私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その5
料理を待っている間に、ヘスティー様が少し真面目な話をしたいと切り出した。
セレアイラさんと二人で姿勢を正して頷く。
「セレアイラさん。前回の勇者召喚はいつだったか、知っていますか?」
「はい。それは勉強しました。確か……七〇年ほど前だと」
「勇者召喚は、魔王が現れるごとに可能になりますが、その魔王の登場は、約五〇年から八〇年の周期であると言われています。そして、この世界の勇者召喚に使われる魔法陣には、独自に魔力を貯める仕組みがあって、勇者召喚可能になるには、最低でも五〇年かかります。これはご存知ですか?」
セレアイラさんは頷いた。
私は当然知らないので、アホ面を晒しながら相槌を打っている。
「通常、魔王が誕生すると、私たち、神は気づきます。ですが、直ぐに世界の脅威となると決まるわけではありませんので、しばらくは様子を見ることになっています。成長途中で亡くなることも結構あるので」
へぇ~と、馬鹿な顔で頷く私。でも気づくこともあった。
「ん? それって、結構な周期で魔王の候補? それ自体は生まれてるってことですか?」
「そうですそうです。割と毎年生まれてますねぇ〜。早いときは半年でとか。成長しきれる個体が現れるのが、さっき言った周期なんですよ」
「なんか、生存率マンボウみたいですね、魔王って」
言った瞬間、ヘスティー様が吹き出して笑った。
「椿さん……それは、あんまりな例えですよ〜!」
「え? え? あの、マンボーって、何ですか?」
セレアイラさんが私たちを交互に見ては困惑している。分からない例えをしてごめんなさい。あと、その呼び方だと小粋な音楽みたいですよ。などと言ったら余計に混乱するだろうことは明白なので黙ってるけど。
指で涙を拭って、ヘスティー様が質問に答える。
「マンボウというのは、椿さんの世界にいるお魚さんです。三億個の卵を産むんですけど、大人になれるのは、一、二匹と言われるくらいの過酷な生態のお魚さんでして……」
「なるほど。確かに……それに例えられたら……魔王も、形無し……ですね……」
セレアイラさん、声が震えてる……笑いを堪えて……。
止ーめーろーよー! 魔王だってマンボウだって頑張って生きてるんだから――ダメだ笑うわ無理無理。
例えに使った私が悪かったですごめんなさい。
「えっと、マンボウはさて置き、話を戻しますね」
さて置かれた。置くべきなので問題ない。
「魔王が世界の脅威となりうる状態にまで成長すると、今度は逆に、我々では、その強さなどの把握ができなくなります。把握できなくなったからこそ、育ったんだと分かる、みたいな逆転現象があるのですが、そこまでになると、いよいよ世界に実害が出始めます。セレアイラさん。今、魔王軍の侵攻で、どのくらいの被害が出ていますか?」
「まだ侵攻は始まったばかりで、攻撃も散発的ではありますが、それでも、国境沿いの村々が既に、十は潰されているという話です」
「はい。これからもっと被害が大きくなるでしょう。――と、そこで勇者召喚が必要になるという話になるわけです。脅威となった魔王の詳細情報は、我々側からは把握ができませんというのは、たった今話しましたね?」
私たちは頷く。
「そこで、重要になっているのが、神官の存在になるわけです!」
「神官はどういったことをしていたんですか?」
「はい! 神官は、勇者召喚の折に、私たち神との交渉をするのですが、その際、神官を通すことで、我々神は、魔王の能力の詳細を知ることができるのです! 神官が、いわば、神にとっての望遠鏡や虫眼鏡のような役割を果たしているわけですね!」
「そんな重要なことを……!?」
「私があれくらい取り乱した理由も、これで分かったかと思います」
俯いて頷くセレアイラさん。セレアイラさんが悪いわけではないので、あまり気に病まないでくださいねと、フォローも忘れないヘスティー様。そして、何もやることがなくて、ただ水を啜っては居た堪れなくなっている私。
「お待ちどうネ〜!」
そんな空気を裂くように、底抜けに明るいクマ娘ちゃんの声が私たちに届けられた。その両手には、お盆が三つ。二つはそれぞれ手で持ち、残りは右前腕に乗せている。器用なものだと感心した。
「あ、じゃあ少し切りもいいですし、続きは神殿に戻ってからにしましょうか! 温かい内に食べましょう!」
ヘスティー様の提案に、私たちは頷いた。セレアイラさんと並んで、私たちのお腹の虫も、いよいよコンサートを開き始めているし、いい頃合いだ。
さてさて、異世界の中華料理とは如何ような味なのであろうか! と、期待半分、不安半分で配膳を待つ。
「麻婆豆腐定食ネ〜!」
「お〜! これが異世界の中華定食――なんか黒い!? ご飯が!?」
定食に付いてくるご飯が真っ黒だった。焦げてるのこれ? こういう調理で出すのがスタンダードなの、この世界……。
「いっただっきま〜す♪」
「いただきます」
そんな私の困惑も蚊帳の外に、二人は普通に食事を始めてしまった。
ヘスティー様も、何の文句も言わず、真っ黒なご飯を酢豚と一緒に、美味しそうに頬張っている。見た感じ、普通に柔らかそうで、どうやら焦げではないらしい。
セレアイラさんも、青椒肉絲をおかずに真っ黒ご飯をぱくついている。
てか箸を綺麗に使うね、この人。……箸の文化なんだ!?
と、二重でびっくりしている場合ではなかった。今はこのご飯だ。
イケる……のか?
意を決して、私は真っ黒なご飯をレンゲで少し掬い、まずは匂いを嗅いだ。
あ、普通にご飯の臭いだ……。
では――
と、一口。
あ、美味しい。普通にご飯だこれ。
ちょっと硬い気もするけど、芯が残っているわけでもない。うんうん、美味しい美味しい! 心配したのが馬鹿みたいじゃないか。
そうして私は異世界の中華料理を楽しん■■■■■■■■――!!?!!????!
――熱い。
――辛い。
――痛い。
――痺れる。
敵は、この黒いご飯ではなかった……。
麻婆豆腐――。しっかり四川の味のヤバいヤツ。
辣の唐辛子の辛味。そして、麻の花椒の痺れがガツンと利いた、超本格派なそれが、熱せられた石の器の中でグツグツと未だ煮えたぎり、一口口に運ぶごとに、私の口内を陵辱した。
その熱さと辛さと痺れに耐えかねて口に入れた水までもが、さっきまでとは違う妙な味になっている始末だ。
水は罠。ここは、そう――
――ご飯!
この黒いご飯の、自然な甘みがなければ、二秒と正気を保っていられない! そんな確信がある。
辛いのが大丈夫なはずのこの私が、ここまで追い詰められるとは、おやりになりますわね、異世界の麻婆豆腐さん……。と、思わず心の中で賛辞を送ってしまう。
ハフハフと呼吸を荒らげ、黙々と一心不乱に麻婆豆腐とご飯を口に運んでいると、隣と正面の二人が、何やら少し物欲しそうな表情をしているように見えた。
麻婆豆腐との格闘で余裕のない私は、端的に二人に尋ねる。
「――食うか?」
「「だ、大丈夫です……」」
私の迫力に気圧された二人が、やや引き気味に遠慮して、自分の料理と向き合い直した。
そうだ。食事とは戦いなんだ。自分の倒すべき対戦相手と真摯に向き合わなければならない……!
そして私は、麻婆豆腐を食べる! 今はそれだけを考えていなければならないのだ!
――コトリ。
と、突如、視界の端に何かが置かれた。
――コトリ。
そしてもう一つ。
視線だけ上げると、小皿――呑水が二つ置かれていた。中にはそれぞれ、酢豚と青椒肉絲。
私は顔を上げた。
「なんでそんなに鬼気迫ってるんですか、椿さん。この酢豚も美味しいですから、お裾分けです!」
「私も、これ、どうぞ……」
「あ、ありがとうございまふ……」
噛んだ。
お裾分けしてもらったどちらも美味しかった。
そうだ。食事は楽しく、和気藹々と、みんなで食卓を囲んでするものだ。
ボッチ生活が長すぎて、そんな当たり前のことまでも私は忘れていたのか……。
何が食事は戦いだ、馬鹿馬鹿しい。おいしい料理をシェアしたりして、みんなで笑顔になるのが食事というものだ。
貰ったのならば返す。これが基本。であれば、私も返さねば、無作法というものだろう。
そして私は、お返しに二人に麻婆豆腐を少しお裾分けした。
「わぁい! ありがとうございまぁす、椿さん!」
「ありがとうございます、ツバキさん。いただきます」
そして二人はそれらを口に入れ――
「「かっっっっっっっっら!!?」」
私同様、口の中を火炎地獄に変えられたのだった――。
二人の口内に1000のダメージ。この光景を作り出した私の心に、500のダメージ……。心が痛い。ごめんなさい。