98. やるせない気持ちです
その後、私たちは食事を済ませ、ギル様は残ったスープを物置へと持って行った。
私はその間に、食器棚からグラスを拝借して琥珀珈琲を作ることにした。
「ええと、グラスは……ここね。一応洗っておこうかな」
グラスを取り出す際に指輪が触れて、かち、と小さく硬質な音が鳴る。
「あっ、いけない」
私は細い鎖に指輪を通して、首から下げた。
そうして、指輪にそっと触れる。この指輪にかけられた魔法が、ギル様を私の元へと連れてきてくれたのだ。
「ありがとう、指輪さん。でも……ブローチとか、髪飾りとか、どこに捨てられちゃったんだろう」
一番大切な婚約指輪が手元に残っていたのは本当に良かったが、他のアクセサリーも、全てギル様からの大切な贈り物だ。
今頃どこかの道端や木の陰なんかで、寂しく輝いているかもと思うと、胸がきゅうっと苦しくなる。
「落ち着いたら、探しに行きたいけど……難しいかな」
今の私は、神殿やマクファーソン侯爵家から追われる身。
それでなくともフォレ公爵であるギル様の婚約者なのだから、護衛が絶対に必要になってしまう。
個人的な想いのために我が儘を言って、身勝手に動くわけにはいかないのだ。
私は首を振って気持ちを切り替え、琥珀珈琲の精製を始めた。
*
それから、ギル様は捕まえた人たちから、少しだけ話を聞き出してきたらしい。
「やはり今回の首謀者はグレイだったようだ。捕らえた仲間は、奴も含めて全部で七人」
「し、七人!? そんなに大勢いたんですか!? 全然、気づかなかった……」
「ああ。君の部屋には防音結界が張ってあったようだから、気がつかなくても仕方がない」
建物の外に転移したギル様は、まず最初に外にいた見張りの二人と、樹上や草陰から狙っていた二人を無力化。
建物内に入ってからもう一人を拘束、家具の陰に隠れるように潜んでいた一人は無抵抗だったそうだ。
そして、幻影魔法で奥に部屋が隠されていることを発見したギル様は、中へ突入してグレイさんを捕縛し、私を救出したという。
「先ほど聞き出したのは、奴らの所属だ」
人数の内訳は、グレイさんを含めて四人がマクファーソン侯爵家の関係者、二人がフォレ領を拠点とする冒険者。
そして、無抵抗だった残る一人が――。
「……中央の街の聖女様……?」
「ああ、そのようだ。視察の際にティーナが会ったという聖女だろう」
そう言ってギル様が伝えてくれた容姿の特徴と、私があの日に出会った聖女様の容姿が合致し、私は瞼を伏せて頷いた。
「やはりな。彼女はティーナのことに気がつき、グレイに連絡を寄越したのだろう」
グレイさんは、私たちが視察へ向かうよりもずっと前から、フォレ領に滞在していたようだ。
中央の街の教会へ出向き、筆頭聖女様が私を探しているから見かけたら連絡しろと言い残し、自分は西の街の魔石鉱山で事務員として働きながら、諸々の準備を行っていたのだろうというのがギル様の見立てである。
「魔法によって遠くの人間に連絡を取る手段は、私の開発した転送魔法意外にも、古くから存在する。各々、利点も欠点もあるが、最も代表的なのは、王国内の各街に点在する伝書屋――召喚魔法で鳥型の使い魔を呼び出し、手紙や小包を届けるというものだな」
「伝書屋さんなら、知っています」
私が王都の神殿にいた頃、手紙の束を持って伝書屋に使いに出されることもあった。
普通の郵便よりもかなり早く届くが料金も相応にかかるため、平民は滅多なことでは利用しないお店だ。
「伝書屋に頼めば、同領内であれば一刻もかからずに手紙を届けることができる。私たちの視察の予定を知っていれば、先回りすることも可能だ」
「なるほど……」
聖女様が私に気づいたと思われるとき、ギル様は神官様と今後の予定について話をしていた。
まあ、視察の順番はいつも西の街が最後のようだし、あの会話がなくても行動を予測することはできたかもしれないが――私が同行しているかどうかという確認のためにも、聖女様からの連絡は必要だったのだろうとギル様は言う。
「君が私と行動を共にしていれば、魔石鉱山でトラブルを起こし、君が自らグレイの元に出向くように仕向ける。君が不在であれば、フォレ城の近くで何かしらの問題を発生させ、手薄になったところへ忍び込む――そんなところだろうな」
「……そんなことで、怪我人を出すような事故を……」
「……ああ。到底許せることではない」
傷を治し人を癒す聖女。
その従者が、自らの主の手柄のために、平気で人を傷つける……そのようなことを、本当に筆頭聖女様が望んだのだろうか?
私はなんだかやるせない気持ちになって、眉尻を下げた。
「ティーナがフォレ領にいるという事実に既に行き着いていたというのは、少々予想外だったがな。なぜ露見したのか、そして今回の計画の全貌も、後で尋ねる必要がある。それから――君が嫌でなければ、この状況を利用して、一つ提案したいことがあるのだが」
「提案? 何でしょうか?」
「ああ。それは――」
そうしてギル様が提案してくれた案は、少しだけ怖いけれど、それ以上にとても魅力的な話で、私は快諾したのだった。




