装備できる。その14
セレアイラさんの別れ際の様子が気になって、夜分遅くに申し訳ねぇと思いつつも、部屋までやってきた私たちが見たものは、もぬけの殻のセレアイラさんの私室でした。
はい。おさらい終わり!
部屋には、セレアイラさんの長杖や、魔女っぽいとんがり帽子が残されたままだった。
「トイレに行ってるとか?」
私の予想に、ヘスティー様は、ベッドに触れながら首を左右に振った。
「人が入った形跡がないですし、お布団も冷たいです。……そもそも、ここに戻って来ていないのかもしれないです」
「ええ……じゃあ、どこに行ったんでしょう?」
「私がお風呂で言ったことを気にしているようでしたし……神殿長さんのところかもしれません」
なるほど。
しかし、神殿長のところといっても、どこに行ったのだろうか? まだこの神殿内の見取り図は頭に入ってないし、脳内マッピングも、ここから私たちの部屋までの一本道分しかできていない。
闇雲に探してもいいけど、こんな夜中にあっちこっち歩き回ったら不審人物だし、大きな音でも立てようものなら大迷惑だ。
「とりあえず、一旦、大廊下まで戻りましょう。こっちには、眠っている子もいるでしょうし、長居して話していたら起こしてしまいます」
「そうですね」
ヘスティー様の提案に従って、来た道を戻った。
大廊下は、パルテノン神殿ばりの立派な石柱を、中央の道の両脇に並べ、奥まで等間隔に建てている。
荘厳な雰囲気にぴったりな威容が見て取れる。
その入り口側の一番手前の柱に、看板が設置されていた。ヘスティー様が見つけた。私はアホ面で、「いい柱ですねぇ〜」と感心していただけだった。
手招きするヘスティー様のもとに、忠犬のごとく駆けつける。
「見てください。この大廊下の最奥に、礼拝所……あ、礼拝堂なんですね。――」
どっちでもいいと思いますよ、そこ。まぁ、話の腰折るから言わないけど。
「――奥に礼拝堂に繋がる扉があって、その礼拝堂のさらに一番奥に、神殿長さんの私室があるみたいです」
「就寝時間とか考えたら、神殿長さんも私室に戻ってるかもですね。つまり……」
「はい。セレアイラさんもそこかと」
「じゃあ、行きますか、ヘスティー様」
「はい!」
はい、可愛い。いただきました!
「椿さん、それ、持ってきたんですね……」
「なんとなく……ですよ。なんとなく、持ってきた方が良いかなって」
無駄に広く長い大廊下を進みながら、ヘスティー様が私の持ち物について指摘した。
私は、セレアイラさんの部屋から。長杖と、とんがり帽子を持ってきていた。杖は手に持ち、帽子は頭に被っている。帽子だからね。
別に魔女っぽい格好に憧れがあったからこの機会にとか考えていたわけではない。断じて。
それはそうと、今の私は、見た目、魔法使い族って感じでテンションが上がっている。「ダークネスマジック!」とか叫びたい。いや、帽子は白いんだけどね。
大廊下の一番奥の、薄い階段を数段登った祭壇のような場所。そこに立つ教壇の裏には、ステンドグラスの窓の代わりか、天井付近から水のカーテンが降りて、光の魔法か何かで淡く輝いていた。
ここは、説法か何かを聞かせる集会所も兼ねているらしい。
「行きますよー、椿さーん」
「あ、はーい!」
おっと、神聖な輝きと営みに思いを馳せて、見呆けている場合ではなかった。
祭壇の脇を抜けてさらに奥へと進むと、突き当たりに大きな扉があった。ここから礼拝堂に入るらしい。中の音は聞こえない。
本当に中にいるのだろうかと訝しみながら扉を開けると、声が漏れ聞こえてきた。扉と壁がやたら分厚くて防音効果がバッチリなだけだったようだ。その割に開け閉めは軽いのは、扉の下端に取り付けられた車輪とレールのおかげだろう。
いや、それよりも、今は会話だ。
中に入ると、その声がセレアイラさんと、ドゥラマ神殿長のものであるとすぐに分かった。
だけど、なんとも、二人の雰囲気は……控えめに言っても穏やかそうではない。
そのただならぬ雰囲気に気圧されて、私たちは思わず身を隠した。できるだけ静かに。
今の私たちの身のこなしは、アサシンも忍者も花丸をくれるに違いない。
そして、パワハラ的な会話でもあったら大変だと、私は、電源を切っていた文明の利器に再び息を吹き込み、デフォルトでインストールされていた録音のアプリを起動し、即、録音を開始した。
これは、自分のいじめの経験が活きたと言える行動だった。そんな経験、あってはいけないし、活かせるような状況もあってはいけないのだけど、今はその経験に感謝しておく。
スマホのマイクを二人の方に向ける。
が、そんな必要もないくらいに、声は礼拝堂に響いていた。
「神官廃止を王に奏上したのは、何を隠そう、この私なのですよ、セレアイラ」
そんな声が、肉声ではっきりと聞こえてくるくらいに。
え、ちょっと待って?
お偉いさんと政治取引したんじゃないかって、ヘスティー様の与太話よりヤバいこと言ってないか、ドゥラマ神殿長さん!?
その後の会話も、ヤバい (語彙力低下)話が続いた。
ここを出て行ったとされる子たちは、神殿長の手にかけられていたとかも、かなりヤバいのだけど、なによりも、神殿長自身が魔王と繋がってるだとか、超弩級ヤバババ案件じゃないのさ!?
そうこうしている内に、セレアイラさんまで殺されそうになってるし!?
こうしちゃおれん!
どうせ私は戦闘じゃ死なないんだから、我が身を捨てがまり、盾にするは、今ぞ!
といった勇気が途端に湧いてきて、私の頭は勇者に切り替わった。……のだと思う。
神殿長の詠唱が終わる。その、素人の私でも綺麗だと分かる詠唱は、けれど、確実にセレアイラさんを亡き者にするだろうと、勇者としての直感が伝えてきていた。
「彼の罪人を焼き清め尽くし給え。慈悲を――『断罪の火刑』」
自分でも驚くほどの速度と勢いで体が動く。
――跳ねる。
――弾ける。
直線距離にして、目算で一五メートルとちょっと。
長椅子の群れの障害物を避けたのならば、どうあっても間に合うわけがない彼我の距離を、私は、源義経の八艘飛びよろしく、一息の内に詰めた。詰められた。
業火が迫るセレアイラさんの前に割り込み、その炎を自身の体で受け止める。
「間に、合ったぁあっ!!」
インターセプトしたことで、私に炸裂した魔法は、火柱の中心に私を閉じ込め、焼き尽くさんと渦巻き、燃え上がった。
だけれど、体に纏わりつく炎は、熱くも痛くもない。
――いける。
そして、まるでどこぞの特撮ヒーローの変身シーンのように、炎を手刀で切り裂き、振り払った。
火柱が吹き飛び、魔法が散っていく。残されたのは、熱と、火の粉。だけどそれも、礼拝堂の底冷えするような室温と、聖水由来の湿度によって、瞬く間に上書きされて消えた。
私は振り返る。精一杯の笑顔で。
「ツバキ……さん……」
瞳に涙を溜めた弱々しい彼女の声が、私を呼んだ。
こういうとき、なんと言えばいいのか、私は知っている。
ありきたりだけど、勇者っていうのは、笑顔で手を差し伸べて、こう言うものでしょう?
「もう大丈夫。……助けに来たよ、セレアイラさん!」
震える指が、私の手を握る。そして、私の手が本物なのかを確かめるように、もう片方の手でも。
そうして、私の手に頬擦りしながら、セレアイラさんが溜め込んでいた涙が溢れ出した。




