私は、戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。⑤
細い体に通して肩から下げていた和弓――『神弓・ヘスティー』を取り出だす。
弓とか引いたこと無いけど……。えっと、よっぴいて、ひょうどはなつ……だっけ? と、見様見真似で弦を引く。すると、魔力の矢が番われた。
一つ、二つ、三つ……狙う対象を決めるごとに矢が増える。
四つ、五つ。全ての対象を取り、確実に当てるために、思い切り引き絞る。すると、番われた矢は、まるで太陽のように眩く輝き出した。
その輝きに気づいたゴブリンたちが騒ぎ出す。
――敵襲だ!――殺せ!――眩しい!――殺せ!――女だ!――犯せ!――敵だ!――
あ、普通に喋る感じ!?
少しだけ面食らったけれど、大丈夫と言い聞かせて、矢を放った。先制攻撃はやれるならきっちりやっておかないと!
五本の矢は、それぞれに、私が対象に取ったゴブリンらの頭部目掛けて真っ直ぐに飛んでいき、その悉くを打ち抜いた――。
パキンと、何かが割れる音がした。
その音の方へ視線を向ける。
訂正する。一匹逃した。
例のデカいゴブリンだった。
魔力の矢はたしかに頭に刺さっているのに、平然として、こちらに首を回していた。
対象に当たった矢は、役目を終えて霧散した。
他の矢は、確実に対象を破壊――倒していた。ただ、このデカいやつだけがなぜか生きている。
なんだ? 効果破壊耐性か? いやでも、さっきのパキンって音は……もしかして加護が切れた感じ?
回数制限付きの破壊耐性が妥当……かな?
そんなことを考察しながら、こちらを睨むゴブリンたちを警戒して、短剣を鞘から抜いた。
弓はもうデッキに戻っている。使うためにはヘスティー様に工房を呼び出してもらわなきゃだけど、ヘスティー様には別のことをお願いして今ここにはいない。
ここは、私がなんとかしなければならない!
「驚いたぞ。避けたと思ったのだが、頭に当たった。魔法の類か、醜女」
うお、めっちゃ流暢に喋るな、このデカいの……。
言い返さないと……ネット弁慶特有のレスバスキルが火を吹くぜ……。
頑張れ……リアルでも……。
「す、素直に答えるわけ無いでしょ。それと、種族ごとブサイクな奴にブスとか言われたくないんだけど……」
ちょっと最初の方で声裏返ったけど、頑張ったぞ私!!
「ハハ! 図星を突かれて気に障ったか。醜女である自覚はあるらしい。どうだ? 降参すれば命は取らんぞ」
「命は取らないけど、尊厳は破壊するやつでしょ、それ。知ってる」
「どうせ、その見てくれでは、人間と暮らしていても良い思いなぞすることもないだろう? なに、俺と違って、手下どもは繁殖さえできれば良いから、醜女のお前でも相手してもらえるぞ? 子を産み育てるは、人の女の至上の喜びであろうよ? それがお前でも叶うのだぞ?」
「価値観古すぎ……。今は女も強く生きて働いて、自活するのがトレンドなの。子供を産んで育てるだけが女の喜びじゃないっての。仮にその価値観だったとしても、バケモノの母親なんてゴメンだね!」
「ふむそうか。では、殺して、体だけ慰み者として使ってやろうか」
デカいゴブリンはそう言うと、背中から、その身の丈ほどもあるサイズの刃物……大鉈を取り出した。その刃先には、まだ真新しい血がベッタリと付いている。
「や、やってみやがれ、木偶の坊が!」
チビリそうなほど怖いけど、なんとか虚勢を張れた。
「これを目にして、虚勢でも言い返せるのか。ハハ! その意気やヨシ。気に入ったぞ醜女。一度くらいだったら使ってやっても良いゾっ!」
――瞬間、一足飛び。
大鉈を軽々と片手で振り上げたまま、僅か一歩で、私の確殺距離まで近づいてきた。
――速過ぎる。
――避けられない。
あ――ダメだ、死ぬかも、これ……。
突如として眼前に迫った大男を前に、私は動くことすらできない。
醜悪な笑みを浮かべ、どこか誇らしげに、絶対な自信を持って、ゴブリンは大鉈を振り下ろした――。
――あれ?
――痛く……ない?
一瞬で死んじゃうとこんなもんなのかな?
辛さみたいに後から来る感じ?
辛みは痛みとも言うし、そうかもしれない。
「どういう……ことだ!?」
デカいゴブリンの声がする。
何かに驚いている。
私が実はメスのゴブリンだということが発覚して、同族を殺してしまったことに驚いているとか?
あ、なんか、目が開きそうな気がする。
恐る恐る、目を開く。するとそこには――
私の首の皮一枚先で、刃先がピタリと止まった大鉈があった。
「あれ? 生きて……る? 私」
「なぜ首が落ちない!? お前!? どういうことだ!?」
目を開ける直前に言ったことを、今度は独り言ではなく、私への質問という形で言い直した。
どういうことって……まったく、そんなのこっちが聞きたいくらい――
――あ。
――私の効果だ、これ。
相手が強そう過ぎるのと怖いのとで忘れてた。
私が自分に書き記した。シンプルに強い効果。
『このカードは戦闘・効果では破壊されず、相手の効果の対象にならない。』
もはやインフレを続けているカードゲームの強強効果としては、初歩の初歩くらいな程度には常識的な効果。
攻撃力や防御力がどんなに低かろうと、戦闘では絶対に場に残り続ける、除去が面倒で仕方がない効果。それにおまけで効果破壊耐性まで付いたら、対処法が限られる。
が、インフレを続けたゲームには、それをこともなげに除去できる効果を持ったヤバいカードがぽこじゃかと生まれている。
故に、この耐性も、今では『面倒だけど対処は可能』程度の強い効果に成り下がっている。
けどここはカードゲームの盤上ではない。現実だ。
そんな現実で、こんな効果の人間が出てくるなぞ、正に、実に、なろう的な、チート能力と言わざるを得ない。
「ふふふ……」
できるだけ不敵に、不気味に笑う。もともと私自身が不気味なので、無駄にこれには自信がある。
「な、なんだ……何がおかしい!?」
最初の態度とは打って変わって、狼狽する自分の倍以上はあろう体格のゴブリンを見ていると、溜飲が下がる。
知らず俯いていた顔を上げ、上目に睨む。ちょっと前髪が邪魔で見づらいが、恐らくこれで丁度いい。
「……ひっ!?」
ゴブリンが小さな悲鳴を上げて後ずさるのを、一歩、ずいと前に出て追いかける。
「く、来るな! バケモノが!!」
言いながら振り下ろされた大鉈は、私の肩でぴたりと止まった。衝撃もなく、痛みも当然無い。
バケモノにバケモノ呼ばわりされるのは心外である。
その後も、ゴブリンは私に大鉈を振るう。
が、私にはその悉くが効果を示さない。せいぜいが、鉈を振ったときに出る風が心地よい程度だ。まるで大きな団扇に扇がれているような気分にさえなっている。
私は短剣を構える。
「来るな! お、俺を誰だと思って……」
「知らないよ。強盗?」
「お、俺は、魔王軍の四天王が一人!」
四天王!? 思ってたより大物――
「――であらせられる、メリューダ様の腹心!! ゴブリンジェネラルのゼムキルだぞ!? 俺を殺せば、どうなるか……」
って、腹心かい!
まぁ、本物の幹部がこんなところ来ないか。
「知らないって。こっちの世界には今日来たばっかりだし」
「今日……こっちの世界……や、やはり!?」
ゼムキルと名乗ったゴブリンは得心が入ったように目を見開いた。
「やはりこやつら、勇者の召喚に成功を! なるほどたしかに、勇者であればその不可解な力にも納得がいくというもの。半信半疑ではあったが、魔王様の読みは当たっておられた!!」
ゼムキルが後ろに視線を向けたのが分かった。
ああ、襲った馬車の人らが勇者を呼ぶって、魔王に言われてここまで襲いに来たってことか。
「残念だったね」
私はその人に呼ばれたんじゃないよ。と、意味を込めて。
「ああ。召喚阻止には失敗した。だが勇者よ、魔王様であれば、お前なぞ、歯牙にもかけず葬り去るであろうよ!!」
あれ、あの馬車の人たちに呼ばれたと思ってる?
ま、いっか。勇者であることには変わりないし。
というか、魔王ってこの程度の耐性は簡単に抜いてくるってこと? いやだなぁ……もっと強い効果にすべきだったかなぁ……。
「えっと、遺言はそれでいいってこと?」
「遺言……まぁ、そうさな。どうせ逃げられはせんのだろう?」
「たぶん? やってみる?」
勇者由来のこの力があれば、多少逃げても追いついて仕留められると、なんとなくだけど、そんな確信がある。
「いや、俺も武人だ。潔く散ろう。さらばだ、醜女の勇者よ!」
言って、ゼムキルは私の前で正座した。地べたに座っても、私の身長と大差がない……。
本当に潔いな……。置き土産くらいの感覚で醜女って言われたのはむかつくけど。
ちょっと私怨を交えつつ、振ったこともない剣を振り上げる。
そんな私の構えを見て、ゼルキムが呟く。
「こんな素人の剣に、この俺が殺されるのか……だが、そういうこともある、か……」
そんな言葉を私の耳に残して、私の素人の剣による、勇者由来のステータスの、力任せな一振りで、ゴブリンジェネラルのゼムキルは倒れ伏した。
周囲で私たちの決着を固唾を吞んで見ていた部下のゴブリンたちは、ゼムキルが倒れたことで統率を失い、散り散りになって逃げて行った。
一部、仇討ちとばかりに私に向かってきた気骨あるゴブリンもいたけれど、攻撃に当たってから反撃するという方法で、あえなく返り討ちに遭ったのだった。
ゴブリンたちは去り、静まり返った平原で、まだ燃えている馬車の、パチパチという音だけが耳に入る。
ふぅ~と、息を吐いて、状況を整理するため、周囲を見る。
其処此処に転がる、敵味方の死体。これはまだいい。
けど、ここからだ。
足下でうつ伏せになったまま動かなくなったゴブリンジェネラルのゼムキル。
それの仇討ちのために襲いかかってきては、私に返り討ちにされたゴブリンたちの死体が、私を中心にしてばら撒かれたように散らばっている。
――そう。
――これは、私がやったんだ。
――私が、殺した……。
手を見ると、しっかりと握りしめられた短剣と、それに付着する真新しい血液。刃を伝って鍔に、鍔から伝って柄と私の手に、それが流れ着いた。
その流れで視線を自分の体へと移すと、灰色だったブレザーが、すっかり赤黒く染め直されていた。
空いている手で頬を触ると、その手にまたベッタリと血がついた。
生ゴミと鉄錆が混ざったような、酷い匂いが鼻を突く。
私はそこでようやく、理解に実感が追いついた。
「う、うおぇぇぇ――」
人……じゃないけど、喋ってコミュニケーションの取れる知性のある生物を殺した……。
見た目が人間じゃなくたって、会話が成り立つのなら、そういう相手を殺したなら、それはもう、人殺しと大差ないんじゃないの? 何が違うっていうんだ……。
もはや胃液すら出てこない。それでも止まらない空嘔吐をしながら、そんな哲学的なことを考えていた。
剣を捨てようと思っても、何故か手の平は開いてくれない。
呼吸が荒くなり、だんだん空気を吸えなくなってきた。吸おうとしても、吸えていない。吸ったそばから空嘔吐で吐き出している。
頭が、ボーっとしてきた……。
意識が、泥闇の中に落ちていく……。
怖い……。
苦しい……。
助けて……。
「水生成!」
そのとき、清らかな水の奔流が、私を上から飲み込んではすぐに去った。
その水は滅茶苦茶冷たくて、驚いて大きく息を吸った。吸えた。
それで私は意識を保てることが出来た。
保てたついでに、こんな、トイレに入ってるとき (便所飯時)に、上から水をぶっかけられるみたいな、中学時代の私に対するいじめ内容を想起させた方法を取った何者かに、不快感と怒り覚えた。
ええもう。目がバッチリ冴えましたよ。
血はすっかり洗い流されて、染まったブレザーはともかく、素肌の方からは嫌な匂いもしなくなった。それには感謝だけれども、それはそれなのである。
「なにすんじゃああ!!」
「うぐっ――!?」
怒りの声を上げながら立ち上がった私の後頭部に、何かが勢いよくぶつかった。
そして何かが呻く声。
私が立ち上がるのと同時に、何かが倒れる音もした。いや、それにしても頭が痛い。
正面を見ると、ヘスティー様がぽかんと半口を開けてこちらを見ていた。
「どうしました?」
私が尋ねると、ヘスティー様は私の右下の地面あたりを指さした。
ずきずきと痛む頭を擦りながら、指で示された方を見ると――
体にピタリと張り付くような、ボディラインの浮く白いローブと、いかにも魔女でございといった主張の激しいとんがり帽子を被った、薄水色の髪の女の子が、キューと伸びていた。
誰、この子……? と、ヘスティー様を見る。
「顎に良いのが入ってました!」
うん。欲しい答えではなかったけれど、ヘスティー様は大切な状況説明をしてくれたね。
私は、自分と彼女を交互に指さした。――私がやったの? と。
ヘスティー様は強く頷いた。
どうやら、私の後頭部に当たったのは、彼女の顎だったらしい。
ちょっとした怒りと復讐心があったとはいえ、事故とはいえ、やり過ぎはやり過ぎだ。
「あー、えーっと……ごめんなさい?」
意識のない彼女に、頬を掻きながら、バツ悪く謝った。
手は、いつの間にか剣を放せていた。
今回はここまでです。
またいつか。