コネクション・ブロー(5)
B子が凄まじい勢いで建屋から飛び出すと、そのまま車の方へと獣道を疾走して行った。
「B子が車の方いった!」
「「走れ!!」」
不審者は見当たらなかったが、B子が出てきてくれた事で逃げられる。
全速力で分かり難い獣道を駆け抜ける。
ハァハァ…
遠い!
こっちであってるの?!
不安になるけど、後ろから草を蹴りながら走る音が聞こえるから大丈夫。
そう言い聞かせながら下っていくと、見慣れた灰色が見えて安堵を感じる。
(良かった…道路だ)
鍵は開いているのでB子は真っ先に車の中に逃げ込んみたい。
けどこれが最悪だった。
ガタガタガタ!
「ちょっ!B子開けて!!!」
「どうした?!鍵は開いてただろう!」
「B子が逃げ込んで閉めた!」
A郎とC男が大声で鍵を開けるように促すも、中で震えて動こうとしない。
なんで肝試しは好きで、鬼ごっこが怖いのよ!
皆でドアを叩きB子に開けるように説得していると不穏な音が響いた。
バキッ!
ぇー……C男さんそりゃないっす。
だがA郎の方が重症だった。
愛車のドアノブが本体から分離した事に衝撃を受けていたのだ。
アロンαでドッキングしても、もう扉が開くことはない。
普段高飛車なA郎の潰れた顔を見て、私は思わず噴き出してしまった。
「ざまぁ…ぶふっ」
A郎は私に文句を言おうとして向き直るも、C男の更なる蛮行に視界はジャックされる。
C男が
…取っ手を投げた。
A郎はフリスビーを追う犬のように駆け出した。
しかしダム湖に向けて放物線を描くソレに、伸ばした手は届かない。
カラン…カラン……
「ちょま!おいぃ?えぇ??」
「ドアは、四つある」
そこじゃねぇ!
ぶふっ…腹が死ぬ……
『…クル……』
バンッ!
ゴンッ!
「ぐぼぁ!」
今度はドアが急に開けられA郎はその身で受け止めた。
ようは中から開けて顔面を強打したのだ。
そしてB子が車内を飛び出して指を差しながら叫んだ。
「ラジオ!!なんなの!」
『ザザザァァザーーー……』
車内はバッテリーを切っているはずなのに、カーステレオから砂嵐の音が響き渡っていた。
そして背後では獣道の方から木々のざわめきが聞こえる。
誰かが走ってきているのだ。
『ガザァ……イマ…イク……ザザァー……』
ゾクッ…
先ほどまでとは全く違う悪寒。
「おい…どこですれ違った?」
「知るか!入れ!」
C男の疑問を投げ捨ててA郎は車に入るように促した。
後ろに女子二人で入ろうとした所でB子がドアを閉めてしまった。
それに悪気が無く入ったから閉めてしまった癖のようなものだ。
だが、今回に限ってはまずい。
スカッ…スカッ。
握るべき取っ手が
…おでかけ。
「えっ?あぁ開けて!」
「ごめ!んんん!きたぁぁぁぁぁ!!」
『…シタニ……』
『……ウゴクナ…ザザッ……ブッ!』
私の持つラジオから“下に”。
カーラジオから“動くな”。
私はなぜか直感で車はまずいと思って叫び、干上がったダム湖へと下って行った。
「全員降りろおおお!」
「クソッ!桃花に続け!」
斜面で勢いが付いたら止まれず、足は勝手に動いて急斜面を疾走して行く。
転ばないのが奇跡!
(うぅぁああああ!わわわっ!こわっ!!)
そう思っていたら角度が緩くなり、勢い余って転がってしまった。
しかし周りを見ると他の3人も同じように転げ落ちてくる所だった。
着地した場所はダムの湖底より少し高い位置にある。
なぜ微妙な高台にして平たい部分があったのか、地形的にも僅かに疑問が残る。
だけど今、目の前に現存する過去の遺産が何処であるのかを教えてくれた。
トンネルだ。
鉄でできた扁額はダム湖に沈んでもその威容を保つことができた様だった。
《橋景隧道》
そして今自分たちがいる場所は、来た時にダムの躯体から見えたコンクリート橋の遺産だった。
「橋景隧道…どこかで」
「これだよ」
そう言ってA郎が出したのは先ほどの新聞のコピー。
その見出しに鉄道事故のあった場所としてトンネルの名前が使われていた。
しかし車に居て安全だった三人は青ざめた顔をしてブルブルと震えている。
私は一目散に逃げたから知らないけど、何かあったに違いないと思った。
「上で何があったの?」
それにA郎はボソリとつぶやいた。
「人じゃない」
人じゃなければ獣だったのだろうか。
クマに襲われれば確かに人より怖いし、命危うい。
「顔しか…なかった」
「殺された住人の霊じゃないの?!勝手に人ん家入るから!」
「知らねぇよ!」
肝試しは好きだが、本当にこんな怪奇現象に見舞われるとは思わなかったのだろう。
A郎は珍しく震えて言葉少なめに答えるだけだった。
「ねぇ…追ってきてるよぉぉ!草が揺れてるよおおおおお!!」
「まじかよ…おい逃げろ!」
ダム湖底は土の堆積が著しく、入れば底なし沼のように沈む可能性がある。
逃げられるとしたら、まだ浅瀬になっているこのトンネルだけだった。