2.遺品と思い出の品の違いってなんだろう?
親父の言う見せたい物があると言うのは良くも悪くも母に関連する事なのだろう。
研究に没頭していた母、よくオレと妹の頭に変なバンドを巻いたりして脳波を測定してはパソコンとにらめっこしていた記憶があるが、週末などは研究員ではなく、母親としてしっかりと振る舞っていたとおもっている。
見せたい物があると言った父は多くは語らず、オレらも母関連なのだと悟り、そこからあまり追求はしなかった。
墓参りを終え、片付け終わると当たり前のように柚子奈が運転席に乗り込んだ。
「で?とりあえずお母さんの職場に向かえばいいの?」
「あぁ、でもここからは父さんが運転するからシンと柚子奈は後ろで休んでていいぞ」
柚子奈の運転にトラウマを抱えた親父がハンドルを握る事になり、オレも安心して後部座席で眠りについた……
「おーい着いたぞー」
特にシリアスな雰囲気も醸し出さずに親父はいつものテンションでオレらを起こした。
「えっ……あっ!!」
朝早かったからだろう、柚子奈はオレの膝に頭を乗っけた形で寝ておりオレの膝にはヨダレの跡が残っている。
「最悪!もー!!」こっちのセリフじゃ
柚子奈は袖で軽くオレの膝についたシミを拭いて逆ギレをかましてきた、妹なんてこんなもんである。たとえ自分が悪くても決して謝る事も引く事もしない天帝のような生き物なのだ。
某医療機器メーカーに付帯する脳科学研究所の駐車場に入る為、入口停車場に車を止め、親父は入口の守衛にとなんだか楽しそうに話しながら来庁者名簿を書き込んでいた。
「あの守衛さんとは仲良さそうだったけど親父はよくここ来てたん?」
「昔、母さんと付き合ってる時よく社員のフリして入ろうとして守衛に怒られてたからな、守衛の間ではオレは有名なんだよ」
ただの不審者だった、何自慢気に話してんのコイツ?
敷地内は広大でコンビニも牛丼屋、ドラッグストアまであった、車内では柚子奈が外の風景を見ながら「すご〜、大きい〜」など小学生並みの感想を言いつつ、まるで小さな町のような空間を車で数分走ると母が務めていたと言う建物にたどり着いた。
「にいちゃんもここくるの初めてなの?」
「あぁ、前に弁当届けに来た時はさっきの守衛さんどこまで母さん来てたからな、この建物までは初めてだわ」
守衛から受け取った入館証を入口のゲートにかざすと緑色のランプが点灯して自動ドアが開く、ドラマでよくある大企業みたいと柚子奈ははしゃいでいた。
エントランスを抜けると自販機の稼働する音が聞こえる物静かな雰囲気が漂っていた。
エレベーターで2階に上がりポリッシャーで綺麗に磨かれた床を進むとレプシス研究室と書かれた部屋の前に着いた。
「ここが母さんの働いてたとこだ」
「レプシス?って何?」
柚子奈が看板に印字された文字を見ながら父に尋ねる。
「記憶を集約する装置だ、見たほうが早い」
ノックをすると中から若い女性の声で「はーい」と聞こえる。
「三崎です、失礼します」
ドアを開けながら親父は中にいた女性に挨拶をする。
「あ、三崎さんお久しぶりです!……あれ?もしかして三崎先生のご家族ですか!」
白衣を着た20代後半の風貌の女性が一瞬、警戒しながらもすぐに明るい表情で出迎えてくれた。
「初めまして、三崎柚子奈です、母がお世話になっていました。」
理系らしからぬコミュ力で妹は女性に挨拶をすます、この流れに乗らないと挨拶の機会がなくなると思いオレも続いた。
「母と……父もですかね?お世話になります、息子の心です」
「あら、ご丁寧にありがとう、私は三崎先生……じゃなくて君達のお母さんの同僚の咲田望、です。よろしくね」
同僚と呼ぶにはいくらか幼い気がする、オレらの先輩って言う方がよっぽどしっかりくる容姿で整った顔と細身、黒髪に映える白衣が眩しい……
「咲田さんはまた……レプシスの解析で?」
明らかに年下である彼女をさん付けで呼ぶあたり、親父と咲田さんは顔見知り程度の仲なのであろう。
「はい、でも全然です、管理者権限もない私じゃもーお手上げって状態ですね」
アメリカ人のような素振りで手を挙げる咲田さん、そしてレプシスってなんなんだよ?って顔をし首を傾げたオレと妹。
「で?結局レプシスってなんなの?」
柚子奈が耐えきれずに親父と咲田さんに問いかける。
「それ、そこの右奥にある電子機器の集合体よ。あなたのお母さんが作った機械でね、簡単に言えば記憶を消す……と言うか吸い上げる事ができる装置だったの。」
「装置だった……て事は今は使えないんですか?」
柚子奈が機械に近寄りながら咲田さんに問い返した。
「使えなくはないわよ、でももう容量がいっぱいでね、管理者権限のある三崎先生じゃないと中の吸い上げた記憶の消去はおろか、使用者の登録すらできないのよ」
部屋の奥にパソコンと繋がった状態で鎮座するその装置に似た物を見た事はある、母がよく家でオレと柚子奈の頭にヘッドバンドみたいなのを繋げていた装置だ、当時のより色々付属品のようなものもいくつか繋がってはいるが、なんだか懐かしさのある不思議な感覚だ。
「お父さんの見せたい物ってこれなの?でもなんで私たちに?」柚子奈が装置に近づきながら尋ねた。
「これは母さんがの研究成果の集大成みたいなものでな、この装置は人の脳波に干渉して記憶を吸い出す事ができる。」
「これまで多くの犯罪被害者やPTSD、トラウマやイップスなどの治療でスポーツ選手等も使ってきたの。」咲田さんも装置を眺めながら続いた。
「人間の記憶を消す……なんてそんなのメディアとかで取り上げられてた記憶はないけどな。」オレは自分の知る限り、催眠療法とかくらいしか知らず、この装置の存在は全く知らなかった。
「レプシスが使われるようになってからはまだ3年くらいなの、さっきも言った通り管理者である三崎先生が亡くなってからは使用者の登録ができなくて公に発表はされていなくて、でも登録されてればレプシスとリンクして中からデータの消去とかができるかもしれないのだけれど……」
「で、今登録されてるのが母さんとお前と柚子奈の3人なんだ……仲間外れにされた感じで悲しいんだお」
「そんな気持ち悪い言い方してっから仲間外れにされんだよ」オレと柚子奈の2人から同じセリフを浴びせられる。
親父は咳払いをしながら続けた、ダメージは特に受けてない様子だった。
「とにかく現状ではレプシスが使えない状態なんだよ、このまま装置を無かった事にしても問題はないのかもしれないが、中からデータの消去や管理者情報の変更とかができるならこれから先、色々な治療に役立つ可能性がある……てのはまぁ建前で母さんの生きてた証を残しておきたいと言うのが本音だ」
「治療などで使ってた人の情報は三崎先生が都度削除してたから……残ってるのはあなたたちだけなの」咲田さんが頼るような目で見てくる、こんな美人に頼まれたらたとえ火の中水の中スカートの中。
「母さんのいない今、レプシスに繋がってどんな危険が及ぶか正直わからん、できる限り私と咲田さんで外部からのサポートはするが……何が起きるのかは未知の部分が大きい、だが母さんの性格上、危険が及ぶ事にお前らを登録するとも考えにくいがな」
「私……やってみる!にいちゃんもだよね?!」
まぁそう言うよなコイツは、でも確かに母さんの研究生活を無かった事にするのはいい気がしないのも事実だ。
「わかったよ……オレも付き合うわ、で?何すりゃいいんだ?」
使命感や好奇心といった様々な感情を胸に、オレと柚子奈は亡き母の研究していたレプシスの世界に行く事を決めた。