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私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その3

 結論から言ってしまうと、セレアイラさんは話した。


 後から知った話だけど、この世界には、守秘義務という言葉と概念はまだ存在しない。

 この世界において、秘密を守るための理由とは、義理人情とか恩情とか愛情とか、忠義、忠誠心、そういうものから来る、好意や厚意のみだ。

 機密の塊であるはずの軍事に関する情報であっても、下っ端に行けば行くほど口が軽いし、反目する相手の案であれば、上層部の人間でも平気で情報を競合相手に売る。

 だからこの世界では、秘密を守らせるために、同陣営内でいろいろな人と親交を深めて、お互いに仲良くなりましょう。という方策を()っている。

 言ってしまうと、この世界の私は、『全キャラとの好感度上げが必須のゲームみたいな世界で、コミュ障の私はどうしたらいいですか!?』状態である。マジで生き辛そうなのだよ……。


 何でそんな話をしたかと言うと、セレアイラさんが話すことを決めてくれたのは、神殿長に見切りをつけられた以上、もう義理を通す必要もないかという理由だったからだ。

 だからといって、不特定多数に聞かれるのは違うということで、足湯からは移動したけれど。


 そして私たちは、この町で一番広いという公園まで来た。そこは、あらゆるところから噴水が出ている、噴水公園だった。

 夏場は涼しく、冬場になると温水になるという、年中通して快適な公園らしい。どういう仕組みかは分からないが、こういう事ができるのなら、それはきっと魔法だろうと、セレアイラさんは言った。魔法って便利だね。


 人は多いが、敷地の広さもあって、遊びに来たグループ同士が最接近するほど密集していない。まして、私たちは遊びに来たわけではないから、人気の遊びスポットとも縁遠くて、なおのこと、他の人たちとの接触機会は少ないと来ている。絶好の内緒話場所である。


 とりあえず、三人横並びでベンチに座った。遠くで遊んでいる子どもたちの笑い声が鼓膜をくすぐる。その声が心を童心に引き戻すようで、私もちょっと遊びに行きたく――ならないな。

 もとより根っからのインドア派の私が、噴水でずぶ濡れになって、きゃっきゃとはしゃぎ遊ぶ姿など想像ができない。子供の声は微笑ましくはあるけどね、一緒に遊びたいとかはちょっと……。


「お話が終わったら、目一杯、みんなで遊びましょうね!」

 と、ヘスティー様。私が子供の方を見ていたから遊びたいと思っていると勘違いしてしまったのだろう。そしてその言葉には、自分自身も遊びたいという想いが乗っているのもまた明らかだった。

 まったく、ヘスティー様ったら、子供っぽいところもあるんですね。そんな新たな一面もとても愛らしいです! ですが申し訳ありません。私ってば根っからのインドア派なものですから――


「はい! ヘスティー様! 一緒にずぶ濡れになりましょう!」


 私ゃ、惚れた女の言うことを何でもきいてしまう、ゲンキンな女だったのさ……。

 ヘスティー様はやっぱり天使――否、女神であるからして、それも仕方がないのだ。


「ここなら、開けていますし、聞き耳を立てられることもそうないでしょうけど、念には念を入れます」

 今のやり取りを完全無視したセレアイラさんはそう言って、太もものベルトから、指揮棒のような短い杖を取り出した。白いローブのスリットからチラリと覗く太ももが眩しかった。


「霧よ――我らが姿と声を覆い隠せ――『サイレンス・ミスト』!」

 詠唱だった!

 ゲームやアニメなんかで見てきた、呪文の詠唱を、私は今、生で! この目で見たのだ!

 私史上、最もテンションが爆上がりしているかもしれない!

 だってあなた、目と鼻の先でハリ◯タよろしく、杖を振って詠唱したら、杖が光って魔法が発動するとか見てみなさいよ。トブぞ? トんだぞ?

 ミストっていうから、霧だよね? 詠唱にも霧って単語あったし! 水の魔法使いだから、やっぱり色々水系統の魔法で統一してるんですね! うは〜、凄〜。


「これで、私たちは周りから認識されず、中で話した声も漏れません……って、そんなにこの魔法が珍しいですか?」

 目をキラキラと輝かせていたのであろう私の様子を見て、セレアイラさんが困惑気味に尋ねてきた。

「はい! 魔法、初めて見ました!」

「ええ!? 初めてですか!? 生まれてから今日まで魔法自体を見てこなかったのですか!?」

「はい!」

「そんな人がこの世に存在するなんて……」

 そのレベルで魔法って身近なのか……。ということは、私って、どんだけの世間知らずになるの……?

「いえ、分かりました!」

 何が?

「それほどの世捨て人になってまで鍛錬をしなければ、その若さでその強さにはなり得ないということなのですね! ツバキさん!」

 あ、そういう解釈になるのか……。うん。何も分かってない。

「えーっと……」

 助けを求めてヘスティー様を見ると、一人で笑いを堪えていらっしゃった!

 私の視線の先に気づいたのか、セレアイラさんもヘスティー様を見て、そして首を傾げた。

「ヘスティーさん、どうされましたか? 何か可笑(おか)しいことでも?」

 私たち二人に気づかれたことで観念したのか、ヘスティー様はそこから堪えるのを止めて声を上げて笑った。そうして一頻(ひとしき)り笑うと、涙を拭って深呼吸した。

「あー、可笑しかった! すみません、セレアイラさん。勝手に一人で笑ってしまって」

「いえ。――それで……」

 何がどう可笑しかったのか? と、目で訴えていた。答えによっては、恩人であっても容赦しないという覚悟すら感じさせる凄みを感じた。

 私が長年積んできたと思いこんでいる鍛錬や、セレアイラさんが本当に積んできたであろう鍛錬を、同時に笑って侮辱されたと思っているのかもしれない。

 それに対してへスティー様は平常運転。

「はい!」

 と、元気で可愛らしい返事をしてから、セレアイラさんの質問に答えた。


 ――瞬間、空気が変わった。


「セレアイラさんの努力と、その結果得た今の力を、侮辱しようという意図は一切ございません」

 まるで後光が差すような、その威厳を感じる声音に、思わず背筋が伸びた。セレアイラさんも、ヘスティー様の雰囲気の変わりように息を呑んでいるのが伝わってきた。

 なんでそんな急に威厳を出し始めたのかは、ちょっとよく分からないけど……。


 ヘスティー様は続ける。

「誤解や懸念を与えたことをまずは謝罪しましょう。それで、理由ですが……。椿さんの強さについて、なかなかに斜め上の考え違いをしていらっしゃったので、それで笑ってしまいました」

「斜め上……ですか?」

「はい!」

 あ、そこはちゃんとヘスティー様だ。

「椿さんは、魔法を知りません。正確に言えば、魔法の存在は知識として知っていますが、実際に見たことがありませんでした。それは、セレアイラさんが言うような、厳しい鍛錬のために、世捨て人になって山奥に引き籠もっていたからでは……ぷふ……ありません……」

 あ、また笑いそうになってる。そんなにツボだったの、そこ……。頑張って威厳を保ってください!

「では、なぜ……」


 ――魔法を見たことがなかったのか?


 皆まで言わずともと、ヘスティー様がセレアイラさんに手の平を向けて制止した。

「それは、椿さんが、ソーヤさん同様、この世界とは別の世界から来た人間だからです」

「え?」

 声をこぼしながら、セレアイラさんは私を見た。「本当に?」その目はそう言っていた。

 私は頬を掻きながら頷く。美人に見つめられると、実に照れ臭い。

「つまり、召喚されたということですか? ですが、私は、ソーヤしか勇者は召喚していません……」

「はい。貴女が召喚したのは、間違いなくたった一人の勇者、ウラセソーヤさんでした」

「では、ツバキさんは一体……?」

「椿さんは――私が召喚した勇者なんです、セレアイラさん」

「え!?」

 セレアイラさんは、私とヘスティー様を交互に見て驚いた。

 どう噛み砕けば良いのかと困惑するセレアイラさんに、ヘスティー様が続けて言葉をかける。

「では、ここで、私の本当の名前を明かしておきますね」

「本当の、名前……?」

「はい。ヘスティーというのは私の愛称です。私の本当の名前は――」

 そこで深呼吸をするのが実にらしい。やっぱりまだ、本名は名乗るのが恥ずかしいんだな、ヘスティー様。

 それでも意を決して、ヘスティー様は名乗り上げた。

「へ、ヘスティアヌス(のみこと)、と言います……。ち、知名度は低いでしょうけど、い、一応、神様です……はは」

 なぜ最後に自虐と乾いた笑いを……。でも頑張った! 偉い! 威厳はヘナヘナになってたけど。

 できればこの頑張りを、セレアイラさんには評価してもらいたい! ――が、如何に?

「ヘ、ヘスティアヌス命様!? そんな!? 知名度が低い!? うち系列の、聖火の聖神殿の主神ですよ!? 知らないわけ無いじゃないですか!」

 お、おおう……。普通に知ってるし、なんなら他の神殿の主神だった!?

 うちの系列って言い方がちょっとだけ気になったけど、それでも、凄い!

「ヘスティー様! 知られてるじゃないですか! 良かったですね!」

「えと……はい……そうですね……フルネームで知られてるのは、嬉しいような……やっぱり、恥ずかしいような……」

「ヘスティー様、私も言いましたけど、そんなに恥ずかしい名前じゃないですって! ですよね、セレアイラさん!」

「神様の名前が恥ずかしいなんてことはありえません!」

「ほら、人ってそんなに神様の名前を気にしませんって、だから顔を上げましょ? ヘスティー様」

「……うぅ、はぃぃ……」

 ちょっと弱ってるヘスティー様、可愛すぎる……。私より背も高いのに、私の背中側に回って、親指と人指し指で私の服の端をちょこんと摘んでるの!

 今すぐにでも抱きしめてあげたいけど、キモい私がそんなことをしたらセクハラまっしぐらなので、断腸の思いで我慢する! した!


「ほらほら、ヘスティー様。訊きたいこと、あるんですよね?」

 私は、(よこしま)な感情を隠しながら、ヘスティー様の服の端を引っ張り返す。

「ああ、はい。そうでした」

 ヘスティー様は私の背中に隠れるのを止めて、セレアイラさんと対峙した。

「それで、ヘスティアヌス命様……」

「あ、あのあの、できればこれまで通り、呼び名はヘスティーでお願いしますぅ……」

「よろしいのですか?」

「むしろそうして欲しいんです……」

「畏まりました!」

「あー、あと、敬語もちょっと……いえ、敬語が悪いってわけじゃなくて、(へりくだ)るのを止めてほしいなぁって……今まで通りの感じでお願いします!」

「は……はい……」


 うん。セレアイラさんの様子を見るに、ヘスティー様が神様だって事自体は普通に受け入れてるっぽいね。

 神を自称する人なんて、基本的にヤバい人だし、信じてもらえないものだと思ってたから、その一歩目がスムーズに踏めたのは良かった良かった。

 セレアイラさんの場合、神様に仕える仕事を元々していたってのも大きいんだろうけどね。


 だいぶ回り道をした気がするけど、やっと、ヘスティー様が本題に入る。

 可愛い咳払いを一つしてから、へスティー様は尋ねた。

「まず、セレアイラさんたちが行った勇者召喚は、誰が行いましたか?」

「それは、私が召喚の魔法陣を起動させました」

「つまり、召喚役の魔術師がセレアイラさんだったと……」

「はい」

「皆様のご遺体を少し検分させてもらったのですが、神官らしい遺体が見当たりませんでした。召喚の儀式を行った場所に常駐とかしていらっしゃるんでしょうか?」

「いえ、召喚陣のある場所は遺跡でして、魔物も出ます。常駐なんてとても……」

「近くに町があるとか?」

「いえ、無いです。というかですね。召喚に、神官と呼ばれる類の人は居ませんよ?」

「神官が居ない!?」

 ヘスティー様が声を荒げて驚いた。突然大きな声を上げられて、セレアイラさんも私も目を丸くした。


 ヘスティー様によれば、勇者の召喚は、実際に召喚を行う魔術師と、神との交渉をする神官とがセットで行われるという話だった。けど、セレアイラさんの話だと、その交渉役が最初から居なかったらしい。そりゃあヘスティー様も驚くよね。


 ヘスティー様は質問を続ける。今度はより細かく、神官について聞き出していく。

「セレアイラさん……。その、神官は何故居なかったのでしょうか? たまたま?」

「いえ。そもそも、神官という役職自体が結構前に廃止になってまして……」

「廃止!!? そ、そんな馬鹿なことを、一体なんでええ!?」

 これまた素っ頓狂な声をお上げになったヘスティー様。

 その様子に驚きつつも、セレアイラさんは答えた。

「えっと……五〇年か、六〇年くらい前だったと思います。召喚術を行使する魔術師が神職に就いているのであれば、神官は不要であると、その時の王様がお決めになったと。それで、神官だった人が魔法を学んで、魔法の才能がなかった神官たちは、そのまま職を失った……と、習いました」

「それで一気に神官廃止ですか……。マジかぁ……」

 がっくりと肩を落としたヘスティー様の背中を撫でてあげた。

「当時から、神官自体が何をやっているのか分からず、ただ魔法陣の上で祈ってるだけじゃないかという批判があったそうなんです。戦う力もほぼなくて、召喚陣のある遺跡の最奥に至るまで、護衛のリソースを消費するだけで、足手まといだという話もあったようで……」

「そこに居るってことは必要だってことなのに……どうしてそう短絡的に結論を出してしまうんですか、人間は!」

「も、申し訳ございません!!」

 セレアイラさんが地面に伏して謝った。

「あああ! 違うんです! セレアイラさんが悪いわけじゃないんです! 大きな声を出してすみません!」

 ヘスティー様は大きく深呼吸をして、乱れた心を(なだ)めた。


「そうです、そうでした。確か、セレアイラさんは、神子魔術師という役職でしたよね!」

 頷くセレアイラさん。

「神職に就いた魔術師ということはですよ? 神官としての修行もしてるってことですよね? 神殿でも神事がどうとか仰ってましたし!」

「はい。私たち神子魔術師は、日々、神職者としての勤めもこなしています」

 ウンウンと頷くヘスティー様。

「朝昼夜と、日に三度、井戸の水で体を清めています」

 ウンウンと頷くヘスティー様。

「…………」

 言葉を待つセレアイラさん。

 首を傾げるヘスティー様。なんとも言えない口の形をしている。

「え? 終わり……ですか?」

 ヘスティー様に代わって私が渋々と尋ねると、セレアイラさんはキョトンとした顔で頷いた。

「え? はい」

「祈りを捧げるとか、祭壇に供物を奉納するとか!」

 圧が強いヘスティー様。可愛い。

「しないですね」

 それにさっぱりと返すセレアイラさん。


 いやね、私も別に信心深い人間じゃあ無いけども、朝昼晩に水で体を清めるのはまぁ、たしかに大変だろうけども……。

 けどもけどもよ、祈るとか、神事として最低限することなのじゃあないのかねと思うわけです。

 むしろお清めなんて、祈る前段階のことじゃないの? というのが私の認識なわけで……。

 ああ、ほら、ヘスティー様凍っちゃったよ……。

 

 おーい。なんて呼びかけながら、目の前で手を振ると、なんとか帰ってきてくれた。

「んがっ!? ショックが大きすぎて放心してました……」

 うん、見てました。


「いや、もう……この世界の人間……。神事を舐めるなああああ!!」

 お腹から出た、よく通る声が響いた。

 本日何度目かの突然の大声だったけれど、私はなんとなく予想できていたので、耳を塞げていた。セレアイラさんは完全に不意打ちで面食らってるけど。なんでヘスティー様が怒ってるのかも、分かってないよね、たぶん……。

 理由は分かっていないけど、怒っているのは見れば分かるので、セレアイラさんは地に伏し、(こうべ)を垂れた。


 叫んで少しスッキリしたのか、ヘスティー様は落ち着きついでに再び威厳モード (今命名した)になって……土下座するセレアイラさんに尋ねた。

「勇者召喚の折、神との交渉をしたのはセレアイラさんですか?」

 土下座の姿勢のまま、セレアイラさんが恐る恐るといった様子で答える。

「い、いえ……。その、交渉というのは、全く、やっておりません……そういうものがあるというのも、たった今、ヘスティアヌス(のみこと)様のお言葉で知りました!」

「ヘスティー」

「はい?」

「呼び方……。ヘスティーという呼び方は決して変えないように!」

「っしし、失礼しました!」

 そこ、やっぱり重要なんだね、ヘスティー様……。


 セレアイラさんの答えを聞いて、大きな大きな溜息をしたヘスティー様は、威厳モードを早々に解いた。

「ウラセソーヤさんが、なんであんな(いびつ)状態(ステータス)だったのか、これで分かりました……」

「ソーヤが……歪……?」

 思わず顔を上げて、セレアイラさんは尋ね返す。

「はい――」

 そしてヘスティー様は、勇者、ウラセソーヤの歪さを説明した。

 ステータスの上昇や、この世界で生きるための、言語理解などの最低限のスキル付与は見られるが、勇者としての特質したスキル――私の『O(オリジナル)C(カード)T(テキスト)』のような、所謂(いわゆる)チート的スキルや戦闘系に秀でたスキルが見られなかったこと。それらの説明を聞き終えると、セレアイラさんは、ガックリと俯いた。


「これも全て、行われた勇者召喚が、そもそも不完全なものであったからというのが、私の出した結論になります……」

 それが、セレアイラさんにとっての追い討ちで、トドメになるということは分かっていながらも、説明しなければならないという使命感から、ヘスティー様はその言葉を紡いだ。それを告げるときの顔は、かなり辛そうだった。


「つまり……私が……私のせいで、ソーヤは死んでしまった……」

 不完全な勇者召喚は、セレアイラさん一人の責任では決して無いのだけれど、実際に召喚を行った本人にとっては、そんなことを言っても何の気休めにもならない。

 自分が召喚した勇者は、自分が不完全な儀式をしてしまったがために、死ぬ必要もないところで死ぬことになってしまった。それが、セレアイラさんに突き付けられた、厳然たる事実だった。

 まして、その勇者は、セレアイラさんが一目惚れをした相手だったのだ。今この瞬間にも、その双肩にのしかかっているであろう自責の念たるや、私にはもはや、想像すらできない。


 セレアイラさんは、泣いた。

 地面に蹲って、真っ白なローブが土や泥で汚れるのも厭わずに、子供のように大きな声を上げて、泣いた。

 その慟哭は、セレアイラさんが自ら出した霧に吸い込まれて、外に漏れ出ることはない。それだけが、この場における、唯一の救いだったと言えるのかもしれないと、私は思った。


 すっかり夜の帷が下りて、夕方まで子どもたちが遊んでいた公園は、噴水がライトアップされ、デートスポットという、夜の顔を見せていた。

 とは言っても、人は疎らで、男女の逢瀬は、他のカップルを邪魔しない、邪魔されない程度の距離感で行われ、ムードが壊れるようなことは無さそうだった。

 私も、ヘスティー様とロマンチックな夜を過ごしたいものだと、前を横切るカップルたちを見ながら思っていた。いざ想像してみたら、自分が場違い過ぎて、恥ずかしさで悶絶してるキモい姿しか思い浮かばなかったので、ここでこの妄想は止めることにした。


 セレアイラさんは、そういう時分に、ようやく、本日分の涙を看板にしたようだった。

 椅子に座り直させて、背中をずっと擦ること、三時間くらいだろうか? 最初は、私なんかがボディタッチなんてしていいものかと躊躇したけれど、ヘスティー様に、女同士で何を言ってるんですかと(たしな)められて今に至る。


 いかにもな形の白い魔女帽子も、セレアイラさんの手の中で、すっかり皺くちゃになって、原型を留めていない。

 セレアイラさんはそれを、形だけは整えて目深に被った。

「顔を見られるのは、今はちょっと……なので、ごめんなさい……」

 別に良いですよと一言添えて、神殿に戻ろうかと提案した。

「……はぃ……」

 歯切れが悪く返事をしたセレアイラさん。帰りたくないという気持ちも何となく分かる。


 ――くぅ〜。


 と、可愛い音が鳴った。セレアイラさんのお腹のあたりから。そしてその直後に――


 ――ぐぅ〜。


 と、可愛くない音も鳴った。私のお腹のあたりから……。腹の虫すら理不尽にも美醜が出るのか……。

 だがいい。少し寄り道する口実も出来たので、これ幸いと提案しよう。

「ご飯、食べてからにしましょうか、帰るの」

「えっと……はい。そうしましょう」

「あ、じゃあ私! 昼間に前を通りがかって気になってたお店があるんですけど! 良いですか!?」

 底抜けに明るいヘスティー様の声が一気にその場を、華やかに和ませていく。

 自然と私たちはその提案に首肯して、ヘスティー様の後をついて行った。

「ありがとうございます……ツバキさん……」

 少し後ろを歩くセレアイラさんの、何に対してか分からない、小さな声のお礼の言葉に、私は聞こえないフリをした。

「さあ行きましょう。置いていかれますよ?」

 そして、不思議と自然に、彼女に手を差し伸べて――

「……はい!」

 ――彼女も、その手を取ってくれた。

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