茶番
「アクヤ・クレイジョー侯爵令嬢! お前の悪事はすべて判明している! お前なぞ国母にふさわしくない! よって、お前とオータイシ第一皇子との婚約を破棄し、改めてキヨーコ聖女キヨーコとの婚約を発表する!」
国の主催の舞踏会。デビュタントした若い令息令嬢から25歳以下の者たちが集まったそれで、いきなりそんな声が響いた。国王代理の第1皇子の挨拶が終わり、さあこれから踊りましょうという時に何事かと皆の注目が声のした方に集まる。
そこには、ダンスホールの中央、悪事云々と名指しされたアクヤ嬢を第一皇子のオータイシ・コノクニーノがエスコートをして進みつつある姿があった。そこに4人の令息と、その後ろに隠れるようにいる聖女キヨーコが立ちはだかり、先ほどのセリフになる。
今まさに演奏を始めようとしていた楽団はどうしたものかと皆で顔を見合わせており、指揮者が軽く横に顔を振って、演奏は止めた。この状態ではどんな音楽も浮いてしまうだろう。
しかも4人の令息の一人が聖女を自分たちの後ろから恭しく聖女と呼んだ女性をエスコートし、オータイシ皇子の前に連れ出した。キヨーコは小声で、しかし周囲にはしっかりと聞こえる声で戸惑ったようにモジモジしながら言った。
「あの、私、ずっとアクヤ様に意地悪をされていて、でも私が我慢すればいいと思っていたんですけど、サイショーノ達が相談に乗ってくださって、やっぱり、悪い事は相手が誰であろうと声を上げなくちゃいけないって、あの」
ピンクゴールドのふわふわ髪をハーフアップにして、ふんだんにリボンと生花で飾り立て、これでもかと膨らませたプリンセスラインのドレスには、4人の髪色である、黒、緑、青、赤をちりばめた、非常に複雑怪奇な色に仕上がっている。
対するアクヤのドレスは、第1皇子の髪と目の色である、サファイアブルーを基調としたAラインドレスであり、バイオレットサファイアのストレートの髪を品よくまとめ、効果的にサファイアブルーのアクセサリを使っている。
そして困惑するアクヤの隣で、第1皇子は、バイオレットサファイア色を各所に使った衣装で、無表情で目の前の5人を見ていた。
そんな皇子を聖女は不安げな瞳で見上げている。
「あの、オータイシ皇子、私はその、アクヤ様ととってかわりたいとかは思ってなくて、ただ、今のアクヤ様は皇子には合わないんじゃないかなって、いえあの、改心してくれればいいんですけど、その」
「ああ! なんと心の優しい令嬢なんだ、君は! あれだけその女に嫌がらせをされたというのに、許してやろうなんて!」
「本当だ! なんて心がきれいなんだ! アクヤ嬢とは大違いだ!」
「オータイシ皇子、やはり国母には聖女キヨーコの方が相応しいと思います!」
発言の順番に、宰相の息子のサイショーノ、財務大臣の息子のザイーム、騎士隊大隊長の息子のキーシだ。一人だけ発言していないが、がんばれ、と小声で聖女を励ましているのは警察隊の息子のケイージだ。4人と皇子は年が近く、親の職業もあって、将来の側近候補だった。
オータイシがアクヤを横目で確認すると、彼女も無表情で5人を見ている。そして周りを確認すれば、皆、かたずをのんで見ている。
そのうちに4人はアクヤがキヨーコにしたという悪行を声高々に訴え始めた。曰く、聖女とすれ違いざまに足を引っかけて転ばせた、持っていた扇を取り上げて外に捨てた、持っていたバッグを取り上げて噴水に捨てた、茶会に呼ばなかった、話しかけても返事もしなかった、聖女の悪口を他の令嬢に広めた、聖女のドレスを汚した、などなど。
まあよくもそこまで、という位にまくし立てる。だんだんと過激になって、聖女の頬を叩いたとか転ばせたとか。
オータイシは表面上はいつもの微笑をたたえたままで、しかし内面は非常にむかついていた。
オレの大事な人に何してくれてるんだ、と。無礼にもほどがある。
目の前で両手を握って顎付近にくっつけて、目を潤ませて見上げているキヨーコ。
彼女と直接会う機会は少ないが、逐一報告は聞いているのでその行動と人となりは、十分に知っている。
聖女とはこの国にたまに現れる異界人の事だ。何故現れるのか、どうやって現れるのかは誰も知らない。その中でもこの国にはない知識を持つ出現者を聖女、聖人と呼び、国の教会預かりの客人として保護している。
過去には田畑に撒く肥料を教えてくれた聖人や、護岸工事を伝えた聖女、植物の品種改良に勤めた聖女などもいるし、法律を整備した聖人もいる。目の前の彼女も気が付いたらこの国にいた、という。ただし国の発展具合にあまり違いはないらしいという事から、この世界のどこかの国から来ているのではないか、といわれているが、定かではない。
とりあえず言語も通じるし、常識的にもあまり変わらないので、海を隔てたどこかの大陸とかから来ているのではと言われている。ここの海は大きな怪物が生息していて、海を渡って他の大陸に移動することは不可能なので、他の大陸があるらしい事はわかっていても行き来は出てきていない。
何故他の大陸があるのが判明しているのかといえば、他の大陸から船で海を渡ろうとする冒険者はいて、怪物に船を壊されても命からがらたどり着くものもいるからだ。
さて目の前にいる聖女キヨーコだが、歳は18。2年前にいきなり現れた。だが彼女には特に目立った特色はなかった。そういう出現者も一定数いるので、その場合は一人立ちできるまでは教会で保護し、教育し、この国に慣れてもらう事になっている。キヨーコもその扱いとなった。
とはいえそれで終わりではない。中にはその教育課程で優れた才能を発揮する者もいる。だから彼らが定職についたり完全に生活が落ち着くまでは、その動向が国に伝えられている。
そしてキヨーコに関しての報告は、今目の前にいる4人の令息と、婚約しているアクヤと関するものが多く、頭を悩ませていた。
そしてもちろん、4人の令息から直接話も聞いていた。先ほど4人がまくし立てたのと同じ内容を。もちろんそれらの話は、必ず確認を取ってある。
そのたびに、友として心配していた。
何故なら、彼らは日に日にキヨーコに傾倒していくからだ。この国は貴族でも自由恋愛が基本だし、彼らにはまだ決まった婚約者もいない。だから夢中になるのはかまわないが、そこに自分の未来が絡んでくるとなれば傍観もしていられない。
何度か彼らとじっくり話し合った。そしてキヨーコのすばらしさをいやというほどに聞かされた。その上にアクヤが彼女に嫉妬して、あらゆる手を使って嫌がらせをしてくるという話も。
オータイシは独自にキヨーコを調査し、その上で結論を出した。
キヨーコは確かに聖女である、と。
**
「そのへんにしておけ」
皇子は4人の言葉を遮った。それになぜか、5人が喜びの表情を浮かべる。
「では、アクヤとの婚約破棄を宣言してくださるのですね!」とサイショーノ。
「キヨーコ、良かったな! ほら、皇子の隣に!」とザイーム。
「お前は邪魔なんだよ!」とキーシが言いながらアクヤに手を伸ばした。
その手をオータイシはアクヤに届く前にバシっとはたき落とした。そして自身の後ろにアクヤを移動させる。
「……オータイシ皇子?」
キーシが自分の手と皇子を何度も見ている。
「どうなさったのですか! どうしてその女をかばうのです!」
「ただ皇子の幼馴染というだけで婚約者面しているその女を、どうして!」
オータイシは今度こそため息を隠せなかった。
「ザイーム、サイショーノ。不敬だぞ」
「皇子、どうなさったと言うのです! その女は罪人なんですよ!」
「そうですよ、先ほど証明したじゃあありませんか」
サイショーノとケイージが言い募る。皇子は周りにいる警備隊が乗り出す気配を感じ、そっと目で合図をして止めた。
「4人とも。どうかしているのはお前たちの方だ」
「皇子! あなたはアクヤに騙されているんです!」
「サイショーノ。その言葉をそっくり返そう。騙されているのはお前たち4人。その女性にな」
「なんてことをおっしゃるのです! 皇子でも許せませんよ!」
「そうです! キヨーコを悪く言うものは、たとえオータイシ皇子でも許せません!」
「ならどうするというのかな?」
皇子が眼に力を入れて彼らを見ると、彼らは一瞬ひるみ、しかし聖女を自分たちの後ろに回し、キーシを先頭に全員がこぶしを構えたではないか。
「オータイシ皇子! 発言の撤回を! 騙されているのは、あなただ!」
「……警備隊」
オータイシの発言に、4人と聖女は一気に抑えられた。何をするかと喚き散らす彼らだが、王族専属の手練れに敵うわけがない。あっさりと抑えられた。
跪かされた4人と、立ったまま後ろ手に抑えられている聖女の前に皇子が立つと、4人はオータイシをにらみつけ、聖女ははらはらと涙を流した。
「酷いわオータイシ皇子、何故私にこんなことをするの? 悪いのはアクヤ様よ? 目を覚まして?」
「そうだ! 目を覚ませ!」
「早くアクヤを処分しろ! そうしないとオータイシ皇子の目は覚めないぞ!」
「いい加減にしろ!」
彼らの怒号を、皇子は大き目の声で止めた。
「茶番もいい加減にしろ。お前たちが今証言したという聖女の行いは、すべて真実ではないと報告が来ている」
「そんなわけがない! 俺たちはキヨーコから直に聞いたんだから!」
「それを直接見たものはいるのか?」
キーシの叫びに皇子が問いかけると、途端に4人は互いの顔を見合わせた。
「お前たちとその女性が頻繁に会っていて、そのような行為があったと、その女性がお前たちに訴えているのは確認している。だが、そのような行い自体が全く無いのだ」
「そ、そんな事ないわ、私はアクヤ様に!」
「お前がアクヤ嬢に会うのはこれが2回目だし、アクヤ嬢とお前が言葉を交わしたことは今までに一度もない」
「そんな事ないわよ! 何度もあっているし、何度もののしられているの! 大体、確認したって何よ! その場に皇子はいなかったでしょう!」
「第1に、私にもアクヤ嬢にも警護が四六時中ついている。さらには離れた場所から私たちを見守る警護ももちろんいる。そして私もアクヤ嬢も、その行動の一部始終を記録されている」
「えっ……」
「当然だろう? 私は分刻みで予定が組まれているし、アクヤ嬢も城でほとんどの時間を過ごしている。送り迎えの馬車にも警備は付くし、自宅の自室以外での行動は、すべて記録されている。私なぞ自室でも行動を記録されているけれどな」
何の本を読んでいたとか、使用人に対する態度や、茶を飲んだ量、一緒につまんだ菓子、トイレの数まで報告されている。それは体調管理や暗殺を防ぐためで、結局は自分のためだし生まれた時からだから疑問にも思わないが。
「な、なにそれ……」
「その中で、私もアクヤ嬢もお前と会ったという事実はないし、すれ違う事もない。大体聖女といえどお前が城に来られるわけがないからな。ならどこでアクヤ嬢と会ったというのだ?」
「えっと、だから、お茶会とか」
「アクヤ嬢は現在、城の茶会にしか参加していない。そこにお前は呼ばれてもいない」
「そうよ、だから、アクヤ様に私も呼んでとお願いの手紙を何度も書いたのに、無視されて」
「その手紙の存在は確認しているが、アクヤ嬢には渡っていない」
「どうして!!」
悲鳴のような聖女の声に、皇子は静かに告げた。
「『あたしもお城でのお茶会というのに出てみたいので、アクヤ様、招待してはーと』などという手紙を渡すわけがないだろう?」
各所でブホっという咳込みの声が聞こえてくる。
正確には「お茶会ってのに出てみたいの。王城のってやっぱりデザートも美味しんでしょう? 食べてみたい! オータイシ様にも会って話をしてみたいの。私は聖女なんだし、呼んで当然よね? 一緒に出てあげるから、オータイシ様に紹介して。あとドレスもよろしく!」などと書かれていた。どう見てもふざけているとしか思えない、こんな無礼な手紙を、クレイジョー侯爵家の執事がアクヤ嬢に渡すわけがない。そしてそれらはクレイジョー侯爵から城に報告という形で届けられている。
「第2に、キヨーコ、お前にも監視は付いていて、お前の行動も逐一報告されている」
「何それ! 聞いてない!」
「派手にあちこちの令息と遊んでいるな。令息だけでなく、教会にいる同年代の男共とも非常に仲良くしているようだ」
「ち、違うわ! 教会のはあっちが無理やり私に絡んできてるの!」
「すべて監視されていると言っただろう?」
「そんなの、教会のヤツラがでっちあげているのよ!」
「誰が教会の監視だといった? 監視しているのは王城の警備隊の者たちだ。それとも彼らが嘘をついていると?」
「そ、そうよ!」
「という事は、コノクニーノ王家が嘘をついているという事になるが?」
「なんで王家が出てくるの? 私は警備隊が嘘をついているって言っただけでしょう!?」
「その警備隊は王家の直属で、王家に忠誠を誓っているものたちだ。嘘偽りなく報告する。それに彼らは常に一人ではなく複数人で一組となって行動している。それが複数組ついているのに、全員が嘘をついているという事は、王家に対して警備隊が嘘をついていることになる。だがそれはあり得ない。という事は、警備隊の報告を信じないという事は、王家も信じないという事になる。違うか?」
「……えっと、でも、私、しらない」
さすがに王家を信じないとは答えられないだろう。キヨーコは目を泳がせながらそう答えた。
「お前のすべての行動記録と、私とアクヤ嬢の行動記録を照らし合わせても、私たちがお前と接触したこともすれ違った事もないと確認できる。それなのに、アクヤ嬢がお前を転ばせた? どこで?」
「……」
さすがに聖女が口をつぐんだ。下手な場所を出せばすぐに嘘が判明してしまう。茶会にも出たことがないコヨーコが、そこで被害に遭ったとは絶対に言えない。だが、言えるものはいるのだ。
「キヨーコ、〇日のカンケーナイネ伯爵の茶会で、アクヤに茶を掛けられたと言っていたじゃないか! ドレスも見せてくれたよな。君は正しいのだから、堂々と言えばいいんだよ!」
「そうだよ! ×日に教会に来たアクヤ嬢に足を引っかけられたって! 教会の他の人も証言したじゃないか!」
「△日に手に持っていたバッグをアクヤに取られて噴水に捨てられたって! 泣きながら、僕にびしょびしょのバッグを見せてくれたじゃないか!」
それぞれキヨーコの肩に手を乗せ、はたまたその手を取りながら4人の令息が自信たっぷりに訴えるのを、キヨーコはひきつった笑顔でええそうね、と小さな声で答えた。
オータイシはそれを見ながらさっと手を動かすと、少し離れて控えていた侍従がその手に書類を渡す。ちなみにこの侍従は宰相の息子のサイショーの弟のアトーツギという。アトーツギは兄を気の毒そうにちらりと見てすぐに後ろに戻った。
「〇日はアクヤ嬢は私と郊外の孤児院に一日慰問で居たし、×日は王城でサロンコンサートがあり、私たちも演奏で参加をするからその準備と本番で一日城に居た。△日は隣国に行っていた。お前たちの言ったようなことができるわけがない」
令息たちは皇子のその言葉に、ポカンと口を開けた。皇子は手の書類を彼らに提示しながら、さらに続ける。
「ついでに言えば、〇日の慰問にはキーシも参加していたな。子供たちと木刀で打ち合いをしていて楽しそうにしていたのを忘れたのか? ×日のサロンコンサートにはザイームが御父上の手伝いで一緒に居たな。△日はサイショーノ、お前も一緒に私の馬車に乗っていたな?」
名指しされた3人は、確かにそうだったと思い当たって、上向いていた顔が下がる。
「少し考えればわかる事だろう? お前たちにだって私たち程ではなくても警護が付いているのだから。それに行動も記録されている」
上位貴族や大臣などの家族は、その安全の確保のために警護が必ずついている。その警護をするために毎日の予定も提出する。どこに何時に出向き、そこで異常がなかったかなど簡単にではあるがすべて家と城に報告が上がる。城への報告は問題がない限り警備隊が処理するが、5年分は記録が残されている。
今更それに気が付いた令息たちは、真っ青な顔でうつむいた。
「さてキヨーコ。あなたは必要最低限の講義もマナーも受けず、男と遊び惚け、更には将来ある令息をもたぶらかした。そのような者を聖女として扱うわけにはいかない。なに、心配するな。そこの令息たちがあなたを引き取ってくれるだろう」
キヨーコは確かに聖女だ。人をたぶらかす才能を持つという点では。いや、たぶらかすという言葉は良くないだろう。人を魅了すると言い換えたほうが良いか。しかし彼女のやっていることはたぶらかす方だ。
キヨーコの報告書はすさまじかった。
基本的な教育の講義時間から逃げる。逃げるために教会の職員男性をたぶらかしていた。さらには講義担当の男性職員3人をそれぞれ誘惑し、講義時間には毎回いちゃついているだけだった。
女性のマナー担当講師は貴族の最低マナー程度から講義を懇切丁寧に始めたが、すぐにキヨーコを不当に虐めていると噂が流れ、辞めさせられた。
キヨーコは会う男性をすべて自分の虜にしていった。そして本来なら会うはずのない警察隊隊長の息子のケイージと『偶然』出会い、親の職業柄もあって非常に対人に対して警戒心の強いケイージが、あっという間にキヨーコと仲良くなり、友人のキーシを紹介した。
脳筋で硬派のキーシは、女性が苦手と公言していたはずが、いつの間にかキヨーコと腕を組んで買い物に行く仲になり、イモづる式に彼らと友人のサイショーノ、ザイームとも非常に仲良くなっていた。
その報告を日々受けていたオータイシは、友人として彼らを非常に心配し、彼女には気を付けるようにと手紙で忠告していたのだが、4人は何故かそれを「皇子がキヨーコに興味がある」と変換し、オータイシにもキヨーコと会うようにと執拗に面会を求めてきた。
むろん、すべて断っているが、それがまた彼らの妄想を呼び、何故か今日の婚約破棄云々につながっているようだ。
今日のこの茶番劇としか呼びようのないものについても、事前に各家の代表、すなわち宰相、大臣、隊長たち本人からと、警備のものたちからの報告が来ており、しかしまさかこんな目立つ場面でやらかしてくれるとはさすがに信じていなかったオータイシだが、アクヤ嬢に被害が出ないようには周囲に徹底して命令していた。
結局巻き込んでしまったが。
「キヨーコ、お前は確かに人を虜にすると言う能力があるのは確かだろう。その点でお前は聖女の一種であるとはいえる。だがそれは現在の所、良い方向には全く向いていない。まあ4人がそれでいいのなら私に異論はない。だが私に絡むな。アクヤ嬢を巻き込むな」
オータイシの言葉に4人は一気に顔を上げ、キヨーコと互いの顔を忙しく見回した。
「でもあたし、オータイシ皇子が良いの!」
「私は良くない」
「なんで!! 私は聖女なのよ!」
「私はアクヤ嬢一筋なんでね。アクヤ嬢以外は必要ない」
「そんな女のどこがいいのよ! 私の方が可愛いでしょう!?」
「それは人の好みだから、あなたを可愛いと思う人もいるだろうが、私は決して可愛いとは思わないし、近づいてもらいたくもない。私の好みはアクヤ嬢なんだ。あなたはそこにかすりもしない」
「酷いわ! いくら皇子でも酷いわ! プンプン!」
「酷くて結構。私の愛はすべてアクヤ嬢にささげているんだ。幼少期からずっと手を差し伸べて来て、ようやくつかんでもらえたんだ。今、私は幸せいっぱいなのだから、邪魔をするな。わかったら、私にもアクヤ嬢にも、今後一切近づくな」
「ひっどーーーい!! ちょっと、サイショーノ、キーシ、ザイーム、ケイージ、なんとか言ってよ!」
何とかと言われても、4人は顔面蒼白でただ呆けているだけだ。何度も4人には自分の婚約者はアクヤ嬢のみであり、他に興味はないと告げていたのに、何故かそれらを無視していたのだ。今ようやく認識したのかもしれない。
「キヨーコ。今後は彼らの誰かに面倒見てもらえ。それから王城への出入りも禁ずる。キヨーコと共に行動する者も、まとめて出禁だ」
「ちょっと、何それ!!」
「4人は聖女の味方なのだから、お前たちも出禁だ。いまこの場、この時より命じる。5人ともこの場を立ち去れ。二度と私たちの前に姿を現すな」
オータイシの宣言と同時に、警備隊が茫然としている4人と喚き散らす聖女を会場から連れ出した。
外には4人の親と教会関係者が、関係者の広間で待機しているから、すぐに連れ帰ってくれるだろう。
将来の自分の側近になるはずだった4人に出禁を言い渡すのはつらい事だったが、色香に惑わされて真実を見失うような者はいらない。
5人の退場でホール内はざわめいているが、皆、面白いものが見れたと満足しているようだった。しばらくはこの話題で持ちきりだろう。
オータイシはもう一度ため息をついた。そして後ろに控えていたアクヤに手を伸ばす。
「すまない、待たせたね」
「大丈夫ですわ。それに、ありがとうございます」
「……?」
皇子はなにに礼を言われたのか分からなかったが、いつも微笑を浮かべているアクヤの目と耳がうっすらと赤くなっていることで照れていると気が付いた。
「……あ」
先ほど盛大にアクヤに対する愛を告げていた気がする、と今更ながらに気が付いた。だが。
「私の愛も、殿下にささげていますわよ」
いつもの微笑ではない、あたたかな微笑みでアクヤが皇子にだけ聞こえる小声で伝えた。
皇子はその手の甲に軽く唇を当てる。ようやく手に入れた愛しい人。誰にも渡すものか。
そして周りを見回して、言った。
「これにて茶番劇は終了だ。ダンスの前座にはちょうど良かっただろう? さあみんな、踊りを楽しもう」
その言葉が終わると同時に、音楽隊が曲を奏で始め、待ちわびていた令息令嬢が最初はおずおずと、そしてだんだんと楽しそうに動き始めた。
****
キヨーコはその後、舞踏会での王家に対する不敬な態度から聖女の称号をはく奪され、教会からも出禁を喰らった。しかし教会のほとんどの男たちを誘惑されていた。しかも寄付金の着服も判明し、それらに加担した彼らも多数解雇されることとなった。
4人の令息は、顛末を聞いた親に強く叱責され、家の継承権も保留にされた。それでも聖女への想いは変わらなかった。ただし全員が彼女と結婚したいというよりは、キヨーコを本命のオータイシと結婚させることが目的だったようで、その目的が果たせなくなった今、どうしたらいいか途方に暮れ、互いにキヨーコを進めあっている。
「君が結婚すればいい」「いや君が」「いや君が」という具合に。人はそれを押し付け合いと呼ぶが、彼らにはその自覚がない。
キヨーコは4人の誰とでもいいからとすり寄っては、僕よりは彼の方がと渡され、いやいや彼の方が相応しいと渡され、しかしそれが嬉しいらしく、毎日4人を日替わりで訪問している。
ちなみに4人ともキヨーコの行き先が決まるまでは帰ってくるな、とそれぞれの家から出禁を喰らって、郊外の小さな家をそれぞれが(家の力と金で)借りて住んでいる。
いつかはお屋敷に帰るのだから、今は粗末な家でも構わないわと笑う彼女に、やはり聖女は心が美しいとうっとりしてみたり、自分の将来を考えて絶望してみたりと4人は心の中が忙しい毎日を送っている。
キヨーコはとりあえず金の心配なく、自由気ままな生活ができるのでいいやとしか考えていない。
オータイシとアクヤはその後、すぐに正式に婚約を発表し、異例の速さで結婚した。キヨーコはその結婚式のパレードを観に行きたがったが、それも4人と共に出禁を喰らったので、遠目にしか見ることは出来なかった。美しいドレスと美しいアクヤがほんの少し見えてハンカチをくわえてぐぬぬと唸っていたが、すぐに4人に、「私も早く花嫁さんになりたいわ」と顎にこぶしを添えてきらめく目で見上げてみたが、4人は互いに彼と結婚すると良いよと押し付けあったのだった。
名前がいい加減でごめんなさい。思いつきませんでしたw
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