私は、自分フィールドのモンスターを、装備魔法カード扱いで装備できる。その1
「ああ、勇者様……いけません……そのような……うへへ……――はっ!? ゆ、夢……。私は今、とても幸せな夢を見ていたような……? って――ここは!?」
私の膝の上で、だいぶベタな寝言を言い、突如として目を覚ました、薄水色の髪の女の子は、ここはどこかと、誰にともなく尋ねた。
生憎と、ここには私しかいないので、私が答えるのがスジだろう。
「こ、ここは、馬車の中ですよ、ぉお姉さん」
よし、初対面の人相手に、なんとか言葉をひねり出せたぞ!
この人の年齢が分からないので、年上換算で話すことにした。異世界だと、見た目若くても、実年齢二〇〇歳とかがあるかもしれないし。
私が見事な頭突きでノックダウンさせてしまった女の子を、ゴブリンが置いて行った馬車に乗せて、走ること一時間といったところ。ヘスティー様の地図によれば、あと、もう一時間ほどで町に着くらしい。
そんな説明を、緊張しながらも、なんとかかんとかすると、女の子は、起きがけにあった警戒心を解いて、私に向かって土下座をした。
「助けていただき、ありがとうございました! どなたか存じ上げないことがお恥ずかしい限りですが、きっと、何処かで名を挙げた戦士の方とお見受けいたします」
「せ、戦士……ぃ、いや、私はそんな大層なものじゃ、な、ないですよ……」
「またまたご謙遜を。私と同じ年齢くらいで、彼のゼムキルを倒すその強さ。一体、どれほどの鍛錬を積んできたのか、想像もできません……。ん?」
「ど、どうしました?」
女の子の視線は、スカートから伸びた私の足に注がれていた。
そうして、私の顔と足とで数度視線を泳がせてから、怖ず怖ずと尋ねてきた。
「あの、戦士様は、女性物のスカートをお履きになるご趣味があるのですね?」
「違いますけど?」
あまりにもスムーズに声が出て、我ながら驚いた。
「えっと……あ! そういう部族のお生まれで?」
「違います」
なにが「あ!」なのさ。閃いた! みたいに言われても違うよ。
というかね、多分……。
「あの、私のこと、男だと思ってます?」
「え?」
その顔は言っていた。違うんですか? と。
そして、私を改めて、舐めるように見てから、その顔はみるみると青ざめていき――
――ゴン!
と、床に自分のおでこを叩きつけた女の子が叫んだ。
「大っ変っ! 申し訳、ございませんでしたあああ!!」
誤り、謝り通しの彼女をなんとか宥めて、ようやっと自己紹介のできる空気になった。
「お見苦しいところをお見せしました……。えっと、私は、セレアイラと申します。戦士様。以後、どうぞよしなに」
「だ、だから、ゎ、私は戦士じゃ……まぁ、今は置いとこう。 わ、私は、黒咲椿と、い、いいます……よ、よろしくお願いします……!」
コミュ障発動して、声裏返っちゃった……。ヘスティー様や親兄弟以外の普通の人間と会話したのってどのくらいぶりだろ?
元の世界でも、教室の自分の席で、本を読むフリとか、寝たフリとかして一人で過ごしてたし……。本当に久しぶりだ。
「クロサキ、ツバキ……」
私の名前を復唱して、何やら思うところがあるような表情をするセレアイラさん。
「わ、私の名前が、ど、うかしましたか?」
花の名前なんて相応しくないとか言われるんだろうか?
「あ、いえ……。不思議な響きのお名前ですねと……。ひょっとして、ツバキが、ファーストネームですか?」
「え? そ、そうです……けど……」
不思議な響きと言う割には、姓名の順番とか、よく気がつくね。もしかして、ちゃんと覚えてる……? 寝言も言ってたし。
「もしかして、ゎ、私みたいな名前の人と、ぁ、会ったことがあるんですか?」
確認は大事だしね。覚えてるならこの質問で――
「ええ、はい。そうです――」
そっか、良かった。
「――以前……以前? ……いえ……以前なんて遠い話じゃなくて……あれ……私……なんで、今まで……。そうです……私……たしかに、ツバキさんみたいな名前の人に出会って……あれはそう、きっと……一目惚れ、で……あれ……? あの人は……えっと……どうしたんだっけ……」
――あ、ヤバい。
何やら、私が踏んではいけない踏み板を踏んでしまったようで、セレアイラさんは自分の記憶を手繰るように、ブツブツと聞き取れない声で独り言を始めた。
あちゃー。記憶に蓋してたのか……しかも一目惚れ……。
どうしよう……。ヘスティー様に助けを求めるべきかな?
こんな状態の人間をどうこうできるようなコミュ力など私は持ち合わせていないのだから。
考えあぐねている間にも、セレアイラさんの独り言は、核心に近づいてきたのか、その声を大きくしていった。
「そうだ……そうです……そうでした――」
そうだの三段活用……。
「私が……私たちが彼をこちらへ喚び出した……勇者、様……。それで……帰る途中に奴らが……ゼムキルたちが……あれ……勇者様はそれで……えっと……」
「あの、それ以上は……お、思い出さなくても――」
だが、私が制止の言葉をかけるのにはもう遅かった。
「あ――。ああ……ああああ……。勇者様は、私を逃がすために立ち上がって……それで……でも……いや、そんなはず……嘘です……だって、勇者様なんですよ……」
一通り、記憶の索引が終わったらしいセレアイラさんは、俯いていた顔をゆっくりと持ち上げ、私を視て、そして尋ねてきた。
「ツバキさん……。男の子を、見ませんでしたか? ツバキさんみたいな黒髪で、短くって、ふわふわで、真っ黒の服を着てて……ソーヤって――ウラセソーヤっていうんです……歳もツバキさんに近そうで、笑顔が可愛くて……初めての魔物討伐だって、初見のロックゴーレムを一撃で……難なくこなして……みんなで、さすが勇者様って……」
「え、えっと……」
私の両腕を掴んで揺すってくるセレアイラさんに、私はどう答えていいか分からず言い淀んだ。
「彼が死ぬはずないんです! だって、この世界を救うための勇者様で……私たちが召喚した……最強の……彼もそう言って……すぐ……片付けるからって……あれ……でも、ソーヤ……手が震えて……え?」
彼女に、”そんな人のことは知らない” ”どこかに逃げ延びたのかもしれない” そんなふうに言うのは簡単なのだと思う。
けれど、そんな心にも無い、気休めにもならない言葉をかけたところで、彼女は納得しないだろう。
なにより、今この瞬間にも、彼女自身が彼のことを――彼の末期の瞬間を思い出さんとしているのだと私にだって分かってしまっているのだから……。
だから私は、その時に彼女のそばに居るだけのことはしてあげようと、口を噤んだ。
どうか、せめて、心が完全に折れてしまわないようにと願いながら――。
「わ、私も……援護して……強化の魔法をかけて……それで……ゼムキルが、剣を振ったら、ソーヤが、吹っ飛ばされて……それで……ゴブリンが群がって、ひ、悲鳴が……聞こえて……ソーヤは起き上がらなくて……声が、小さく……なって……ああ……そんな……嘘よ……こんな……嘘、嘘嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘――」
ついに思い出してしまったセレアイラさんは、自分の記憶を否定するように、嘘と、何度も何度も呟いて、そして最後には、受け入れ難くも変わらないと悟った現実を前に、慟哭の波に呑まれてしまった。
こういうとき、どうすれば良いのか、私には分からない。
何か声をかけるべき? いや、それは違う気がする。今私が何を言ったって軽い。
抱きしめる? 何様?
背中を擦る? いや、だから何様だって……。
たとえ一目惚れの相手であっても、好きな人は好きな人。そんな人が目の前で惨たらしく死んでいくのをまざまざと見せられた人に対して、赤の他人が出来ることなんか、最初から有りはしないのだと思う。
だから私は、セレアイラさんが慟哭の波の波打ち際まで打ち上がってくるのを、ただただ待つことにした――。
まだ全部できてませんが、できてる分を少しずつ公開していくことにしました。