私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その10
人によっては昔懐かしな、私にとっては、ほぼ初めましてな牛乳瓶を、腰に手を当てて、グイッと呷った。すると、口の中に、よく冷えた、フルーツ牛乳の優しくて、けれど如何にもな、作り物のフレーバーと甘みが広がった。
レモン牛乳派の私ではあるけれど、何も、至上主義というわけではないし、無いものをゴネるほど子供でもなければ、恥知らずでもない。
――嘘です。
単にリクエストするのを遠慮しすぎているだけです。要望を伝えて嫌な顔されるのが怖いだけのヘタレですよ、私は。
そんなゴミのような私でも、フルーツ牛乳の甘さは優しく私を包んでくれるし、これはこれで美味しいので、この話はおしまいだ、ベイベー。
「ふぅ~、生き返った〜!」
「もう体調は良さそうですか、椿さん?」
「はい、ヘスティー様。いつもならもう少しグロッキーなんですけど、今回は回復早いです!」
「勇者として、体力や疲労の回復が早まるように、体の調整がされていますから、そのお陰かも知れませんね!」
「へぇ〜」
勇者ってそういう特典もあったのか。ならいっそ、のぼせ難い体にしてくれても良かったじゃないかと思わなくもないけど、今更な話なので、言っても不毛というものだろう。
「これ、美味しいですね……」
隣で黙々とコーヒー牛乳を飲んでいたセレアイラさんが、誰に宛てるでもなく、声をこぼした。
そうじゃろそうじゃろ、風呂上がりの牛乳は美味いじゃろ? と、謎に後方腕組み彼女面してウンウンと頷く私。
それはそうと、私の早期回復には、セレアイラさんが魔法で水をぶっかけてくれたからというのもあると思うので、お礼を言わなければ。
「セレアイラさん、さっきはありがとうございました」
「え? あーはい。あれくらい、感謝されるほどのことでは……」
「いえいえ。茹だってるときには、体を冷やすのって大事なので、やっぱり感謝ですよ」
「そうですか。では、その感謝、ありがたくもらっておきますね、ツバキさん」
その後、三人でマッサージ機に体を委ねたりしたが、私は兎も角、二人にはかなり効いたようだった。神様も肩凝るんだという新たな発見をした。
そろそろ出ようかという話になり、服を着ようとしたら、何故か、脱いだ服からフローラルな香りが漂ってきている。というか、ちゃんと畳んであるし、シワもなくなってるような?
まさかと思い、ヘスティー様に視線をやると、お馴染みになってきたドヤ顔で胸を張っている。何をしたのか言いたそうだ。
そして、それに乗っかるのが勇者の務めである!
「ヘ、ヘスティー様! なんか、服が色んな意味で綺麗になってるんですけど!? これは……?」
ちょっと恥ずかしかったけれど、私のこういう驚き屋稼業も様になってきたのではなかろうか? 通販とか出ちゃうか――無理だな。
絶対、カメラの前でキョドる不審な女しか映らない自信しかない。これからも、ヘスティー様に対してだけにしよう。
ヘスティー様は、「よくぞ聞いてくれました!」と、上機嫌に答えてくれた。可愛い。この笑顔を見ると、やって良かったと思える。
「その籠には、浄化と整頓の術式が組み込まれていてですね、そこに入れた衣服は自動で汚れが消え去り、しかも綺麗に畳まれるんです! やっぱり、お風呂から上がったら、綺麗な服を着たいじゃないですか!」
「たしかに」
納得しかない。
私とセレアイラさんは同時に頷いた。
柔軟剤の香りまで香ってくる、魔法で綺麗になった衣服を着て、私たちは外に出た。
寒っ!
お風呂で暖まった体には酷な外気が身を包んだ。
こんなんじゃ、また体が芯まで冷えてしまうと、私たちは急ぎ足で神殿の中に戻った。
「お風呂、ありがとうございました。とても気持ちよかったです」
お礼を言って踵を返したセレアイラさんを、ヘスティー様が呼び止めた。
「セレアイラさん。私たちのお部屋で、一緒に寝ませんか?」
「え?」
首を傾げるセレアイラさん。
「もう少しお話したいですし、ほら、女子会、まだ途中ですし、ベッドもフカフカで、私と椿さんとだけじゃもったいないです!」
そうだね。初めての夜に好きな人と二人きりとか、私の心臓がもたないもんね。心の準備とか、慣らす必要があると思うんだ。と、私は考え、全力で首を縦に振った。
「あの、すみません……。お気持ちは嬉しいのですが、最後の夜かもしれないので、自室で眠りたくて……あ、いえ、お誘いは本当に嬉しく思っているんですよ! ただ、思い出に浸りたいと言いますか……」
セレアイラさんのその気持ちは、なんとなく分かる。碌な思い出がない小・中学校の最後の教室の自分の席であっても、どこか感慨深く感じるものだ。
懐かしいなぁ。卒業式のあとに集まった教室。最後に先生からの挨拶と、贈る言葉。
そして、お世話になった机と椅子の清掃。
みんなが雑巾や台拭きを使っている中、私は床にブルーシートを敷いて、先生から手渡された鉋で、机の上面を均す作業をさせられたっけ。彫刻刀で付けられた落書きはこうしなくちゃ消せないからって……。最後には別の教室に移動して、ニスまで塗ったんだよね。
あのときは、使い方も分からなかった鉋を、先生が手取り足取り教えてくれて……。
『黒咲、ふぅ……こうだ。……ふぅ……握って――こう、引く。……押さえつけて……ふぅ……刃をな、こう、押さえつけて……こう!』
今思い返せば、あれ、セクハラだったのでは? 鼻息荒かったし、指絡めてきてたし、いやに密着してたし。
うん。嫌な思い出しかなかったわ。
でもまだ、その辺、高校は良かった。小・中学校の知り合いが一人もいないところに進学できたし、今のところ空気になれているから嫌な思い出がない。まぁ、高校自体の偏差値はお察しだけど。って、何の回想してるんだ私は?
止め止め! こんな毒にしかならない回想は!
今はとりあえず、セレアイラさんの意思を尊重してあげよう。
ヘスティー様と二人きりの寝室とか、私の情緒がどうなっちゃうか分からないけど!
「そういうことなら、分かりました。気が変わったりしたら、いつでも来てくださいね」
いつでも来てくださいの部分を強調して伝えた。
「はい。ありがとうございます。ツバキさん……」
そう返事をしたセレアイラさんは、なぜだろう? 少し寂しそうに見えた。
いや、これから、自分の部屋で過ごす、最後かもしれない夜に向かうのだから、寂しそうにするのは当たり前じゃん?
でも、それとは違う、なにか……。あー、ハッキリと言葉にできない自分の語彙力の無さが今は恨めしい!
そんな言葉に出せないモヤモヤとした気持ちを感じながら、セレアイラさんの背中を見送った。
「じゃあ、私たちも、早く部屋に戻りましょう、椿さん! 湯冷めしちゃいますよ!」
「え!? あ、ひゃい!」
ヘスティー様がナチュラルに手を繋いできて、驚きと悲鳴にも似た声とともに、そのまま客室に連行された私だった。




