装備できる。その18
「告げる――」
セレアイラさんが詠唱を始めた。
それは、彼女が使える最上級の水属性の攻撃魔法。普段の彼女であれば、それでも、今のドゥラマには通じなかったかもしれない。
素人目に見ても、それくらい、ドゥラマとの実力差があると理解できている。
それに、詠唱が終わるのを、相手が律儀に待ってくれる道理も無い。
いくら死なないとしても、驚いたり衝撃が加われば詠唱は中断できる。中断されればやり直しだ。
しかも、中断した詠唱は、きっかりそれまで練っていた魔力を消費するらしい。勇者としての勘がそう教えてくれている。
詠唱を何度も中断させれば、魔力を枯渇させて、死なないまでも、気絶はさせられる。
一瞬でそう判断して、詠唱の妨害をメインに行動を開始したドゥラマは、さすがは年の功。伊達に人生二周目をしていないと感嘆せざるを得ない。
別に、私が直接やってもいいけど、ここはセレアイラさんにやってもらうと決めた。そう言った女に二言はない。
だから、全力で助ける!
「目を閉じて、詠唱に集中して! どんな音がしても、衝撃があっても、絶対に詠唱は止めないで! 私を信じて!」
詠唱しながらセレアイラさんは強く頷いた。
「詠唱破棄で連打します。『風圧』!」
「勇者の力! なめんなああ!」
ドゥラマが発動した魔法を蹴り飛ばす。
勇者として強化されている五感――いや、六感をフルに使って、次にどこに魔法が発動するのかを、もはや未来予測的に、モグラ叩きのように潰して回った。
普段の私の身体能力とはかけ離れた挙動に、我が事ながら驚くしドン引きだけれど、まともに驚いている暇も、ドン引きする余裕も無い。
「これが勇者……!? まったく、デタラメな身体能力ですねぇ。完全な勇者召喚がされていたらと思うと、ゾッとしますよ……」
「臨時でこれだからね、私」
「息も上がっていないとは……」
「そこは私も軽く引いてるけども」
「では攻め手を変えましょう。――満たせ、光よ! 『光輝降雨』!」
魔法が発動すると、天井から光が降り注ぎ、この広い礼拝堂の天井いっぱいが輝いて、光で元の形が見えなくなった。
滅茶苦茶に眩しい。目が五月蝿いと訴えるくらいに。
これはつまるところ、全体攻撃らしかった。なるほど。確かにこれは物理じゃどうしようもない。私が受けても絶対にセレアイラさんにも当たる。
――なら、消せばいい。
ちょうど目の前に現れた、チェーン確認ウインドウに意識を向ける。YESと。
瞬間、光は断ち消え、礼拝堂内は、何事もなかったかのような静寂を取り戻した。私の目も一安心だ。
「な……消えた!? 発動した魔法が無効化されたとでも言うのですか!?」
さすが、察しがいい。
さて、もう一個の効果は察せるかな? というか、私もどうなるのか気になる。少なくとも、死ぬわけではないというのは分かったけども。
「ならばもう一度やればいいこと! 満たせ、光よ! フォトぐがっ!? 頭が、痛い……なんだこの痛みは……。――ハッ!? 記憶から、消えていく……!? 魔法が!? 私の魔法が!? ……呪文も、思い出せない……何が……?」
へぇ〜。そうなるのか。
私の効果の一つ、『効果を無効にして破壊する。』この破壊の部分がどう現れるのか気になってたけど、魔法の場合は、使った魔法の記憶を破壊するという形らしい。
つまり、同じ魔法を使うためには、また習得し直さなくちゃいけないのかもしれない。
まさか、二度と習得できないなんてことは……さすがに無いよね? 無いと思いたい。それはあまりにも不憫だし。
もう少し検証が必要かもね。
――と、時間が来たみたいだ。私の勝ちだよ、ドゥラマ。
セレアイラさんの詠唱が終わる。
「――大海よ、その波濤を刃に! 彼の者の罪を千々に、押し流せ! 『大津波式・斬滅』ああああ!」
発動した魔法は、巨大な魔法陣をドゥラマを中心として展開した。その規模は、この礼拝堂の床一面に及んでいる。
「――え!?」
自分で発動しておいて、その規模に驚いているセレアイラさん。無理もない。こんな強さになっているなんて当人も知らなかったのだから。
「馬鹿な!? この魔法は、今のセレアイラでは、魔力の消費に対して威力が低すぎる、役立たず魔法だったはず!?」
ドゥラマもまさかこれほどとは思わなかったのだろう。私に負けず劣らずの驚き屋仕草をしてくれている。
さて、種明かしをしよう。
「どうしてこんなに強くなっているのか、冥土の土産に教えてあげるよ、ドゥラマ」
「これも貴方の仕業だと!?」
なんか私、勇者じゃなくて、悪役みたいなセリフ言ってるな……。まぁ、今はいいか。置いておこう……。
魔法陣から水が迫り上がってくる。私たちのことだけは避けるように、それらは水位を増していき、長椅子を浮かばせたと思ったら解体して木材に、さらに割って端材に、おが屑にと、細かくして水の中に引きずり込んでいく。
ドゥラマの膝くらいまである水も、既に赤く染まってきていて、ドゥラマは苦悶の表情を浮かべている。説明してあげている時間もあまり無さそうだし、端的にいこう。
「セレアイラさんに加えた、もう一つの効果! 『装備魔法カード扱いのこのカードの攻撃力は、元々の攻撃力を倍にした数値分、アップする。』!」
装備は上昇したステータスに耐えられなくて壊れちゃうけど、本体は問題無いかもって、ゼムキル倒したときの自分の身体能力の上がり方を体感したときから思ってたから、ぶっちゃけ、ぶっつけ本番だったけど、上手くいったみたいで良かったよ。
「倍を加える!? そ、そんな、デタラメな力があっていいものですか!? そんな、理不尽な!」
「他人の命を散々理不尽に奪ってきたんだから、自分の命が理不尽に奪われることもあるでしょ。因果応報、だよ」
水位がさらに増し、ドゥラマの腹、胸とその速度は上がっていく。彼の周りを渦巻く水は赤く、黒く、飛沫に運ばれてくる臭いは鉄臭い。
「くっ、詠唱破棄の自己再生では回復量が足りない……。ああくそ、こんな、こんな最期が!! 私の七〇年以上にも渡る、生涯をかけた計画が……こんな、飼い犬に手を噛まれるような形で終わるなど! 受け入れられません! あってはならない! 私は……私は! 魔王様の忠実な下僕! 七宝剣の一人だったのですよ!? 認めない認めない認めない認めない認めない認めない――!」
そんなことを叫び、嘆きながら、魔法やら、なんでも使って、懸命に状況を打開しようと試みている様子のドゥラマだったけれど、魔法は、水に触れると飲み込まれ、効果を示さなかった。さすが、水の最上級魔法。悪あがき程度の魔法では相手にもならない。
そして、そんな藻掻きを物ともせず、無情にも水位は上がり続け、肩に、首にと到達した頃には、ドゥラマの声はしなくなり、そこからはあっという間に頭の先まで飲み込んで、水が真っ赤に染まったと思えば、瞬く間に消え去った。水滴一つ残さずに。
こうしてここに、魔法は完遂された。
残ったのは、私たち一行だけ。
爪や皮膚の一片、髪の毛一本すら残さず、ドゥラマはこの世から消え去った。
静寂を取り戻した、椅子も何もかも無くなった、だだ広い礼拝堂で、私たちの呼吸音だけが響いていた。




