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苦手な方はご注意ください。

【短編版】護衛騎士は元公爵令嬢を見捨てない ~死んだり生き返ったりしながら、地の果てまでも付いて行く~

作者: 烏イム

 王城では、ウィリアム王太子の成人を祝う夜会が開催されている。


 しかしウィリアムにエスコートされているのは婚約者ではない。壇上にいるウィリアムは、婚約者の異母妹と共にいた。


「ティリア・フローレンス! 僕は貴女との婚約を破棄し、ミリーナ・フローレンスと新たな婚約を結ぶ!」


 婚約破棄を告げられたのは、白銀の髪にアメジストの瞳をしたティリア・フローレンス公爵令嬢だ。


(何故なの?)


 16歳のティリアは才女であり、未来の王太子妃に相応しいと目されている。婚約を破棄されるような貴族令嬢ではなかった。


「理由を、お聞かせ願えますか?」

「ミリーナから聞いたよ。貴女の魔力は大きく弱まったそうじゃないか」


 睥睨しながらティリアへ告げる。


「はい。それが何か?」

「僕が何も知らないと思っているのか? だとしたら随分と舐められたものだな」


 剣呑な態度で咎められても、責められる理由がティリアには分からなかった。魔力の強さは、あくまでも妃を選ぶ一要素でしかないからだ。


「貴女は僕に相応しくないんだよ」

「畏れながら申し上げます。私の魔力は確かに弱まっておりますが、王太子妃になる身として、恥じない程度であるかと存じます」


 ティリアの魔力は極端に落ちてしまったが、それでも高位貴族や王族として十分過ぎるレベルを維持している。


「魔力の強弱について言っているのではない。神罰を受けるような貴族令嬢など、僕の婚約者に相応しくないと言っているんだ」

「神罰……ですか?」


 金髪碧眼のウィリアムは、戸惑うティリアを冷たく見据える。


「貴女の護衛騎士が神罰を受けて以降、貴女の魔力も大きく落ちている。それこそが、護衛騎士と共に神罰を受けた動かぬ証拠ではないか。僕という婚約者がありながら、護衛騎士と蜜月な関係だったのだろう? 神の怒りに触れるのも当然と言えるな」


「いえ、私はそのような――」

「言い訳は不要だ不埒者め!」


 ウィリアムは強い口調で詰ったが、ティリアは神罰など受けていない。魔力が弱まっているのは、幼馴染でもある護衛騎士を心配して心を痛めているからだ。


 大陸最強を決める大会で優勝した騎士は「開かずの箱」を開ける試みに挑戦しなければならない。


 そして今年の優勝者はティリア付きの護衛騎士だった。だが慣例通りに挑戦したところ、開かないはずの箱が何故か開いてしまったのだ。


 それ以降、護衛騎士の剣の腕は大きく衰えてしまっている。巷では「護衛騎士に神罰を与える為に、開かずの箱が開いたのだ」と噂されていた。


「どのみち貴女はもう要らない。僕には愛するミリーナがいるからね」


 ウィリアムの横で、ミリーナが勝ち誇ったように口角を上げる。


「そう……ですか」


 ティリアは背筋を伸ばすと、無表情で臣下の礼をとる。


「婚約者として至らず、大変申し訳ございませんでした。婚約破棄を謹んでお受け致します」


 退出しろとの指示でティリアは会場を出た。促されるまま別室へと入り、婚約破棄の書類にサインをする。


 既に国王夫妻とフローレンス公爵家の間で話し合いは済んでおり、事はスムーズに運んだ。全てを終えて部屋を出たティリアは、後方に侍女と護衛が控えているにも関わらず一筋の涙を流す。


 泣いたのは婚約破棄で心が傷付いたからではない。6年間の努力が徒労に終わったやるせなさからだ。


(……あっけないものね)


 この婚約はティリアが望んだものではなく、両家の都合による政略だった。


 先妻の娘を公爵家から追い出したいフローレンス公爵と、膨大な魔力持ちの貴族令嬢を王太子妃として迎えたい王家。双方の思惑が一致した婚約だ。


 頭の足りないウィリアムに代わって、将来はティリアが実質的に政務を担うと目された。その為、苛烈を極める王太子妃教育が長年に渡って課せられている。


 決済や承認に留まらず、権謀術数めぐらす者への対処や臣下の指導法に至るまで、もはや王太子妃教育とは言えないものまで施された。


 寝る時間も満足に取れない中、人生を費やして最大限の努力をしてきた。自身の恋心を捨てて王家へ嫁ぐ決心もしていた。しかし婚約は破棄され、全ては水の泡となって消えた。


 ティリアは不義など働いていない。むしろそれを咎められるべきは浮気性のウィリアムの方だ。ウィリアムが他の貴族令嬢達と身体を寄せ合っている姿を、ティリアは何度も見てきたのだから。


「もう……疲れてしまったわ」


 砂漠に水を撒いていたようなもので、ティリアがやってきた努力は何も実を結ばなかった。


「あの、ティリア様?」

「ごめんなさいマーサ。私は王太子妃にはなれないわ」


 すると若い侍女は、何度か首を振った後に落胆してみせた。一介の侍女が取るべき態度では断じてない。だが公爵家で疎まれているティリアは、使用人達からも侮られていた。


「王太子妃の侍女として、王城に上がれる日を待ち望んでおりましたが。まあ、こんな事になるのではないかと薄々思っておりましたけど。はぁ……ミリーナ様の侍女が羨ましい」


 異母妹のミリーナは強欲だ。王太子妃になれる好機を見逃すはずがない。そして派手好きなウィリアムも「ミリーナ嬢を見倣え」と、貞淑なティリアに常日頃から苦言を呈していた。


 そんな2人が共謀してティリアを貶めたのだから、今の状況は当然の結果と言える。ティリアにとっては、もはやどうでもいい事だが。


「フローレンス公爵家には御子息様もおりますしねぇ。ティリア様の心中お察し致します」


 薄く笑う侍女の目は、ティリアを蔑むものだった。ミリーナが王太子の婚約者となり、フローレンス公爵家には程良い魔力持ちの嫡男がいる。


 婚約破棄で傷物となったティリアの婚姻は、酷いものとなるのだろう。公爵は、先妻の娘であるティリアを愛していないのだから尚更だ。


「……ライル」


 ポツリと呟いた言葉は、侍女の耳には届かない。

 優しい護衛騎士の顔を思い浮かべながら、ティリアの胸中は不安に揺れていた。


 △


 王城内には王国騎士団の修練場がある。


 ティリアが婚約を破棄されてから3日後。神罰で呪われたとされる護衛騎士ライル・グローツと、元近衛騎士団長でありライルの父親でもあるグローツ子爵の試合が、今まさに始まらんとしていた。


(ライル。どうか無事に)


 ティリアは手を組んで祈る。主家の務めとして、フローレンス公爵家からは公爵とティリアが試合を見届けに来ていた。


「金輪際、貴様を息子とは思わん」

「俺は恥じるべき事など何もやっておりません」

「黙れ痴れ者が!」


 ライルは黒髪で見目麗しい18歳だ。「護衛騎士の身でありながら、主君のティリアと男女の関係になっていた」と、貴族界隈で噂の的となっている。


 根も葉もない噂だが、ティリアが婚約を破棄されてしまった事で、半ば真実のように語られていた。それにより現在、ライルはティリアの護衛騎士を解任されてしまっている。


「引導を渡してやる」


 ライルの弁明は聞き入れられず、グローツ子爵家の伝統に従い決着をつける事となった。勝てばライルの意見は肯定され、負ければ否定される。答えは決闘の勝敗に委ねられたのだ。


 そして多くの騎士達が見守る中、試合開始の時刻が訪れる。


「子爵アガン・グローツ。護衛騎士ライル・グローツ。この試合は王国法により正式に認められたものだ。起こり得る結果に関しては全て不問となる。よいな?」


「「はっ!」」


 第1騎士団長の宣告に対し、双方が騎士の礼をとる。しかしライルと相対するグローツ子爵の目には、明らかな殺意があった。


「始め!」

「はぁあっ!」


 グローツ子爵が一気に間合いを詰め、渾身の力で剣を振り下ろす。


「なっ!?」


 ライルが肩上に構えた剣は、驚く程アッサリと折れた。神罰で力を失った状態では、剛勇で名を馳せたグローツ子爵の剣を止められるはずもなかった。


(殺される)


 迫り来る死に抗う術などない。恐るべき魔力を纏った剣は、ライルの金属鎧を紙のように切り裂いて、肩口からめり込んでいく。


 試合用の剣であるにも関わらず、致命傷となる一撃だった。殺意を持った強者の技には、刃の有る無しなど関係なかったからだ。


 スローモーションのように意識が朦朧としていく中、ライルは倒れながらグローツ子爵の顔を見る。


『死ね。恥晒しめ』


 怜悧な目がそう語っていた。

 死を悟ったライルは最期に願う。


(ティリア様。どうか……お幸せに)


 ライルの周囲に血溜りが広がっていく。死を決定付ける凄惨な光景だった。


「ライルッ!」


 ティリアは走るが、フラフラとした足取りで足元がおぼつかない。息を呑む騎士達を押し分けながら駆け寄ると、事切れようとしているライルを無我夢中で抱き締めた。


「ライル! ライル! いや……嫌ぁあああああああああああああ!」


 ティリアの全身から眩い光が放たれた。


『おおおおおおお!』


 驚愕の声が響く。白き光に呼応するように、致命傷であるはずのライルの傷がみるみるうちに塞がっていったからだ。


「あれは……まさか蘇生魔法なのか?」


 フローレンス公爵が呆然と呟いた。


 フローレンス(ゆかり)の者には、回復魔法を扱える者が少数ながら存在する。ティリアもその数少ない内の一人だが、それは重症者を治す程度のものでしかない。死の淵から命を引き戻せるような力では断じてなかった。


「ライル! 死なないで!」


 ティリアは必死に呼び掛けながら、蘇生魔法の行使を続ける。頬を一筋の汗が伝い、眉根を寄せた美しい顔は段々と青白くなっていった。


 伝説の蘇生魔法を使えた者は、長い大陸史の中でも片手で数えられる程しか存在しない。膨大な魔力量保持者であるのに加え、回復魔法の使い手として天賦の才を有する必要があるからだ。


 そのような人間は歴史上でも極僅かだった。更に蘇生魔法の使用にあたっては、己が有する魔法的素養を全て消費してしまう。蘇生魔法を使用すると、今後一切魔法が使えなくなるという事だ。


 フローレンス公爵家に籍を置く者であれば、蘇生魔法についての深い知識を持っている。使用する際の矜持や心構えについても一通り習う。


 だが諸々の条件を満たし、魔力を全て失ってまで行使しようとする者など、一人もいなかった。否、いないはずだった。今日この時までは。


「蘇生魔法を止めろティリア!」


 フローレンス公爵は力の限り叫ぶ。ティリアを心配しての行動ではない。単に覚醒したティリアの事が惜しくなった(・・・・・・)からだ。


 一生に一度しか使えないとはいえ、その価値は計り知れない。蘇生魔法の片鱗を見せたとなれば、たとえ婚約を破棄された傷物令嬢であろうと、他国の王太子に嫁がせる事も可能となるだろう。


 そうなればミリーナとティリアがそれぞれ王太子妃となり、フローレンス公爵家にはより一層の繁栄が約束される。


「ティリア! 止めるんだ!」


(死に損ないなど見捨てろ!)


 周囲の目がある為に表立っては言えないが、使い物にならなくなった男など捨て置けというのが、フローレンス公爵の本心だ。

 だがティリアは一顧だにせず、ライルの回復だけを一身に祈り続ける。


「ライル! ライル!」


(死なないで!)


「ライル!」


 するとライルの身体が小さく震えた。


「……リア……様」


 ティリアの願いが通じたのか、ライルはゆっくりと目を開けた。


「ああ……ライル」


 縋って泣き崩れたが、その時には既に、ティリアの身体からは一切の魔力が失われていた。


 奇跡に沸く騎士達を他所に、フローレンス公爵は憎らし気に2人の様子を眺めていた。


 △


 試合の翌日。

 室内にノックの音が響く。


「ライル様。入室の許可を頂きたいのですが?」

「ん? 入っていいよ」

「失礼します」


 入ってきた侍女の後ろにはティリアがいた。


「お加減はいかが?」

「ティリア様!? どうして此処に!?」


 突如として現れたティリアに、ライルは慌てふためいている。

 ここはグローツ子爵邸で、ティリアがライルの自室に訪れたのは初めてだったからだ。


「ぐっ!」

「ほら、無理したら駄目よライル。まだ身体が痛むのでしょう?」


 身を起こそうとしていたライルの傍に寄ると、ティリアは手を伸ばして身体を支える。


「お手を煩わせてしまい申し訳ありません」

「気にしないで。私がやりたくてやっている事だから」

「恐縮です」


 ライルは侍女に頼んでクッションを背中に挟んでもらい、半身を起こした。

 気を利かせた侍女は、扉を開けたままにして部屋の外に控える。


「ティリア様。本当にありがとうございました。護衛の身でありながら……いえ、もう護衛ですらない俺の命を救っていただくなど、本来はあるまじき事ですが」


 頭を下げるライルに「いいのよ」と言って微笑んだ。


「あの、ティリア様」

「何かしら?」

「供の者はどこに?」

「……」


 ティリアがフローレンス公爵邸から出る際は、侍女と護衛が付き従う手筈となっている。だが今は、どちらの姿も見当たらない。


 護衛任務を解かれるまでは、ライルも毎日ティリアに付き従っていた。都合により護衛を交代する日もあったが、ティリアの外出に護衛が付かない日など、ライルが知る限り1日たりとて存在しない。


「ライル。護衛も侍女も、私にはもういないわ」

「いない? 何故ですか?」


「私はフローレンス公爵家の娘ではなく、只のティリアとして生きる事が決まったの。廃籍されて平民になるのよ」

「えっ?」


「蘇生魔法を使って、私の魔力は無くなってしまったの。魔力が少ないだけなら貴族にも嫁げるけれど、魔力が全く無いなら貴族に嫁ぐ事は出来ないもの」


 あまりの衝撃に、ライルはしばらく言葉を発せなかった。


「政略としての価値は、私にはもうないの」


 我に返ったライルは辛そうに顔を歪める。


「俺のせいです。俺が死に掛けたから、こんな事に……。申し訳ありません。何とお詫びすればいいのか」


「違うわライル。私が勝手にやったのよ。だから貴方のせいじゃない。お願いだから謝らないで」


 ライルは拳を握り締めて唇を噛むが、ティリアの顔には一切の後悔が見られなかった。


「私、これで良かったと思ってるの。今まで公爵家の娘として生きてきて、本当に苦しかった。望まない婚約もしたし、辛い事も沢山あった」


 窓の外を見つめながら、ティリアは優しく歌い出す。それは短いフレーズではあるが、どこか楽し気な歌だった。


「泣きそうになった時、貴方と一緒によく歌ったわ」

「何やら恥ずかしいですね。俺はしょっちゅう音を外してましたから」


 二人は小さく笑い合う。


「ライルがいたからよ。貴方がいつも私に寄り添ってくれたから、私は今まで生きてこれたの」

「畏れ多い事です」


 ティリアの唇が小さく震える。


「私達の道は別れてしまうけど、貴方が立派な騎士様になれるように祈ってる」


 ライルは感動に胸を震わせたが、ゆっくりと息を吐いて心を落ち着けていった。


「ティリア様。大変申し上げ難いのですが、俺は立派な騎士にはなれません」

「えっ? どうして?」


「実はこの度、グローツ子爵家から廃籍される事となりました。ですので俺も、ティリア様と同じく平民になります」


 あっけらかんと答えるライルに、ティリアは目を丸くしている。


「俺はグローツ子爵家を出される無能者ですが、ティリア様の護衛として精一杯努めさせていただく所存です。お気に召さない点もあるかと思いますが、どうかこれからもよろしくお願いします」


「ラ、ライルはそれでいいの?」

「それでいいとは?」


 意味が分からず熟考するが、答えは出なかった。


「私に付いて来ても苦労するだけよ?」

「苦労ですか? 申し訳ありませんティリア様。意味が分かりません」


「分からないって……私では貴方のお給金を支払ってあげられないもの。ううん。それだけじゃないわ。市井に不慣れな私といると、貴方はしなくてもいい苦労をするはずよ」


「ああ、そんな事ですか。ティリア様の傍にいるのが、俺の生き甲斐であり喜びです。苦労など全く感じませんので、どうか御心配なさらず」


「そ、そう?」

「はい」


 ティリアは、どこかホッとしたように息を吐いた。


「本当はね、独りで生きていく事に不安を感じていたの」

「市井には危険が多いですからね」


「ライルが来てくれるなら安心だわ」

「光栄です」


 見つめ合う2人の間には、穏やかな空気が流れていた。


 △


 全快したライルは翌週に家を出された。その6日後となる今日、ティリアも家を出される予定だ。着の身着のままで放り出されたりもせず、ライルが護衛に付く事もフローレンス公爵から認められた。


 貴族令嬢をその身一つで平民落ちさせるのは外聞が悪い。その為フローレンス公爵は、一定期間だけティリアに護衛を付けるつもりでいた。情けというよりは世間体を気にしてのものだったが。


 よってライルが護衛として名乗り出たのは、むしろフローレンス公爵の望むところだ。ティリアが何らかの事件に巻き込まれようと、それはライルという平民の落ち度として扱われる。


「ごきげんようライル」

「おはようございます。ティリア様」


 公爵邸のドアが開き、中からティリアが現れた。その表情は晴れやかだ。


「準備は御済みですか?」

「ええ。市井の習慣や話し言葉も勉強したのよ」

「それは素晴らしいですね」

「ふふっ。私が元貴族令嬢だなんて、きっと誰にも気付かれないわね」


(溢れる気品が隠せていませんが?)


 と内心思っても、ライルは口に出すような無粋な真似はしない。


「この服、とても歩きやすいのよ」


 今のティリアは水色のワンピース姿だ。ライルは騎士の鎧ではなく、茶色の皮鎧を着込んで外套を羽織っている。服装だけを見れば、2人は貴族の装いではなくなっていた。


「では、こちらになります」


 ティリアの荷物を運んできた若い執事は、トランクを1つ差し出した。


「ありがとうございます。お預かりします」

「ライル。私が持つわ」

「いえ。お気になさらず」


 ライルはティリアを遮って荷物を受け取った。大きなトランクが1つだけだったが、ティリアの細腕では運ぶのに難儀するだろう。


「失礼ですが、ティリア様のお見送りは貴方だけですか?」

「そうですが、それが何か?」


 執事は「さっさと行け」と言わんばかりの態度だ。ライルは「何でもありません」と言って、軽く頭を下げた。


「行きましょうティリア様」

「ええ」


 踵を返してフローレンス公爵邸を出た。


(家族も専属侍女も見送りに来ない……か)


 ライルがグローツ子爵家を出た時は、邸の使用人達が涙を流して別れを惜しんでくれた。それだけに今のこの状況は、ティリアがいかに不遇だったのかを物語る。


(どれだけ立派な家格であろうと、ここはティリア様がいるべき場所ではない)


 そんな事を考えながら歩いていた。


「ライル」

「はい。何でしょう?」


 ティリアはクルリと回ってみせる。


「どう? 街の娘さんに見える?」


(まったく見えません)


 美人は何を着ようとも美人だ。そして所作や仕草も洗練されていて美しい。どこからどう見ても、高貴で可憐な貴族令嬢にしか見えなかった。


「申し訳ありません。所感を述べるのは控えさせていただきます」

「そんなの困るわ。これからは街に溶け込んでいかないといけないのよ?」


(完全に浮いてますから溶け込むなんて無理です)


 嘘を吐けないライルはタジタジとなるが、何度も詰め寄られて最後には「街娘として見られる可能性もあります」という良く分からない表現で、どうにかティリアを納得させたのだった。


「ティリア様。俺は力を失いました。今では下級騎士レベルです」

「知ってるわ」


 ライルは真剣な目でティリアを見る。


「ですので危険を感じたら、ティリア様はとにかく逃げてください。俺の事は捨て置いてもらって構いません」

「無理よ。見捨てるような真似は出来ないもの」


「出来ないでは済まないのです。やってもらわねば困ります」

「私を1人にしてもいいの? 市井は危険が多いと言ったのは貴方なのよ?」


「しかし俺は弱くなりましたし、万が一ティリア様を失う事にでもなれば、俺の方が耐えられません」


「あのねライル。弱くなったというなら、それは裏を返せば、強くなれる可能性もあるという事じゃない?」


 ティリアはライルの目を見つめる。


「私も魔力を失ったけど、諦めるつもりはないわ。だって未来は分からないもの」


 ティリアが「そうでしょう?」と言って柔らかい表情を見せると、ライルの表情も柔らかくなる。


「不思議ですね。ティリア様がそう仰るのなら、また強くなれるような気がしてきます」


 ライルは仕えるべき主に恵まれた事を感謝する。

 こうして、2人の進む道が決まった。

■連載版あります(短編の続きは09話からです)


【連載版】公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる


https://ncode.syosetu.com/n8541hv/

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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人が幸せそうでよかった。 [気になる点] 箱の呪い(罰)のことや、二人のその後は気になるのかな。
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