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私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その9

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙――」

 お湯に肩まで浸かって第一声。日本人である以上は避けては通れない声が、条件反射的に出てしまった。

 なんだかんだ、どれほど言い訳を述べつらって、二人と入るのを拒もうとも、こうして実際に入ってしまえばそんなことなどどうでもよくなってしまうのである。

 貧相な体の私は、洗う面積が少ないために、二人よりも早く湯船にありつけたから、こうしてだらしなく自由に出来ているというのもある。


「椿さーん! 約束、忘れていませんかぁ?」

 ヘスティー様がその究極美貌のお体を洗いながら、そんなことを言った。

 はて? 約束? なんの?

「ほぉら~、スキンケアとか、教えてくれるって、言ったじゃないですかぁ〜」

 あ、それか。

「教えるとは言いましたけど、実践はできませんよ? 私の道具とか、向こうの世界の実家に置きっぱなしですし」

「ふふ、それってぇ――これのことですか?」

 全身の泡を洗い流し終わったヘスティー様が、おもむろに取り出したるは――

「……はい!?」

 私が愛用しているスキンケア&ヘアケア用品だった。どういうこと!?

「椿さんを召喚したときに、実は椿さんの私物も喚んでおいたのです! 工房を初めて使ったときに中に移しておきました。あと、()の力で複製も自由自在!」

「いや、肌とかとの相性もありますし、私のをそのまま使っても、あんまり意味ないと思いますけど?」

「にゃんとぉー!?」

「まぁ、効果が全く無いってわけじゃないと思うので、使わないよりは全然いいと思いますけどね。あ、でも、本当に相性が悪いと、返ってお肌に悪いこともあるので、気をつけましょうね?」

「はい!」

 相変わらず、いい返事だこと。

「あの、ヘスティー様。先ほどからツバキさんと何のお話をされているのですか? それと、その小瓶は……?」

 興味津々といった風に、セレアイラさんが尋ねた。

「これはですね! お肌や髪の毛を綺麗にしたり、綺麗さを保つための道具です! 椿さんって、めっっっっちゃ! お肌とか髪の毛が綺麗じゃないですか! それの秘訣がこれに詰まってるわけです!」

 言い過ぎ言い過ぎ。いくらなんでも盛り過ぎですよ、ヘスティー様。

「ああ! そうなんですね! 確かに、ツバキさん、尋常じゃなくお肌が綺麗だなって思ってたんです! その秘訣……私も気になります! ツバキさん!」

 瞳を輝かせて、セレアイラさんが私を見つめてきた。

 く、美人の期待の眼差しが眩しい……。

 い、良いでしょう。こうなれば、美人にとっては鬼に金棒となるのだろうけど、授けてしんぜよう、私の美容テクを!


 そうして、実践しながら二人に色々教えはしたけど、綺麗すぎる素体を前に、私は酷く挙動不審になっていた。どこを見ても()って感じで、視線をどこに固定させればいいのかさっぱり分からない……。


「それにしても、ツバキさん、本当にお肌がすべすべ……」

「ひゃあっ!?」

「あ、ごめんなさい」

 突然、背中を指で撫で上げられて、変な声出ちゃった……。

「でも、ツバキさん、本当に綺麗なんですもん」

「ですよねですよね~! 椿さんは綺麗なんですよ!」

 うんうんと、後方腕組み彼女面しているヘスティー様がそこにいた。嬉し一割、恥ずかし九割な、複雑な感情が胸の内で渦巻く。

「……や、やめて……」

 人生でほとんど言われたこともない褒め言葉を聞かされると、嬉しいよりもまず先に、揶揄(からか)ってるんじゃないかという疑念と、褒められたことそのものに対する羞恥心が来てしまうんだ、私は……。

「肌はともかく、わ、私の顔のパーツは、オークかゴブリンがいいとこなんですから、綺麗とか言われても、素直に受け取れないんですよね……」

「椿さん、さすがにそれは卑下しすぎです。椿さんは、ちゃーんと人間の顔をしています。ね? セレアイラさん」

「はい。私は……その……かっこいいと思います……ツバキさんの目とか……凛々しくて……」

「そ、そんな事、言われたこともなかったです……」

 凛々しい……そういう感想もあったのか。これまでこの目には、キモいと生意気以外の感想を持たれたことがなかったから意外だ。


「少し、ソーヤに似てるんですよね」


 あ。ふーん……。

「うーん……。それは、私が男に見えるって、ファーストインプレッションから印象が変わっていないということですかね?」

「ああ、違います違います! ツバキさんはソーヤに目が似てるから、そばにいると安心できるって、そういう意味で、決して、今も男の人として見てるとか、そういう意味じゃないんです!」

「いいんです。私はどうせ、女としては欠陥品のブスですよ……ははは……」

 ネガティブの檻に自ら入ろうとしたそのとき、後ろから手を引っ張られて、そのまま私は倒れ込んだ。

 フヨンとしたものが、私の首筋を包んだ。――こ、これは!?

「まぁまぁ、椿さん、落ち着いてください。ダイジョーブですよ、私もセレアイラさんも、ちゃーんと、椿さんのことを女の子として見てますし、ブスとも思ってませんから!」

 頷くセレアイラさんを流れる視界に入れながら見上げると、ヘスティー様の顔が、顔、か、かかかか顔近いぃい!?

 そして、この首筋に当たっているものは……。

「清楚なクッション! ありがとうございます!」

「なんですかそれ、もう〜。……ふむふむ」

 突然、何かを探るように、ヘスティー様の手が私の裸体を這いだした。

 ヘスティー様? 何をしてるんですか? ちょっとくすぐったいというか、あの、手がお腹に当たって……。

「ぎゅ〜♡」

「ひゃあああああッ!?」

 だ、だだ、だだだ抱き締めららられている!?

 突然、無意味に鯖折りかハイムリック法を使ってきたのかと一瞬身構えたけど、柔らかくて温かいものが全身を包みこんでいるだけだった。

「このフィット感……。そしてすべすべのお肌に、サラサラでいい匂いの髪……。椿さん、抱き心地、最高ですね!」

「お互いすっぽんぽんで言っていいことじゃないですよ、それ!?」

 ぬいぐるみに対してするような評価を、裸の人間同士でやっちゃダメですよ! いや、ヘスティー様は神様だけど!

「抱き心地がいいので、このまま一緒に湯舟に入りましょうね、椿さん!」


 人をテディベアか何かかのように扱って……人の気も知らないで!!

 うーん。

 や、やや、ヤバい……。

 このままじゃ、へ、変な気持ちになってしまう……。

 さすがにそういう気持ちになるのは、二人きりの寝室でじゃないといけない気がする……。

 セレアイラさんの目の前でなんて、そんな露出プレイみたいなことをおっ始めるわけにはいかない!

 な、なんとか、話題を、色気も素っ気もない話題を捻り出さなければ!


 というか、私今どういう状況なの!? 素っ裸でベアハッグされて足が宙ぶらりんなんだけど!? もうすでに露出プレイ並みに、めちゃくちゃ恥ずかしくて情けない格好になってない!?


 いや、そんなことよりも話題!! えーとーえーと……。


 ――そうだ、これだ!


「ヘ、ヘスティー様! 中華料理店でした話の……真面目な話の続きをするんじゃなかったでしたっけ!?」

「あ! そうでしたね! その話もしなきゃでした!」

 ふう~。これでこのテディベア状態から解放され――

「このまま、抱っこしたままでもいいですよね? ふふ」

「あ、はぃ……」

 私というぬいぐるみは、(いた)く女神様に気に入られたようだ……。


 こうなれば、話に集中して、首から背中に当たる場所が移った、柔らかいものの感触のことを、なんとか忘れるしかない。いやもう抱きしめられているというだけでかなり精神にキ(キュンキュンし)てるんだけどね!?

 ああ、優しい手の感触が……私のお腹を撫でてるぅ……。

 ヘスティー様の息が耳にかかり、うなじを撫でる……。

 うー……。


 頑張れ! 話を振るんだ、私!


「ぇえっと! ……ど、どこまで話しましたっけ? セレアイラさん」

 呼びかけるも、何やらボーっとしているセレアイラさん。視線はこっちに向いているけど……。

 何度か呼ぶと、ようやく気づいてくれた。

「え!? えーっと……」

 だがやはり、話は聞いていなかったようだ。授業で当てた生徒が何も答えられないときの先生の気分って、こんな感じなのかな?


「夕食のときに話してた、真面目な話です。どこまで話してましたっけ?」

「あー! その話ですか! ええっと、確か、神官が、神様たちにとっての望遠鏡や虫眼鏡の役割をしている、という話までは聞いていたと思います。神官がいないということに対する、ヘスティー様の動揺も、意味がよく分かりました。……つまり、相手の強さが分からないので、最適な勇者を選出できない、ということだったんですね?」


 ヘスティー様は、私を抱きしめる手にかかる力を少し強めて、嬉しそうなお声で返事をなさった。

「はい! 勇者は、思い通りの、好きなスキルや、武器を持って、この世界に召喚されますから、一見、強さの相性は、まぐれ頼りかと思われがちですが、魔王に対して相性のいい性格や気質かどうか、というのが、最重要選出条件になります。ここで言う相性のいい性格や気質というのは、魔王にとって苦手とか嫌いかどうかという意味です」

「そういうのも、分かるものなんですねぇ」

「そうですよ、椿さん。なんたって、神ですから!」

 フフンと鼻を鳴らしたヘスティー様。その息がうなじを強めに撫でて(くすぐ)ったかった。この感じ、きっとドヤ顔をしているに違いない。


「でも、今回はその重要な役割である神官がいなかったわけですよね。今回みたいというか、何らかの原因で世界に神官がいない場合って、勇者召喚はどうなるんですか?」

「いい質問です、椿さん! 頭を撫でてあげましょう!」

 それは嬉しすぎて、頭に話が入ってこなくなるから止めて欲しいけど、普通に頭は撫でて欲しいから、抗議はしない!

 至福な感触を頭に感じながら、わずかでも話を頭に入れようと耳を傾ける。


「私たち神は、魔王が危険な存在になっていることを察知してはいますが、神官からの要請が来るまでは、基本的には動けません」

「え、でも、私を召喚しましたよね?」

「はい。だから、()()()()と言ったんです。魔王を野放しにし続けることは、世界の危機に直結することです。そして、それほどの力をつけた魔王がいる世界であるにも関わらず、いつまで経っても神官からの要請が無い。それはつまり、その世界の神官に何かがあったと判断出来ます。そしてその場合の緊急措置として、担当神による単独の勇者召喚を行うことが認められているんです。椿さんの召喚がそれに当たるわけですね」

「なるほど」


 つまり、ヘスティー様は、神官からの要請が全然来ないから、特別措置として私の召喚をしたわけだ。

 でもそれって……。

「ヘスティー様、それじゃあ、魔王の力は分からないままってことですよね?」

 ヘスティー様は肯定した。

「そうです。この召喚方法は、その世界の魔力を使わないというメリットがありますが、召喚した勇者が確実に魔王を倒せる力を持っているかは未知数なんです。本来なら、この緊急措置で召喚された勇者には魔王軍の足止めや、神官との接触、そして、正規の召喚に導いてもらうというのが、この召喚方法で召喚された臨時勇者の役目なのですが……まぁ当然できない場合もあります」

「今回みたいに」

「はいぃ……。そのときには、その臨時勇者に頑張ってもらうしかないです」

「私みたいに」

「はいぃ……」

 そんな、私たちのやりとりを見ていたセレアイラさんが居た堪れない顔をしだした。

「すみません……。私たちが勇者召喚をしたばっかりに……」

「いえ、まぁ……誤算ではありましたね。神官もいないまま召喚をするとは思ってもみなかったので……。まさか、神官そのものが廃止になっていることにも驚きましたが……」

「そういえば、セレアイラさん。昔の王様が神官を廃止にしたって話ですけど、宗教に関することに、一国家の王様が口を出せるものなんですか?」

「うちは宗教国家なので、王がそのまま宗教における最高決定権を持っています」

「じゃあ、王様は教皇でもあるってことか……」

 ん? でもそうなるとおかしな話だ。

 教皇が、神官が普段何をしているのかを把握してないはずがない。迂闊に、すぐ全廃なんて、あり得るのか?

 私はその疑問をセレアイラさんにぶつけた。


「その辺もかなりややこしいことになっていまして……。教皇が王ではあります。そして、宗教の最高決定権を持つというのもその通りなのですが……。現在の王は、その役職と権限だけをもらったお飾りの教皇でして、宗教的なことはほとんど教わっていません。しかも世襲ですし……」

「ええ……司祭からの選出じゃないんですか?」

「司祭ではなく、枢機卿からの、ですね。……一〇〇年くらい前まではそうだったらしいのですが、今は現王の所属している枢機卿団が教爵(きょうしゃく)という爵位を名乗って、彼らの血縁の中からの指名ないし、現職の子に教皇位を与えるという方式になっています」

「ほとんどただの王家や公爵家じゃないですか……。というか、他にも枢機卿団ってあるんじゃないですか? 他の人たちはなんとも思ってないわけないですよね?」

「まーそのぉ……無いです……他の枢機卿団……今は」

「え?」

「そもそも、教皇選挙を止めた背景には、魔王軍との戦争があります。世界が滅ぶ瀬戸際に悠長に選挙などやってられるかと。渋々ですが、もっともな話でしたから、納得したわけです。それで、その……勇者が魔王に勝つじゃないですか。そうなると、停止していた教皇選挙を再開しようと、他の枢機卿団は動き出すわけで……」

 そりゃそうだと頷く。

「そこで……現職の教皇の所属していた枢機卿団が、他の枢機卿団を……分かりますよね?」

「やっちゃったんですか?」

「やっちゃったんです。排除を。物理的に……。洗脳と催眠をかけた勇者まで使って……」


 人間って……ホンット、汚いっ!


 でも分かった。

 この国のトップ層は、盤石な地盤のもとで、いつからか、宗教的な教育は受けなくなっていて、神官が何をしているのかも把握できていなかったから、廃止なんてことを事も無げに実行してしまったんだ。なんて無情な……。


「くぉぉ……」

 頭の上からヘスティー様の呻き声が振ってきた。私の頭を撫でていた手は、いつの間にやら頭から離れて、恐らく自分の頭を抱えていることだろう。心中、お察しします……。


「でも、そんな事よく知ってますね、セレアイラさん。そういう歴史の闇って、葬られるものだと、相場では決まってませんか?」

「はい。私も驚いたんですが、(おおむ)ね、資料を神殿長が持っていまして。私はそれを、閲覧させてもらったんです。その程度には期待をかけられていたと言えば、分かってくれますか?」


 大き過ぎる程に、セレアイラさんに期待がかけられていたことは、充分過ぎるくらいに分かった。

 そして、あの神殿長――ドゥラマさんも、中々に(したた)かであることも。


「あの、ドゥラマさんって、五〇年以上ここで神殿長をやってるって話でしたけど、教団? 教会? 的にはどのくらいの地位なんですか?」

「ここの神殿は、勇者召喚に係る、最重要施設でもありますので、その神殿長であるあの方は、限りなく枢機卿に近い大司教と言われています。あ、どちらの呼び方でも大丈夫ですよ」

「枢機卿では無いんですね……」

「知っての通り、枢機卿には、今、新しくなれないので……」

「あっはい……」


 しかし、出世もできないのによくもまぁ、五〇年以上も仕事を続けてきたものだ……。よっぽどの使命感か、こう、執念みたいなものがないとできないでしょう、そんなこと。

 それだけ神様を信仰してるってことになるのかな?


 あれ? でも……。


「セレアイラさん」

「はい?」

「たしか、神官が廃止になったのって、五〇年から六〇年くらい前って話でしたよね?」

「そうですね」

「その頃、ドゥラマさんはもう神職に就いていたはずですよね? 反対とかしなかったんですか?」

 セレアイラさんは、私の疑問を聞いて、ハッとした表情をした。


「たしかに……。言われてみればそうですね。今まで、当時のことについて聞いたことがありませんでした。神殿長ほどの方が、神官の仕事について知らないわけがないのに、唯々諾々と神官廃止を受け入れたとは考え難いです」

 ヘスティー様が同意した。

「そうですね。仮に廃止が六〇年前だったとしても、ドゥラマさんは、二十代で神殿長まで上り詰めるような傑物です。若くても、発言力や影響力は当時からそれなりにあったはずです。それが何も声を上げなかったというのなら、違和感しかありません」


 なんだろう。ベタな話だと、弱みでも握られてたとか? 若い頃なら家族もいただろうし。

「そういえば、ドゥラマさんのご家族は?」

 その辺を探ってみるかと、セレアイラさんに聞いてみる。

「独身ですね。神に嫁いだようなものだと、本人は言っていましたが」

「あ、ごめんなさい。ドゥラマさんのお母さんとかの話です」

「あー、そっちですか。いえ、孤児だったと伺っていますね。物心つくころから教会で祈りを捧げていたと仰っていました」

「なるほど、家族を人質に取られていたわけではなさそう……と」

「何を言ってるんですか……」

 ジトッとした目でセレアイラさんに見られた。

「あーいや、声を上げなかったのがおかしいなら、理由があるのかなって、思って……じゃあ人質? みたいな?」

「あ――はい! それなら、私も思いつきましたよ、理由!」

 元気に挙手をしたのであろう、ザバッと水音がして、私にいくらかお湯がかかった。可愛いから何でも許すけどね。


「はい、ヘスティー様、早かった!」

 大喜利の司会でもしてる気分でヘスティー様に当てる。

「どうして、ドゥラマさんは、神官廃止のときに声を上げなかったのか? どうぞ」


「はい。それは……取引です。政治的取引」

「というと?」

「神殿長という地位と引き換えに、神官廃止に賛成したのです!」


 言い終わるなり、空気が凍ったのが分かった。


 いやぁ、さすがに、それは……ヘスティー様……。

 ほら、セレアイラさんもかなり複雑な表情をしていらっしゃる。

 今は、私も大喜利みたいに巫山戯(ふざけ)てごめんなさいという気持ちが強くなってきてるよ。


 そして、言葉を捻り出すように、セレアイラさんが反論した。

「その、ヘスティー様。私は、そんな風には思いたくないです……」

 うん。そうだよね。

 これから自分が見捨てられることが確定しているとはいえ、ここまで目をかけて育ててもらっていた人に、そんな疑いはかけたくないよね。


「いえ、私の方こそ、無神経でした。 冗談めかして言って良いことではありませんでした。ごめんなさい、セレアイラさん」


 沈黙。

 空気が一気に重くなった。

 キュッと、私を抱きしめる力を強めるヘスティー様。

 今はドキドキよりも、何とかしてあげたいと思う。でもどうしていいか分からなくて、私はその手を甲側から握ってあげることくらいしかできなかった。


 人間関係って、こういう些細なことからヒビが入るものなんだなぁ……。友達いなかったし、人間関係ずっと終わってたから知らなかったよ……。

 いや、些細ではないか……。恩師を侮辱されたようなものだし。

 うーん……。ヘスティー様が全面的に悪いやつだなぁ、これ。


 私が握った手の上から、ヘスティー様がまた手を重ねてきた。その手は震えていた。


「本当にごめんなさい、セレアイラさん……」

 再び謝るヘスティー様に、セレアイラさんは首を振った。そしてなんと、セレアイラさんもヘスティー様に謝ったではないか!?


「いいえ、ヘスティー様。こちらこそ、すみませんでした。ヘスティー様は可能性の話をしただけです。私がそれに拒否反応を示すのは、私のエゴでしかありません。よく思い起こしてみれば、教爵の方々は、そういう取引を持ちかけるような方々です。神殿長が乗るかどうかはともかく、そういう話が無かったとは言い切れません。私の好悪でヘスティー様の意見を否定して、すみませんでした!」


 すごい――心の底からそう思った。

 自分の好き嫌いを脇に置いて、冷静に考えることができる人なんだ、セレアイラさんって。

 だからこうして、自分の非を認めて素直に謝れる。なかなかできることじゃないよ。

 私が偉そうに言えたことじゃないんだけど。だから口には出さないんだけどね。


 ヘスティー様は感心して、呆気にとられてしまっているようだった。だって、「はぇ〜」とか声が漏れてるし。手の震えは止まっていた。

 私は、呆けるヘスティー様の手を少しつねった。

 ヘスティー様はそれで気がついて、セレアイラさんにお礼を言った。

「ありがとうございます。そう言っていただけて、心が和らぎました。でも無神経だったことは、本当に私が悪かったので、何度でも謝ります! ごめんなさい!」


 その後、何故か二人の「ごめんなさい」の応酬に発展してしまい、五往復くらいしたところで私が待ったをかけた。

 そのやり取りがどう見ても不毛だったってこともあるけど、それよりも何より――


「のぼせそうなんで、上がりませんか?」


 私の体が限界だった……。

 実家でも、カラスの行水と言われるほどに、湯船に浸かっている時間が短い私が、今回みたく、十分も十五分も浸かっていたら、茹で上がってしまうというものだった。

 いや、髪とか肌の手入れがクッソ時間かかるから、お風呂自体に入ってる時間は家族でもトップに長いんだけどね。それはそれ。


「ああ!? すみません椿さん! 出ましょう出ましょう!」

「ごめんなさい、気づきませんでした!」


「なんだか、謝る対象が私に移っただけなような気もするけど、まぁ、いいか……。私、対象に取れないはずなのにね、なんて……」

「椿さん、うわ言言ってますよ!? セレアイラさん! 水! 水を!」

「はい! 杖、持ってきます!」


 そんな二人の慌てる声を聞きながら、私の意識は閉じていった。


「よく冷やしたフルーツ牛乳もあるんですから! 死なないでくださいよー! 椿さーん!」


 私は、レモン牛乳派ですよ、ヘスティー……様……。



 その後、私の姿を見たものは、誰もいな――



水生成(ウォータークリエイト)!!」

「つべたいいいいい!!!?」

「あ、椿さん、生き返りました」

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