八話
ソラの家のリビングに制服の女とパジャマ格好の女が倒れていた。ソラはとりあえず落ち着いて倒れている二人に近づいた。制服の女は黒髪に肩に届くほどの長めボブ、もう一人の女は同じ黒髪だったが、こっちはロングストレートだった。
よく見ると、見覚えがある人だった。
「あ、あれ? ね姉さん? じゃ、こっちは・・・莉里?」
その二人はハヌルの姉の愛田唯と妹の愛田莉里だった。
「姉さん、莉里ちゃん、起きてみて、何でこんなところでこうしてるんだ」
ソラが彼らの体を揺さぶった。すると、姉の唯の方から目を覚ました。
「ソラ? わたくし、今亡くなったばあちゃんと会った気が」
「は? どういうこと? おい、莉里ちゃん、起きてみなさい。姉さんがおかしくなっちゃったよ」
ソラが激しく莉里の体を揺さぶった。すると、今度は莉里がゆっくりと目を覚ました。
「ソラ姉? 何であたしがこんなところに」
莉里が微弱な声で言った。
「それはこっちが聞きたいことだよ。何でこんなところに倒れているの」
「ソラ、わたくしまた意識が」
「うぅ・・・あたしもぉ」
と言った途端、唯と莉里がまた気を失った。
「待って! しっかりしろ! 気を失う前に教えて」
ソラが急いで莉里と唯を揺さぶってみたが、その時はすでに莉里と唯が気を失った後だった。
約十分後、やっと目を覚まして莉里と唯がソファーに座っていた。ソラがコップ二個を持ってきた。
「さあ、水でも飲んで」
ソラが唯と莉里にコップを差し出した。
「どうも、ソラ」
「わ〜ソラ姉、ありがとう」
唯と莉里がソラが差し出したコップを手に取った。中には湯気がもくもく立つ暖かい水が入っていた。
唯と莉里が同時に水を飲んだ。
「それで、どうしてリビングに倒れていたの?」
ソラがソファーの横のロッキングチェアに座った。
「お前のせいだよ、ソラ」
唯がまたコップを口につけながら言った。これにソラが怪訝な眼差しで唯を睨みつけた。唯は「何、文句あるかい?」というような表情をした。
ソラが今度は莉里の方に目を移した。莉里が深いため息をついた。
「わかったよ。あたしが説明するよ」
莉里がソラが家に来る前の事情を話した。
******
二時間前
「ただいま」
玄関のドアから莉里が入った。リビングから「おかえり」という返事が返ってきた。唯の声だった。
莉里は靴を脱ぎ、すぐリビングに向かった。
「唯姉、もう退社したの? 今日は早く帰ったね」
莉里がリビングの床に鞄を置きながら言った。
「そっか? そういや、久々にこの時間に退社した」
リビングのソファーに座っている唯がテレビを見ながらぶっきらぼうに言った。
「そんなことより、姉ちゃんはご飯食った?」
「まだ」
「じゃ、一緒に食おう、あたしも今すごく腹減ったから。何か食べるものないかな」
「ねぇよ」
「えっ、ウソ」
莉里が唯の返事を信じずに台所に向かった。冷蔵庫の前に立った。
「昨日、ソラ姉が食材をいっぱい買ってくるのを、この目ではっきり見たよ」
莉里が冷蔵庫を開けて食べ物を探しはじめた。だが、探しても唯が言ったように、冷蔵庫に食べるものが何もなかった。
「ウソっ、あたしが昨日いっぱい買ってくるのを見たのに、あんなに多かった食材がど全部こへ行ったの?」
「知らん」
「そういや、昨日ソラ姉、夜遅くまで台所で何か作ってた気がするけど」
「あいつが料理を? 殺したい人でもできたのか。そういえば、昨日台所が普段より騒がしかったけど。ソラが原因だったのか」
「多分そうだよ。ところで、あんな量の食材が残さずに全部使ったの、冷蔵庫に何もないよ」
莉里がまだ諦めずに冷蔵庫のくまなく探しはじめた。
「ま、彼氏にあげたんじゃないかな」
「え? えぇえ!? ソラ姉、彼氏できたの?」
莉里がびっくりして手を止めた。
「本当に?」
「ただ言ってみただけだよ」
「なんだ、一瞬信じたじゃん!」
莉里が大声を上げた。しかし、唯は無視したまま、ずっとテレビから目を離さなかった。
「そういえばさ」
莉里が再び冷蔵庫の中をくまなく探しながら切り出した。
「最近のソラ姉、何かお出かけの頻度が多くねぇ? ほぼ毎日出かけると思うだけど」
「言われてみれば、そうだね」
唯がそっと頷いた。相変わらずテレビから目を離さなかった。
莉里が冷蔵庫のドアを閉じてリビングに出た。
「まさか、本当に彼氏できたんじゃ?」
「そうかもしれないな」
唯が全く関心ないように言った。それとは反対に莉里はふてくされて頬を膨らませた。
「やっぱ唯姉は何か知ってるよね?」
「いや、何も」
「じゃ、何でそんなに無神経なの。唯姉はソラ姉が毎日どこへ行くのか、心配じゃない?」
「別に、ソラももう大人だから。あと、むしろこっちの方がマシじゃない? 前のように部屋に閉じこもっているよりはね」
「それはそうだけど」
「あと」
やっと唯がテレビから目を離して、初めて莉里の方へ顔を向ける。
「わたくしはソラのことより、お前の成績が心配だよ」
「うっ、母さんも諦めた成績を、何で姉ちゃんが」
莉里がしょんぼりして口を尖らせた。
「それよりお前、手に持ってるあれは何だ」
唯が莉里の手を指差した。莉里の手には皿が一枚あった。
「あ、これ? 唐揚げだよ」
「唐揚げ? うちにそういうのがあったっけ」
「さっき冷蔵庫の隅で見つけたよ」
「そう? じゃ、早くレンジでチンして。今日の夕飯はあれにしようぜ」
「わかったよ」
莉里が唯の言葉に従って電子レンジへ唐揚げを入れた。少し後、莉里がレンジで温めた唐揚げを持ってリビングのテーブルに置いた。
「それじゃ、いただきます」
莉里が床に座ってすぐ食べようとした。だが、唯が莉里の手を掴んだ。
「急に何だよ、唯姉、びっくりしたじゃん」
「待って、まさかこれソラが作ったもんか」
唯が深刻な顔で言った。
「そそんな、まさか。多分違うじゃねぇかな。だってソラ姉が作ったものは多分母さんが捨てたはずだから、これは母さんの料理じゃないかな」
「確かに。じゃ、冷めないうちに早く食べよう」
こうして、唯と莉里は安心して唐揚げを口に入れた。それと同時に、二人は意識を失った。
******
「そうして倒れていたあたしたちをソラ姉が見つけたんだよ」
莉里と唯の事情を全部聞いたソラは呆気に取られた。
「だから一言でまとめると、全部私が作った唐揚げのせいってこと?」
「うん」
「そうだよ」
莉里と唯が即答した。
「私の料理・・・・・・そんなに美味しかったの? 気を失うくらいに?」
ソラが本当に嬉しそうな顔でそう言った。これに今度は莉里と唯が呆気にとられた。
「ソラ、こういう時は普通不味すぎるから倒れるんだよ」
「そうだよ、ソラ姉の料理はお世辞でも美味しいだとは言えないよ」
「私の料理、そんなに不味かった?」
「口の中で鶏肉の臭みがやばかったよ」
「え? うそっ、姉さんは?」
「わたくしは口に入れてすぐ気絶したから、味は思い出せないよ。でも、あえて思い出すと・・・」
果てしなく続く辛辣な批判にソラはだんだんしょんぼりしていった。
「だから、今日の夕飯はソラ、お前が奢れ」
ソラの料理に対する酷評を言い尽くした唯が言った。莉里が横で「そうだ、そうだ」と相槌を打った。
「いや、さっきまで私がなぜ私の料理に批判を並べた人のために夕飯を奢らないといけないんだ」
ソラが不満に満ちた声で言った。
「お前のせいでわたくしたちが死にそうだったから」
むしろ唯が堂々と反論した。
「私の料理は毒劇物じゃないよ! 唐揚げ一個で人は簡単に死なない」
「いや、実際わたくしは亡くなったばあちゃんと会ったよ」
「あたしも、あたしも」
「そそんなウソを」
「だから、ソラ今日の夕飯はお前が奢れ」
「そうそう! 奢れ奢れ」
さっきまで唯とソラの対決が、いつの間にか状況が二対一になってしまった。これじゃ味方のないソラに不利だった。
「「じゃあ、早くスマホ出して」」
「うっ・・・」
「はやく」
「うぅ、わかった」
結局、ソラは白旗をあげ、唯に携帯を手渡した。
「何を食べるかな。莉里、食べたいものでもある?」
「う〜む、せっかくソラ姉の奢りだから高いものを食おう」
「いい考えだね。だが、わたくしは今日ピザが食べたいから、ピザにするぞ」
「は? あたしの意見は?」
「さっき聞いただろ」
「反映されてないと思うだけど」
「それで、文句あるのかい」
「・・・いいえ、ありません」
唯と莉里が仲良く(?)ピザを注文した、もちろん、金はソラが払った。
「私のお金・・・」
ソラが残高を見てため息をついた。それを隣で見ていた唯が言った。
「お前、ある番組のレポーターになったと言ったじゃん。それじゃまもなく給料が出るはずなのに、何がそんなに心配なんだ」
「でも、こんなことで金を使うのはちょっと勿体無い」
「わたくしと莉里に奢るのがそんなに勿体無いのか」
「莉里ちゃんに奢るのは大丈夫よ。だが、姉さんに奢るのはちょっと」
「は? 何でだよ」
「姉さんは自分で金稼いでるじゃん。こんな時は姉さんが奢るべきじゃ」
「ないんだ。そんなに悔しいなら、次からは料理など絶対するな。もうこれ以上の被害者を増やすな」
「いや、それは」
ソラが言葉を失った。実際、自分の料理のせいで気を失った人の前で何と反論するには良心が咎めた。
「お母さんはきっと美味しいだと言ってたのに」
ソラが小さな声でぶつぶつ言った。
「お前、まさかお母さんにも食べさせたの?」
唯がびっくりして言った。ソラが首を縦に振った。
「昨日作った時、母さんが味見してくれたよ。私はダイエット中だから」
「お前って本当に親不孝者だな。お母さんいああんなものを味見させるなんて」
「母さんは美味しいと喜んでたよ」
「これが親の力か」
唯が壁にかけている母さんの写真に尊敬に満ちた眼差しを送った。
「もー!」
「ああ、だから、母さんと父さん、今日夜遅く来るんだって言ったんだね」
横で静かに携帯を触っていた莉里がやっと納得したように首を縦に振った。ソラが莉里に顔を向けた。
「ん? どういうこと?」
「あ、実はあたし学校から家に帰るとき、母さんがメールで、今日父さんと遅く帰るから姉さんたちと一緒に夕飯食べな、と送ったの。最初、父さんとどこかデートしに行ったのかなと思ったけど、今、考えてみると、母さん今日の夕飯はソラ姉の手作り料理だと勘違いして父さんと一緒に避難したことだったね」
「いや、流石にそれは・・・」
「うちの母さんまだ父さんのこと愛してるだな、よかった」
莉里が本当安心というように息を吐いた。ソラはまた言葉を失った。
しばらく後、唯がまたテレビを見ながらソラに言った。
「そもそもソラ、お母さん以外に美味しいって言ってくれた人いるの?」
「いるよ! 今日、李さんが美味しっ」
ソラが慌てて手で口を塞がった。危うく、家族にハヌルのことを言うどころだった。
ソラは心の中でどうか唯と莉里が聞けなかったように祈った。だが、
「・・・ん? いぃ? 何だと?」
「確かに李さんと言ったよ、唯姉」
「李さん? 誰なのそれ」
やっぱり唯と莉里はソラの言うことを正確に聞いてしまった。
「ね、ソラ行ってみて。李さんって誰なんだ」
「まさかソラ姉、本当に彼氏でもできたの?」
唯は鋭い眼差しで、莉里はキラキラと輝かせながら、ソラにだんだん近づいてくる。
「そういや、昨日ソラ姉が買ってきた食材を全部使って料理をしたとすれば、家には今料理がいっぱいあるべきなのに、ほとんどないですね」
「言われてみればそうだね。それじゃあんなに多かった食材と料理は誰のお腹にあるのかな」
「そそれが」
ソラの頭の中には唯と莉里を誤魔化せる言葉が思い浮かばなかった。
「言ってみて、李さんって誰なんだ?」
「あたしたちにも教えてください、ソラ姉ちゃん」
唯と莉里がソラの目の前まで近づいてきた。ソラは目を逸らしようとしたが、どこに逸らしても唯と莉里の目が追いかけてきた。
「教えてよ、李さんが誰なのか」
「ソラ姉、早く」
「た、ただの知り合いだよ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ソラの叫びに莉里と唯の間には静寂が流れた。莉里と唯が急に床から立ち上がった。
「わたくしはてっきり恋人だと思ったのに」
「えい、唯姉、ソラ姉だよ。片思いに決まってるじゃん」
唯と莉里がソファーに座った。足を組んでソラを見下ろす。
「それじゃ、ソラ姉、言ってみなさい。姉ちゃんが好きたと言った李さんについて」
「いや、私、まだ好きだと言ってなかったけど」
ソラがきょとんとした顔をした。
「そんなウソは通じないよ、ソラ。早く言ってみて。あ、その前に」
唯が急に手を上げて指一つずつ折りはじめた。
「三・・・・・・二・・・・・・一」
と唯が言った瞬間、インターフォンが鳴った。さっき注文したピザが届いたのだった。
「腹減ったから、ピザ食べながらしよう」
と唯言って莉里に手招きした。莉里はすぐ気づいてピザを取りに行った。