私は、戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。③
「それじゃあ、出発しましょー!」
いつでもヘスティー様は、元気いっぱいである。可愛いねぇ。
「おー!」
なんて、柄にもない返事を思わずしてしまうくらいには可愛い。
「お、椿さん、良いノリですね!」
褒められてしまったぜ……。悪くないな、これ。
鎧パージ事件のことは忘れて、勇者の冒険譚を始める。このくらいのテンションじゃないとやっていけない、今の私の乙女心をどうか理解して欲しい。
いやでも、不適当な効果書いたら持てなくなるっていっても、まさか着てるものの場合は弾け飛ぶなんて予想打にしてなかったよね……。この世界の攻撃力や防御力の数値基準が分からないから、迂闊にそれらの数値の増減を数字で書かない方が良いことは分かった。書くなら◯倍とか、◯分の一とかだな……。気を付けよう。
剣の方はそれを踏まえて、攻撃力アップの数値を1.05倍にした。2倍は流石にやりすぎかもと思ったので……。それでまた弾け飛んで怪我でもしたらたまったものじゃないしと、少しトラウマになっていたのも実はある。
持てなくなるだけだってことに気付いたのは、書き終わってからだった。
持てなかったからね、剣……。
これもダメか……いっそ、市販品恐怖症になりそうだよ……。
なので、結局の結局、新しい剣をもらって、それには効果は書かずにそのまま使うことになった。
服は、ヘスティー様に剥ぎ取られた制服を着直した。
二人で歩きながら、気を取り直しがてら、さっきの誘惑の森について尋ねてみる。
「結局、あの匂いは何だったんですかね?」
「えーっとですね、椿さんが感じていた匂いは、誘惑の効果があったんですよ。嗅いだ人を森の奥まで誘う、そういう効果の。何故か椿さんには匂いだけで誘惑の効果がなかったみたいですけど……」
「ヘスティー様には、匂いが届いてなかったんですか?」
「神様は滅多にお腹空かないので」
「あー、お腹が空いてる人に効く効果なんですねぇ。それ、全員がいなくなっちゃうんですか?」
「いえ、普通に耐えて抜ける人もいるそうですけど、お腹が空いてればいるほど持っていかれやすいとか……」
「持っていかれやすいってことは、お腹が極限空いていても助かる余地はあるのか……。それで空腹を感じてる人だけに効果が適用……。対象に取れない私に効果がきてるから、対象を取らない、条件付き効果適用型ってところかな?」
「なんですか、それ?」
「あ、いや、多分ですけど、その誘惑の効果、私、無効にしてたんだと思います」
「え!?」
「ほら、私の効果テキストに、相手の発動した効果を無効にできるってあるじゃないですか。それです」
「でも匂いは届いてたんですよね?」
「匂いそのものは効果じゃなかったんじゃないかなぁ?」
「どういうことですか?」
「あの誘惑の現象? を、効果テキストとして私が書くとしたら――」
『通常魔法カード『誘惑の香り (仮称)』。フィールドに『空腹カウンター(最大で5個まで)』の置かれた相手モンスターがいる場合に発動できる。『空腹カウンター』の置かれたモンスターに、その数だけ、『誘惑カウンター(最大5個まで)』を置き、以下の効果を適用する。サイコロを振り、その出た目が『誘惑カウンター』の数以下の場合、そのモンスターのコントロールを得る。』
「――みたいな?」
「カードゲームみたいな感じになった!?」
「まぁ、つまり、その効果を無効にしたので、私はコントロールを奪われなかったってことですね」
「えっと……その理屈だと、効果で置かれるという『誘惑カウンター』とやらも置かれないはずでは? 匂いは感じたままだったんですよね、椿さん?」
「そこは私も分からないですね。その通りなら、本来なら匂いも感じないはずなんですけど……。まぁ、現実的に考えれば、匂いは最初から発してて、空腹の人にだけ感じられるようになってて、その人に誘惑のコントロール奪取の効果が乗るんですから、空腹である限りは匂いが感じられ続けるってことでは?」
「いや……ひょっとしてですけど、椿さん」
「なんですか?」
「それ、サイコロの出目で勝っただけじゃ?」
「あ……」
「効果を無効にしたのに匂いが続くっていうのは、やっぱり違和感があるんですよ。となると、効果は無効になってないけど、相手の効果に打ち克ったって方が、らしいじゃないですか?」
「た、確かに……」
ヘスティー様。やっぱりなんだかんだ言っても神様なんだな……。
いや、私が馬鹿なだけか。
そもそも無効にできるはずの効果の確認とか、そういうのもの無かった気がするし、なんでだ? 体調不良で見落としてた? キャンセル連打してた? チェーン確認OFFにしてた?
うーむ……。分からん。
そうだ、話題を変えよう。
ええ、逃げですとも。それがなにか?
「それで、ヘスティー様」
「なんですか?」
「誘惑されて向かった先にはヤバい何がいるんですか?」
「めっちゃ話逸らしましたね、椿さん。ふふ。まぁ、いいですけど。森の奥には、めっちゃ強いヤバい魔物がいるとか、ヤバい食人植物がいるとか、そういう噂ですね。奥まで行った人は、みんな帰ってこなかったので、ヤバい噂程度ですが」
え、そんなに?
「本当にヤバいじゃないですか!?」
「だから、道から外れたらヤバい森なんですよ!」
…………。
「ところで、私たち、さっきからヤバいって言いすぎじゃありません? ふふふ」
「そ、そうかも、ですね……ふへへ」
笑顔の花がパッと咲いた。
片や薔薇かヒマワリ。片や無花果みたいな……そんなイメージ。無花果は私だ。つまり、花が無い。
ヘスティー様が可愛すぎて、一層自分が矮小に思えてくる。
もう少し、自分に自信を持てるような見た目だったらなぁ……。
「あの、ごめんなさい、ヘスティー様……」
「どうしたんですか? 突然」
「いや、私こんな見た目じゃないですか。こんな私が無理やり旅に連れ出すようなことをして、ブスと一緒で嫌ですよね? って……思って……」
「確かに。いきなりここまで引っ張ってこられたのは驚きましたけど、それはもう私の中で決心がついたので問題ないです! けど――」
けど……。
やっぱり、ブスの私と一緒にいるのは思うところがあるってことだよね。これまでの営業スマイル、ありがとうございました。
「――ブスって、椿さんがですか?」
私は頷く。
そんな、わざわざ確認せんでも……。
「椿さんは充分美人ですよ」
こともなげに、あっけらかんと、ヘスティー様は言った。
ジゴロスキルか何かかな? そんなものに素直に引っかかれるほど、私は自分の醜さに無理解じゃあない。
「そんな見え透いたお世辞は――」
「お世辞なんかじゃありません!」
!?
ヘスティー様は、私の声に被せて否定した。
驚く私に、ヘスティー様は続ける。しかも手なんぞ握ってくる!? 近い! ああ、柔らかい温かい良い匂いぃ……。
「私は本気で、椿さんのこと綺麗だなって思ってます!」
「え……え?」
戸惑う私に、ヘスティー様は、いいですか? と、前置きして言葉を続ける。手をより強く握られる。
「神様にはいろんな見た目の方がいます。私より偉い神様にも、人の形どころか、生物の形すらしてない神様だって、たっくさんいるんですから! 人の形をしている。顔の部分にちゃんと目鼻口がついてる。私の美的感覚的には、それだけで充分美人なんです!」
すごいしみじみと仰ってらっしゃる……。神様も、上下関係とか大変なんだな……。
「あ、それとですね! 椿さん!」
「は、はい……」
「椿さんって、めちゃくちゃお肌と髪の毛が綺麗ですよね! ……って、初めて会ったときから思ってました。今度、お手入れの仕方とか教えてくださいね!」
「え……あ、はい……そんなことで良ければ……」
「やったー!」
そんな、万歳しながら飛び跳ねるくらい嬉しかったのか……。
――でも、
――そっか。
この肌と髪を、素直に綺麗だって言ってくれる人がいるんだ……。いや、人じゃなくて神様なんだけど……。
顔のパーツはどうしようもないから、せめてと髪とお肌のケアだけはちゃんとしてきたけど、それすらも理由にしていじめられたことあったから……これですら私の自慢ではなかった。
でも、続けなかったら、いよいよ自分には綺麗な所が無くなっちゃうと思って、頑張って続けてたんだよな……。
要は、強迫観念と義務感の賜物だったわけだけど……。
『――は? ブスのくせに髪と肌だけ綺麗とか、なんなのあんた?――それだけでモテると思ってんの? ブスなんだから意味ないって――てか、ブスのくせにケアは完璧とか、逆にキモくね?――それな! 無駄なんだからやめちまえよ!――』
あ――やば……嫌なこと思い出してきた……。
「――椿さん?」
「あぇ? な、なんですか、ヘスティー様?」
「なんですかは、こっちのセリフですよ! 急に黙り込んで……顔も青いし、大丈夫ですか?」
「あ、はい……。すみません、大丈夫です」
「疲れたのなら言ってくださいね? 休憩にしますから!」
「はい。ありがとうございます……」
後ろ向きな理由で続けてきたものを、ヘスティー様は、肯定してくれた。
褒めてくれた。
教わりたいと、言ってくれた。
今私は、人生で最も報われている瞬間にいるのかもしれない……。
ああ……私、この神様に一目惚れして良かった――。
一目惚れした神様が、ヘスティー様で、本当に良かった――。
って、旅の序盤も序盤で、なにセンチな気持ちになってるんだ私!
まだまだこれからだっての!
勇者として頑張って……そして最後には、ちゃんと、恋人になれたら――いいな……。
まぁ、それでも選ぶ権利は向こうにあるんだけどね……。
しばらくの間は、夢を見ていても、いいよね――。
ぐおおおあああああああ!! ポエミイイイイイ!!
やめろおお!! 私の乙女回路!! 私の思考に割って入るなああ!! 保育園年長組から封印していた乙女回路め!! 今は、勇者をやるの!! 私は!!
勇ましい者を! やるの!
落ち着け。いいか、乙女回路。へスティー様に、人生最大級に嬉しいことを言ってもらえて、私にとっては供給過多でハイになっているだけだ。ぼっちのカードゲーマーに戻らせろ!
「あの……本当に休憩とか……」
「大丈夫です、へスティー様! 行きましょう! 今日中には町に着けるように!」
今、こんな乙女回路が抜けていない、ユルけた顔を見られるわけにはいかないので、私は早足で歩き出した。
「え!? あ、はい! が、頑張りましょう! は、速いですよ〜、待ってくださ〜い!」
そんな可愛いコロコロとした声で頼まれたら、聞き入れたくなっちゃうけど、ちょっと今は無理かな……。