表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

八話 

 ソラの家のリビングに制服の女とパジャマ格好の女が倒れていた。ソラはとりあえず落ち着いて倒れている二人に近づいた。制服の女は黒髪に肩に届くほどの長めボブ、もう一人の女は同じ黒髪だったが、こっちはロングストレートだった。

 よく見ると、見覚えがある人だった。


「あ、あれ? ね姉さん? じゃ、こっちは・・・莉里(りり)?」


 その二人はハヌルの姉の愛田(あいだ)(ゆい)と妹の愛田(あいだ)莉里(りり)だった。


「姉さん、莉里(りり)ちゃん、起きてみて、何でこんなところでこうしてるんだ」


 ソラが彼らの体を揺さぶった。すると、姉の(ゆい)の方から目を覚ました。


「ソラ? わたくし、今亡くなったばあちゃんと会った気が」

「は? どういうこと? おい、莉里(りり)ちゃん、起きてみなさい。姉さんがおかしくなっちゃったよ」


 ソラが激しく莉里(りり)の体を揺さぶった。すると、今度は莉里(りり)がゆっくりと目を覚ました。


「ソラ姉? 何であたしがこんなところに」


 莉里(りり)が微弱な声で言った。


「それはこっちが聞きたいことだよ。何でこんなところに倒れているの」

「ソラ、わたくしまた意識が」

「うぅ・・・あたしもぉ」


 と言った途端、(ゆい)莉里(りり)がまた気を失った。


「待って! しっかりしろ! 気を失う前に教えて」


 ソラが急いで莉里(りり)(ゆい)を揺さぶってみたが、その時はすでに莉里(りり)(ゆい)が気を失った後だった。

 約十分後、やっと目を覚まして莉里(りり)(ゆい)がソファーに座っていた。ソラがコップ二個を持ってきた。


「さあ、水でも飲んで」


 ソラが(ゆい)莉里(りり)にコップを差し出した。


「どうも、ソラ」

「わ〜ソラ姉、ありがとう」


 (ゆい)莉里(りり)がソラが差し出したコップを手に取った。中には湯気がもくもく立つ暖かい水が入っていた。

 (ゆい)莉里(りり)が同時に水を飲んだ。


「それで、どうしてリビングに倒れていたの?」


 ソラがソファーの横のロッキングチェアに座った。


「お前のせいだよ、ソラ」


 (ゆい)がまたコップを口につけながら言った。これにソラが怪訝な眼差しで(ゆい)を睨みつけた。(ゆい)は「何、文句あるかい?」というような表情をした。

 ソラが今度は莉里(りり)の方に目を移した。莉里(りり)が深いため息をついた。


「わかったよ。あたしが説明するよ」


 莉里(りり)がソラが家に来る前の事情を話した。


******


 二時間前


「ただいま」


 玄関のドアから莉里(りり)が入った。リビングから「おかえり」という返事が返ってきた。(ゆい)の声だった。

 莉里(りり)は靴を脱ぎ、すぐリビングに向かった。


(ゆい)姉、もう退社したの? 今日は早く帰ったね」


 莉里(りり)がリビングの床に鞄を置きながら言った。


「そっか? そういや、久々にこの時間に退社した」


 リビングのソファーに座っている(ゆい)がテレビを見ながらぶっきらぼうに言った。


「そんなことより、姉ちゃんはご飯食った?」

「まだ」

「じゃ、一緒に食おう、あたしも今すごく腹減ったから。何か食べるものないかな」

「ねぇよ」

「えっ、ウソ」


 莉里(りり)(ゆい)の返事を信じずに台所に向かった。冷蔵庫の前に立った。


「昨日、ソラ姉が食材をいっぱい買ってくるのを、この目ではっきり見たよ」


 莉里(りり)が冷蔵庫を開けて食べ物を探しはじめた。だが、探しても(ゆい)が言ったように、冷蔵庫に食べるものが何もなかった。


「ウソっ、あたしが昨日いっぱい買ってくるのを見たのに、あんなに多かった食材がど全部こへ行ったの?」

「知らん」

「そういや、昨日ソラ姉、夜遅くまで台所で何か作ってた気がするけど」

「あいつが料理を? 殺したい人でもできたのか。そういえば、昨日台所が普段より騒がしかったけど。ソラが原因だったのか」

「多分そうだよ。ところで、あんな量の食材が残さずに全部使ったの、冷蔵庫に何もないよ」


 莉里(りり)がまだ諦めずに冷蔵庫のくまなく探しはじめた。


「ま、彼氏にあげたんじゃないかな」

「え? えぇえ!? ソラ姉、彼氏できたの?」


 莉里(りり)がびっくりして手を止めた。


「本当に?」

「ただ言ってみただけだよ」

「なんだ、一瞬信じたじゃん!」


 莉里(りり)が大声を上げた。しかし、(ゆい)は無視したまま、ずっとテレビから目を離さなかった。


「そういえばさ」


 莉里(りり)が再び冷蔵庫の中をくまなく探しながら切り出した。


「最近のソラ姉、何かお出かけの頻度が多くねぇ? ほぼ毎日出かけると思うだけど」

「言われてみれば、そうだね」


 (ゆい)がそっと頷いた。相変わらずテレビから目を離さなかった。

 莉里(りり)が冷蔵庫のドアを閉じてリビングに出た。


「まさか、本当に彼氏できたんじゃ?」

「そうかもしれないな」


 (ゆい)が全く関心ないように言った。それとは反対に莉里(りり)はふてくされて頬を膨らませた。


「やっぱ(ゆい)姉は何か知ってるよね?」

「いや、何も」

「じゃ、何でそんなに無神経なの。(ゆい)姉はソラ姉が毎日どこへ行くのか、心配じゃない?」

「別に、ソラももう大人だから。あと、むしろこっちの方がマシじゃない? 前のように部屋に閉じこもっているよりはね」

「それはそうだけど」

「あと」


 やっと(ゆい)がテレビから目を離して、初めて莉里(りり)の方へ顔を向ける。


「わたくしはソラのことより、お前の成績が心配だよ」

「うっ、母さんも諦めた成績を、何で姉ちゃんが」


 莉里(りり)がしょんぼりして口を尖らせた。


「それよりお前、手に持ってるあれは何だ」


 (ゆい)莉里(りり)の手を指差した。莉里(りり)の手には皿が一枚あった。


「あ、これ? 唐揚げだよ」

「唐揚げ? うちにそういうのがあったっけ」

「さっき冷蔵庫の隅で見つけたよ」

「そう? じゃ、早くレンジでチンして。今日の夕飯はあれにしようぜ」

「わかったよ」


 莉里(りり)(ゆい)の言葉に従って電子レンジへ唐揚げを入れた。少し後、莉里(りり)がレンジで温めた唐揚げを持ってリビングのテーブルに置いた。


「それじゃ、いただきます」


 莉里(りり)が床に座ってすぐ食べようとした。だが、(ゆい)莉里(りり)の手を掴んだ。


「急に何だよ、(ゆい)姉、びっくりしたじゃん」

「待って、まさかこれソラが作ったもんか」


 (ゆい)が深刻な顔で言った。


「そそんな、まさか。多分違うじゃねぇかな。だってソラ姉が作ったものは多分母さんが捨てたはずだから、これは母さんの料理じゃないかな」

「確かに。じゃ、冷めないうちに早く食べよう」


 こうして、(ゆい)莉里(りり)は安心して唐揚げを口に入れた。それと同時に、二人は意識を失った。


******


「そうして倒れていたあたしたちをソラ姉が見つけたんだよ」


 莉里(りり)(ゆい)の事情を全部聞いたソラは呆気に取られた。


「だから一言でまとめると、全部私が作った唐揚げのせいってこと?」

「うん」

「そうだよ」


 莉里(りり)(ゆい)が即答した。


「私の料理・・・・・・そんなに美味しかったの? 気を失うくらいに?」


 ソラが本当に嬉しそうな顔でそう言った。これに今度は莉里(りり)(ゆい)が呆気にとられた。


「ソラ、こういう時は普通不味すぎるから倒れるんだよ」

「そうだよ、ソラ姉の料理はお世辞でも美味しいだとは言えないよ」

「私の料理、そんなに不味かった?」

「口の中で鶏肉の臭みがやばかったよ」

「え? うそっ、姉さんは?」

「わたくしは口に入れてすぐ気絶したから、味は思い出せないよ。でも、あえて思い出すと・・・」


 果てしなく続く辛辣な批判にソラはだんだんしょんぼりしていった。


「だから、今日の夕飯はソラ、お前が奢れ」


 ソラの料理に対する酷評を言い尽くした(ゆい)が言った。莉里(りり)が横で「そうだ、そうだ」と相槌を打った。


「いや、さっきまで私がなぜ私の料理に批判を並べた人のために夕飯を奢らないといけないんだ」


 ソラが不満に満ちた声で言った。


「お前のせいでわたくしたちが死にそうだったから」


 むしろ(ゆい)が堂々と反論した。


「私の料理は毒劇物じゃないよ! 唐揚げ一個で人は簡単に死なない」

「いや、実際わたくしは亡くなったばあちゃんと会ったよ」

「あたしも、あたしも」

「そそんなウソを」

「だから、ソラ今日の夕飯はお前が奢れ」

「そうそう! 奢れ奢れ」


 さっきまで(ゆい)とソラの対決が、いつの間にか状況が二対一になってしまった。これじゃ味方のないソラに不利だった。


「「じゃあ、早くスマホ出して」」

「うっ・・・」

()()()

「うぅ、わかった」


 結局、ソラは白旗をあげ、(ゆい)に携帯を手渡した。


「何を食べるかな。莉里(りり)、食べたいものでもある?」

「う〜む、せっかくソラ姉の奢りだから高いものを食おう」

「いい考えだね。だが、わたくしは今日ピザが食べたいから、ピザにするぞ」

「は? あたしの意見は?」

「さっき聞いただろ」

「反映されてないと思うだけど」

「それで、文句あるのかい」

「・・・いいえ、ありません」


 (ゆい)莉里(りり)が仲良く(?)ピザを注文した、もちろん、金はソラが払った。


「私のお金・・・」


 ソラが残高を見てため息をついた。それを隣で見ていた(ゆい)が言った。


「お前、ある番組のレポーターになったと言ったじゃん。それじゃまもなく給料が出るはずなのに、何がそんなに心配なんだ」

「でも、こんなことで金を使うのはちょっと勿体無い」

「わたくしと莉里(りり)に奢るのがそんなに勿体無いのか」

莉里(りり)ちゃんに奢るのは大丈夫よ。だが、姉さんに奢るのはちょっと」

「は? 何でだよ」

「姉さんは自分で金稼いでるじゃん。こんな時は姉さんが奢るべきじゃ」

「ないんだ。そんなに悔しいなら、次からは料理など絶対するな。もうこれ以上の被害者を増やすな」

「いや、それは」


 ソラが言葉を失った。実際、自分の料理のせいで気を失った人の前で何と反論するには良心が咎めた。


「お母さんはきっと美味しいだと言ってたのに」


 ソラが小さな声でぶつぶつ言った。


「お前、まさかお母さんにも食べさせたの?」


 (ゆい)がびっくりして言った。ソラが首を縦に振った。


「昨日作った時、母さんが味見してくれたよ。私はダイエット中だから」

「お前って本当に親不孝者だな。お母さんいああんなものを味見させるなんて」

「母さんは美味しいと喜んでたよ」

「これが親の力か」


 (ゆい)が壁にかけている母さんの写真に尊敬に満ちた眼差しを送った。


「もー!」

「ああ、だから、母さんと父さん、今日夜遅く来るんだって言ったんだね」


 横で静かに携帯を触っていた莉里(りり)がやっと納得したように首を縦に振った。ソラが莉里(りり)に顔を向けた。


「ん? どういうこと?」

「あ、実はあたし学校から家に帰るとき、母さんがメールで、今日父さんと遅く帰るから姉さんたちと一緒に夕飯食べな、と送ったの。最初、父さんとどこかデートしに行ったのかなと思ったけど、今、考えてみると、母さん今日の夕飯はソラ姉の手作り料理だと勘違いして父さんと一緒に避難したことだったね」

「いや、流石にそれは・・・」

「うちの母さんまだ父さんのこと愛してるだな、よかった」


 莉里(りり)が本当安心というように息を吐いた。ソラはまた言葉を失った。

 しばらく後、(ゆい)がまたテレビを見ながらソラに言った。


「そもそもソラ、お母さん以外に美味しいって言ってくれた人いるの?」

「いるよ! 今日、()さんが美味しっ」


 ソラが慌てて手で口を塞がった。危うく、家族にハヌルのことを言うどころだった。

 ソラは心の中でどうか(ゆい)莉里(りり)が聞けなかったように祈った。だが、


「・・・ん? いぃ? 何だと?」

「確かに()さんと言ったよ、(ゆい)姉」

()さん? 誰なのそれ」


 やっぱり(ゆい)莉里(りり)はソラの言うことを正確に聞いてしまった。


「ね、ソラ行ってみて。()さんって誰なんだ」

「まさかソラ姉、本当に彼氏でもできたの?」


 (ゆい)は鋭い眼差しで、莉里(りり)はキラキラと輝かせながら、ソラにだんだん近づいてくる。


「そういや、昨日ソラ姉が買ってきた食材を全部使って料理をしたとすれば、家には今料理がいっぱいあるべきなのに、ほとんどないですね」

「言われてみればそうだね。それじゃあんなに多かった食材と料理は誰のお腹にあるのかな」

「そそれが」


 ソラの頭の中には(ゆい)莉里(りり)を誤魔化せる言葉が思い浮かばなかった。


「言ってみて、()さんって誰なんだ?」

「あたしたちにも教えてください、ソラ姉ちゃん」


 (ゆい)莉里(りり)がソラの目の前まで近づいてきた。ソラは目を逸らしようとしたが、どこに逸らしても(ゆい)莉里(りり)の目が追いかけてきた。


「教えてよ、()さんが誰なのか」

「ソラ姉、早く」

「た、ただの知り合いだよ!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


 ソラの叫びに莉里(りり)(ゆい)の間には静寂が流れた。莉里(りり)(ゆい)が急に床から立ち上がった。


「わたくしはてっきり恋人だと思ったのに」

「えい、(ゆい)姉、ソラ姉だよ。片思いに決まってるじゃん」


 (ゆい)莉里(りり)がソファーに座った。足を組んでソラを見下ろす。


「それじゃ、ソラ姉、言ってみなさい。姉ちゃんが好きたと言った()さんについて」

「いや、私、まだ好きだと言ってなかったけど」


 ソラがきょとんとした顔をした。


「そんなウソは通じないよ、ソラ。早く言ってみて。あ、その前に」


 (ゆい)が急に手を上げて指一つずつ折りはじめた。


「三・・・・・・二・・・・・・一」


 と(ゆい)が言った瞬間、インターフォンが鳴った。さっき注文したピザが届いたのだった。


「腹減ったから、ピザ食べながらしよう」


 と(ゆい)言って莉里(りり)に手招きした。莉里(りり)はすぐ気づいてピザを取りに行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ