私は、戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。①
1時間ごとに1話ずつ投稿します。
「それで、ヘスティー様」
「なんですか? 椿さん」
「ここ、どこなんですか? またさっきの森なんですけど……」
「ここは……えーっと……」
ヘスティー様が空中を撫でるように手を振ると、半透明なウインドウが出てきた。ヘスティー様はそれをスマホでも操作するみたいに、指で操作した。その指の動きが、ちょっとエッチに見えるのは、惚れた弱みだろうか……?
「あー、ここですね、現在地」
そうして、操作を終えたヘスティー様が、私に見えるように体をずらした。
指の動きを凝視していたのを隠しながら、白々しくも、どれどれなどとわざとらしく呟き、その半透明のウインドウを見る。ヘスティー様が開いたのは、どうやら地図だったようだ。
水滴の形を逆さにしたようなアイコンが指している箇所には、『誘惑の森』と書いてあった。字面から見てもヤバげである。
「なんか、危なそうな名前ですね……」
「道なりに進む限りは安全ですよ。それだけ、人通りもある森なので」
「道なりじゃなかったらどうなるんですかね……」
「それなりに危ない森です」
「じゃあ、さっさと抜けるに限りますね――ん?」
そのとき、香しい香りが、私の鼻腔をくすぐりだした。
「どうしました、椿さん? 行かないんですか?」
「なんか、ちょっと良い匂いしません?」
「え!?」
すごく嫌そうな顔で驚くヘスティー様。あー、なにか起こってるね、これ……。
「えーっと、椿さん、良い匂いしてるんですか?」
「はい。具体的に言うと、焼き菓子みたいな……私の好きなタルト系のサクサククッキーな香りです」
「今も継続中です?」
「どんどん大きくなってますかね……」
「どっちから?」
「森の奥からです」
「ひょっとして、今、お腹空いてますか?」
「ちょっと空いてるかもです」
あちゃーといった表情で、ヘスティー様は頭を抱え始めた。
一体何だというのか。ただいい匂いが漂っているだけだというのに。
「椿さん、森を出たら食べましょうね! 私、料理とかも全然できるので!!」
「え? あ、はい。そうですね」
ヘスティー様の手料理! 楽しみしかない! ダークマターが出てきても笑顔で食べ切ろう! そう誓った。
「え?」
「え?」
私の答えが意外だったようで、疑問符を浮かべながら小首を傾げたヘスティー様は、相も変わらず可愛いかった。思わず私も返してしまった。私の方はきっと全然可愛くないが……。
「あの、向こうに行きたいとか、思いませんか?」
道から外れた森の奥を指さして、不思議そうに尋ねてくるヘスティー様。どうしたの、急に。
「いえ、全然」
「えぇ……? なんでですか?」
「いや、なんでと言われましても……。だって、道外れたら危ないんですよね、この森」
「はい……」
何故にちょっと残念そうなんだ? しゅんとした顔もまた可愛いけども。
「ほら、行きますよ。森を出て……一番近い町に行きましょう!」
「え? はぁ……。まぁ、なんとも無いならいっか! レッツゴーです!」
少し歯切れが悪いけど、まぁ、気を取り直せたようで良かった。
森を抜けるまでの道中は、鼻の中がずっと美味しい匂いで満たされていて、ある意味で天国、ある意味では地獄だった。臭害だよ、もうこれ!
かれこれ二時間くらい歩いただろうか? 本来なら馬車か何かで移動するルートなのだから、覚悟していたとはいえ、流石にインドアなキャラクター、略してインキャな私には堪えるものがある……。
だが、ついにその時はきた。
奥に光明が見えたのだ!
「椿さん、もうすぐですよ! ……大丈夫ですか?」
まぁ、時は来ても、大丈夫じゃない体が大丈夫になるわけではないのだけど……。
これでまた森と森の間の広場みたいな場所だったら……うん。多分泣くな、私。
「ダイジョブ……運動に慣れてないだけだから……」
せめて心配はかけまいと、虚勢を張るも、全く張れていない、顔面蒼白な私が見えたことだろう。もうしわけねぇ……。
「体力も魔力も勇者並みに底上げしてるんですけど……」
「あー」
こっちに戻ってきてから、体調はすこぶる良いのに、なんとなーく、節々が痛いなぁとは思ってたけど、これ、そういうことか。
そう、私は急激な体力面、肉体の強化によって、成長痛になっていたようだ……。特に膝が痛いのよ膝が……。
「そのうち平気になると思うから、長い目で見ていただけると助かります」
「はい! 見守るのは得意ですよ、仕事でしたし! 応援もしてあげますか?」
「え!? そんな……応援なんてされたら、キュン死しちゃうかもなので、ご遠慮願います!」
私は真顔で何を言っているのだろうか……。
「そう、ですか……」
ヘスティー様、すごく残念そうだ……。応援したかったのかな? 可愛いが過ぎる……。
そうこうしている間に、私たちはついに、誘惑の森を、今度こそ、無事に脱出した。
それと同時に、鼻を満たしていた美味しそうな香りが消え、代わりに、開けた草原の青々とした草花の香りが、美味しい空気とともに入ってきた。
うおおお! 自然物、天然物の香り! たまらん!
なんとなく、体の疲れや痛みも和らいだ気がした。
成長痛と、慣れない長距離歩行に、実物が存在しないのに香り続ける美味しそうな料理の匂いとで、肉体以上に精神が参っていたのかもしれない。げに恐ろしき、誘惑の森よ……。
――ぐぅ~。
あ。
大きな腹の虫が鳴いた。
無論、私である。
「じゃあ、早速ご飯の準備をしますね! 椿さん!」
「お、お願いしましゅ……」
森を抜けた安堵感は、こうして、一気に、羞恥心に変わり果てたのだった……。