十九話 母の日
木の葉の間から暖かい日差しが降り注ぐベンチ。例によってそのベンチはハヌルとソラが座っている。
しかし、今日はいつもとは違ってハヌルとソラの間に会話がない。いつもソラから先に話しかけてくれたのに、今日はどういうわけか静かだった。そのためか、ハヌルは退屈だった。
ハヌルはあくびをしながらそっとソラの方に目を動かした。ソラはピンク色紙で何かを作っていた。
「ソラさん、さっきから何をそんなに熱心に作っているんですか」
ハヌルの問いかけにソラはやっと顔を上げてハヌルを見た。ソラが手の色紙を示した。
「これのことですか」
「はい、さっきからずっと色紙から目も離さず熱心に作っているようで、何を作っているのかな気になって」
「ちょっとカーネーションを折ってました」
「カーネーションですか。急にカーネーションはどうして?」
「母の日のためです」
「母の日? 母の日は昨日だったじゃないですか」
ハヌルが怪訝な表情を浮かべた。今日は月曜日で母の日ではなかった。なのに、この女はなぜ母の日でもない今カーネーションを折っているのか、とハヌルは疑問に思った。
「私も知ってますよ、昨日が母の日だったってことくらいは」
「じゃあ、何で今カーネーションを?」
ハヌルの問いにソラが深いため息を吐いた。
「実はうちの姉妹たち母の日に母さんに何もしませんでした」
「え、何でですか」
ハヌルはびっくりしてつい大声を出してしまった。だってソラなら母の日のような特別な日を忘れずに祝うと思った。なのに、何もしてくれなかったとは思いもよらなかった。
これにソラは恥ずかしがって色紙に顔を埋めた。
「私はリポーターの撮影があって忙しかったです。それで姉さんと妹がやってくれると思ったんですが」
「姉さんと妹も何もしなかったってことですね」
「はい、何も、カーネーション一本すらも。ま、姉さんは残業のせいで忙しかったというから理解できるけど、妹はうっかり忘れちゃって。はぁ、それで」
ソラが深いため息を共に顔を上げて前を眺めた。
「母さんが拗ねてしまいました。それで本当に家から追い出されるところでした、幸いお兄ちゃんの送ったカーネーションのおかげで助かったんですけど」
「危なかったですね」
「危うく野宿するところでした」
「それで、カーネーションはどうして」
ハヌルが再び色紙を示した。
「母の日も昨日だったし、兄様から花も送ってくださって万事オーケーだと思うんですけど」
「それはそうですけど、年に一度しかない母の日なのに、何もしないまま過ごすのは何かちょっとあれなので、今日にでも母さんに何かしてあげようと思って今こうやってカーネーションを作っています。姉さんは料理、妹は手紙、役割分担して」
「ぴったりな役割分担ですね」
「そうですか、私は私が料理を引き受ける方がいいと思うんですけど、李さんもそう思いませんか」
ソラが純粋な眼差しでハヌルを見つめた。ハヌルは何も知らない純粋な瞳を見ると、本当のことを言いにくかった。それで、ハヌルは黙って笑顔で首を縦に振った。
「やはり」
ソラは満足げに笑った。そして、色紙の方に目を移し、カーネーション作りに集中した。
ハヌルは邪魔にならないように静かに横から見守った。手先が器用で綺麗に折っている。
「ところで、李さん」
ソラがカーネーションを折ながらハヌルに話しかけた。ハヌルがソラの横顔を見つめた。
「李さんは母の日、お母様に何かあげましたか」
「いいえ、僕も何も」
「えぇ!? 李さんはなんで」
ソラがびっくりして紙からハヌルの方に目を移した。ハヌルは驚いて丸くなった目を見て微笑んだ。
「韓国には母の日がありません。その代わりに、父母の日というものがありますよ。だから昨日、僕は母さんに何かをする必要がなかったということです。その父母の日を祝えばいいですから」
「あ〜それで」
ソラは納得した顔でまた色紙の方に目を移した。折り紙に集中しながらハヌルに言った。
「ちなみに、その父母の日っていつですか」
「そ、それはなぜ」
「ただ気になって」
ハヌルは予想せぬ質問に戸惑った。幸い、俯いていたソラは気づかなかった。
「・・・月八日です」
「すいません、声が小さくて聞こえませんでした。もう一度言っていただけますか」
ソラの要求にハヌルは大きく息を吐いた。そして、力のない声で言った。
「五月八日です」
「五月八日ならまだ・・・え?! 五月八日ですって?!」
「はい」
目が丸くなったソラがハヌルを見つめた。
「八日はもう過ぎたじゃないですか。まさか、何もしなかったわけではないですよね」
「その、それが」
ハヌルが困った表情をした。実はハヌルは父母の日、カーネーションどころか、母と父に電話さえしなかった。それでソラに素直に返事できなかった。このまま誤魔化すつもりだった。
しかし、ソラはどこか変なハヌルの姿を見てハヌルが何もしなかったことを気づいた。
「李さんも私と同じですね」
「え、それをどうして」
「顔に書いてありますよ、何もしなかったと」
「僕の顔に?」
ハヌルが顔を触った。その姿にソラは笑いが出た。
ソラは手を顎に当ててしばらく考え込んだ。少し後、いいこと思いついたソラはハヌルに顔を向けた。
「李さんもこのまま母の日を過ごすのはちょっとあれでしょ?」
「いや、僕は別に」
「しかし、ご両親は韓国にいらっしゃるから何かあげるのも難しいだから、電話するのはどうですか。きっとお母様も喜ぶと思いますよ」
「確かにそうかもしれないですけど、面倒だから嫌ですよ」
「面倒でもやる方が絶対いいから、必ずご両親に電話しなさい。このままじゃ親不孝者になっちゃいますよ」
ソラが真剣な顔でハヌルの返事を待った。ハヌルは依然として気が進まなかった。
母に電話かけるのは簡単だが、母と電話したら、小言ばかっりで細かいことまで聞いてきてうざい。それで、出来れば断りたかった。
しかし、ソラの顔を見ると、拒絶は不可能そうだ。
「はい、わかりました。じゃ、後で母さんに電話します」
結局、ハヌルはソラに嘘をついた。本当に母に電話する気はなかった。ただ、今の状況を誤魔化すつもりだった。
だが、これがうまく効かなかったのか、ソラが疑いの目を向けていた。
「ふーむ、なんか嘘っぽいですけど、わかりました。今日中に必ず電話するんですよ」
「はいはい、わかりました。必ず電話します」
ハヌルは心の中で安堵のため息をついた。一瞬どうなるかと思った。
しばらく後、
「やっとできた、どうですか」
ソラが完成したカーネーションを見せた。色紙としては綺麗なカーネーションだった。
「綺麗ですね」
「そうですよね。私が言うのもなんですが、よく作ったと思います」
ソラは子供みたいに笑顔を浮かべた。そして、飛び上がるようにベンチから立ち上がった。
「それじゃ私、このカーネーションを母さんに贈るために今日は先に帰ります。李さんも電話忘れちゃダメですよ」
「はいはい、わかりました。お気をつけてお帰りください」
ハヌルは遠ざかってるソラに向かって手を振った。しばらく後、ソラの姿が見えなくなると、ハヌルもベンチから立ち上がった。
「僕もそろそろ帰ろうか」
ハヌルは伸びをして足を動かそうと思った瞬間、携帯に通知音が鳴った。ハヌルはポケットから携帯を取り出し、通知を確認した。ソラからのメッセージだった。
ハヌルは気になってメッセージを開いてみた。すると、さっきソラが見せたカーネーションの写真が一枚が来ていた。その下には
ーーお母様にこのカーネーションも一緒に送ればいいと思います
と書かれていた。
ハヌルはこれをみた瞬間、思わず笑いが出た。そして、再びベンチに座り、メッセージを送った。その後、ハヌルは携帯を耳に当てた。
「아 여보세요. 엄마 나야, 내가 보낸 사진 봤어?(あ、もしもし母さん、僕だよ。僕が送った写真見た?)」
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