01:教室の中のカーテンと窓の隙間
いつからだろう。百合小説を好きになったのは。ふと、思い出す。たぶんあの制服は中学生の頃で、遊びに行った友人の家で、その姉が持っていた表紙がきらきらした薄い本を見せてもらったときからだったように思う。本屋さんや図書館では見たことのないサイズの本で、薄く、手作りのような装丁。裏を見てもバーコードはなく、それが「同人誌」だと知るのは、ずっと後のことになる。
ページをめくると、こんなにも愛おしい世界があるのかと衝撃を受けた。夢中で数冊を読みふけるうちに、夕方のオレンジの光が頬を染めていく。友人は隣で嬉しそうに別の本を読んでいる。その日から、ああ、自分もこんな素敵な小説を書いてみたいと夢を膨らませるようになった。友人はその日から親友になる。友人の姉は、私の先輩で、憧れの人になる。それはもう少し先のお話。
勉強は好きだった。特に得意だったのは国語。読書感想文はいつも賞をもらえていたし、勉強の合間にこっそり物語を書くのが好きになった。運動をしたり、目立つより、教室の隅で言葉を紡いだり、空想しているほうが心地よい。できれば窓際で、カーテンの中に隠れていたい。窓から吹き込む春風のやわらかい香り。桜と若葉が混ざる、生まれたばかりの匂い。水が根から空へと昇り、その最後の花びらから零れ落ちる生命のゆらぎ。その空気の中に、ずっといられたらいいのに。
静かな夜、机の上の小さなスピーカー付きラジオから流れる深夜放送を聴きながら、私は夢を見ていた。美しく優しいお姉さまと、華奢で幼い少女の恋。あるいは、お城の姫と、強く凛々しい女騎士が互いを守り合う物語。家族にも、学校の友だちにも秘密の、私だけの宝物。それは、薄くて尊い百合小説を読む静かな時間だった。
通販で購入していた薄い本たちは、絶対に親に見つからないように、ベッドの下の引き出しの洋服の奥にそっと隠していた。夕食を食べ、母や父に「勉強するね」と伝える。聞き分けの良い娘を演じれば、この家で暮らすのは楽だった。
特別な才能なんて望まない。すごい金持ちになりたいとか、たくさんの人に褒められたいとか、まったく思わない。目立ちたくない。私の望むもの。それは、小さくて素朴でいいから「静かな暮らし」。それだけだった。その小さな暮らしの中に、大好きな百合の本があって、書いたり、読んだりしながら、ふふふと空想の世界に遊んでいられれば、それでいい。
私の思春期は、教室のカーテンと窓の隙間にあった。誰に邪魔されることもなく、誰の記憶に残ることもなく。ただ、なんとなく、そこにいたような、薄墨で描かれたような存在になるのが理想だった。静かに、好きなものに囲まれて、ほどほどに暮らせればそれでいい。そんな大人になれたらいい。
制服を着た私は、誰よりも学生らしくて、誰よりも学生ではなかった。