九話 質疑応答
リビングのドアから莉里が入って来た。片手でピザを持ち、明るい笑顔で入って来た。莉里はリビングのテーブルにピザを置き、テーブルの横に座った。
唯がソファーから降りてピザボックスとパスタを開けた。さっき座った莉里はまた立ち上がってピクルス液を捨てに台所に行った。
「パスタまで頼んだの? これ全部食べられる?」
唯の向かい合わせに座ったソラが言った。唯が呆れた顔でソラをじっと見た。
「全部食べられるから、心配するな、だよね?」
「そうだよ。あたしは成長期だから、たくさん食べないと」
台所から莉里が顔を出して返事した。十六歳って成長期がほとんど終わる時期ではないか、とソラは思った。
「ソラ、お前は食べないよね?」
「そう、私、今ダイエッ」
「なら、そこでわたくしたちの食事の邪魔するな」
唯がソラの話を遮った。ソラが呆れて何も言わずにじっと見るめた。
莉里がピクルスを持ってリビングに来た。ピクルスをテーブルに置いて、さっきと同じところに座った。
「何、ソラ姉は食べないの?」
「ん? あ、うん。私、今ダイエッ」
「じゃあ、唯姉、あたしたちだけで食おうよ」
莉里がすぐ唯の方に顔を向けた。唯がピザ一ピースを持ち上げた。
「冷めないうちに早く食べて。ちなみにピザは熱いうちに食べないと」
「やっぱ、唯姉、賢いんだよ。それじゃ、いただきまーす」
莉里も唯をついてピザ一ピースを持ち上げて口に運んだ。莉里と唯が食事を楽しんだ。食べている最中、突然ソラが口を開いた。
「その、私はもう部屋に行ってもいい?」
ダイエット中、本人の前で美味しいものを食べる姿をじっと見ていたら、とっても食べたくなった。
「ダメ、これはわたくしたちにあんなものを食べさせた罰だから、甘んじて受け入れろ」
「私、姉さんと莉里ちゃんに無理やり食べさせたことないのに」
ソラが小さく言った。とにかく、自分の料理のせいで倒れたことは事実だから、堂々と言えなかった。
「あと、ソラ姉はその、李さん? その人に対して話してくれないといけないじゃん」
「だから、あの人はただの知り合いだって」
ソラが悔しそうに声を上げた。莉里がびっくりしたふりをした。
「流石にソラ姉、役者だね。あたし一瞬、騙されかけたよ」
「これは演技じゃなくて本当だよ。ほんとにただの知り合いだって」
「じゃ、ソラ、お前はただの知り合いのために料理を作ってあげるの?」
「いやっ、それは」
唯がソラに顔を近づけた。
「隠しても無駄だよ。質問に素直に返事答えろ。お前、あの李さんという人のことが好きだよね?」
「違うって、私が何でそんな人を」
「そんな人をぉ?」
「そんな人をぉ・・・」
ソラが言葉を濁した。この状況を抜け出すためだとしても「そんな人を好きなわけないだろ」という言葉を口にすることはできなかった。いくら嘘でもその風には言いたくなかった。
異常を感じた唯と莉里が互いを見つめながら、怪しい微笑を浮かべた。
「おい、ソラ、早く言ってみて。そんな人を、その次は?」
「それが・・・私はそんな人を」
「ソラ姉、何で言えないんだ。早く言えよ」
「私はそ、そんな人をぉ」
「「そんな人をぉ?」」
莉里と唯が目をキラキラ輝かせて、ソラの返事を待った。
ソラが急にぱっと立ち上がった。
「もー! 私、部屋に行くよ」
と言って、ソラがリブングを出ようとした。莉里が慌ててソラの足を掴んだ。
「ソラ姉、もう揶揄わないから、行かないで」
「離せ、どうせまた揶揄うつもりなんでしょ」
「本当に、本当に揶揄わないから」
「そうだよ、ソラ」
唯がソラに顔を向けて言った。
「わたくしたち、もう本当に揶揄わないから、座って」
「本当に?」
「本当だって、わたくしが嘘をつくの見たことある?」
「うん、すごくたくさん」
ソラが即答で答えた。唯は戸惑ったが、表に出さなかった。
「今度は本当だから、早く座って。ほら、ピザ冷めちゃうよ」
「私、ピザ食べないって」
とソラは口ではぶつぶつ言ったが、体はもはやさっきの席に戻っていた。ソラはまた床に座った。
「それで、その人はまだ生きているの?」
唯がピザを一口かじりながら聞いた。
「は? どういうこと?」
「お前の手作り料理を食べたじゃん。あんなものが体に入ったけど平気か、心配になってさ」
「あんなものってなんだ、あんなものって。私の料理って毒物みたいなものかい」
「うん」
「ある意味ではもっと危険だよ」
唯と莉里が即答した。これにソラは呆れて言葉を失った。
「それで、あの人はソラ姉の料理から生き延びたの?」
「あの人は全然平気だから、心配しないで。しかも、私の料理が美味しいだと言ったよ」
「「えええええぇ?!」」
莉里と唯がびっくりして大声を上げた。
「ソラ姉の料理を美味しいと言ったんですか?」
「うん、すごく美味しいと言ってくれだ」
ソラが意気揚々と返事した。唯が全く信じられないという表情をした。
「もしかしてお前、包丁で脅迫でもしたの? じゃないと絶対あんなこと言うはずがないのに」
「嘘じゃないよ。証拠もあるの」
ソラが立ち上がり、台所に向かった。莉里と唯は黙ってソラを待った。
少し後、ソラが台所からバスケットを持って出た。
「これがその証拠だよ」
ソラはバスケットの中から弁当箱を一個取り出し、唯と莉里に見せた。
「ほら、空っぽでしょ? それほど、私の料理が美味しかったということだよ」
唯と莉里は目を丸くした。ソラはその反応に満足し、バスケットに残った弁当を取り出した。
次々と出てくる弁当箱に莉里と唯の目も相次いで大きくなった。全部で五つだった。
「お前、まさかこれを全部食べさせたの?」
唯が震える指で弁当を示した。ソラが誇らしげな表情で首を縦に振った。
「もしあの人がまた明日、と言った?」
莉里が震える声で聞いた。ソラの料理をどんでもない量を食べたから、縁を切られたわけではないかと心配になった。
「言ったよ、また明日会いましょと。どころで、それがどうしたの?」
ソラが意味をわからないという表情で首を捻った。その瞬間、唯と莉里の急にソラの肩を強く掴んだ。
「ソラ、何があってもあの人を捕まえて、何があっても必ず」
「は? 一体どういうこと?」
「ソラ姉、必ずあの人と結婚しなさい」
「え、莉里? 私、今ちょっと意味がわからないけど」
いきなり結婚とかハヌルを捕まえてとか、意味がわからない言葉にソラが戸惑った。
「せめて説明を」
しかし、莉里と唯はソラの言葉を無視した。唯と莉里はソラの肩から手を離し、ソラ抜きに自分たちだけで小さく何かを話し出した。ソラがいるところではよく聞こえなかった。だが、結婚とか、彼氏などそういう単語が部分的に聞こえた。
しばらく後、話を終わらせた莉里と唯がソラの向かいに座った。ソラは何となく緊張した。何か正座しないといけないような雰囲気だったので、ソラが座り姿勢を正座に変えた。
「それじゃ、聞いてもらおうか」
唯が先に切り出した。
「わたくしの妹婿に対して」
「え?」
「ちなみにあたしには義兄だよ」
ソラが思いげけない言葉に面食らった。
「・・・私まだ独身なんだけど」
「そんなことどうでもいいから、早く話して」
唯がソラを催促した。結局、ソラはため息をついて莉里と唯に打ち明けることにした、自分がハヌルのことを好きと言うことだけ除いて。
「わかった、じゃあぁ・・・・・・」
だが、いざ話しようとすると、何から何を話せばいいかよくわからなかった。その姿に唯がため息を吐いた。
結局、唯の意見によってこの取り調べは質疑応答の式で進めるこのにした。
「それじゃ、わたくしから」
先に手を上げたのは唯だった。
「まず、彼の名前は?」
「李ハヌル」
「李ハヌル? 海外人か、どこの国?」
「唯姉、名前が韓国人の名前じゃん。そうだよね、ソラ姉?」
ソラが返事の代わりに頷いた。
「お〜、莉里、どうしてわかった?」
「この間観た韓国ドラマの登場人物は全部あんな風の名前だったよ。それですぐわかった」
莉里が両手を腰に当てて誇らしげに言った。
「どう、あたしすごいでしょ?」
「ふむ、そんなことより勉強に集中を」
「はい、今度はあたしからの質問」
莉里が唯の目を逸らしてすぐ手をあげた。
「その人はいくつなの」
「韓国の歳では二十ニ歳だって」
「韓国の歳?」
莉里が首を傾げた。
「あ、韓国は数え年を使うらしいよ。これを満年齢とすれば二十一歳、私と同い歳よ」
ソラが親切な声で説明した。莉里が「なるほど、ちょうどいいじゃん」と小さく呟いた。
その横で唯が手をあげた。
「いつ会ったの?」
「う〜む、ほぼ一ヶ月前に初めて出会ったの」
「どこで?」
「それは内緒」
「ずるいな」
唯が口を尖らせた。そして、また口を開いた。
「じゃあ、初めての出会いのストーリをしてくれ」
「え? それはちょっと」
ソラは戸惑った。ハヌルと始めて会った時の話をしたら、自分がハヌルのことが好きということがバレることになる。
ソラが気軽に返事できなかった。
「あたしも、あたしも聞きたい!」
そんな中、横で莉里が話に割り込んできた。
「あたしもソラ姉があの人を好きになったきっかけが聞きたいんだ」
「だから、好きじゃないって」
ソラがきっぱりと言い切った。
「ソラ、そんな嘘は通じないからもうやめなさい」
「いっ、いや、嘘じゃ」
「そう、あたしたち最初から気づいていたから、嘘はやめてね」
莉里と唯が真剣な顔をした。もうこれ以上好きじゃないととぼけるは無駄だ、とソラは思い、大きくため息をついた。
「はあ、わかったよ、もー、私が李さんと初めての出会いのストーリが気になるでしょ?」
「うん」
「そうだよ」
「じゃ、私が言うから、そのあとは部屋に行かせてくれ」
ソラが疲れた顔をした。実際、今日一日公園でハヌルと花見をした直後だったので、疲れた状態だった。それに莉里と唯に悩まされて、その疲労度は更に酷かった。
幸い、莉里と唯は許可してくれた。ソラは唯と莉里の返事を確認し、ゆっくり口を開いた。