01話 時の魔神将をサポートするときのお話②
「あー……もうちょい、右かな」
アルフレドの隣から、ヴァルバレスのもとに歩んでいき、
「ふぬぬぬぬ……」
ヴァルバレスの位置をずらす。細身ではあるものの、やはり男性、それなりに重く、そこそこの距離を動かすのは重労働だ。
そして再度アルフレドの隣に立ち、振り返ってヴァルバレスを見てみる。
「行き過ぎ、ですかね?」
「そうだね、もうちょっと左かな」
「ですよね」
アルフレドの隣から、ヴァルバレスのもとに歩んでいき、
「ふぬぬぬぬ……」
今度はヴァルバレスの位置を左にずらす。
そして再度アルフレドの隣に立ち、振り返ってヴァルバレスを見てみる。
「あー、良さそうです。こんな感じですけど、いいですか?」
「うん、ありがとう。ここで大丈夫そうだよ」
満足そうにヴァルバレスが頷く。
何をしてるかって?
『時間が動き出してアルフレドが振り返った時に、一発でヴァルバレスを見つけられそうな場所にヴァルバレスを置いている』のである。
アルフレドの隣に立って、実際に振り返ってみてどうなるかを実演しながら。
時の魔法の使い手は、時を止めている間に倒してしまうことはできるのと思うだが、実はヴァルバレス、人を傷つけるということができない。
呪いの類とかではなく、単純に怖いんだそうな。
「…………」
本当に魔神将なのかと思わんではない。
とは言え立場上前線に出なければならないことも多く、その場合は時魔法を駆使して敵を恐慌に陥らせることで撤退させることを主な戦法としている。
そんなことをしていると、どうしたら相手が上手く撤退しているかのスキルが磨かれていき、曰く『ちょっと移動するとかより、振り返った時に後ろにいるほうが怖い。テレビでも言ってた』とのこと。
「本当にその辺で大丈夫なんですか?」
「大丈夫。アルフレドは右利きだから十中八九右側から振り返る」
ヴァルバレスが控えているのはアルフレドの右後方だ。
「分かりました、まあ魔神将が仰ることですし」
「まあ見ててね。……後は、アルフレドが全然喋らないのをどうしたらいいかだね……」
相手が喋らないと、この戦法では結構困るらしい。
能力で驚かせることはできるが、より重要なのはその能力を話術で増幅して恐慌に陥らせることだ。没交渉ではやりようもなく、確かに困り、そして最終的には詰むのだろう。
「んー……多分ですけど。喋らないのは、警戒しているからだと思います。報告書か何かで見たんですけど、どっかで相手の言葉に反応するカウンター型の魔法をこっちが使ったらしくて、情報共有されて皇国軍ないでは最近、相手に対して喋るのも警戒してるみたいですね」
「そうなの?……どうしよう、困ったな。なんか方法ないかな?」
「んー……アルフレドは忠誠心がすごいみたいなんで、そのあたりとかどうですかね?」
「忠誠心?」
「悪口を言ってみるとか、案外効くかもしれないですね」
「なるほど。皇帝の悪口か……ちょっと魔神将っぽいのを考えてみるね」
魔神将っぽいというか、魔神将なのであなたっぽいのが魔神将っぽいになるんですけどね。
「じゃあ魔法解除するよ?」
「あ、はい。じゃあまた隠れてますね」
ヴァルバレスをの言葉に従い、そそくさと離れて柱の陰に隠れ、合図を送る。
頷いたヴァルバレスが魔法を解除。直後に、アルフレドが動き出す。
「!」
といっても、アルフレドからすれば急に眼前のヴァルバレスが掻き消えている状態だ。それでも驚きや戸惑いがほんの一瞬で収まったのは、さすが皇国軍の最高戦力というところか。
ちらりと、ヴァルバレスを見やると、とりあえず騙せたことが嬉しいのか、にやにやと口角を吊り上げてアルフレドを見やっていた。
なんかドッキリ番組の舞台裏を見ているような気分だな。
「…………」
アルフレドは沈黙しつつも、状況把握に努め、前方に問題がないと判断したらしく、最低限の隙で済む素早い動作で振り返る。
左側から。
つまり、ヴァルバレスが待つ側とは逆側から。
あらー。
「…………」
ヴァルバレスは心なしかしょんぼりしているように見える。まあ、あれだけ自信をもって右側から振り返ると言った手前、思いっきり逆側から振り返られ、さらにそれを部下に見られているという状況は相当にいたたまれないのだろう。
こちらもあんまり見ていたくない。
しかし、そんなことを考えている間もなく、皇国最強の騎士はすぐにヴァルバレスの方向も視界にとらえて、目論見通り……かは微妙だが、ヴァルバレスを見つけた。
「……くくく。狐につままれたような顔だな」
「…………」
落ち込んでいるせいか、微妙に言葉の入りが遅れたことが舞台裏から見ていると気になる。
「だんまりか。まあ、勘違いしているようだが言っておくが、私の魔法は質問に答えたからといって、何かが起こるものではないぞ?」
「…………」
「くくく、まあそれでも貴様は喋るまい。あの腰抜けの君主の軍としてはお似合いの姿勢だな」
予測の失敗から焦っているのか、少しばかり無理のある文脈でヴァルバレスが挑発を繰り出した。
その言葉を聞いた直後。
「貴様! 陛下を侮辱するか!」
迸る魔力の波動が空間を走り抜ける。皇国の最高峰が繰り出す圧倒的魔力の奔流に、悪寒にも似た重圧を感じ、思わず声が漏れそうになる。
だが。
対峙するヴァルバレスは微動だにせず、悠然とその場に立っていた。さすが魔王国が誇る英傑、ぺーぺーの下っ端などとはくぐっている修羅場の数が違う。
と、思っていたが。
「……あれ?」
いつの間にか、アルフレドが止まっていることに気づく。
この状況はつまり、ヴァルバレスが魔法を発動したという状況だと思うが、しかしこのタイミングは事前に打ち合わせしていないタイミングだ。
不審に思いヴァルバレスを眺めるも、ヴァルバレス自身もなぜか動作をしない。
状況が呑み込めないので、しばらく観察しているが、特に状況が動かず。もし動き出して巻き添えを喰らうと考えると怖すぎるが、仕方ないので恐る恐るヴァルバレスに近づいていくと。
「……気絶してる?」
なんと立ったまま気絶している。
まったく予想外の展開に焦ってしまう。
え、これは大丈夫……なのか?
「ヴァルバレスさん? ヴァルバレスさん! 大丈夫ですか!?」
「は!」
失礼だとは思いつつ、頬を張りながら呼びかけると、三度目の呼びかけでヴァルバレスが我に返る。
「え……? ん? あれ、今どういう状態?」
ヴァルバレスも状況を把握していないようで、混乱したような顔で状況を確認する。
「たぶん魔法が発動してるっぽくて。アルフレドは止まってるんですけど、ヴァルバレスさんも気絶されていて。これどういう状況なんですかね?」
ヴァルバレスは少しの間考えを巡らせ、何かに思い至る。
そしてすぐに、魔法陣を維持するためか、緩んでいた体勢を整える。
「分かった。これは僕の切り札だよ」
「切り札、ですか?」
現状に得心したのか、切り札という響きが単に好きなのか、ヴァルバレスが晴れやかな表情で語る。
「そう、僕に危機的な状況が訪れた時に、自動で時魔法が最大出力で放たれるようにバックグラウンド起動している魔法があるんだ。それが発動したんだと思う」
「危機的な状況、ですか?」
「今回の場合、ものすごくビビって気絶したから、そのタイミングで発動したっぽいね」
「…………」
くぐった修羅場の数が違うとか思った気持ちを返してほしい。
「むちゃくちゃ怖かった」
素直だな。
「……そうですね。でも、どうします? 予定にないタイミングで魔法の発動しちゃいましたけど」
「もう止めちゃったし、とりあえず予定通りにやってみよう。単に早めのタイミングで停まっただけだし。次の手で逃げるかもしれないし。それで逃げなかったら……」
「逃げなかったら?」
「その時は、本当の切り札を切ることになるかな」
「…………」
今回切られた切り札があんなのだったので、本当の切り札とやらがどういったものかあまり期待できないなぁ、と思ってしまう気持ちが止められない。
形の上は上司だが。