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プロローグ



「可愛いティーナ。この世の全ては、巡り巡っているのよ」


 遠き日の記憶でいつも、母は、そう言って歌を歌ってくれた。


「――雨は川へ、川は海へと。海は雲へ、雲は空へと――」


 母の顔はおぼろげだが、優しい声は覚えている。


「――旅路の果てに、雲は泣く。涙は雨に、雨は大地へ――」


 私を抱きしめ頭を撫でる、その手が温かかったことも。


「――水は巡る、愛も巡る、命も巡る。全て巡りて、自らへ還る――」


 歌の意味は、幼い自分にはよくわからなかったけれど、それを母が毎日歌ってくれたことも。


 私は全部、きちんと覚えている。


 思い出すといつも心が温かくなるのは、きっと私が、母に愛されていたから。

 そしてこの思い出があるから、母が心に灯してくれた愛があったから、私は強くあれたのだ。


 そう。

 天涯孤独になってしまった私をずっと守ってくれていたのは、心を包む愛情の衣だった――。



◇◆◇



 カーテンから差し込む僅かな光に、目を覚ます。

 いまだに慣れない、ふかふかのベッドに身を起こすと、隣には愛しい人が、穏やかな表情で眠っていた。

 私は彼を起こさないよう、静かにベッドから降りると、部屋の中に設えられたミニキッチンへ向かう。


 できるだけ音を立てないように気をつけながら、日課になっているセットを用意する。


 彼が気に入っている、ペアのカップ。

 小さなガラスのケトルには、計量した水。

 飲み物を温める、火の魔道具。


 朝のひと時に彼がくつろぐ姿を想像しながら、この支度をするのは、以前から変わらず私の役目である。


 心優しく美しい彼と、同じ部屋で眠るようになっても。

 毎日、びっくりするほど豪華なドレスやアクセサリーを身につけるようになっても。

 自分で掃除をせずとも部屋が美しく整えられるようになっても、食事に一切困ることがなくなっても。


 これだけは、絶対に誰にも譲れない、自分の役目なのだ。

 彼が『琥珀珈琲(アンバーコーヒー)』と名付けた、琥珀色の飲むポーションを用意することだけは。


「――愛は巡る、自らへ還る――」


 小さく小さく鼻歌を歌いながら、ケトルに入れた水へと魔力を流し込んでいく。


「――命も巡る、とこしえに巡る」


 寝起きで掠れた中低音が私の耳をくすぐると同時。

 ふわりと私の身体を、大きくあたたかな腕が包み込んだ。


「ん……おはよう」

「おはよう、ティーナ」


 頬に触れる柔らかな唇の感触に、私は「ふふ」と笑いをこぼす。


 ――神殿を出ることになった時には、想像もしていなかった。

 無能聖女と呼ばれ、ポーションもまともに作れなかった私が、まさかこんな幸せを手にする日が来るなんて――。


お読みくださり、ありがとうございます!

次話から12話ぐらいまで、細かい調整や小さな設定変更はありますが、短編版とほぼ同一内容となります。

既読の方は飛ばしていただくか、振り返りながらお楽しみいただけましたら幸いです。

→10〜12話でけっこう加筆したので、一話増えてしまいました! 14話から新規のお話になります!

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