03話 刃の魔神将の悩みのお話①
騎士アルフレドは、対峙する相手を静かに見据え、最大限の警戒体勢をとる。
対峙するだけで、ある程度相手の力量が図れるようになるのは、いつの頃からだっただろうか。
自分は皇国では間違いなく最高峰の戦力の一人だ。
魔王軍の中でも、そんな自分と、おおよそではあるものの、同列に語られるべきである戦力を持ち合わせている者が存在している。
しかしながら、その中でも、当然優劣というものは存在している。
基本的には、魔王と魔神将の間にも大きな差があるが、
「どうしたんでェ? 俺を前に考え事ってのは、中々舐めたマネをしてくれるじゃねェかい、兄ちゃん」
目前に構える魔神将からの言葉に、アルフレドは苦虫を嚙み潰したような心持となる。
十二魔神将随一の将。
アイウロ・イエロ。
中肉中背といった背格好で、魔神将どころか、魔王軍の中でも大きい部類ではない。
黒色の短髪から伸びている角は、魔王軍の中でも有力な民族である鬼人族の一人であることを示している。
確かに、鬼人族は身体能力の面でも、魔力の面でも高水準になる優秀な部族ではある。
しかし、アイウロの恐ろしいところはそこではない。
魔力も身体能力も高いが、それでもアルフレドと互角か、あるいはアルフレドが上回っている。
特筆すべきはアルフレドの能力ですら低いと思われてしまうほどの、その剣術である。圧倒的な能力を持っているからこそ、拠り所となってどのような状況であっても冷静でいられる。
確固たるアドバンテージを持っているからこそ、この余裕を持っていられるのだ。
「…………」
しかし。
これまでも何度も対峙してきたアルフレドには、少し解せない点があった。
気のせいなのか、これまでと比べて余裕があるように感じる。
しかし、強いて言えば余裕というだけであり、他の言い方を探せば、余裕ではなく、違和感。
例えば。
「来ねェのなら、こっちから行くぜ」
瞬間。
一足で距離を詰めてきたアイウロが目前に迫り、同時に放たれた斬撃を、アルフレドは反射的に構えた盾でどうにか受ける。そのまま受け流そうとするも、間を置かずアイウロの連撃。ひたすらに積み重ねられる斬撃が、どうにか斬撃の方向に向けているだけのアルフレドの盾を襲い続ける。命からがら捌き続けつつ、隙を見て後ろへ飛び、距離をとる。
例えば。
おかしい点。
「……貴様、どういった心境の変化だ。何か隠しているな?」
アルフレドの問いに、アイウロは余裕の笑みで答える。
否定も肯定もしないが、表情は肯定を意味している。
アイウロは、その圧倒的な剣術の腕ゆえ、あくまで無駄な動きを排した、いわば「静」の剣術をこれまで繰り出してきていた。刀と呼ばれる独特の曲刀を用いて、鞘から刀身を見せるのは一瞬。こちらが対応する頃には既に鞘に刀が収まっている。そんな達人の剣術だったのだ。
そんな芸当ができるのも、単に剣術の腕によるものだ。アルフレドと比較しても圧倒的な技量を持っているため、例え膂力で上回っていようとも、常にあしらわれてしまい、これまで決着はつかなかったものの、基本的にはアルフレドが押されて撤退を繰り返している。
それが。
「もう一丁!」
再度の斬撃。盾で直撃は防ぐも、ひたすらに防戦一方である。
「…………」
アイウロは、能動的に攻撃を繰り出す、「動」の剣を繰り出すようになっている。
これまでは守りに重きを置いた剣術故、アルフレドも生き延びてこられたのが正直なところだ。
それが、ここまで積極的に攻めを繰り出す剣に豹変している。
違和感といえば、アイウロは確かにいつもと違う獲物を用いているが、それはただの獲物の差だ。特段魔力的な何かがこめられている様子もない。
そんな変化だけでここまで変わるのだろうか?
――今日、自分ははもしかしたら無事には帰れないかもしれない。
「おらァ! 行くぜェ!」
それでも。
それでもアルフレドは皇国のためにも逃げられない。
覚悟を決めてアイウロに立ち向かう。
【数週間前】
アイウロが自慢の刀に手をかけ、瞳を閉じて、集中を研ぎ澄ましている。
一切の動作を停止した様は、まさに明鏡止水。
世界が澄み切っているような錯覚に陥る。
対峙するのは丸太を全員で持った複数の戦闘員。特筆することもない一般兵たちが、ただ構えている。
徐に、戦闘員達が持っていた大木を放り投げる。それなりの重さのはずだが、魔法による身体能力強化によって、大木が宙に浮いた。
同時に、アイウロが目を見開く。
そして、大木に向かっての跳躍。
大木とすれ違いざま、アイウロの姿がブレ、そして何事もなかったかのように着地。
刀を抜いた瞬間すらとらえられなかったが、大木はいくつもの破片に分断されて、大木を放り投げた戦闘員達の手元に計算されつくした軌道で見事に落ちていく。
「おー……」
「やっぱりアイウロ親分は格好いいねー」
「魔神将の無駄遣い甚だしいけどな」
エールフェイルと共に、動画共有サイトに投稿されていた動画【魔神将の華麗なる剣技で薪を作っていただいてみた】を凝視する。
仕事の時間中。
仕事場にて。
仕事場の端末で。
同僚の女子と動画共有サイトを見ているが、別にさぼっているわけではない。
「よっす、お疲れ」
などと、エールフェイルが話しかけてきたのが始まりだが、話の内容として端的には。
「やっぱり強い人の動きを研究をせねば、強くはなれんのですよ」
「なんなんだよその口調……」
そんなわけで。
便利な時代になったもので、職場の端末から動画共有サイトにアクセスすれば、超人達の技を簡単に閲覧できる。アイウロが率いる師団の方々は割とこういうノリが良いようで、いくつかの動画が動画共有サイトに載せられていた。そこそこ評判も良く、アイウロもノリノリで演じているところを見ると、まんざらでもないのだろう。
【刃の魔神将】アイウロ・イエロ。
魔王様とはとても古い付き合いのようで、現状の十二魔神将の中では最古参。昔魔王様がまだ魔王となる前に鎬を削っていた好敵手。その一本筋の通った生き様より、親しい者や付き合いの長い部下はアイウロを「親分」と慕っていたりもする。
古強者とはよく言ったもので、魔法を遠距離から使うようなものはあまり好まず、とにかく接近戦で相手を圧倒する。ゆえに剣の腕は魔神将の中でも並ぶものがなく、戦闘全体の戦闘力としても魔神将随一だ。多少特殊な形態の剣を使っているとはいえ、同じような得物であるエールフェイルにとっては参考にできるところも多いのだろう。
そんなわけで。
今日はひたすら僕厳選の、おすすめアイウロ動画集を見てもらっているのである。
単に人気順に動画を見せているだけだが。
しばらく動画を見ていたエールフェイルが眉を寄せつつ口を開く。
「アイウロ親分、これかなり乗り気でやってそうだよね」
「いや、どうだろうな。師団の人達にうまいこと乗せられてるんじゃね?」
「そうかなー。結構楽しそうだけど」
「まあ、薪割りをやったり、演技したりするの自体は楽しんでたかもな」
「自体?」
「動画を上げること自体は楽しんでないんじゃね? というか、あの人割と昔気質の人だから、動画を載せる意味をいまいち分かってないかもしれんし」
「かかか、そいつァ違いねェ。いつの世も、爺にゃ若者の文化は難しいもんだ」
急に背後から聞こえてきた笑い声。
驚きと共に、一気に緊張感が駆け巡る。
瞬間振り返るが、そこには予想通り、アイウロの姿があった。