一話 公園
四月の春、公園には桜が満開している。桜花びらが舞っていて公園の道はとっても綺麗だ。だが、公園には人がほんとんどいない。
人がいない園路を歩いている女が一人いる。彼女の名前は愛田ソラ。ソラはどういうわけかマスクと帽子で自分のことを隠している。
ソラは道なりに歩き、道端にある公園のベンチの脇に立ち止まる。
「やっぱりあなた今日もいるんですね」
ソラは情けないという表情で額に手を当てる。
ソラが立ち止まったベンチには黒髪のある男一人が横になっていた。彼女の声に彼は上半身を起こしベンチに座る。
「あの誰ですか」
まだ寝ぼけてる彼は目を擦りながら彼女のことを見上げる。だが自分に声をかけてきた女はマスクとサングラスで自分の顔を隠していたため、彼はこの女が誰なのかさっぱりわからない。
ソラは呆れすぎてため息をつきながらかけていたマスクと帽子を外す。するとソラの顔が見え始める。大きい目と白い肌、そしてソラが帽子を外すと彼女のロングロエンジ髪が少し揺られた。
「私ですよ、わたし。愛田ソラ」
ソラが自分自身を指しながら言った。
彼はソラの顔を見てからやっと彼女がソラだと気づいた。
「ああーやっぱりソラさんでしたか。今日もおはいよございます」
彼はソラの登場へ慣れているかのように、平然と彼女に挨拶をした。
「もー、李さん。未だにわたしの声だけでわからないんですか」
ソラは彼の隣に座りながら言った。
彼の名前は李ハヌルで、韓国人だ。
「まあ顔は覚えているから、声くらいは覚えていなくてもいいじゃないですか」
「それほーんとに酷いですね」
彼の言葉にソラが唇を尖らす。その姿にハヌルは微笑みを向ける。
「ごめんなさい。次からはすぐ気づくように頑張ります」
「是非」
ハヌルの言葉にソラはすぐいつもの顔に戻った。
そしてハヌルは黙って公園の風景を眺める。こうやって風景を眺めることがハヌルの日課の一つだ。昼頃、ここのベンチにぼんやりと座って木や草、たまに散歩に出る人たちの姿を静かに見る。
「あんたはこれが楽しいですか」
黙って公園の風景を眺めているハヌルへソラが尋ねる。
実はソラは数日前、この公園にあるこのベンチでハヌルと出会ってからずっとハヌルについてこの公園に来ている。いつもハヌルの隣に座って公園を眺めるハヌルの横顔を見つめる。
だが、毎日来ているソラは未だに理解できなかった。ここにじっと座って風景を眺めるだけ、一体これのどこが面白いのか、彼女は全然わからない。理解しようと相当努力してみたがやはり分からない。
結局好奇心に我慢できなくなって直接ハヌルに聞くことにした。
「ま、楽しいというものとはちょっと違うと思いますよ」
ソラの問いかけにハヌルは風景から目を離さないまま言った。
「こうやってじっとしていれば何となく癒される気がするからですよ」
「え?」
ソラが一つも分からないという顔をする。
「ま、別に理解できなくてもいいですよ。僕も詳しく説明するの面倒だから」
本当に面倒臭いという口調だった。しかし、ソラは諦めずにハヌルに説明を促す。ハヌルの腕を掴んで体を揺すったり、彼を目を見据えて負担間を与えたり、色んな方法でハヌルを邪魔する。
「はあ・・・わかりました。わかったからもうやめてください」
結局、続けるソラの邪魔にハヌルはしょうがなく白旗を揚げた。
ハヌルは韓国語で何か小さく呟き始める。
「もしかして今のあれ、私の悪口ではないですよね?」
韓国語が全くできないソラがひょっとして尋ねた。するとハヌルの面白そうな顔をする。
「やあーそんな方法があったんですね。僕はなぜ今までそんな方法考えられなかったんだ。韓国語で悪口言ったらソラさんは絶対聞き取らないのに。ソラさん、ほーんとにありがとうですよ。次から使ってみます」
「ちょっと待って? 私そういうつもりで聞いたんじゃっ」
「試しに今一言言ってみましょうか? ふ〜む、何がいいかな」
「やめてくださいいぃっ!」
ソラがほぼ泣きそうな声で叫んだ。ハヌルは彼女の叫びに笑う。
「ははは、冗談ですよ、冗談。僕がソラさんの悪口を言うはずがないじゃないですか。さっきはただどう説明すればいいか悩んだだけだから安心しなさい」
「本当ですか」
ソラが信じられないという顔でハヌルを見つめる。
「本当ですよ」
「じゃあ、私にさっき悩んでたこと説明してみなさい」
「・・・わかりました」
ハヌルはまた公園の風景へ顔を向ける。そして言い足す。
「僕はですね、ここで座って爽やかな風や揺れる木や草、公園を通る人たちをじっと眺めていると何となく平和だというか、心が落ち着くんだというか、今の暇がいいと思いますよ」
嘘をついているようには見えなかった。
「っていうか、ここは人が少なすぎるですけどね」
ハヌルが微笑みながら頬を掻いた。
「じゃあ、ここじゃなく、他の公園に行けばいいじゃないですか。この近くにはないけど、少し離れたところにはここより大きな公園がありますよ」
「いや、それはちょっと。あまり人が多いのは苦手だし、この公園がちょうど家のすぐ前ですから」
ハヌルの説明を聞いたソラは相変わらず理解できなかった。
この景色を見て平和を感じるとか、人々を見ながら落ち着くと言ったのに、人が多いのが苦手なんて、さらに分からなくなった。
「じゃ、今度はこちから聞いてもいいですか」
ハヌルが風景から目を離さないまま言った。
「ま、いいですよ。聞いてみなさい」
ソラの許可にハヌルは彼女に首を向ける。急に目が合ってソラはちょっとビックリしたが、表では出さなかった。
ソラはどうせくだらないものを聞くと思い、何の期待もなくハヌルの問いかけを待つ。
「あなた最近この公園に毎日来てるんですね? しかも僕が来ない日にも」
「ヒック、それをどうやって」
「ま、たまたまに」
ハヌルの言葉にソラのしゃっくりが更に激しくなる。しかし、ハヌルは特に気にせず、話を続ける。
「僕みたいにここで癒される感じを受けるわけでもないじゃないですか。かといってここでじっといるのが楽しいわけでもないし。あなたはなぜ毎日この公園に来るんですか」
「そそれが・・・ヒック、ヒック」
あまりにも予想外の問いかけにソラはしゃっくりが止まらない。代わりに彼女の思考が止まった。
五秒後、やっと動き始めたソラの頭の中は混乱する。ハヌルがどうやって毎日この公園に来るのを知ってるからして、これを聞く理由は何だろうか、一体何と返事すればいいか、みたいなものでいっぱいで頭が爆発しそうだ。
「そ、それが」
珍しくソラが慌てる。ソラは慌てて周囲を見渡す。何かいい口実を探すのだ。
ハヌルは横でじっとソラを見つめる。何だか視線で「早く返事しろ」と催促する気がする。そんな中いきなり風が吹いてきた。風にソラの髪が靡くと同時に上から花びらが舞う光景がソラの目に入った。
「実は・・・私は桜が好きなんですよ。ここの桜凄く綺麗なので毎日来るんですよ」
桜が舞う風景にソラがハヌルに言った。
ソラは上手くハヌルを上手く誤魔化したのか不安でドキドキした。桜が好きなのは事実だったが、実はそのためにこの公園にくるわけではなかった。
実はソラがこの公園にくる理由はだった一つハヌルのせいだった。ソラはハヌルのことを会うために毎日この公園に来るのだ。
正直に言うとここにじっと座っているのは退屈であくびが出るほどだ。だが、それでも毎日ここに来る理由はただここに来ればハヌルがいるから、ハヌルと会えるから、隣にハヌルがいるから、その理由だけでこの公園に来ているのだ。
もちろんハヌルが毎日この公園に来るわけではなかった。たまにハヌルが来ない日々もあった。でもソラは毎日公園へ来た。もしその日がハヌルが来ない日なら、その時はまずすぐ帰らずにもしハヌルと会えるかなと思い、このベンチでハヌルを待つ。結果は何時間待ってもハヌルは来ないので、結局その日は会えないまま『明日はきっと会えるだろう』と残念がって家に帰る。そして翌日にまた来ると大体翌日はハヌルがいる。
他の人が見れば愚かに見えるかもしれないけど、ソラにはこの方法しかなかった。だってソラは彼が来ない日を知らない。もし今日は何となく李さんが来ないそうだね、という勘で万が一ハヌルと会える機会を逃すのは我慢できない。ただの勘でハヌルと会える機会を逃すより、毎日公園に行って彼のことを待つ方がマシだ。だからソラは毎日毎日コツコツと公園に来るのだった。
「なんだ〜そういうことだったんですか? 僕はてっきり僕のことが好きで来るのかと思って」
ハヌルが後頭部を掻く。
「そんなわけないでしょ。私はただ桜が好きでこの公園に来るんだけですよ」
「ですよね」
ソラは図星を突かれて慌てたけど、表に出さず不定した。
今ハヌルにこの気持ちを伝えることはできない。だってまだハヌルがソラのことをどう思ってるのか分からないし、何より無闇に告白とかしてもし振られたらそのまま終わり。気まずくてもうハヌルとは会えないし、多分ハヌルの方から先にソラのことを避けるだろう。
ソラはこの結末だけは避けたかった。だからこそ、ソラは慎重だった。まずは友達から始めてますます関係を発展する。そして最後には、恋人になるのを目指している。
「ちなみに僕も桜好きですよ」
ハヌルがソラの目を凝視しながら言った。ソラは少し緊張した。
「だから明日もまた一緒に桜見ればいいですね、もちろん、ここで」
「・・・・・・えっ!?」
ソラの思考が一瞬にして止まった。
「じゃ、今日はお先に失礼しますよ」
ハヌルが立ち上がりながらソラに挨拶し、遠ざがった。だが、思考が止まっていたせいでハヌルの挨拶が耳に入らなかった。