもらうぞ」
「それでいい。変に信用される方が不安になるから」
「感謝するぜ、公爵閣下」
話を終えて、ギル様は二人をすぐ隣の部屋へと移動させ、部屋の扉を施錠した。先ほどまでギル様が仮眠を取っていた、寝具のある大部屋だ。
「さて……次は」
戻ってきたギル様が、残る一人――焦げ茶の髪の聖女様に顔を向けると、聖女様は口元を両手で覆ってふるふると首を横に振った。
彼女が怯える様子を見て、ギル様はすうっと酷薄な笑みを浮かべた。背筋が凍るような、けれどそれはそれは美しい笑顔だ。
聖女様は、ギル様の笑顔を見て息を呑む。顔を赤くしたり青くしたり忙しないのは、怖いやら見とれているやらで混乱しているのだろう。
「聖女よ、良い話がある。これから提案することに乗ってくれれば、今回の件に限って、あなたの罪を水に流してやっても良い」
「ほ、本当ですか! その提案とは、どのような……?」
「ああ。その前に……まずはティーナに何か言うことがないかな?」
今回の罪を水に流すという甘い言葉と、冷たいが美しいギル様の笑みに安心したのか、聖女様の表情のこわばりが少しだけ緩む。
そして、彼女は私の方にグイッと顔を向け、必死に懇願した。
「クリスティーナ、お願い、信じて! 私、グレイさんがあなたを誘拐して監禁するつもりだったなんて、知らなかったの! セレス様があなたを探しているって聞いてたから、あなたを見かけたって連絡しただけで――」
「――もういい。充分だ」
聖女様の言葉に、ギル様は失望したように笑みを消し、冷たく彼女を睥睨した。




