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なんだってしてあげるよ

作者: 甘粕


「なんだってしてあげるよ」


そう私に綺麗な笑顔を向けて仰るのは幼き王子殿下だ。


「ねぇ、メーラ?僕、貴女の為ならなんだってしてあげるよ」


一歩足を前に出して私を覗き込む殿下の瞳は蜂蜜のようにとろりと透き通った黄金色をしていた。

きらきらと輝く薄い金糸がふわりと揺れるのが可愛いのだ。


「では殿下、僭越ながらお願いが」


そう言っていくつも"お願い"をしていった。




最初に出会ったのは殿下が5歳の時。

その日行われていたのはお茶会という名のお嫁さん探しだ。

殿下より年上の女の子も多くいたので、私もそれなりに紛れられていたと思う。

10歳になっていた私は無邪気に振る舞うことも小賢しく振る舞うことも出来ずにただ大人しくしていた。


「ねぇ……えっと、名前おしえて?」


この頃の殿下はぎこちなくそれはそれは愛らしかった。

あまりの愛らしさと、本来のタイミングではなく話し掛けられたことで私は声が出せなかった。

どう乗り切ったのか覚えていない。

何故かすっかり懐かれ、いや姉のように慕っていただき、その後は何度とお茶会に呼んでいただいた。


「ねぇ、メーラ?」


幾度とこうして呼び掛けられ、その度にすっかり蜂蜜に浸されたような心地になってしまう。

殿下は周りのご意向から年下の女の子たちとの時間も多いから私が珍しいのだろうか。

なんてことは全くない。

ありとあらゆる人間が、老若男女問わず数多の貴族が殿下の周りにはいる。

それでも殿下が私に呼び掛けるというのは嬉しさ余って戸惑いしか残らないのだが。

お茶会で「あれがいい」と無邪気に私を指差したとお聞きする。

因みにご令嬢をあれ呼ばわりし指差ししたとして翌日礼儀作法の補習授業が設けられたという。




「ねぇ、メーラ?もうすぐ薔薇が満開になるんだ。一緒に見に行こうよ」


デートのお誘い、なんて浮かれてはいけない。

私が殿下とティータイムを楽しめるのは周りの大人のご意向だからだ。


「申し訳ありません殿下。しばらく予定が立て込んでおりますので」


遠慮がちにやんわりと断る。

それが私の役目。


「遠慮しないで。こちらで調整できる予定もあるでしょう?僕のお願いをきいてよ」


にっこりと笑う殿下は恐らく既に予定を調整済みなのだろう。私の予定を。


「ねぇ、メーラ?なんだってしてあげるよ」


殿下の我儘ひとつに、私のお願いひとつ。

とんだ茶番である。

茶番ではあるが建前も大事、なのだろう。

個人的なお願いなど思いつく訳もなく、何も言わなければそれはそれで解放されない。

少女だった私の、周りからの圧と学びから"お願い"は有効活用されるようになった。


お勉強を始めた殿下のモチベーションのため「では、殿下からお手紙をいただきたいです」と私は言う。

文字を綺麗に書けるよう、手紙の体裁を整えられるよう、それを準備させる人を使えるよう。

殿下は楽しそうに取り組んでくださったという。

まさかその手紙の遣り取りが何年経っても終わらないとは思わなかったが。


食べ物の好き嫌いをする殿下にも、夜更かしをする殿下にも、あれやこれやと"お願い"を駆使した。させられた。

すっかり好き嫌いを克服し、健康で勤勉で素晴らしい殿下の成長を、それはそれは間近で見させていただいた。


「ねぇ、メーラ?僕、貴女の為ならなんだってしてあげるよ」


そう微笑んで甘く囁く殿下はもう幼くなどない。

髪の色が昔より少し濃くなって髪も目も濃厚な蜂蜜のようになっていた。

まだ線の細さは否めないがすっかり身長も伸びて私よりも高い。

しかし跪いて私に呼び掛ける殿下は昔と変わらず真っ直ぐ顔を覗き込んでくる。

今まで一度だって私個人の"お願い"はしたことがなかった。

しかし今このタイミングでするべき"お願い"はなくなっていた。

なんなら覗きまないでくれとお願いしたいくらいだが。

近くの綺麗な顔とタイミングの悪さに私は声が出せなかった。


「ねぇ、メーラ」



――ぼくだけのものになって



どろりと甘く浸されていく心には幸福しかなかった。


「出来れば……いつもみたいに断ったりしないで」


苦笑は不安の現れだろうか。

そんな愛らしいお顔をされては声が出せない。


「なんだってしてあげるよ」


言い募る殿下の声が少し速まる。


「……本当に、なんだってしてくださる?」

「うん」


幼さを隠さない返事に愛しさで体中が締め付けられるようだった。


「では殿下、僭越ながらお願いが」



――貴方だけのものにして?



言って視線を合わせれば殿下のお顔がすっと消えた。

すっかり顔を隠して蹲ってしまっている。


「殿下?」


見える耳が赤くなっているのが何故か嬉しくてふわふわとした気持ちで笑ってしまう。


「僕の我儘だけが通ってしまう」

「そんなことないでしょう?」

「貴女のお願いをききたいのに僕ばかり嬉しい」

「きいてくださらないの?」

「きくとも。でもそれは僕の我儘でしょう」

「私のお願いです」


初めての私からのお願いだ。


なんだってしてくださるって言ったもの。

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