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04話 炎の魔神将が逃げ出す話①

「こっちにいたか?」


「いや、見かけなかった」


「そうか……見落としがあるかもしれない。もう一度それぞれ来た道を戻れ。相手は魔神将。何が起こるかわからん。二人組を崩すな」


「了解!」


 威勢のいい返事と共に、数名の兵士がその場から去っていく。

 しばらく間を置き、ゆっくりとした動作で、隠れていた物陰から顔を出す。どうやら追手は去ったらしい。


「…………ふぅ」


 エールフェイルは、緊張から意図せずため込んでいた息を吐きだした。

 これで何名だろうか。

 自分だけに随分と大仰に追手を差し向けるものだ。それほどまでに、多少の無茶をしてでも捕まえたいという断固たる意思表示。その心意気は買うが、しかしエールフェイルとしても決して捕まるわけにはいかない。


「…………!」


 捕まった後の地獄をつい想像して、身震い。

 その地獄から逃げるため、ここまで逃げてきたのだ。油断などできようはずもない。


「絶対に捕まらないで逃げないと……」


 つぶやきつつ、ひたすらに愚直に逃走の経路をたどっていく。慎重に慎重を重ねた逃走劇ではあるものの、いかんせん多勢に無勢であることに変わりはない。ほどなく進むと。


「目標発見!」


 背後から自分の失態を告げる大声が聞こえてくる。

 舌打ちをしたい気持ちを抑えて、冷静に最大速力で駆け抜けていく。魔神将の全力の疾駆。エールフェイルは嵐のごとく突き進む。


「目標は現在逃走中。左右から周りこめ。相手は魔神将とはいえど一名だ。イグニの挙動に警戒してひっ捕らえよ!」


 焦燥感が全身を包み込む。

 恐らく逃げられる。自分であれば逃げ切れるはずだ。

 しかし、同時に自分自身が確実に追い詰められ、破滅への道のりを着実に歩んでいるという想像もまた、頭に飛来する。もし捕まるのであれば、抵抗せずにそのまま捕まってしまえば幾分か楽。そんな考えも頭をもたげる。

 

 それでも、それでも。

 

 逃げなければならない。

 諦めこそが、すべての幕引きの引き金だ。

 どれほど細い勝算であっても。ゼロでなければ戦い続けなければならない。

 だから。

 エールフェイルはひたすらに、愚直に、純粋に。

 駆け抜けていく。




【ジオの視点】


「捕獲目標は魔神将エールフェイル・アルベラゼ」


 魔王様の副官の怜悧な声が響く。

 まさか、という思いは抜けないが、あいつらしいなと思うところもある。

 【炎の魔神将】エールフェイルの逃亡、もしくは裏切り。そういった号令の下、魔王城の作戦指令室には十人ほどの捜索部隊が組まれていて、僕もその中の構成員に名を連ねている。相手が魔神将ということもあり、各師団の精鋭が集められているが、魔神将の裏切りという衝撃的な内容での招集もあり、少数精鋭での編隊。だが、エールフェイル配下の師団のみ、派遣を拒否している。それはそれで揉めたものの、対処の時間優先で対応がとられている。


「現在アルベラゼは魔王城内に潜伏していると見られている。各班、担当域を全力で捜査せよ。相手は魔神将。基本的に一人ではことに当たらず、必ず応援を要請せよ。そして二人一組を崩すな」


「…………」


 基本方針の再度の確認。

 そして、副官は決意に満ちた目で抱負を述べる。


「これは魔王軍全体の威信にかかわる問題である。魔神将の裏切りを許すとなれば魔王軍末代までの恥。目標が魔王城から出ては一気に困難になる。必ずや魔王場内で捕獲せよ。総員の奮戦を期待する」


『応!』


 精鋭の野太い声を合図に、全員が散開。

 僕も自分の二人組の相手である親分のもとへ駆け寄っていく。緊迫感が多くの人の顔を覆っていたのに対し、アイウロは心なしか嬉しそうにすら見える。


「かかっ。大変なことになっちまったな」


「大変、大変……。……なんか、楽しそうですね、親分」


「バレたか。正直に話しちまえば、こういう機会でもねェと魔神将とやりあえねェからなァ」


「…………」


「冗談だよ。そんな怖ェ顔すんなって」


 本気か冗談か。その言葉と表情だけでは、アイウロの真意までは伺い知れない。


「それじゃァ、俺たちも行くとするか」


「…………」


「どうした? やっぱり同期で上司が相手だとやりづらくて不満か?」


「いや、不満というか、ですね……」


「?」


「うーん……」


 アイウロはこちらが言い淀む理由が分からないのか、不思議そうな顔をする。

 こちらからすると、そっちの態度の方が不思議ではある。


「……親分は今回のことどう思ってるんですか?」


「まァ小娘らしいといえばらしいんじゃねェか? 若さってやつかねェ」


「…………」


 若さ、ねぇ。

 若さというよりは……。


「……もはやただの子供なのでは」


「あん?」


「いえ。魔王様からのお達しですし、行きましょう」


 最後まで釈然とせず、ゆえに煮え切らない態度の僕を、アイウロはやはり不思議そうに眺めるが、さすがに百戦錬磨の魔神将。度量の広さでその程度のことは軽く流してそのまま歩を進めていき、僕も追随する。


「……………」


 まあ、確かに裏切りではある。

 もしかしたら魔王軍全体の恥なのかもしれない。

 とはいえ。

 エールフェイル、健康診断の注射が嫌で逃げ出しただけですよ?

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