私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その2
セレアイラさんが、私の頭突きで気を失ってから、出発する前に、私たちは、遺品や遺体の整理をしていた。
その中には、セレアイラさんが言っていた、黒い服――学ランだと思われる布切れを纏った遺体もあった。
損傷が激しすぎて、一目では性別も何も分からなかったけれど、その服が学ランっぽかったことから、私と同じ世界の男の人ではないかという予測はしていた。
遺体を見つけては、そのたびに吐きそうになりながらも、絶対に吐いてはいけないと、尊厳を傷つけてはいけないと、酸っぱいものを飲み込み続けて遺体を並べた。
遺体は全部で二十三人分。生存者はセレアイラさんだけ。女性も、セレアイラさんだけだった。
二十三人の内訳は、魔法使いっぽい、ローブ姿に杖持ちなのが三人。戦士っぽいのが六人。この人らは武器は統一されておらず、剣や槍、斧など様々で、ひょっとしたらこれが冒険者というやつなんだろうかと思った。この中に、例の学ランの男の人も入っている。
あとは、明確に騎士だと分かる、フルプレートアーマーの男が十人。弓取りが二人。暗殺者みたいなのが二人だった。シーフとか斥候というやつだろうか?
ヘスティー様は、少し気になると言い、学ランの男の人――ウラセソーヤさんの遺体を調べた。ここで私も彼の名前を知った。
「おかしいです……。勇者として召喚されたと思われるこの人……ウラセソーヤ……さん。勇者特有のステータスの上昇は見られますが、肝心のスキルがありません。全く無いなんて……こんな事ありえないです……」
「どういうことですか?」
「こちらの世界の人間が行う勇者召喚というのは、神官と召喚者が一緒に行う儀式なんですね。それで、召喚自体を召喚者、つまり、魔法使いが担って、神官が神と相談して、誰を召喚するかとか、そういう話を詰めるんです」
「相談するんだ……」
「はい。相談の中で決まった候補者を神の座に喚び、そこで候補者と神とが相談してスキルを決めるわけです」
「私がヘスティー様とやってたことか。……そこでスキルを要らないと言ったら?」
「要らないと言っても、最低限のスキルは付与しなくてはならない決まりがあります。全く無いなんてことはありえないんです。召喚そのものに致命的な瑕疵があったとしか思えません……」
「武器はどうですか? 持って行く武器をめっちゃ強くしてるとか……」
「あ……武器……。ちょっと待ってください」
そう言って、遺体が持っていたと思われる、折れた剣をヘスティー様は調べた。
「あー。こっちに確かにスキルはあります。でも、付与魔法で付与できる程度の、ありふれたスキルですね……。こっちの世界のものじゃないかなぁ、これ……」
「つまり?」
「召喚のプロセスに間違いがあったか、担当した神が下手こいたか、わざと手を抜いたか、召喚時に事故があったか……ですかね……」
そんな不幸なこともあるのか。
当たる神によっては外れなんてこともあるのが、実に神らしいなと、不躾ながらも思った。私の担当がヘスティー様で本当に良かったとも。
「遺体は、どうしますか? 埋めますか?」
私の問いに、ヘスティー様は迷いを伺わせた様子で答えた。
「どうしましょうか……私は、彼女にちゃんとお別れを言う機会を与えてあげたいですけど……。死化粧も出来ますし」
「でも、そのためにここでじっとしてるわけにも行きませんよね?」
「はいぃ……」
うーん、うーんと、二人で腕を組んで考えを巡らせていると、不意に、パッと降りてきた。あんまり良い案とは言えないけれど……。
「滅茶苦茶失礼な気がするんですけど、いいですか?」
「内容によるので、聞きます!」
「えっと……遺体をヘスティー様の家に置くってのは……ダメですよねごめんなさい!」
我ながら失礼過ぎる思いつきに自ら案を下げて謝った。
流石にこれはダメ過ぎる。腐敗までするだろう遺体を、神様の家に置くとかありえない。ただでさえ、向こうはこっちより時間の進みが早いっぽいのに。
「それです!!」
「どれです!?」
突然の大きな声に、思わず心臓が飛び出すかと思った。
聞き返すと、ヘスティー様は「それですそれです椿さん!」と、嬉しそうに、工房である自宅を喚び出した。風情ある茅葺き屋根が、荘厳に目に映る。
で、どれなんですか? いや、もう喚び出したから分かりますけど……本当にやるんですか!?
「遺体が腐って、ヘスティー様の家が大変なことになりますよ? やめませんか?」
私の言葉に、ヘスティー様はチッチッチと舌を鳴らしながら指を振った。どこか得意気でもある。
「あっちの世界では勝手に腐りません!」
ドヤッと、ヘスティー様は鼻を鳴らした。ドヤ顔もまた可愛い。
おっと、それよりも、何故を解消しないと。
「どういうことですか?」
「はい! 天界では、腐らせたり発酵させたりは、担当の神様が許可しないと進まないんです! 主にこれを担当するのは、お酒の神様だったり、冥界や地獄の神様ですね! なので、向こうに遺体を置いておいても、勝手に腐ったりなんてことは起こらないんです!」
えっへん! と、再びのドヤ顔。可愛い。脳が蕩けそうだ。
私は、おーと感心して拍手を送った。
話には出てなかったけど、チーズとか、他の発酵製品は、酪農の神様がやってたりするんだろうかと、ふと思った。
まぁ、なにはともあれ、向こうで腐らないのなら話は早い。善は急げだと、ヘスティー様の家に遺体と遺品を収容して、私たちは出発したのだった。
セレアイラさんが落ち着いたのは、町の城壁が視界に入った頃だった。
まだ鼻をすすっているセレアイラさんは、目元を真っ赤に泣き腫らしながら、私にお礼を言った。本当に私は何もしていないのに……。少し申し訳なく感じる。
そうして、ついに私たちは、この世界に来て初めての町に辿り着いた。と言っても、まだ門の前だけど。
実のところ、町に入るための列に並んでいる間、周りからの視線を感じていた。ずっとなんだろうなと、ヘスティー様と二人で首を傾げていたのだけど、私たちの番になって、ようやくその視線の意味が分かった。
「これは、魔王軍の紋章……。貴様ら! 何者だ!」
と、フル装備の騎士たちに早々に取り囲まれて武器を突きつけられた……。
そう。これはあのゴブリンたちが置いていった馬車。つまり、もとを辿れば魔王軍の馬車だったのである。それに気づきもせず、私たちは呑気にここまで乗ってきたわけだ。だって仕方ないじゃん。足が無かったんだから。
とは言えだ。
あのだだっ広い平原を、馬車も無しに歩いて移動していたなんて、信じてもらえなさそうだ……。私だって土地勘がある側の人間だったら、そんな馬鹿なことする奴居るわけ無いだろうと、取り合わないに違いない。そのくらいにあの平原は広大だった。
「は、はわわ〜。ど、どど、どうしましょうか、椿さ〜ん!」
可愛い悲鳴を上げながら、私に問いかけるヘスティー様。応えてあげたいのは山々だけれど、インテリジェンスがないキャラクター、略してインキャな私に、冴えた答えを期待されては困ります。赤点ギリギリと平均点の間を反復横跳びしている程度の頭には酷な話です。好きなカードゲームだって、実はよく分からずに、雰囲気でやってるんだ、私は。
第一、コミュ障入ってる私が、大の大人たちに囲まれて、まともに話せるわけがないのである。
そんなことを考えていると、ぽんと肩を叩かれた。振り向くと、セレアイラさんだった。
「お困りのようですね。大丈夫です。私が取りなしましょう」
そう言って、まだ赤い目の彼女は立ち上がって、馬車の御者台へ上がった。
「無礼者! この方たちは私の命の恩人です! 武器を下ろしなさい!」
鶴の一声とはこのことか。その声を聞き、セレアイラさんの姿を見た騎士たちは一様に驚いて、武器を引っ込めたではないか。
――せ、聖神殿の……水使い様……!?――セレアイラ様だ!?――勇者召喚に向かったと聞いていたが……――他の皆は?――初めて見た――ふつくしい……――
などなど。騎士だけでなく、近くにいた一般人までもが、セレアイラさんを見て驚いていた。思ってたよりもかなり知名度が高くて高い地位の人だったらしい。
こうして、セレアイラさんの口添えで、私たちは、なんとか町に入ることが出来た。
「コホン。少々、入町にトラブルが有りましたが……。ようこそ、ツバキさん、ヘスティーさん。ここが私の生まれ育った――聖なる水の神殿の町、アルメイシアです!」
そこは、名前の示す通り、水の恵みが多い町だった。
いたるところに、大小の水路が通り、十字の交差点に入るたびに、事故防止のポール代わりとでもいうように、中央に小さな噴水が設置されていた。
本当に、水を見ない場所がない。
極めつけは、町の中央に横たわる川だ。町の水路の全てがこの川の支流のように、町の水という水がそこへと行き着いて、大きな川を形作っている。
セレアイラさんの案内で、その川を上っていくと、この町の中でも一際大きな、それでいて特異な建物が目に入った。
「ここが私たちの家で、この町の聖神殿、アルメイシアです」
「町と同じ名前……」
「はい。この神殿の名前がそのまま町の名前になったんです」
私の呟きにも丁寧に答えてくれるセレアイラさん。優しい。「逆だよ逆。神殿の名前が町の名前になったって、ちょっと考えれば分かんだろ、グズ!」みたいなことを言うような人じゃなくて良かった……。
と、勝手にネガ入っていてはいけない。セレアイラさんはいい人、セレアイラさんはいい人……ヨシ。
さて、気を取り直して見ていこう。
この神殿、めっちゃ高い。五階から六階建てのビルくらいだろうか?
その高さは兎も角、この建物で特に、特異で異様に目に映ったのは、だいたい、二階か三階の部分だった。
なんと、そこから、マーライオンよろしく、水が吐き出されているのだ。
別にオブジェの顔とかが付いているわけでは無い。建物から直接、滝のように水が流れて出ている。そしてそれが、この町の中央に流れる川の源流らしかった。
いや待って。なんで私、最初にマーライオンを例えに使った? 普通に滝でいいじゃん。こういうなんか上手いこと言おうとして滑ってるのが私の馬鹿さ加減を表していてですね――やめよう。自分の馬鹿さ加減を再確認したって虚しいだけだし。
建物の後ろには――何も無い。
強いて言うなら、この建物自体が町の外壁と一体化しているが、それだけだ。これの裏に崖とか山とか、そういう、水を生み出しそうなものも無いのに、建物から水が出ているのだ。
水が出ている階の直下の階は、渡り廊下みたいな、滝の裏巡りみたいな造りっぽいので、地下から水を汲み上げているような感じでもない
どういう仕組みなのこれ……。
馬車は建物に近づいていく。口を開けたままのアホ面で、滝を見上げる私を乗せて。このまま口を開けて近付いたら、勝手に水分補給も出来るんじゃないの。なんて、頭の悪いことは、断じて考えていない。
馬の足音をかき消す轟音で、水が流れている。本当の滝みたいだ。どう見ても人工物なのに大自然を感じてしまっている自分がいる。
空気が全体的にひんやりしていて気持ちいい――いや、少し寒いくらいか……。
そして、ついにその建物の麓に辿り着いた私たちは、馬車を降りた。
建物を見上げる。
五、六階くらいと思ってたけど、もう少し高いなこれ……。ずっと見上げていたら首が痛くなるやつだ。
視線を下げると、建物から法衣を纏った老人が出てきていて、こちらを待っているようだった。
「神殿長様です! 行きましょう、お二人とも!」
セレアイラさんが弾む声で、嬉しそうに私たちを手招きした。私はヘスティー様と顔を見合わせ、セレアイラさんに釣られるように笑って、その後に続いた。
セレアイラさんにお互いを紹介してもらう形で、神殿長のドゥラマさんと軽く挨拶を交わし、神殿の中へ迎えてもらった。
ドゥラマさんは、史上最年少の二十代で神殿長に就任して、以降、五十年以上に渡って、ここで神殿長を務めている傑物だそうだ。
「此度は、我が聖神殿の神子魔術師を救っていただき、感謝してもしきれません」
ドゥラマさんが改めて頭を下げると、その隣に並んで、セレアイラさんも頭を下げた。
「え、えと……その、と、通り、かかったので……」
何を言っているのだろうか私は……なんかもっと気の利いたことをですね……。
まともに人と会話してこなかった人間がそんな話できるわけ無いのである。嗚呼、無情。
「助けを呼ぶ声が聞こえたので、居ても立ってもいられなかったんですよね! 椿さん!」
「え!? ……あ……はい……そんな感じです……」
なんかよく分かんないけど、ヘスティー様にナイスフォローをしてもらった!
「おお……なんと気骨のあるお方でしょう。見ず知らずの者のために命をかけるとは! それに、彼のゼムキルを撃退どころか、討ち取ったとか! 斯様な英雄がこの地に埋もれていようとは、まだまだこの世界も捨てたものではありませんね!」
英雄なんて……ちょっと褒め過ぎじゃないか? ドゥラマさん……。面映ゆいというか、こそばゆいというか、そんな感じでムズムズする。
「椿さんは、勇者なんですから、もっと胸を張って良いんですよ?」
「ひゃん!?」
モジモジしている私の耳元で、ヘスティー様が呟いた。突然のことで驚いて変な声が出てしまった……。
あ、二人が目を丸くしてる。
穴があったら入りたい……。
「あぁ、えっと……。椿さんはシャイなもので、初対面の方とは上手くお話ができなくてですね、すみません……」
ガチめなフォローをされてしまった。でも助かる。ありがとう、ヘスティー様……。
ついでにこれも伝えてもらおうと、ヘスティー様の肩を叩いて耳打ちした。
「あーはい。えっと……年上の男性にも気後れする。とのことです!」
「なんと、それでは私はお邪魔でしたかな? 申し訳ございません」
「慣れるまで時間がかかるだけなそうなので、居ていただいても構いませんよ。とのことです!」
完全に神様を通訳に使っている勇者 (笑)がここにいた。マジで恥を知れ、私。あと、最後のは耳打ちしてないんだけども?
「こちらに滞在の間は、どうぞ、この神殿にお泊まりください。セレアイラを助けていただいた、せめてものお礼です。当然、喜捨やお代も結構でございます。――セレアイラ」
「はい、神殿長様」
「彼女らが滞在中は、貴女が彼女らの身の回りの世話をなさい」
え!? べ、別にそこまでしてもらわなくてもいいのに……。あ、ヤバい、咄嗟に声が出ない。
「はい。誠心誠意、お世話をさせていただきます!」
「神事もよい。お世話をするついでに、貴女もゆっくり体を休めなさい」
「……!? ……はぃ……」
ん、なんだろう? 休めって言われたのに、すごく辛そうな顔をしたぞ、セレアイラさん……。
「では、私はこれで。此度のことを上に報告せねばなりませんしね。お二方はどうぞ、ごゆるりと、この町を楽しんでいってくださいませ」
そう言って、ドゥラマさんは、セレアイラさんを残して去って行った。
ドゥラマさんが去った後の扉を見つめる、浮かない表情のセレアイラさんが気になった。よし、頑張って話しかけるぞ!
「え、えっと、ど、どう……したんですか?」
「え!?」
私に話しかけられたことがそんなに驚きですかね、セレアイラさん。……まぁいいや。
「あの、や、休めって言われたのに、落ち込んでるみたいだったので……」
まさかその見た目の若さで、既にワーカーホリックになってる……なんてことは無いよね?
「ああ……。それはですね……あれは……神殿長様のあのお言葉は、私はもうお払い箱って意味なんです……」
「お払い箱!?」
自分でもビックリな声量が出た。ワーカーホリックよりヤバげな話が出てきたんだから仕方がない。
大きな声を出したことを謝って、私は話の続きを促した。
「私、結果的に、勇者召喚には失敗しちゃったじゃないですか。……預からせていただいた戦力も、全て失ってしまいましたし、大損失です。そのくせ、自分だけオメオメと戻ってきて……だから、見切りをつけられたんです。優しい声音でああ言ってはいましたが、神殿長様、本当はすごく怒っていたのかもしれません。お二人がいた手前、怒れなかっただけで……」
「いや、で、でも、一度の失敗でお払い箱っていうのは考えすぎじゃないですか? 本当にただ長旅を労っているだけかも……」
セレアイラさんは、静かに首を横に振った。
「いいえ。私もここで生活してきて長いです。他の見切りをつけられた子のことも見てきています。だから、分かるんです……。ああ、私の番になったんだなって」
「そんな……」
重苦しい空気が室内を満たしていくのを感じる。
マジでどうしたら良いんだろう……励ますとか、やったこと無いぞ? そもそも私なんぞに励まされても迷惑だろうし……。
チラリとヘスティー様を見るとウインクで返してくれた。こういうときでも、変わらずに癒やしを提供してくれる、マジ女神である。
「セレアイラさん! 外、行きましょう!」
「え?」
ヘスティー様の突然の提案に、私もセレアイラさんも困惑した。何故に外? 空気を変えるってこと?
「滞在中はお世話してくれるって、そういうお話じゃないですか! じゃあ、観光案内もしてくれるんですよね?」
ヘスティー様の曇りなき眼で真っ直ぐと見つめられ、屈託のない笑顔を向けられたセレアイラさんは、毒気でも抜かれたように呆気にとられて頷いた。
「それじゃあ、ゴー! ゴー! でーす!」
そして、有無を言わさずといった雰囲気で、セレアイラさんの手を取って、ヘスティー様は部屋を出た。いいなぁ、私も手を繋ぎたいなぁ……。
そんな物欲しそうな考えが顔に出ていたのか、それとも、神らしく神通力で私の内心を察したのか、一度部屋を出たヘスティー様が引き返して来て、こう仰せになられた。
「ほら、椿さんも! 行きますよ!」
当然、手を差し伸べながらである。
私は、そのヘスティー様から差し伸べられし、神々しい救いの御手とも呼べる手を、鑑定書付き高額カードばりに、丁重に、優しく包み込むように握り返した。
「なんで泣いてるんですか!?」
その優しさが心に沁みて、自然、滂沱の涙が流れていた私であった――。
セレアイラさんが、そんな私を見てドン引きしていたことには目を瞑った……。
セレアイラさんに案内されて、アルメイシア観光と洒落込んだ。
聖水の町だけあって、観光客向けには、聖水を推した商品が多かった。聖水饅頭、聖水羊羹、聖水ゆで卵、聖水温玉、聖水サイダー、挙げ句の果てには、直球に、聖水を瓶詰めしただけの飲料まで売っていた。神殿の町と謳う割に、商魂が逞しい……。
今は、聖水を使った足湯とやらに浸かっている。温泉ではなく、町を流れる聖水を沸かしただけのものらしい。聖水って、沸かしても効果あるんだろうか?
というか、温泉街のような、この馴染みのあるお土産ラインナップは一体何……。
「あ、言い忘れてました。椿さん!」
「なんでしょうか、ヘスティー様」
「ひょっとしたらお気づきかもしれませんが、この世界――食べ物の水準は、現代日本並みですので、安心してくださいね!」
「へ、へぇ〜、そうなんですね〜。で、何故です?」
「まぁ、色々と転生者が来てますからね」
「ああ、やっぱりそういうことですか」
「そういうことです!」
えっへんと胸を張るヘスティー様。私よりも肉付きの良い二つの実りが、目の前でふよんと揺れた。
最初の方こそ、あまり乗り気ではなさそうだったセレアイラさんも、私たちと一緒に町を回っている内に、次第に笑顔がこぼれるようになってきていた。これも偏に、ヘスティー様による『一緒に食べましょう! (やりましょう!)』作戦の賜物であると、私は勝手に思っている。コミュ力神様は半端ねぇのですな。私一人だったらこうは行かない、間違いなく。
足湯から上がって足を拭いていると、先に出ていたヘスティー様がセレアイラさんに言った。
「セレアイラさん、勇者召喚の詳細について、伺ってもいいですか?」
いや、唐突にぶっこみすぎでしょ、この神様!?
あまりに唐突過ぎて、ビックリうっかり、また足湯に浸かっちゃったじゃん!?
確かに、ヘスティー様、勇者とその召喚について思うところがあるって言ってたけどさ、今ここで聞く!?
「ぇぇ……ええっと……」
ほら、さっきまで和やかな雰囲気だったのに、セレアイラさんの表情が険しくなってるよ。
「大事なことなんです! 話して下さいませんか?」
うわっ!? そ、そんな潤んだ瞳で見つめられたら、私だったら、国家の最高機密まで話してしまう自信がある!
そして、そんな視線を向けられているセレアイラさんに対して、若干の嫉妬を覚えなくもない。
セレアイラさんは、その絶世の美女の上目遣いに、頬を一瞬赤らめたものの、すぐに首を振って煩悩を振り払ったようだった。
そんな馬鹿な……!? あの可愛いを間近に受けて、耐えられる生物が存在するというのか!?
その後、聞き方に対してあまりにも真剣な表情で逡巡するセレアイラさんの返答を、私たちは待った。足湯に浸かりながら――。