私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その7
お邪魔したセレアイラさんの部屋は、よく片付いていて……というか、物が少なかった。
窓際に机と、その上に小さい本棚。机と反対側にベッド。あとは着替えの入っているであろう、四段くらいの箪笥が一棹。それで終わりだ。
人一人が寝て起きる、必要最低限の間取りと家具だけが揃えられた感じ。三人入ればかなり手狭に感じる。
「本当は、机と本棚は無いんですけど、私が自室で勉強がしたいとお願いしたら、入れてもらえました」
と、セレアイラさんは、魔女帽子を机に立て掛けられていた杖に引っ掛けながら言った。
え……つまり、この部屋でも物が有る方で、本来はベッドと箪笥しか無かったってこと!? それじゃあ、本当に、ただ寝て起きるためだけの部屋じゃん……。
「セレアイラさんだけがこんな感じの部屋なんですか?」
「いえ、ヘスティー様。私は扱いが良い方です。期待……されていましたから。他の神子魔術師の子たちは、求めても、机も入れてもらえなかったみたいですし。……でも、その私の扱いも、今日で終わりです。明日には、この机と本棚は撤去されることになると思います」
うーん。自室なら多少落ち着けるものかと思ったけど、あてが外れた。まさかこんな独房みたいな部屋だったとは。しかもこれで扱いが良い方……。
「ヘスティー様、ヘスティー様」
私は声を潜めてヘスティー様を呼んだ。
「なんですか?」
魅惑のウィスパーヴォイスで尋ね返してくれるヘスティー様に、私の耳が天国へ誘われそうになるが、なんとか耐えた。
「場所、変えましょう。あんまり、女子会にいい環境とは言えません……。セレアイラさんも少し居づらそうですし。あと、言ったら悪いですが、正直、三人には手狭ですし……」
私が提案すると「そうですね」と、同意してくれた。
しかし、場所を移したばかりで、どう切り出したものか……。そういうコミュニケーションは、私が最も苦手とするところだ。
コミュニケーション全般が苦手だろうというツッコミは止めていただきたい。事実でも泣いちゃうからね。
「ふむふむ。今は、あんまりここには居たくないですよね、セレアイラさん。場所を変えましょう!」
直球だ! ヘスティー様のど真ん中ストレート! これがコミュ強の為せる技か!
「とりあえず、女子会のために寝間着には着替えてもらいますけど……その前に!」
その前に?
「お風呂に入って心と体をリフレッシュしましょう!」
夜なのに太陽が昇ったような声で、ヘスティー様がご提案召された。すごい、塞ぎ込んだ顔をしていたセレアイラさんまでもが呆気にとられている。これが光属性女神の力……。
「いや、ヘスティー様。ここ、そもそもお風呂あるんですか? 勝手に入っていいものなんですか?」
「……あ」
二人でセレアイラさんを見る。一昔前の消費者金融のCMに出てくるチワワのようなイメージ。なお、私を見ても気持ち悪いだけなので、ヘスティー様だけを見るべき。
「お風呂はありますが、神殿の人間が好きに入れるものではありません。あくまで来客用なので、ヘスティー様たちだけであれば、入れると思います」
なるほど。しかし、今お風呂に入って貰いたいのは、セレアイラさんなので、ここの浴場を使うのは無しだ。
「それじゃあセレアイラさんとは入れないじゃないですかぁ!」
ウンウンと頷く私。
さて、どうしたものか――
「なら、私のお風呂にみんなで入りましょう!」
何を言ってるんだろう、この女神様。私のお風呂? というか、みんなで入るって言った!? それって、私も入るってこと? 一緒に? 裸のお付き合いを!? この貧相で醜悪な体を美人二人の前に晒せとは、何という羞恥プレイ!!
「あの、私のお風呂というのは……?」
お、そうだ。みんなでの部分に気を取られていた。ヘスティー様のお風呂って何?
ヘスティー様はフッフッフッと、不敵そうに (可愛い)笑ってから、キメ顔で言い放った。
「これから作るんですよ……キリッ」
口でキリッて言った。可愛い。
「可愛い……」
隣でセレアイラさんが呟くのが聞こえたが、私は全力で頷くのを心の中だけに留めておいた。
「今から作るって、どういうことですか? 掘るんですか?」
「椿さん! 私は何の神様でしたっけ?」
「可愛い権化の神様」
「違いますよ! それはそれでうれしい間違い方ですけど……」
おっと、つい本心が口から出てしまった。
というか、うれしいんだ。そりゃそうか、女の子は可愛いって言われたら無条件にうれしくなっちゃうものだもんね。私は生まれてこの方、言われたことないけど。
「半分冗談ですよ」
「半分本気で思ってるんですか……ふ、ふーん……」
満更でもなさそうなのがまた可愛い。
「ヘスティー様は、文明の神様ですよね、半分」
「全部ですよ! と、ツッコミはこの辺で。文明の神である私にかかれば、携帯露天風呂なんて物もお茶ノ子祭々で作れるってわけです!」
「お茶ノ子祭々って最近聞かない表現ですね」
「デュエッ!? 聞かない!?」
こいうところに神様の古臭さが出てて好き。
いやいや、そんな死語のことより、携帯露天風呂って何!?
「ま、まぁ、とにかく! 着替えを持って、外にゴーです!」
と、ヘスティー様は私たちの手を取って万歳した。
何故に万歳?
同じことを思ったのだろう、手を挙げられた私とセレアイラさんは、お互いの顔を見合わせてからヘスティー様を見た。
「へへ……。走り出そうかと思って手を取ったのですが、セレアイラさんがまだ着替えを取っていないなと気づきまして……」
「それで万歳ですか」
「はいぃ……」
力なく返事をしながら、手を下ろしたヘスティー様だった。私的には、可愛いからオッケーです!
準備を整えて神殿の外に出た。
昼夜問わず流れ続ける、大量の水の影響で、夜ということも合わさり、ここは真冬のように寒い。
少しでも寒さが和らぐように、できるだけ神殿滝から離れたところに移動した。
ここは、墓地へと続く道らしい。
私たちは、ここでこれから、ヘスティー様が作る携帯露天風呂なるものに入るらしい。なんだか、墓地そのものではないにせよ、罰当たりな気がしてきた……。
そんな感想を溢すと――
「そこに魂が残っていることなんて稀なんですから、罰とか気にすることもないと思いますけど?」
なんて、あっけらかんとヘスティー様が言った。こういうところ、実際に魂とやり取りしてる神様は感覚が違う。
「生前の未練や恨みが残ってる魂とか、幽霊とかがウロウロしてて、お墓って危なくないんですか? レイスとかいう、幽霊の魔物もいるみたいじゃないですか?」
隣でセレアイラさんが頷いた。彼女もこっち側だった。良かった。これで二対一だぞ、ヘスティー様!
「いやいや、椿さん、セレアイラさん。墓地に魂なんてほとんど来ませんよ。自分の肉体そのものに執着してる人っていうのは稀です。その生前の未練だとか恨みがあるんでしたら、死んだ場所に残るか、死なせた人間に憑いていくもので、自分の死体には付いて行かないんですよ。大体の人は、死んだら神界まで自動で魂が飛んで来て、次の生への準備を始めるんです。よく人間の皆さんは、墓地をおどろおどろしい、幽霊の名所みたいな描き方をされますけど、実際は逆なんです」
「逆?」
「はい! 墓地には、物質的な死体しかないんです。霊的なものは基本的に存在しない、スピリチュアル的に見たら、物凄く清らかな場所。それが墓地なんですよ。幽霊とか悪霊が跋扈している、世紀末ヒャッハーな墓地のイメージは、人間によって創作されたものです。というわけで――出よ! 私の工房!」
そんな説明をしつつ、ヘスティー様は自宅兼工房を喚び出した。
「うわっ!? な、なんですか、これ!?」
そうだった。初めて見るんだった、セレアイラさん……。
茅葺き屋根の風情ある建物が、何も無い空間からぬっと現れて、セレアイラさんは大層驚いている。
「これが神様の力……」
と、ゴクリと喉を鳴らした。
ヘスティー様は、工房を出すなり中に入った。何か説明してやってくれと思わなくもないけれど、神様の力と思っても別に問題はないので放置することにした。それにどうせ――
「できました!」
と、一瞬で出てくるので問題ないのである。
さてさて、今回のへスティー様の格好は、オーバーオールで、中に着ているトレーナーの腕を捲って、軍手もしている。ライブペインティングでもしてらっしゃる? といった雰囲気。
「えっと……一瞬で着替えをしてきた?」
うん、そう見えるよね。セレアイラさんの認識はもっともだよ。
困惑する彼女のことなど露も知らずに、ヘスティー様は自宅を仕舞って、駆け寄ってきて――
「これです!」
フフンと鼻を鳴らして、得意げに、手の平に乗せた板切れを私たちに見せてきた。その板は、不揃いに切り欠く加工がされていて、なんだかどこかで見たことがあるような気がした。どこだったかなぁ……。
――あ!
ちょっと古めの銭湯のロッカーの鍵だ!
こういう板を差し込むと鍵が開くっていう、とてもシンプルなしかけの鍵。
懐かしいなぁ。銭湯なんて、ちょっとした旅行気分になったものだったよね。最後に行ったのは……小学生の頃だったっけ? あの古式ゆかしい銭湯も、今ではすっかりスーパー銭湯になって、雅も侘び寂びも何も無くなったからね……。鍵はリストバンドになったらしいし。
私が回答すると、ヘスティー様は嬉しそうに正解ですと笑った。この笑顔のためにやってんだよなぁ、勇者ってやつをよぉ……。
「それで、これはどうやって使うものなんですか? その……ロッカーの鍵……なんですよね?」
――と、そうだ。
セレアイラさんの言う通り。これ単体じゃ、見た目はただの板切れでしかない。ロッカーも見当たらないし、どう使うんだろう?
「では行きますよ〜。ご照覧あれ! です!」
言うと、ヘスティー様は板の切り欠いた方を下にして、手を離した。
「――開け」
手を離すのとほぼ同時にそう呟くと、空中で板が何かに挿さったように、切り欠いた部分が消えて静止した。そして――
「――うおっ!? まぶしっ!?」
板切れが眩い光を放った。
私は思わず腕で目を覆って、光から逃れた。
「もう大丈夫ですよ〜」
ヘスティー様の東山奈央さんに似た、気の抜けた癒しボイス。その声は、なぜか少し、反響して聞こえた。
やや怪訝に思いながら、目の前から腕を退けると……。
「うわ……え?」
銭湯の脱衣所らしい場所にいた。靴はすでに脱いでいる。
この状況に困惑していると、いつの間にか番台席に座っていたヘスティー様が下りてきて、私たちの手を取った。
「さあ、入りましょう!」
と、脱衣所の奥へと私たちを誘った。
え? 私、マジでこれから、この美人二人と一緒にお風呂に入るの……?
今はここまでです。
またの更新をお待ちください。