97. お料理を作ります
「さて……待ってる間に、何か私に出来ることはあるかな」
魔力をたくさん使って疲れているであろうギル様に休んで欲しいと言ったら、彼は素直に仮眠を取ってくれた。
私とは異なり、ギル様はこの後また忙しくなってしまうのだろう。
なら、今のうちに私も何かしら役に立てるようなことをしておきたかった。
「私が役に立てることといえば……ポーション作りの他は、掃除洗濯炊事ぐらいしか……、あ、そうだわ!」
私は良いことを思いついて、ロッジの中をあれこれと探し始めた。
鍵の掛かった物置らしき部屋からは、時折呻き声やガチャガチャ音が聞こえてくるが、そちらの方には近づかないように気をつける。
「あ、あったわ! 絶対にあると思ったのよね」
小さなロッジだ。歩き回り始めてからすぐに、私は目的の場所を発見した。
「意外とちゃんとしたキッチンね。簡易的だけど、充分だわ」
グレイさんは私を捕らえて、ずっと上級ポーションを精製させるつもりだったはずだ。
なら、テーブルの上に出ていた保存食や飲料水だけではなく、自分たちや私のために、後ほど調理するつもりで用意した食材もあるはず――そう踏んでいた。
「塩漬けのお肉にお野菜、穀物もあるみたいね。調味料は……うん、最低限は揃ってる」
いずれも鮮度をあまり気にする必要がない、それなりに日持ちのする食材の数々だ。
窓から見えるのは青々と茂った木々ばかりだし、このロッジは市場や商店からは少々離れた場所にあるのだろう。
私はそんなことを考えながら、簡素ではあるが、食事を用意し始めたのだった。
「ん~♪ んんん~~♪」
鼻歌を口ずさみながら、食材を洗って切って、手際よく鍋に投入していく。
晩夏とはいえ夜は少し肌寒いから、具だくさんの温かいスープを作ることにした。
しばらく煮込んでいると、食材に火が入り、あたりに良い匂いが漂い始める。
「うん、大分煮えてきて、良い感じ! あとは味を調整するだけね。でも……ちょっと、作り過ぎちゃったかな?」
野菜も丸ごと置いてあったし、調理器具の棚にも大きな寸胴鍋があったので、ついつい神殿の頃の癖でたくさんの量を仕込んでしまった。
とてもではないが、ギル様と二人で食べきれる量ではない――と思ったところで、突然、「ドン、ガタン!」と大きな音が別室の方から聞こえてきた。私は、物置にも人がいたことを思い出す。
「あっ、そっか。ギル様が捕まえた人たちにも、スープを配ればいいんだわ!」
我ながら名案である。これなら、作りすぎたスープも余らない。
うんうんと一人頷いて、再び鼻歌を口ずさみながら洗い物をしていると、キッチンの入り口にギル様がやってきた。
「――ティーナ、おはよう」
「あっ、ギル様、おはようございます。仮眠はもういいんですか?」
「ああ。おかげで、魔力も少し回復した。それより――」
ギル様は言葉を切って、困惑したように私の手元をじっと見ている。
「良い匂いがすると思って来てみたら……料理をしていたのか?」
「はい! あとは煮えたら味見をして、味の調整をしたら完成です」
「……味見……、もう、ティーナは味見をしたのか?」
「いえ、まだです」
「そうか。ならいい」
ギル様はそう言うと、困り顔で微笑んで、眉尻を下げた。
「ティーナが手ずから料理を作ってくれたのは、とても嬉しいのだが……、君は、毒の心配などはしなかったのか?」
「え? 毒!? ど、毒が入っているんですか!?」
「いや、可能性の話だ。今回の場合、捕虜を害するつもりがない以上、食材や調味料に毒が混入している可能性は限りなく低いが」
「う……危機感足りてなくて、ごめんなさい……」
私がしゅんとして頭を下げると、ギル様は「構わないよ」と優しく髪を撫でてくれた。
「毒の可能性は低いが、一応調べてみよう。折角たくさん作ってくれたのだし、丁度良い実験体――ごほん。毒味は私に任せてくれるか?」
「え、でも、もし毒が入ってたら、ギル様が……」
「問題ないよ。毒が入っているかどうか、簡単に調べる方法がある。皿はどこにあるかな?」
ギル様は食器棚から深皿を一枚取り出すと、そこにスープを盛り付け始める。
スプーンを添えてトレーに乗せ、それを持つと、「ちょっと待っていて」と言い残して、物置部屋の方へと向かった。
ややあって、鍵の回る音とガタゴトという大きな音、そして猿ぐつわを噛まされているらしい男たちのくぐもった声が聞こえてきた。
「――黙れ、犯ざ――共、今から――、許可無く発言――、――斬り捨てる――」
続いて聞こえてきたのは、これまでに聞いたこともないような、底冷えするようなギル様の声色。
小さくてうまく聞き取れないが、何やら物騒な単語が聞こえてくる。
「――口を開け――、――食材――毒――、はずだ」
それからしばらくは、食器の鳴る音と、んぐ、とくぐもった声や、ごほごほと咳き込む声が続く。
「――いない――な。猿ぐつわ――」
ギル様の低い声が再び聞こえ、少しして聞こえてきた声は明瞭なものだった。物置から出たのだろう。
「いいか、大人しくしていたら、また後で追加の食事を持ってきてやる。何も疑いもせず、自分に危害を加えた貴様らにさえも食事を用意しようとしてくれた、彼女の慈悲に感謝するのだな」
バタンと扉が閉まる音ののち、鍵がガチャリと掛けられる。
キッチンに戻ってきたギル様の手には、空になったスープ皿。
「ティーナ。水、食材、食器や調理器具、いずれにも毒の成分は入っていなさそうだよ。気を取り直して、私たちもいただこうか」
「そうでしたか……」
どうやらギル様は、犯人グループの人たちに強制的に毒味をさせたらしい。
もし本当に毒が入っていたらと思うと少々残酷な気がするが、理にかなってはいる。
私が浮かない顔をしていることに気がついたのか、ギル様も眉尻を下げた。
「ふむ……奴らはこれから君をずっと利用するつもりだったようだし、自分たちも食事は取る必要があるから、毒の可能性は本当に低かったのだがな。奴らも素直に口を開けていたし、時間を置かなくても平気だろう」
ギル様はキラキラの笑顔で「美味しそうだな。作ってくれてありがとう」なんて言っているが、私ももっと気を引き締めないと、ともう一度落ち込んだのだった。




