私は、戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。④
あれから更に二時間くらい歩いただろうか?
体の節々からの痛みは、いつの間にか消えて、インドアなキャラクター、略してインキャな私にはありえないほど、長距離、長時間歩いた割に、疲れもない。これが勇者の本来の体力かと、我が事ながらに感心せざるをえなかった。
ヘスティー様はというと――
「私も、一応神様の端くれなので、この程度は平気へっちゃらです!」
――とのこと。
ヘスティー様の地図を確認するに、現在地は、町まで道半ば。一番近くてもこんなに遠いのかと、軽く絶望する。
人通りのある道って言う割に、全然馬車的なものも来ないし。
体力的な疲れはないけど、精神的に参る。ずっと平原で景色も変わらないし、山すら遠くに見えない。
「そういえば、魔物とかも出ませんね……。私勇者なのに全然戦ってないんですけど……」
「平原のど真ん中の道とか、見通し良すぎて普通に見敵必殺コースですからね。見えた地雷踏みに来るほど、魔物も馬鹿じゃありませんよ」
「ということはやっぱり、もう少し背の高い草原とか、森の中って感じですか?」
「そうですねー。身を隠せる場所があれば、やっぱり違ってきますよねー」
――沈黙。
大地を踏む音と風の音だけが耳に届く。
「あ、でも、魔物なら、見えてる地雷くらい、踏みそうじゃないですか?」
「それは……確かに……危険な物って認識する前なら踏みそうですね……ふふふ」
「えへへ……」
たまに、こういう些細な冗談でも挟んでないとやってられないくらいには、退屈な道である。
ヘスティー様が可愛いから、それが目の保養になって耐えられてるけど、一人だったら間違いなく病んでたと思う。
それにしても、なんかこう、イベントが起きないものだろうか?
なろう的な……。
具体的に言うと、『囚われた姫騎士様グヘヘ&くっころ』イベントに出くわしたい。
みんなもそうは思わんかね?
などと、存在しない者へ向けて、脳内で語りかけるとかいう、不毛この上ないことまでし始めている自分に驚愕した。
本格的に不味いかもしれない。
――て
ん?
そこは、平原の中でも珍しく、少し上り坂になっている場所で、これまた珍しく、ずーっと先が見えなくなっていた。
思えば、これまで地形の変化というものがなかっただけに、この僅かな違いに少し感動している自分がいた。
そんなずーっと先の方から、何やら風に乗って聞こえてきたような気がした。
「なにか聞こえませんでした?」
私が問うと、ヘスティー様は、小首を傾げた。
「さあ?」
可愛い。
じゃなかった!
ヘスティー様には聞こえなかった私の幻聴か、タイミングの問題か。
ひとまず、二人で耳をすませば、カントリーロードが聞こえ――
――助けて
「ヘスティー様?」
「私にも聞こえました!」
どうやら私の幻聴ではなかったらしいその声の方へ、私たちは駆け出した。
そして、緩やかだけれど、長い長い上り坂を登り終えた私たちの目の前に、凄惨な光景が飛び込んできた。
――紅
――赤
――朱
炎と、血と、臓物の色が、熾烈に、苛烈に、鮮烈に、私の視神経を焼いた。
背中が熱くなる。食道から内容物がせり上がってくる感覚。
今日ほど、肉類を食べなくて良かったと思う日はなかっただろう。
自分の吐瀉物を見て、呆とそう思った。
「椿さん!」
「ごめんなさい……ヘスティー様……。私、こういうの、初めてで……」
できれば、彼女と共にしたベッドの上で言いたかったセリフを、情けなく、地べたに四つん這いになって言うことになってしまった。
勇者だから、こういうものに耐性があるのかと思ったけど、そんなものは無かった。
私は、どこまでも普通の感覚を持ったままの小娘だった。
「助けて!」
――けれど
――それでも
はっきりと聞こえるようになったその声を無視できない。
――するわけにはいかない!
本能がそう訴えていた。
これが勇者としての本質だろうか。
それはまだ分からない。
――でも。
今は、この衝動にも似た何かに突き動かされて行きたい。行かなければならないとさえ思う。
震える足を叩き伏せ、よろよろと立ち上がる。
まだ残っている酸味を飲み込んで、ブレザーの袖で無遠慮に口を拭い、目に映る光景を真摯に受け止める。
そして、この凶行を、その強攻を成した暴徒を見やった。
目立ったのは、身長一四五センチの私の、倍はあろうかという大男。ただし、肌の色は緑色。
それの部下と思われる小人――いや、小鬼というべきか。こっちは私の腰くらいまでの身長。こちらもいずれも緑色。
こいつらを私は知っている。
ファンタジー作品ではおなじみの、作品によって強さにばらつきのある、定番モンスター。
「ゴブリン……」
自然、それを呟いていた。
私のやっているカードゲームにも、当然のようにそれを冠したカードがある。
「誰か助けて! 誰か!」
再び声がした。
声を視線で追いかける。
壊れて横倒しになった、炎上している馬車。
それの周囲に転がる、既に事切れた、かつて敵味方だったもの。
――その奥。
この惨状の中、明らかに異様と取れる、無事で小綺麗な馬車があった。
そこでは、緑の小人が数体で、馬車の後部から周囲を警戒していた。
声はあそこからに間違いないと、私は確信した。
――今、助ける!