02話 炎の魔神将の得物のお話②
沈黙を肯定と受け取ったらしく、魔王様が続ける。
「一つ目がこちらだ」
こちらの困惑など一切意に介さず、魔王様が続けた言葉と共に、いつの間にか電源が入っていたプロジェクタに、魔剣のデザイン案が映っていた。
投影しているのは副官である。こちらの状況より魔王様の意向優先。大変にできる部下だ。
『…………』
状況が強制的に流れて、ついていけていない僕とエールフェイルは沈黙と思考停止。
「くくく。まずはスタンダードな見た目のデザインだな」
そんなことなどお構いなしに、話はガンガン進んでいく。
「洗練さを売りにしている女性向けファッションのデザイナーに依頼したデザイン案だ。圧倒的な存在感の中にも、女性らしいラインを取り入れた、フェミニンなものとなっている」
いや、フェミニンって……。
魔王様の言葉通り、漆黒の刀身が時々光り、柄は炎のデザインとなって、曲線を多用した一見危うくも美しい仕上がりとなっている。
『…………』
引き続き状況についていけていないが、感想は頭に浮かんだ。
何これかっこいい……。
さすがにデザインのプロが用意した案は、シンプルで洗練された、素晴らしいデザインだった。何より女性らしさと、魔神将らしい禍々しさが見事な融合を果たして、相乗効果でどちらの持ち味も増幅されている。
「刀身は真っ黒だが、光るようにしてある。ランダムに光らせることもできる」
「……光らせるのはどういった意味を持たせているのでしょうか?」
「その方が神秘的だろう?」
「…………」
「光の強弱も選べるぞ。オプションで刀身周りに電気を走らせることも可能だ」
エールフェイルはまたもや絶句。
僕は何となくついていけるようになったが、優等生のエールフェイルは未だに置いていかれている感がすごい。
「次だ」
次に映されたのは、どちらかといえば後衛の術師が使うような、いわゆる杖型のものである。
しかし、色合いはえらくビビットで、なかなかに目に眩しいデザインは、おそらく子供向けであるが故の原色多用の配色によるもの。有体に言うと、おそらく魔法少女的な感じの、ステッキ的な感じのデザインが表示されていた。
「魔法少女的なものからインスピレーションを得たデザインだ」
「…………」
どういう心情からかわからないが、エールフェイルの目はついていけないを通り超えて、最早死んでいた。
「我が提案したわけではないが、技術開発室から猛烈にプッシュされたものだ。エールフェイルに是非この武器を使ってお仕置きしてほしいとのことだ」
「…………」
「これを選んだ場合、専用のコスチュームもあるぞ」
「…………」
「我が提案したわけではない」
どういう心情からかはやっぱりわからないが、エールフェイルの目は死に続けている。
心中お察しする。
「最後は我が最もお勧めするデザインだ」
次のスライドに映されたのは、剣とはとても呼べないようなデザインのものだった。三つの内二つが剣とは呼べない状況というのはどうなんだ。
外観は、大きな紙を折って、何度か山折りと谷折りを繰り返していき、その後柄の部分を固定することによって、暫定的な持ち手を構築したもの。人の頭部を攻撃することに特化した、一点突破の武器。
要するにハリセンであった。
たぶん鉄扇でもなく、ただの紙製の。
「西方で人気のある、頭部打撃に特化した武器だ。最大のメリットは、紙製だから、炸裂時にはとても大きい音が出る。迫力の増幅に大変に効果があるぞ」
「…………」
「その上紙だからそれほど痛くない。安全だぞ?」
魔王様は誇らしげに語るが、それは武器としてのメリットなのか?
「くくく。さらにそれだけではない。これを選ぶことによって……」
「…………」
「何より意表がつける」
『…………』
魔王様は勿体ぶったが、今までの流れからして期待感が一切ないため、エールフェイルと二人でただただ沈黙を貫くのみである。
「さあ! エールフェイルよ! 選ぶがよい。貴様の次なる――」
「①でお願いします」
これまで(心情的に)死んでいた割に、エールフェイルは即断即決。
言葉に強い意志を感じる。
「え、あ、いや、我まだ、セリフの途中ぞ? それに①で良いのか? 先ほども言ったが、我の個人的には③が意表もつけるからおすすめ――」
「①でお願いします」
「…………」
「①でお願いします」
「…………」
すげーな、跪いているのに相手を圧倒している。
「……わかった。我も狭量ではないからな。それではエールフェイルの愛剣案は①とする。納期は追って知らせるが、それ以降は本日の魔剣を利用するように」
「は」
エールフェイルからはさっさと終わらせたいという強い思いしか感じない。
「本日は以上だ。下がるがよい」
『は』
エールフェイルと共に一礼し、踵を返して出口へと向かう。
「時にエールフェイル」
歩を進める最中に背中から言葉が投げかけられる。
魔王様も何か言い残したことがあるのかと振り返る。
「本当に①でよいのか? 今であれば③に――」
「失礼いたします」
強い決意の返答を魔王様に返す。天幕の向こうから、あからさまにしょんぼりしている様子が見て取れた。
そんなことなど意に介さず、去っていくエールフェイルについていく。
「……どうすんの?」
執務室を出て少し歩いてから、エールフェイルに声をかける。
目は死んではいないが、今後の未来に暗澹たる気持ちを抱いているのだけは確かなようだった。
「えー……使うしかないんじゃない? あの感じだと」
「いや、そうかもしれないけど、たぶん実用性が」
「まあそうなんだけどね。陛下の勅命だし、無下にもできないでしょ。あとはデザイン重視であっても、実用性がちゃんとしていることを祈るだけかな」
「実用性ね……」
「さすがに陛下もそこは考えてくれるでしょ」
【再度当日】
実用性はなかったらしい。
エールフェイルとアルフレドの対峙をこっそり隠れて見つつ、納入された魔剣の仕様を思い出して暗澹たる気持ちがわいてくる。
光を放つのがランダムというのは、結局手動で繰り返すことによるランダムであった。
アルフレドと対峙しているエールフェイルは、敵には見えないようにカチカチと手元のボタンを適当なタイミングで押して、魔剣を光らせるというとても無駄な作業を強いられている。
さらに、電撃も適当なタイミングで這わせるためには結局こちらも手動での操作が必要という恐ろしい仕様だった。
アルフレドと対峙している間も、絶妙なタイミングでエールフェイルは二つの操作をこなしていた。
「…………」
あいつ真面目だからな……。
あんなことを言いつつも、練習とかしたんだろうな。淀みなく動く指先から、相当の練習量を感じてしまう。
「さあ、かかってきなさい、アルフレド」
「…………」
一方のアルフレドも、なかなか動かない。
当然だろう、これまでのものとは一味違うと宣言された上で新兵器が登場だ。警戒をするのも無理もない。
無理もないのだが。
「…………さあ、かかってきなさい」
エールフェイルは少しばかり焦った口調で促す。
理由は単純で、実はこの魔剣、光るのにも電気を這わせるのにも、どちらにも魔力を消費するのである。
つまり、長期戦になればなるだけ魔力を消費するエールフェイルが不利。律儀にやんなきゃいいのに。
さらに、強く見せるための機構を組み込んだこと、デザイン重視で実用性があまり考慮されていないことから、耐久性は非常に危うい。得物だけで言えばエールフェイルは途轍もなく不利な状況に追い込まれている。
これ、詰んでるんじゃね?
予想通り、その後エールフェイルは敗れて撤退を余儀なくされた。
後日、魔王様が炎の守護の塔を取り返した。
その後、エールフェイルの手には【業魔剣】イグニが握られていたという。
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