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23 ■ Tears flew to the sky ■


 殿下に現場をおまかせした後。

 ヴァレン君は外套で私を隠すようにして、マルちゃんで飛んだ。

 

 吹き抜けを一気に上昇して休憩所を飛び抜ける。

 生徒たちのざわつく声が聞こえた。


 ダンジョンを飛び出て、マルちゃんがはるか上空へ登る。


「ヒースについたら、その欠損はすぐ治す。オレが魔力足りなくても、母さんが治せるから安心しろ。……ホントは全部オレが治してやりたいが正直ちょっと今日だけでは魔力が足りない」


「ありがとう……」



「……」


 私は考え込んだ。

 欠損が治るのは嬉しい。けれど。


「ねえ、ヴァレン君」

「ん?」

「うん……。あのね、傷を治すの、すぐじゃなくても大丈夫かな」

「あ? 時間が経っても治すのは可能だが……どうしてだ」


「うちの両親は私を伯爵家以上の家に嫁がせたい人達だし、そのつもりで私を育ててきたから。傷がないなら……シモン様との婚約が駄目になっても、また違う人のとこへ行かされるだけだと思う」


「……まじかよ。やっぱり逃亡する」


「ううん、待って。この傷を残した状態のまま、両親と会おうと思うの」


「なんだと? おまえ、そんな事したらお前の両親何を言い出すかわからないぞ。おまけに使用人たちにも見られたら、口止めしたところでひどい噂が広がるぞ」


「うん……でもね、これだけの傷物になってしまったなら……うちの両親もさすがに嫁ぎ先があるだけでありがたいって考えるんじゃないかと思うの。さらに裁判であの恥ずかしい音声が流れる予定だしね」


「――アイリス、オレも手段は選ばないタチだが、それは流石にお前が傷つきすぎだ」


「ヴァレン君。私は本当はね。逃亡するよりもヒースで暮らしてみたい。逃亡するのも大変だよ。そしてヒースを好きになってしまったのは……君のせいだね」


「……あ、いやそれは」


「ヴァレン君がどうしても嫌なら、この案を無理に遠そうとは思わないけど……だけどね。ヴァレン君が家族や幼馴染を大切にしているの、私にもわかるんだよ。だから私は私と逃げることで君にそれらを失ってほしくないんだ」


「――」


 そう。私は自分の環境が変わるのが嫌だと思っていた。


 ルチアだって、そうだった。

 ヴァレン君はあまりそういうそぶりを見せない子だけれど、きっと彼だってそう思う所はあるはず。

 

 大事なものがたった一つ、なんて人は、なかなかいないものだと思う。

 そしてその身の回りの大切なものを含めて、その人はその人なのだとも思う。


 だから、私は彼の全てを大切にしたい。


「アイリス……オレは、お前が好きでお前が欲しかった。けれど、お前をこんな風に、何もかも失わせるほどのことをしたかったわけじゃない。オレは悪い意味でお前の全てを奪ってしまったと実は思っている。そしてオレだけ何も失わないなんてフェアじゃないと」


 彼の目が潤んでいる。

 私は首を横に振った。


「君のせいで私が失くしたものなんて何ひとつないよ」


 私は彼の手を取りキスした。


「……あ、こら。手、汚れてるぞ」


 自分は泥だらけの私の手に平気でキスする癖に。


「……君が最初逃げようって言ってくれた時、とても嬉しかったけれど、ずっとその事がひっかかっていたの。

 自分がなにもかも失ってから言うなんて、ずるいかもしれないけれど。

 私は君の大事なものを、そのままにしてあげたい。

 そしてその君の大事なものを共有させてもらいたい、と思うの。

 ……だから、君は何も失わないでいて」


 ――彼の目に涙が浮かんだが、風で飛んでいった。


「――えっと、つまり……私の為に、全てを捨てる必要なんてないんだよ」


 彼は私を抱きしめた……というより、抱きついて言った。


「オレが持ってるもの、全部やる」


 私もそっと抱きついて、震えて泣いてる彼の背中をさすって言った。


「そんなにたくさん、持ちきれない」


 私の浮かんだ涙も空へ消えてった。




※※※



 

「アイリス! どうしたその姿は……!!」


 ヒースについて、一番、庭にいたアドルフさんが私の姿を見て、泣きそうな顔をした。


「お祖父様……すいません、こんな姿で失礼します」


「そんなのは、いいんだ。おい、プラムー!!」


 そしてヒースの屋敷に向かって叫んだ。


「じいさん、待……」


 ヴァレン君が止めようとしたところ。


「何、どうしたのー?」


 窓からプラムさんがのぞき、私の姿を見て。


「アイリスー!! どうしたのその姿ry」

「母さん待て、治すな!!」

「え、どうしてよ!!」

「プラム、どうやら治す前に話があるようだ」


 アドルフさんがそう言うと、プラムさんがええーって顔をする。


 その横でブラッド君も窓から顔を出す。


「ちょっと……おねえちゃんをそんな風にしたの誰……」


 うわ、顔怖い!! ヴァレン君の顔が怖いときより怖い!! 目が光ってる気がする!?


 居間に通されて話をする。


 それにしてもプラムさん。けっこう遠くから私を治そうとしてなかった……?

 しかも片手間で治そうとしてなかった!?


「大体話はわかったけど。全部欠損したままじゃなくてもよくない?」


 プラムさんが私を治したそうにうずうずした感じでこっちを見る。気持ちはうれしいですが!


「確かにそれはそうだな。母さん、気持ちはわかるが、その。オレが治したい」


「……ヴァレン。そっか、そうだよね。欠損は難しいけどがんばれ…」


 なんかうっとりするプラムさん。


「恋愛脳が発動しているな……娘…」


 アドルフさんがジト目でその様子を見ている。へんなの。




 そして、プラムさんが、私をお風呂に入れてくれて、私の昔の服で悪いけど、とワンピースを着せてくれた。


「ありがとうございます。すっきりしました」

「うん、おいで。髪の毛結ってあげる」


 優しく手を引いて、ドレッサーに座らせてくれた。


「えっと……欠損治せるなんてすごいですね」

「色々人を治療してるうちにね、できるようになっちゃった。内緒だよ? バレたらえらいことになるから」


 たしかに。しかも聖女でもない……子供産んでるなら……聖母?、とでも言えば良いのかな。

 世間に知れたら、多分、いまみたいに平穏に暮らせないだろう。


「はい、もちろんです」


「ね、ヴァレンを好きになってくれてありがとう」


 本当に嬉しそうな顔で言われた。


「えっと」


 でもやっぱり、恥ずかしいなとちょっと赤面した。


「面倒見の良い子で、苦労掛けるつもりはないのに家族のことも良く見てくれる愛情深い子なの。

 そして多分あの子はね、自分の一番がずっと欲しかったんだと思う――良かった、見つかって。ねえ、ヴァレンから聞いてるとは思うけれど。ここに住む私達はあなたの味方だからね」

 

 そう言うと、プラムさんはやんわりと光って、私に祝福をかけた。


「私はね、孤児院出身だから、家族の絆に血の繋がりは要らないタイプだよ。旦那のブラウニーもそうだよ。だから、これから徐々に私達に慣れていって、いっぱい甘えてほしいな。……あ、いけないお風呂に入ったばっかりなのに。泣かせちゃったよ!」


 そして、背後からぎゅ、とハグしてくれた。

 私は、その温かさに、しばらく涙がとまらな……


「お姉ちゃん、もう一度聞くけど、その怪我は誰にやられたの……」


 ブラッドくん! いつの間に部屋に入ってきたの! そして目が! 顔も怖いけど目が特に怖い!


「こ、これは、魔物の幼虫にやられたんだよ。誰ってわけじゃないんだよ」


「こらーブラッド。怖いことを思い出させちゃだめだよ! あとレディーの着替え中に勝手にお部屋に入ってこないの!!」


 プラムさんがコツ、とブラッドくんの頭を小突く。


「いた。ごめんなさい……」


 しゅん、として怖くなくなった。


「いいんだよ。大丈夫だから。心配してくれてありがとう」


ドアがコンコン、とノックされる。


「入っていいか」

「ブラウニー!? 帰ってきたの! おかえり!!」


 プラムさんが小走りに近づいてドアを開けて、ブラウニーさんに抱きついた。

 そしておかえりのキスをしている。長い。

 な、仲良しだな。


「おう、ただいま――そして、はじめましてだな、アイリス嬢」


 私は立ち上がってカーテシーした。


「はじめまして、ヴァレン君のお父様。お世話になっています」


「なんで帰ってきたの?」


「アドルフさんから、今からアイリス嬢の家に行ってこい、と報がきたから帰ってきた。

 領主が行くべきだろうけれど、オレたちが両親だからヴァレン達とお前らが行けと」


「なるほど。じゃあ私も支度しなきゃ」


 プラムさんがクローゼットに向かった。


「わ、わざわざ、ありがとうございます」


「いや、むしろそんな怪我をさせたままですまない。がんばったなアイリス嬢……ん、いや。もうアイリスでいいな。アイリス。よくがんばった」


 ブラウニーさんに頭を撫でられた。さっき止まった続きの涙がでてきた。

 ヴァレン君に怖いって聞いてたけど、全然怖くない。むしろヴァレン君に似たその顔での優しい笑顔に安心する。


「僕もなでなでするー」


 ブラウニーさんが、ブラッド君を抱き上げて、ブラッド君に私の頭を撫でさせる。


「あともうすこし頑張ってもらうぞ」


 ブラウニーさんが私の背中をポンポン、とする。


「はい」


 まるで、生まれた時から住んでいたかのように、ヒースは私に優しい、と感じた。







23 ■ 涙は空に飛んでった ■

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