コネクション・ブロー(2)
「っふぐぁー……暑いなぁ~」
大きく伸びると、窓から差し込む西日と熱風に茹だりたくなる。
「おい、聞いてるのか?桃花」
「聞いてるさ。ただ涼みに森林浴とはこれ如何に?」
「ふっ…日陰は直射より20度近く低く感じるんだぞ!」
私は大学生であるが、特に勤勉というほどでもなく卒なく人生をこなしている感じだった。
ウルサイこいつはA郎。
同じサークル仲間で、ダルいながらも色々な所へ共に行動していた。
今年は雨季が少なくそのまま猛暑となって常夏のシーズンへ突っ込んだせいもあり、全国的に水不足が懸念されていた。
しかもまだ海開きもしていなければ、プールもシーズンではないときたもんだ。
だからこいつは森林浴へ行こうと言い出したのだ。
「それじゃ行き先はダム湖な。B子とC男にも声をかけとくからな」
「はいはい。なんで私強制なの?」
「学生からヒキニートしてたら終わりだろ。いいからついて来い」
私はA郎に手をあげてモノイヤホンを耳につけると、その場に突っ伏した。
『今日のお便りは“スモモ”さんだ。この曲はお弁当を毎日父に届ける時に聞いていた曲で……』
「またラジオ聞いてるのか?」
「まぁね。楽しいよ?」
A郎は肩をすくめるとB子とC男に連絡を取り始めた。
彼らとは直ぐにつながり、週末には出られるとの事だった。
やれやれ、週末は忙しいのに。
なんたって、ダラダラ寝過ごす日が台無しじゃないか。
そんな気持ちを汲んでくれる人は誰も居なかった。
『いやー今日はなんで日だ!昨日12時間寝たのにまだ眠いと……いや、それは寝過ぎのせいだ!!ハハハッ!』
「ハッ!寝過ぎでも眠くなるのか…」
「……はっ?」
ラジオへのツッコミにA郎は独り言と判断して地図へと向き直った。
だからあれほどラジオを聴けと……
ー週末ー
A郎が言っていた日がやってきた。
車から流れる景色は既に山を越えるためにトンネルを走っていた。
ハロゲンライトの独特の雰囲気は、夏なのになぜかヒヤリと感じさせるものがある。
ゴオオオオオオオ……
「トンネルの中ってカーオーディオが聞こえないくらいに響くよねぇ」
「あっ!?なんだって??」
「なんでも…抜けそう?」
トンネルの先から降り注ぐ陽光に目を細めると、バッっと広がる視界に驚きを隠せなかった。
そこにあったのは巨大な要塞…と見間違うほどの人工建造物。
ダムの躯体だ。
山と山の合間、つまり渓谷に創造されたそれは、高さ100mにも達する大パノラマだ。
計り知れない水圧を一身に引き受け、治水にいおいて著しい効果を発揮する反面、地形を破壊するほどの恐るべき人工物。
今はその躯体の上を車で通過しようとしている所だった。
「今年は枯れてんな。水不足がヤバいとか言ってたし」
「わー、むき出しの土が割れてるね~」
雨季の少ない今年特異性は上流のダム湖に対してダメージを与えていた。
本来ある貯水量をはるかに下回るそれは、山岳地帯に降り注ぐ降水量が圧倒的に不足している事を示していた。
だが想定外の干ばつというのは時として、時代の流れに埋もれた遺産を掘り起こす。
土の合間に見えるコンクリート構造物がそれだった。
そう、かつて人が生活していた事を示す基礎。
「あれ見ろよ!橋があるぜ」
「あぁ、何十年ぶりの日光浴に違いない。それに今回の目的地はあの近くだ」
「あぁ~私ゾクゾクしてきた!早く山に入りたいねー」
B子はうっとりした感じでいるが、彼女は肝試しが大好きだった。
私もB子が行きたくなっては駆り出されたりしたものだが、流石に海の代わりに肝試しとは…
「森林浴って言ったじゃない…」
半ば呆れるようにボソリとつぶやいた一言は、誰にも聞かれず流れる緑の景色と共に飛ばされていった。
そして車は道のど真ん中に停車した。なんとここに駐車するようだったが、目の前の光景に理解させられた。
道は土砂で塞がれて通行不能を意味していたのだ。
A郎は運転席から全員に告げた。
「ついたぞ。防虫は忘れるな」
「いぇーい!きもっちいい!!」
私も車を降りると、都市部とは同じような気温であるとは思えない清涼を感じた。
風が織りなす葉を擦るさざ波は心休まる物を感じる。
「あー森林浴もいいかもね。都会は遮るものを切り過ぎだわ」
「よっと、ほんとにな。日光を遮るだけでも相当涼しいぜ」
そういいながらA郎は荷台からリュックを地べたに置くと準備を始めた。
皆が防虫スプレーや長ズボンに履き替える中、私はこの大自然の雄大さを満喫していた。
『ザザァー……リスナ…は……ザァザー…‥』
しかし山の中に入るとラジオの電波は悪くなってしまったようだった。
携帯ラジオは持っているが意味がなくなってしまったな。
もし心細くなればラジオを聴こうと思っていたのに…
カーステレオのラジオからは不快な砂嵐の音だけが鳴り響いていた。
「よし、準備良いな?今からこの山道に入るぞ」
「「おー!」」
「えー?」
私だけが違う返事をした事に対して、三人はいつものように笑顔を向ける。
皆はどうも私の乗り気じゃない顔を見るのが好きなようだった。
「安心しろ。山登りじゃなくて、この先にある小屋の散策だ」
A郎はそう言って人一人が通れるほどの狭い獣道を悠々と登り始めて行いくと、B子もC男もこなれた様に奥へと進んでいく。
「えー待ってよ!」
完全に置いてきぼりじゃん!
焦り全身に防虫スプレーを吹きかけると、その量にケホケホとむせ返るが今は気にしていられない。
ドアの鍵いいのかな?
車のキーを閉めていない事に疑問を抱きつつも、行き止まりの道に来る人など稀であるので思い直した。
今は着いていく事が先決だ!
ガサガサッと大きな音を立てて獣道を私も登り始める。
そして、後ろではエンジンを切った車だけが残されていた。
その車内では鳴るはずのないカーステレオの音が…
『………ザ…ザザ……ないで…ザー……』
人知れず響いていた…