01話 時の魔神将をサポートするときのお話③
とりあえず、予定とは違うものの、ヴァルバレスに魔力回復薬を飲ませる。
一瓶煽ると、気を取り直して、ヴァルバレスが顔を上げた。
「じゃあ、アルフレドの剣を『あれ』に交換しよう。お願いできる?」
「了解です。それじゃあ、早速……」
僕は背中に差していた武器を取り出す。
ヒノキの棒。
お値段980ガル(参考小売価格)。
武器として使えなくもないだろうが、範囲としては生活用品の一部だ。元の用途は知らん。
アルフレドの剣をいただき、代わりにこの棒を握らせる。アルフレドとしてはいつの間にか武器を交換されているのだから恐怖しかないだろう。
ビビって発動した切り札とは異なり、これは元々予定にあった作戦だ。
いくら騎士といえども、武器を無力化されれば恐れることはない。至極真っ当な考えのもと実行される、いわばヴァルバレスの必勝パターン。
相手が武器を持っていない、ということで相当余裕が出てきたのか、ヴァルバレスは少しリラックスしている様子だ。
「じゃあ、あとは」
「そうだね、剣を鞘に入れてくれる?」
アルフレドの剣はヴァルバレスが持っていないといけないので、ヴァルバレスの外套の中にある、剣を佩く用の鞘に収める。剣とサイズが合っておらず、少し浮いた状態ではあるが仕方がない。
「よし、もう一回時を動かすね」
「了解です」
ヴァルバレスの言葉とともに、僕も定位置となっている柱の陰に隠れる。こちらが隠れたのを確認した後、ヴァルバレスが魔法を解除。さっきまでビビって気絶していたとは思えない、尊大な態度でアルフレドを睥睨して口を開いた。
「くくく、やはり喋れるではないか。ほぅら、何も起こらぬだろう? 大したことのない恐怖にも身を竦むその様、実に哀れなものだ」
「貴様……これ以上侮辱を重ねると――」
「どうなるというのだ?」
「愚問だ! 我が愛剣の錆にしてくれる!」
「愛剣? 皇国では後生大事に握っている『それ』を剣と呼ぶのか?」
「……?」
ヴァルバレスが発した言葉の意味を理解したのかは分からないが、瞬時にアルフレドが自身の手元を確認する。
そこには当然、見慣れた愛剣の姿ではなく、ただのヒノキの棒が握られている。
「! なんだこれは!」
「くくく。随分とご立派な愛剣だ。私の貧相な剣では到底敵わないな」
そうして、ヴァルバレスが外套の中から徐に取り出したのは。
「馬鹿な!」
先ほどパクったアルフレドの愛剣。まあ、経緯を見ていれば当たり前ではある。
あまりの出来事に、さすがにアルフレドも戸惑いを隠せていないが、それでも少しの間の後には、ヴァルバレスを強いまなざしで見据える。それに対して、ヴァルバレスは自分が剣を握っていて攻撃されても大したことがないという状況が余裕を作っているのだろう、本当に余裕の態度で待ち構えていた。
なんというか、調子に乗っている感がすごい。
「くくく。そのような玩具でなんとする? 逃げたくなったのであれば逃げても構わんぞ?」
ヴァルバレスの撤退勧告。
これが出たということは、ヴァルバレス的には大詰めだ。撤退させることを最終目的においている以上、あとはひたすら勧告するしかない。
しかし。
「誰がおめおめと逃げ帰るものか! 私は双肩に故国の期待を背負っている。たとえどのように不利な状況で会っても逃げも隠れもしない!」
アルフレドに撤退の意思は微塵もない。
真に自分の役割を全うせんという姿勢は、まさに勇者のそれだ。
ヴァルバレスはそれでも不敵な笑みを口の端に浮かべる。
「くくく。この如何ともしがたい状況は、志だけで覆せるようなものではないぞ」
「なんだと?」
「力の差を見せてやろう!」
ヴァルバレスが叫ぶと同時に、また時が止まる。
さっき力の差を見せられたのは気絶していたヴァルバレスの方だと思うが、口には出すまい。
何せ、これが最後の仕事だ。
ヴァルバレスから預かってきた、大量の武器を持って再度ヴァルバレスのもとへ参じる。同時に、魔力回復薬をまた口に含ませて飲ませる。これで残り一本。予備に持ってきたものしか残っていない。
「ありがとう。じゃあ、あとは地道な作業だけど、打ち合わせ通りに」
「分かりました。任せてください」
この間に、またこちらは仕事だ。
大量の武器とは、大量のナイフである。
ヴァルバレスの魔法の影響は、時が止まっていない対象の生物が、触れている範囲のみに適用される。ヴァルバレスが魔法を発動した瞬間に空中にあるものは時が止まりその場にとどまるが、触れれば動かすことはできる。
これを応用すると。
「ほっ」
アルフレドから少し離れた位置で、アルフレドに向けてナイフを投げる。
すると、僕の手を離れた瞬間に、ナイフが空中で停止する。これはナイフを投げた瞬間、時魔法の効果対象ではなくなるために起こる現象だ。
しかし、先ほどまで動いていなかったナイフも、この後に時魔法を解除すると、今こちらから投げたという動作はそのまま継続する。つまり、そのままアルフレドの方に飛んでいくのだ。
卑怯と思うならば思うがよい。
どうせ刃先が削られて、相手が怪我をしないように配慮したナイフである上に、アルフレドにはぎりぎりあたらないような軌道での投擲だ。無論、相手を傷つけたくないヴァルバレスたっての希望である。
このナイフを三十本。色々な角度からひたすらにアルフレドに向かって投げ続けて、時を動かすと同時にそのナイフ全てが一斉にアルフレドに襲い掛かる。
すべて外れるが。
この作業自体は一旦投げても、当たりそうな軌道ならもう一回投げ直して調整するという根気のいる地道な作業だ。ヴァルバレスは時を止めている間の魔力消費も馬鹿にならない。魔法の起動時に比べるとだいぶ負担はないようだが、それでもそうそう長くは止めていられない。急いで作業をする必要がある。
ちなみにヴァルバレスはナイフ投げが致命的に下手なので、この技自体はそこそこナイフ投げができるサポート係必須の技である。
そして。
何度かやり直しや、全体のバランスを見つつ、ナイフを投げ続けること十分程度。
時は止まっているが。
「できました! お待たせしました」
「え、あ、お、おううん……ありがとう、終わった?」
時間が長かったからなのか、むちゃくちゃ消耗していた。
大丈夫かこれ。
「終わりました。お待たせして申し訳ないです」
「じゃあまた魔法を解除するね」
早く解除したいのだろう、少し早口で言うヴァルバレスに従い、また柱の陰に隠れる。
そして、再度時が動き出す。
「!」
同時に、大量のナイフがアルフレドに向かって飛んでいき、見事に全てがぎりぎりのところではずれ、床に落ちる。完璧にうまくいった自分の仕事にガッツポーズ。
「……くくく。今のはほんの小手調べだ。これでもまだやるというのか?」
疲労感からか若干キレは悪いが、ヴァルバレスは勝利(=相手の撤退)を確認したように、尊大にアルフレドに語り掛ける。
アルフレドとしても、現実問題辛い状況だろう。武器はただの棒で、相手は理解不能な攻撃を仕掛けてくる強敵だ。戦況を冷静に見れば、圧倒的不利でしかないのだろう。
実態は全然そんなことはないのだが。
ヴァルバレスもようやく仕事が終わるという安堵の成分が混ざった笑みを浮かべているが、不意にアルフレドがかがむ。
そして、そこにあった大量の「武器」を手にする。
「あ」
「あ」
たぶん僕とヴァルバレスが同時に口にする。
徐に拾い上げたナイフを魔力で強化された肉体で、全力の投擲。
正に目にもとまらぬ速さで風を切ったナイフは、ヴァルバレスを貫かんという軌道で飛んで行ったが、ぎりぎりのところをかすめて壁に突き刺さる。そしてそれはあまりの衝撃で、衝突した周囲が吹き飛ぶ。
ヴァルバレスは一歩も動かない。というか動けない。
「……言ったはずだ。私はたとえどのような状況であっても逃げはしない。無数のナイフで貫くのならば貫くが良い。それでも……」
そして、また近くのナイフを拾う。
「私のナイフも貴様を貫く」
「…………」
もうすぐ仕事が終わるという天国から、一気に顔面蒼白な状況へと突き落とされたヴァルバレス。
大丈夫かな。あれおしっこちびってないのかな。
もはや血の気がゼロになっているヴァルバレスが心配でならない。というか、刃を削ったナイフでこんな無茶苦茶で出鱈目な威力なら、多分ヒノキの棒で普通に戦っても負けてるな。
……いや、よく考えるとナイフ投げとか関係なく、普通に戦えば負けるのはヴァルバレスだった。
「今のは貴様が外したことに対する借りだ。敵に情けをかけられたままでは騎士の名折れ」
「…………」
「次は当てる」
完全に血を失ったゾンビのようなヴァルバレスはしかし、最後に何とか気力を振り絞ったらしい。
瞬間に時が止まり、必死の形相でこちらを見る。
そして。
「最後の切り札を使う!」
「き、切り札ですか?」
「三十六計逃げるに如かず!」
「え」
「逃げるに如かず!」
「え」
僕と時の魔神将ヴァルバレスは逃げ出した。もちろん僕がヴァルバレスを担いで。
予備で魔力回復薬を持ってきて本当に良かった。
時の守護の塔は陥落した。
後日魔王様が取り返してくれた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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